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第135章:依頼確認

「とりあえず、あそこの席に座ってくれ」

バッカスはサシャ達を空いている席に案内する。

その手振りは、迷いなく、客を迎え慣れていることを示していた。


「ありがとう」

バケットは礼を言うと指定された席に向かう。

サシャ達もバケットに続く。


「外は寒かっただろう?茶でも飲んでくつろいでくれ」

少し待つとバッカスがお茶とクッキーが乗ったトレイを手にやってくる。


「師匠、そんな気を遣わなくても…私たち、部屋を借りたいだけなのに」

バケットが申し訳なさそうに声を落とす。


「気にするな。大切な弟子の任務の手助けをするのも師匠の役目だからな」

バッカスはそう答えると、テーブルの上にお茶とクッキーを並べていく。


「わぁ!かわいい!」

アリアが置かれたクッキーに反応する。


皿の上に置かれたクッキーは手作りであり、ウサギや猫の型が取られ、カカオや着色料で可愛らしくデコレーションされていた。


「ふむ…このお茶も上物だ。香りが違う」

リュウはマグカップに入ったお茶の香りを鼻で感じる。


「すごいこだわりですね」

サシャが感嘆の声を漏らす。

宿の細部まで行き届いた気遣いに、彼は感銘を受けていた。


「こういうことをしないと客を奪われてしまうからな。ま、そういうことだから、遠慮せずゆっくりしていってくれ」

バッカスはサシャ達にそう言うと慌ただしく厨房に戻って行った。

客の注文が殺到しているのか、彼は忙しそうに調理場を走り回っていた。


「なんだか慌ただしいね」

サシャが感想を述べる。


「うん…師匠は、この宿を一人で切り盛りしているのよ」

バケットがお茶を一口飲むと話し始める。


「一人で宿を!?」

サシャは目を見開いて驚く。


普通、宿屋というのは最低でも二人。

調理担当、接客や清掃担当等に分かれるものであり、一人で切り盛りするのは珍しいのだ。

よほどの田舎ならばまだしも、王甜(オウテイ) のような活気のある宿街にある、宿屋を一人で切り盛りするのは、容易ではないはずだった。


「そう。この宿は、もともと師匠の奥さんと娘さんが切り盛りしていたの」

バケットが静かに打ち明ける。


「奥さんと娘さんが?」

リュウが問い返す。


「そうよ。だけど、奥さんと娘さんが亡くなって、今は師匠が一人で切り盛りしているのよ。このクッキーが手作りなのも、お茶が美味しいのも、店の内装がどこかファンシーなのも、全部、奥さんと娘さんの想いを継いでいるからなの!」

