第137章:現場検証
それからは黎英軍とフラッカーズによって簡易的な現場検証が行われた。
現場には血と土と火薬の匂いが混ざり合い、重苦しい空気が漂っている。
シェイとケニーは検死。
バケットとジョン、サシャ、アリアは村の調査。
リュウ、モギー、タピオン、キースは村周囲の警戒をそれぞれ担当した。
「うーん、原因は色々ね。建物の瓦礫に潰されて圧死されたことによる臓器の破裂、複雑骨折。そして、何かで貫かれたような跡もあれば、綺麗な死体もある。だけど、共通していることは、被害者の死体から被害者の物ではない物の血液が検出されたの」
シェイが繊細な手つきで死体からサンプルを採取して検死を行っていた。
「被害者とは別の血液?」
ケニーがシェイに尋ねる。
彼は、別の死体のサンプルを採取していた。
「ええ。エルフ族はY型、X型、Z型。いずれかの血液型なの。だけど、何故か人間の血液型であるA型が混じっているのよ。おかしな話でしょ?」
シェイが不思議そうに言う。
「確かに変な話っすね。ま、その襲撃者が血液魔法とか使ったなら話は別ですけどね」
ケニーがさらっと血液魔法について言及する。
すると、シェイの手元の動きが一瞬止まる。
「…それだ!!襲撃者が血液魔法を使用したなら辻褄が合うわ!」
シェイは納得したように強く肯定する。
「あ、はぁ…なんとなく言っただけですが、そんな単純な話ですかね?」
ケニーが戸惑いを見せる。
「可能性としてはあり得る。あなた、衛生兵かなにか?」
シェイがケニーに尋ねる。
「はい。俺は昔、黎英の第三救護部隊に入隊してまして…」
ケニーが答える。
「第三救護部隊だって!?衛生兵が所属する部隊の中でも、名門と名高い部隊じゃないか!?」
シェイが驚きの表情を浮かべる。
第三救護部隊。
黎英軍が抱える部隊の一つであり、衛生部隊の中でも特に実力が高い部隊として大陸内で知られている。
入隊難易度が高いことでも知られ、試験は体力テストや基礎戦闘はもちろんのこと、筆記試験や戦闘時の応急措置、負傷者に対する対応の実践テストも行う。
そのためか、ベテランの衛生兵であっても入隊は難しく、入隊率はわずか3%という狭き門である。
「いやぁ、そんなことないっすよ!たまたま運がよかっただけですよ!」
ケニーが照れくさそうに応じる。
「だけど、第三救護部隊に入隊できるだけの実力があるのに、どうして今ここに?」
シェイがケニーに尋ねる。
その疑問は当然のようだった。
「いやぁ…情けない話なんですが…衛生兵なのに注射が苦手でして。刺されるのはダメでも刺すのはいけると思ったんです。けど、刺すのもダメだったようでして…それが理由で、第六パトロール部隊に左遷されたんです」
ケニーは頭をかきながら、そう打ち明けた。
「…確かに、それは情けないわね」
その回答を聞いたシェイは思わずくすっと笑った。
だが、続けて答える。
「だけど、その知識と経験は活かせる。あなたは知識、私は技。完璧でしょ?」
シェイが自信ありげに答える。
「確かに!!俺たちいいコンビかもな!」
ケニーが笑みを浮かべる。
「そうね!さぁ、急いで検死を終わらせるわよ!」
こうして、二人は互いの不足を補い合うようにハイペースで検死を進めた。
一方、リュウ、タピオン、モギー、キースは村周囲をパトロールしていた。
サシャとアリアがジョン大尉を呼びに行っている間、リュウが周辺を確認していたとはいえ、襲撃者が戻ってくる可能性はゼロではないと判断したからだ。
「なぁ、お前。冒険者なんだろ?話聞かせろよ」
タピオンがリュウに話しかける。
タピオン。
フラッカーズのA級傭兵であり、シェイの幼馴染でもあるドラゴニア族だ。
右足は金属製の義足となっており、頭部は特徴的なマスクで覆われていて、その素顔は窺い知れない。
「構わないが…具体的に何を聞きたいんだ?」
リュウがタピオンに淡々と問い返す。
「そうだなぁ。どんなところを冒険したとか、どんな財宝を手に入れたとか、どんな敵と戦ったとかさ!!」
タピオンが身を乗り出すように尋ねる。