バケットがレストラン内を愛情のこもった瞳で見渡す。


「そういえば、店の中はどこか暖かい内装…というか、可愛らしいというか、なんというか」

サシャが天井を見渡すと、ピンク色を基調とした色。

そして、いたるところにモンスターのぬいぐるみや、可愛らしい工芸品が飾られていた。


「確かに他の宿と雰囲気が違うと思っていたが…」

リュウが他の宿と雰囲気が異なっていることに気が付く。

そんな会話をしている時だった。


「カランカラン」

店の鈴が鳴る音が響く。


「いらっしゃいませ!」

バッカスが笑顔を浮かべて客を出迎える。


「んだここは?変な宿屋だなぁ」


「あぁ。まるで女の子のお部屋だぜ」


「酒じゃなくてミルクしか出ねぇんじゃねぇのかぁ?」

やってきた男たちは、ガラが悪く、店の雰囲気に悪態をついているようだった。

彼らは宿の温かい雰囲気を踏みにじるように、大股で踏み込んできた。


「いえいえ、とんでもございません。ビールに地酒、ドラゴニア産のワインなんかもございますよ!さぁさぁ、こちらへ」

そんな態度を取られながらもバッカスは男達を空いている席に案内する。


「なんか嫌な感じね…」

その様子を見て、バケットがため息を漏らす。


「いますよね、あういう輩」

サシャがクッキーを食べながら口にする。


「文句があるなら帰ればいいのに!ね?アルブ?」

アリアがクッキーのかけらをフリュネモモンガにあげる。


「アルブ?」

サシャが首をかしげる。


「うん!この子の名前!可愛いでしょ!?」

アリアがフリュネモモンガこと、アルブの頭を撫でながら嬉しそうに話す。


「キュイッ!」

それに対して、アルブは応えるように小さく鳴いた。


「ご注文はいかがしましょうか?」

一方で、バッカスは男達に注文を伺っていた。

その姿勢は物腰柔らかだ。


「ビールだよビール。3つな」


「さっさともってこいよ」


「ついでに、この「手作りピクルス」と「ダルヴァワニのソーセージ」ってのも頼むわ。最優先でな。俺たちVIPだからな!」

男たちは刺々しい物言いでバッカスに注文する。


「かしこまりました。少々お待ちください」

バッカスは一礼すると、そそくさと厨房に戻る。

厨房といっても、この宿屋の厨房はオープンキッチンになっており、厨房内からレストランのフロアが見える仕組みになっていた。


「にしても、本当にしけた宿屋だ」

男の一人が近くにあった、茶色い熊のぬいぐるみに視線を向ける。


「あぁ。壁の色もなんか落ち着かないし、まるで令嬢の部屋みたいだな」

男の一人が大げさにそう言い放つ。


「そうだな!!違いない!!」

そうして、男たちは下品にゲラゲラと笑い始める。


「…」

しかし、バッカスはじっと堪えてビールを手に男たちのもとに行く。

彼の顔には微塵も怒りの色は見えなかった。


「お待たせしました。ビールになります」

バッカスはビールを渡す。


「…」

男たちはビールを受け取る。

だが、その途端に態度を豹変させる。


「あん?なんだよこれ?全然冷えてないじゃねぇかよ!!」

男の一人がいちゃもんをつけ始める。


「すみません…持ってきなおします…」

バッカスはビールを回収すると厨房に戻っていく。


「ったくよ、店もしけてると店主までしけてるんだな」

男が吐き捨てる。


「ったくな。あ、そうだ!!いいこと思いついたぜ!」

男の一人が棚に置かれた熊のぬいぐるみに視線を向ける。


「あれの頭に最初にナイフを当てた奴が奢り!どうだ?」

男の一人が提案する。


「いいね!!」


「のった!!」

こうして、男たちは腰からナイフを取り出すと、ぬいぐるみに向けて投げようとした。


「さすがにやりすぎ…!!」


「あぁ、止めよう!!」

リュウとサシャが止めに入ろうとする。

だが、バケットがそれを制止する。


「いや、あれを見て」

バケットが小声で促す。


「お客様。そのぬいぐるみに…何を投げるつもりなのでしょうか?」

サシャが視線を向けると、男の背後には、いつの間にかバッカスがおり、その手にはビールが握られていた。

バッカスは音もなく、影のようにそこに立っていた。


「あん?なにって決まってんだろ?的当てゲームだよ!!!」

だが、男の一人が無情にもナイフをぬいぐるみに向けて投げる。


「ザクッ」

ナイフはぬいぐるみのちょうど真横に突き刺さる。


「惜しい!!」

男の一人が陽気にそう叫ぶ。


「次は俺だな!!」

別の男がナイフを構え直す。

だが、男たちが余裕を見せたのもそれまでだった。


「分かった。お前らは客ではないと判断した」

すると、バッカスがビールをテーブルの上に置くと、魔法を唱える。


「毒魔法-大王気侵(だいおうきしん)-」

魔法を唱える声は、それまでの温厚なものから一変し、低く冷たい響きを帯びていた。

次の瞬間、男三人を黄色い毒の気体が覆う。


「あ?なんだこの煙は?」


「へ、くだらねぇ、おっさんの屁かよ」


「構わねぇ!もう一発当てちまおう…ぜ?」

男がナイフを投げようとした時、男の視界が急にグラっと揺れた。


「あれ?なんりゃか、視界がゆがみゅぞぉ?」


「それに息が…ごふぉ…ごふぉ…」


「い、いぎがくるじい…」

男たちは床に倒れ、もがき苦しむ。

彼らは毒の作用により、全身の自由を奪われていた。


「…」

バッカスはその様子を無慈悲に見つめる。

そして、ゆっくりとしゃがむと倒れた男の一人に問いかけた。


「おい。もう一度だけ聞く。そのぬいぐるみに…何を投げるつもりだったんだ? 」


「ナ…ナイフを…投げりゅ…づもり…ゴフゴフッ!!」

男の一人が咳き込みながら話す。


「なるほど。私はな、私に対して文句を言おうが、ビールや料理にケチをつけようが、クレームを入れようが、暴力を振るおうが、ある程度のことは許すし、何も言わん。だが、そのぬいぐるみは私の娘が残した大切な宝物だ。それを、無為に傷つけようとすることは、私の娘に刃を向けたのと同じことだ…つまり、覚悟はできているだろうな?」