「話すと長くなるが、トリア帝国やサージャス共和国、ドラゴニアやマクレンといったところか。財宝は色々と手に入れたが俺の仲間が持っている。俺は戦闘専門なんでな」
リュウは落ち着いた調子で応じる。
「なるほどな!どんな敵と戦ったのかも、詳しく教えてくれよ!!」
タピオンが尋ねる。
その声には、戦闘狂らしい熱意がこもっていた。
「…」
すると、リュウは自身が着ている着物に手をかける。
そして、胸部が見えるように、思いっきり着物を左右に引っ張った。
「…お前、その傷」
タピオンが言葉を失う。
彼の目が、鋭くその傷跡を捉える。
「これは俺が、とある敵と戦った時につけられた傷だ。俺たちはこういう敵と戦っている。それが答えだ」
リュウの胸部には、以前、イゾウと戦った際につけられた刀傷が生々しく刻まれていたのだった。
「お、おう。なんかすまんな…」
タピオンが言葉を濁す。
「気にするな。それよりもパトロールを続けるぞ」
そして、二人は再びパトロールを再開した。
周囲の静寂は不気味で、警戒を緩めることはできない。
その頃、モギーとキースは村の北側を警戒していた。
「あの…フラッカーズの…モギーさんですよね!?」
キースが興奮した様子で声をかける。
「あぁ、俺様がモギーだ」
モギーはにやりと白い歯を見せほほ笑む。
その顔には自信と余裕が満ちていた。
「噂は聞いてます!山賊を100人皆殺しにしたとか、黒曜龍を一人で捕縛したとか、パンチ一発で敵アジトの塀を粉砕したとか…!!」
キースが噂で聞いたモギーの武勇伝を話す。
「おいおい。どこからそんなデマカセを聞いたんだ?」
モギーは笑いながら答える。
「え?違うんですか?」
キースが首をかしげる。
「まず、山賊殺しの件は100人じゃあねぇ。101人だ」
モギーがあっけらかんと答える。
「ひ、101人…」
キースはその数字を聞いて青ざめる。
「あと、黒曜龍は捕縛したんじゃねぇ。粉々に粉砕したんだよ。本当は捕縛の依頼だったんだが、繁殖期だったのか凶暴化しててな。捕縛は困難と判断したんだよ」
モギーが真相を語る。
「…じゃあ、パンチ一発で敵アジトの塀を粉砕したのは?」
キースは恐る恐るモギーに尋ねる。
「あぁ。アジトの塀じゃなくて、敵アジト自体だな。敵の数があまりに多いもんだから、イライラしてな。柱を吹っ飛ばしたら、アジトが崩れてしまってな。いやぁ、あの時は死ぬかと思ったぜ!」
モギーは得意げに答える。
その答えを聞いたキースは小さく震える。
そして…
「…す、すげぇ!!さすがはフラッカーズの伝説と呼ばれたモギーさんだ!!」
キースが感嘆の声を上げる。
「お前、俺のことを、まぁまぁ知っているな。気に入った!とっておきの話を聞かせてやる!」
こうして、モギーはキースに自身の武勇伝を語りながら、意気投合した様子でパトロールをした。
一方で、村ではサシャ、アリア、ジョン中尉、バケットが村の調査をしていた。
「このクレーター…爆発魔法か何かだろうかな?」
サシャは地面にできたクレーターを調べていた。
クレーターは真っ黒に焦げており、微かに火薬の臭いがする。
その大きさは、隕石が落ちてきたかと間違えるほどであり、その威力は容易に想像できた。
表面はガラスのように硬く焼け付いていた。
「魔獣の召喚ができる人なら、魔獣を呼び出して…ドカーン!なんてこともできるかもしれない」
アリアが手を叩きながら起こりえる可能性を指摘する。
「なるほどね」
サシャはアリアの説明に頷く。
魔獣ならば、この程度の攻撃手段を持っていてもおかしくはないからだ。
「サシャ君、アリアちゃん。何か分かった?」
その時、バケットとジョンがやってくる。
「このクレーターですが、魔獣の攻撃によってできたものである可能性もあるとアリアが…」
サシャがクレーターに視線を落として話す。
「ふむ…魔獣か。それなら合点がいくやもしれない」
ジョンが深く同意を示す。
「どういうことかしら?」
バケットが尋ねる。
「お三方、こちらに来て欲しい」
ジョンが村の東側に歩を進める。
そして、村の東側。
そこには獣の足跡のようなものがくっきりと残っていた。
足跡の縁は深く、その体重の重さを物語っている。
付近では黎英軍の軍人らが足跡の大きさを測っていたり、投影機を用いて証拠を集めているようだった。
「たまたま、ここは湿地に近い場所だったから足跡が消えなかったのだろう」
ジョンが状況を考察する。
そして、アリアが足跡を観察する。
「うーん…足跡だけじゃ判断できないけど、狼系、もしくは虎系の魔獣かな?」
アリアが膝をつき、魔獣の正体を推測する。
「野生のモンスターの足跡の可能性は?」
サシャがアリアに尋ねる。
「うーん、こんなに大きな足跡を残すモンスターはこの辺にいないと思うんだけどなぁ」
アリアが首をかしげる。
「分かったわ。この襲撃に魔獣が行使された可能性があるということね」
バケットは羊皮紙にメモを取る。
そして、あらかたメモを取るとペンを止める。
「うん。私たちができるのはこんなところね。あとは黎英軍とシェイ達に任せましょう」
バケットが、そう宣言した。
その後、一同が村の中央に集まった。
「皆さま、ご協力ありがとうございました。後の調査は黎英軍にお任せください」
ジョンは謙虚にそう述べた。
「はい。では、お願いいたします」
バケットはジョンに一礼する。
「ったく、俺たちの仕事はまだまだ続くというのに、お前らは呑気にダンジョン探索かよ」
キースがため息交じりにぼやく。
「まぁ、そう言うな。あいつらも任務なんだからよ」
ケニーがキースの肩に手を置き諭す。
「こっちは私たちに任せて、任務の方、頼んだわよ!」
シェイがバケットの肩を叩きそう励ます。
「ダンジョンに行くんだろ?帰ったら土産話聞かせてくれよ!」
タピオンがバケットに呼びかける。
「ありがとう。シェイ、タピオン!」
バケットが笑みを見せる。
「小僧、小娘。死ぬんじぇねぇぞ」
モギーがサシャ達に豪快に笑いながら、力強い言葉を贈る。
「はい!!皆さん、ありがとうございました」
サシャは頷きながらそう答える。
「うん!ありがとう!」
アリアが答える。
「ふっ…」
リュウは静かに小さく口角を上げる。
「さ、みんな行くわよ!」
バケットがサシャ達に声をかける。
彼女はすでに気持ちを切り替え、次の任務へと目を向けていた。
「じゃあ、いってきます」
サシャはモギー、シェイ、タピオンに別れを告げる。
「あぁ、行ってこい!」
モギーは手を振り見送る。
「気を付けろよ!」
「無茶するんじゃないよ」
シェイとタピオンもサシャ達を見送る。
こうして、サシャ達は奥龙村を後にし、近くにあるというダンジョンへと向かった。
それから、サシャ達は村の北側を20分ほど歩く。
太陽はすっかり沈みかけ、辺りは静寂が支配していた。
黄昏の光が森の奥深さを強調し、一帯に不気味な影を落としていた。
そんな中を、彼らは、ひたすらに進んだ。
頼りになるのは、バケットが先遣隊から得た情報と勘だけだった。
「人が踏み込んだ跡がある…こっちで合っているはず」
バケットが先頭を歩く。
彼女の視線は地面に残された微かな痕跡を追っている。
「うん!こっちで合っていると思う!」
アリアが頷く。
「アリアの勘は当たるからね!」
サシャはアリアの勘を信じる。
ダンジョンの外壁は崖に沿って建造されており、ところどころが雨風のせいで朽ちている様子だった。
巨大な石のブロックが積み重ねられ、古代の威容を保ちながらも、自然に侵食されていた。
それも、蔦や木々に覆われており遠目からでは分からないものだった。
「ここが…例のダンジョンの入口ね!」
バケットが足を止める。
「ここが…例のダンジョン!!」
「随分と不気味な雰囲気だな」
「珍しいモンスターがいそうだよぉ!」
サシャ達はその大きさに思わず声をあげる。
ダンジョンの外壁は崖に沿って建造されており、ところどころが雨風のせいで朽ちている様子だった。
それも、蔦や木々に覆われており遠目からでは分からないものだった。
「最近、発見されたというのも頷けるや…」
ダンジョンの外観を見てサシャは納得する。
「ふむ…こんなところにダンジョンがあるとはのぉ」