バッカスは男たちを睨みつける。

その表情は先ほどの温和な宿屋の店主とはうってかわり歴戦の傭兵としての顔だった。

彼の全身から放たれる威圧感は、宿屋の喧騒を一瞬で沈黙させるほどだった。


「す、ずみません!!ゆるしでください!!か、金ならおいていきますから!!」

男たちは必死に命乞いをする。

だが、バッカスは男たちの声を無視してぬいぐるみを手に取る。

そして、傷がないことを確認すると口を開く。


「…金などどうでもいい。ぬいぐるみに傷はついていないようだった」

すると、魔法を解いた。


「さっさと、この街から失せろ。そして二度と近づくな。次、顔を見せたら…殺す」

バッカスは男たちをひと睨みすると、そう宣言した。


「は、はい!!すびまぜんでじだ!!!!!」

男たちは怯えた表情をしながら、店の扉を慌てて開けて、夜の闇へと消えていった。


「…ふぅ。あ、あぁ…皆さま、お騒がせしました。引き続き、ゆっくりとおくつろぎください。何かあれば遠慮なく申し付けてください」

バッカスは慌てたように笑みを見せると一礼して厨房に戻っていく。


「…元フラッカーズというのは嘘じゃないようだな」

リュウがニヤリと口元を緩めた。


「私の師匠だもの。当然よ!」

そう言うと、バケットは残ったお茶を一気に飲み干す。


「さて、そろそろ寝ましょう。明日は朝早くから動くわよ!」

バケットが促す。


「師匠!!部屋をお願いできるかしら?」

そして、バケットはバッカスに尋ねる。


「お茶のおかわりはいいのか?」

バッカスは問い返す。


「明日、朝早いの」

バケットが答える。


「まったく、せっかちだな。ほれ。いつもの部屋だ」

バッカスは壁に飾られているキーホルダーから鍵を外して、部屋の鍵を手渡す。


「ありがとう」

バケットは鍵を受け取る。


「君たちは、同僚か何かだろう?この子といると大変だろうけど、頑張りなさい」

バッカスはサシャ達をそう言って励ましてくれた。


「はい!ありがとうございます」


「ありがとう!クッキー美味しかったよぉ!」


「お茶、ごちそうさまでした」

サシャ達はそれぞれバッカスに礼を言った。


宿の喧騒は、いつの間にか元の活気を取り戻し、サシャ達は王甜(オウテイ) にて一夜を過ごした。


翌朝。

サシャ達の姿はノクターン亭の目の前にいた。

朝焼けの光が、木造の宿屋の黄色い壁を優しく照らしていた。


「バケット、少年達。気を付けていってこいよ」

水色のエプロンをつけたバッカスが見送る。


「朝ごはん美味しかったです!」

サシャが感謝を伝える。


ちなみに、ノクターン亭の朝食は、焼きたてパンとベーコン、目玉焼きにスープというシンプルなものだった。

だが、どれも手作りであり、バッカスの丁寧な仕事ぶりが垣間見える逸品だった。


「ありがとう師匠!行ってくるわね!」

バケットはバッカスに礼を述べる。


「あ、そうだ。これを皆に渡そうと…」

そう言うと紙に包まれた何かをバケットに手渡す。


「師匠、これは?」

バケットはその紙で包まれたものを受け取る。


「サンドイッチだ。昼食にでも食べてくれ」

バッカスが説明する。


「あらあら、そんなに気を遣わなくてもいいのに」

バケットはそう言いつつ、嬉しそうな表情を浮かべる。


「ありがとうございます」

リュウは礼を口にする。


「わぁ!お昼が楽しみだね!」

アリアは嬉しそうだった。


「君たちのような若者は応援したくなるものでな。さ、行ってこい」

バッカスは笑顔でそう見送った。


「はい…!ありがとう師匠!!」

バケットはそう言うと歩き始める。


「お世話になりました!」

サシャ達はバッカスに手を振る。


「気を付けてな!」

バッカスはサシャ達を玄関先で見送った。


それからサシャ達は王甜(オウテイ) を抜け、平野を進む。

道は商品を乗せた荷車を運んでいる商人や冒険者らしき一行が旅をしていた。

街道には絶えず人々の往来があり、黎英の活気が伝わってきた。


「てやっ!!」


「荒覇吐流奥義・剛鬼!!」


「ブギュウィィィ…!!」

更には、道中で棘に覆われた巨大な芋虫型のモンスター等が現れ、それを撃破しながらも、順調に道を進んでいた。


そして、王甜(オウテイ) から歩いて3時間後。

サシャ達は(ツェーン) を一望できる展望台に来ていた。