精神世界からトルティヤが静かに漏らす。
「魔具の気配は感じる?」
サシャがトルティヤに尋ねる。
「いいや、今のところ感じぬのぉ」
トルティヤが答える。
「そうか…何か分かったら教えてね!」
サシャがトルティヤにお願いする。
「まったく、ワシは探知機じゃないぞ。と言いたいが、よかろう。(思ったよりも大きいダンジョンと見る。小僧。お主に攻略できるかの?)」
トルティヤは不満を口にしつつも、どこか楽しげだった。
「とりあえず、今日は夜になるからここでキャンプね…って、!!そういえば!!」
バケットは思い出したかのように声をあげる。
そして、ポーチから今朝バッカスから貰ったサンドイッチを取り出す。
「サンドイッチ食べるの忘れてたわね!」
バケットが目を丸くして、ポーチの中身を見つめた。
「あ!!」
それに対してサシャ達も思わず声をあげた。
そして、バケットとサシャ達はダンジョン前でキャンプを張ることとなった。
一同は焚火を起こし、それからサンドイッチを食べた。
パチパチと焚き火が爆ぜる音が、静寂な森に温かい灯を灯した。
「うん!野菜が新鮮でおいしいわね!」
バケットが満足そうに微笑む。
「時間が経ってもパンがふわふわしている…!!」
サシャはサンドイッチを美味しそうに咀嚼する。
「この中に入っているハムは燻製しているのか?とても良い香りがする」
リュウが感想を述べる。
「美味しいよぉ!ねぇ、アルブ!」
アリアはアルブにサンドイッチの欠片を渡す。
「キュッ!!」
アルブはサンドイッチの欠片を受け取ると美味しそうに口に運んだ。
こうして、食事を終えたサシャ達は翌日から始まるダンジョンの調査に備えて就寝を取ったのだった。
一方、その頃、黎英のとある館。
その中にある一室。
豪華な椅子には男が足を組んで偉そうに座っており、左右には赤ずくめの側近が二人立っていた。
そして、足元には二人の人物が跪き、何かの報告を行っていた。
「教祖様。エルフ族の魂魄を30名分ほど狩って参りました」
「僕たち頑張ったもんね!!」
二人の影が教祖と呼ばれた壮年の男性に報告していた。
声からして片方は女性、もう片方は男性だった。
そして、女性は袋状の何かを取り出すとそれを教祖へと手渡す。
「うむ。よくやった…トム、ヤムクン。これだけの生贄があれば、アグニファタニス様もお喜びになるだろう」
赤いマントを羽織り、複雑怪奇な冠を被った男。
教祖と呼ばれた男が笑顔で二人を労い、ヤムクンと呼ばれた女性から袋状の何かを受け取った。
「いいえ。教祖様のため。それと、村で見つけた僅かな金品。それと…」
すると、ヤムクンが何かの印を結ぶ。
次の瞬間、地面に魔法陣が現れる。
魔法陣は不気味な紫色に光り、部屋の豪奢な雰囲気を打ち消した。
「…」
すると、魔法陣から4人の小さなエルフ族の子ども達が横たわっていた。
子どもたちは何かしらの魔法で眠らされているのか、ぐったりしていた。
「商品を調達して参りました。お納めください」
ヤムクンが静かに告げる。
「はい。教祖!!」
トムがいくつかの財宝を手渡す。
金色のチョーカー、珍しい鉱石で作られた皿、真珠のネックレス等だった。
「お前達は優秀だ。本当にご苦労だった。ゆっくり休むといい。お前たち…商品を運べ」
教祖は赤ずくめの側近の者らにそう命令する。
側近の者らは教祖の命令に頷くと、エルフの子ども達を担ぎ椅子の裏にある舞台裏へと消えて行った。
「ありがとうございます。我々にできることがあれば何なりとお申し付けください」
「うん!教祖のためならなんでもする!」
トムとヤムクンはそう口にする。
「うむ…今後も期待している」
教祖はそう応えると、椅子から立ち上がり、舞台裏へ消えていく。
「…」
そして、部屋のカーテンがはらりと揺れる。
次の瞬間には、部屋の中には誰もいなくなっていた。
その後、教祖はとある部屋を訪ねていた。
そこは、部屋全体が古書の独特な匂いに満たされており、大量の本が本棚に並べられていた。
その規模は書斎というより図書館に近いほどだった。
そして、そこにゴシックドレスを身に纏った一人の少女が本を読んでいた。
「あ!きょーそ様!!」
少女は教祖に気が付くと本を机に置き、教祖にゆっくりと近づく。
教祖は少女に向かって、ゆっくりと跪く。
「パンドラ様。お待たせいたしました。食料の方、30人分、確保いたしました」
教祖は少女に向かって震えた声で告げる。
「うん!分かった!報告ありがとー!」
パンドラは笑みを見せると、そう返す。
そして、軽やかにステップすると机に戻り、読んでいた途中の本を再び読み始めた。
「あ、あの…パンドラ様。何をお読みになっていたのでしょうか?」
教祖はパンドラに尋ねる。
「うーん?『拷問の歴史と人類の罪』という本だよ!人間を効率よく支配するにはさ、拷問が一番だって、前に別の本で読んだことがあるからさ!興味が沸いてさ!」
パンドラは無邪気にそう答える。
「さ、さようですか…で、では私はこれで…」
教祖がそっと部屋を出る。
彼は冷や汗を拭い、一刻も早くこの場を離れたがっていた。
「うん!またね!きょーそ様!」
パンドラは笑みを浮かべて教祖を見送った。
その表情は、一見すると無邪気な少女の笑みだが、同時に狂気を帯びているようにも見えた。
一方、フラッカーズの本部。
S級傭兵の選抜試験が行われるとのことで、本部には多くのA級傭兵が帰還していた。
受付がある、中央入口は熱気と自信に満ちた傭兵たちでごった返していた。
「俺、エントリーしたわ!」
「一生に一度あるかないかのチャンスだしな!絶対になったる!」
「S級傭兵になれば娘をセントクリスティア学園に行かせられるぞ…」
「S級傭兵になって…金、女、名誉…!全部手に入れてやる!」
「あんた達。私がS級傭兵になったら、うまいものたらふく食べさせてあげる」
各々、目的はそれぞれだったが、確固たる意志を持っているのは確かだった。
その様子を、アイアンホースとマヨは資料室の窓から眺めていた。
「まったく、ご苦労なこったな」
アイアンホースはその様子を見ながら、古びた資料をめくっていた。
「皆、気合いが入っているわね」
そんな中、マヨは羊皮紙にペンを走らせていた。
「だけど、助かるぜ。俺たちの戦果報告書まで書いてくれるとはな」
アイアンホースがマヨに感謝の意を示す。
元々はモギーが書く予定だったが、モギーは奥龙村の一件で、シェイとタピオンと共に現場に急行することになったため、不在になったのだ。
そのため、マヨが代わりに碧天殿 での一件に関する報告書を書いていたのだった。
「いいのよ。こういうのは割と慣れているし」
マヨが穏やかに話す。
その手つきは繊細で無駄がない。
「しかし、奥龙村が襲撃とはなぁ。きな臭い話だ」
アイアンホースが古い資料を見ながら口元を引き結んだ。
その資料には1枚の写真が貼られていた。
「その人は?」
マヨが尋ねる。
「宗教団体『永劫の環』の教祖、ガランだ。多くの子どもや女性を、生贄と称して誘拐して殺害した大罪人だ」
アイアンホースが説明する。
「…今は刑務所かどこかに?」
マヨが尋ねる。
「いや、黎英軍とフラッカーズの共同作戦で奴らの本拠地が襲撃された際に、討ち取られたよ。本来は生け捕りが目的だったが、激しく抵抗したから、やむなくな…」
アイアンホースが過去を振り返るように話す。
「…そう。だけど、本拠地と教祖を失ったら普通は宗教は瓦解するものでしょ?今さらになってどうして…?」
マヨが静かに考えを巡らせた。
彼女の繊細な指が、羊皮紙の上を軽く叩いた。
「さぁな。奴らの意志を継いだ連中の仕業だろうな。ま、だとしても大司教の娘を狙うだなんて、随分とふざけたことをしてくれやがったがな。それと、この左腕の借りもきっちりと返してもらわんとな」
アイアンホースが古い資料を閉じる。
「俺は、もう一度、詰め所にいって何か情報がないか聞いてくら。すまないが、戦果報告書の方は頼むぞ」
アイアンホースはそう言うと資料室を出た。
「ええ」
マヨはそう返事をすると再びペンを走らせた。
こうして、各々が目的に向けて動き始めていたのだった。