「ここが…黎英の首都…」

サシャの眼下には異国情緒溢れる建物が並んでいた。


「あぁ。(ツェーン) だな」

リュウが腕を組みながら、そう告げる。


(ツェーン) は、山から下の市街地へ向けて、白色の木造造りの家や、朱色のレンガ造りの建物が軒を連ねていた。

建物の間を、石造りの綺麗な坂道が整備され中央には美しいデザインの街灯が立っていた。

そして、(ツェーン) の眼下に見える街並みは、黎英湾の曲線が美しいコントラストを醸し出しており、まるで絵画のような芸術性を感じさせるものであった。


「風が気持ちいよぉ!」

アリアがポンチョを抑えながら声を弾ませる。


「キュイィィッ!!」

アルブもどこか気持ちよさそうだった。


「さて、依頼主のところに行くわよ。遺跡の調査さえしてくれれば好きにしてもいいと言われたけど、事情の説明と挨拶はしっかりとしておかないと信用に関わるからね」

バケットはそう言うと、街へ続く坂道を下り始める。

サシャ達もバケットに続く形でついていく。


石畳の坂道はゆるやかで、一番下の突き当りは海になっていた。

心地いい海風がサシャ達の頬を撫で、潮の香りを運んでくる。

それは、長旅の疲れを癒してくれるようだった。


人の数も、大国の首都というだけあり多く、冒険者らしき者はもちろん、暖かそうな服を着こんだ住人らしき者や、黎英の兵隊らしき軍服を着た男達も見えた。

種族も多様で、ドラゴニアやオルカ族、さらにはナーガ族やドワーフ族までいた。


「人がいっぱいだね!」

サシャが周囲を興味深げに見渡しながら話す。


「黎英の首都だもの。そりゃそうよ」

バケットは何度も来ているのか、当然と言った口調でそう返した。

そして、サシャ達はそのまま坂を下ると、途中にある一軒の屋敷の前で足を止める。


「ここが依頼主の家よ」

バケットが説明する。


屋敷は木造で年季が入っており、あちこちが蔦で覆われていた。

石造りの塀に蔦が絡みつき、歴史の重みを感じさせる。

しかしながら、その造りは由緒ある家柄であることを表しているようだった。


「依頼主は貴族か何かですか?」

リュウが問いかける。


「いいえ。黎英では10年前に今の皇帝に代わってから階級制が廃止されているの。だから、厳密には元貴族といったところね」

バケットがそう言うと、ドアノッカーを叩く。

そして、しばらくすると一人の女性が顔を出す。


「はい…」

服装からするに召使いのようだった。


「あの。フラッカーズの者ですが、キンさんはいらっしゃいますか?遺跡の件と言えば分かると思いますが?」

バケットは召使いに要件を告げる。


「あ、はい!少々お待ちください!」

召使いはそう言うとドアを閉めて屋敷の中へ引っ込んでいく。

そして、しばらく経つと再びドアが開く。


「確認が取れました。どうぞ、おあがりください」

召使いが頭を下げて扉を開ける。


「ありがとう」

バケットとサシャ達は屋敷の中へと入っていく。


「こちらへどうぞ」

すると別の召使いが部屋へと案内する。


部屋内には古びた地図が壁に貼られ、美しい刀や槍が飾られ、数体のモンスターのはく製が展示されていた。

部屋全体が、まるで博物館のような重厚な雰囲気を纏っていた。

そして、真ん中には高級そうなソファとテーブルが置かれていた。


「こちらの部屋でお待ちください。しばらくしたら、ご主人様がやって参りますので」

召使いはそう言うと、一礼して部屋を去って行った。


「随分とすごい部屋だな、あれは宝剣か…」

リュウが壁にかけられた剣を見てリュウが言葉を漏らす。

剣は柄の部分が黄金でできており、鍔の部分には宝石が埋められていたであろうくぼみが見える。


「これはダンジョンや遺跡の図面…かな?」

サシャは壁に貼られた、古びたダンジョンの図面を見る。

年季が入っているが、精巧に描かれた一枚に思わず目を奪われる。

緻密な線で描かれた地図には、未知への好奇心を掻き立てられる力があった。


「モンスターのはく製もある!あれは、マダラシャーク、あっちはブルードラゴだ!」

アリアはモンスターのはく製に視線を向ける。

いずれも、珍しい個体のモンスターのはく製だった。


「ガチャ」

その時、ドアが開く音がする。


「…おやおや。随分と賑やかだな」

部屋に入ってきたのは、スクエア型の眼鏡をかけ、紫色の着物を緩く着込み、朱色の袴を履いた女性だった。

灰色の長髪は整っていないのか、ところどころが寝ぐせになっており、どこか、だらしなさが漂う雰囲気だった。


「あ、キンさんですか?はじめまして、私がフラッカーズのバケットと…」

バケットが女性に挨拶しようとする。

だが、女性の言葉がそれを遮る。


「あー、そんな挨拶はいいよ。私は徹夜明けで眠いんだ…手短に要件を済ませ…ふぁぁぁ…ようか」

キンと呼ばれた女性はあくびをしながらそう告げた。


「では、単刀直入に。奥龙(アンロン)村の近くで発見されたダンジョンについて、わたくしフラッカーズのA級傭兵である、バケット。そして、助っ人としまして、冒険者であるサシャ、リュウ、アリアの計4人で調査にあたるものとします。 我々はキンさんから依頼を受けた通り、ダンジョン内部の図面の記録やモンスターの生態調査、トラップの調査をいたします。ダンジョン内で発見された宝物等については、依頼の時点では好きにしてもよいと仰られてましたが、それらを報酬の代わりとして、助っ人であるサシャらに付与するという形を取らせても問題ないでしょうか?」

バケットは丁重にキンに尋ねる。


「…」

サシャは息を呑む。

これで「ノー」と言われたら計画がおじゃんだからだ。

だが、答えは意外なほどあっさりだった。


「いいよ。私が興味があるのは遺跡内の設計やそこに住んでいる生物の生態だけ。宝物なんてあっても邪魔になるだけだし」

キンはバケットの提案を、あっけらかんと受け入れた。


「あ、あの…つかぬことをお伺いしますが、本当にいいのですか?こちらの剣やモンスターのはく製とかは?」

サシャがキンに尋ねる。


「いいのいいの。私はダンジョンの構造や罠の種類、古代人が遺した遺物の設計や生態にしか興味がないんだ。宝物なんて邪魔なだけだし、お金にも不自由していないしな。それと、これらは死んだ父が遺したものさ。父は貴族でもあったが、冒険者でもあってさ、珍しい宝物を回収したり、珍しいモンスターを捕まえては、はく製にしたりしていたんだよ。ま、遺産相続した時に私が殆ど売っちゃったけどね。そこにあるのは傷物だったり、訳ありで売れなかったものだよ」

キンが説明する。


「なるほど…お父様も冒険者だったんですね。説明していただき、ありがとうございます」

サシャはキンに礼を述べる。


「じゃ、そういうことだから、頼んだよ。調査が終わったら報告しに来て。結果を確認したら報酬を渡すから」

そう言うとソファから立ち上がる。


「アンバー。お客様がお帰りだ。丁重にお見送りしてあげて」

キンは召使いにそう言うと、大きく背伸びをしながら廊下の奥へと去って行った。


「かしこまりました。お嬢様…では、お客様方、こちらへ」

こうして、サシャ達はキンの屋敷を後にした。


「これでいいわね。言質も取れたし、お宝があれば全部あなたたちのものよ」

外に出た後、バケットがサシャ達に安堵の声をかける。


「いやぁ、これで断られたらどうなるかと思いました…けど、これで堂々と探索できますね!」

サシャもほっと胸をなでおろしながらも、探索に意欲を燃やしていた。


「だが、これで契約は成立したわけだ。あとは現地に赴いて依頼をこなすのみだ」

リュウはやる気に満ちていた。


「モンスターの調査なら任せてよ!」


「キュイ!」

アリアとアルブもやる気満々だった。


「みんなやる気があっていいわね。じゃあ、まずは奥龙(アンロン)村に向かいましょうか」

バケットが大きく頷く。


そして、(ツェーン) から歩いて30分。

カンガラ岳の麓にある小さな村、奥龙(アンロン)村 に到着した。


「到着ね!」

バケットが声を上げる。


「ここが…奥龙(アンロン)村 ?」

サシャが首をかしげる。


「なんか静かだよ?」

アリアが妙な違和感を覚える。


「あぁ、あまりに静かすぎる」

リュウが異変を察知する。


「確かにそうね…いつもならもう少し活気が…(血の匂い!?)」

すると、バケットが急に村の中央へ向けて駆け出した。

その表情は一気に引き締まり、傭兵の顔になっていた。


「バケットさん!?」

サシャ達もそのあとを慌てて追いかけた。

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