第132章:ツアー
「次は負けないからな!」
ポージャはリュウに強く呼びかける。
「何度でもかかってこい。また返り討ちにしてやるよ」
リュウが挑発的に語り掛ける。
「くそっ…やっぱいけ好かないな。けど…」
立ち去るポージャが一瞬止まる。
「リュウ、お前、強い奴だよ」
そして、そう言い残すと正門の方へと歩いて行った。
その背中は、悔しさとともに清々しさを感じさせた。
「ったく、青春しやがって」
その様子をモギーは羨ましそうに目を細めていた。
「ポージャ君らしいね」
サシャはその様子にどこか心躍った。
「男子ってどの世界でも一緒ね」
マヨが皮肉交じりに口にする。
「さ、ツアーの再開だ。ついてこい」
そして、モギーの案内で再びフラッカーズの本拠地ツアーとなった。
「よーしよし!餌の時間だぞ!」
「良い毛並みだな」
獣舎では多くの魔法生物が飼育され、担当者が一匹ずつ丁寧に世話をしていた。
清掃が行き届いた広い敷地には、薬草の匂いと穏やかな息遣いが満ちていた。
「わぁ…すごい!!ユニコーンやパラゴン、ホワイトキューピットまでいるよぉ」
アリアは目を輝かせていた。
「小娘には天国だろうなと思ってな」
モギーはにやりと口角をあげる。
「ヒィィィン!」
すると一頭のユニコーンが優雅にいななく。
「ユニコーン!本物だよぉ!」
アリアがユニコーンに近づく。
「おっ!嬢ちゃん、ユニコーンに興味があるのかい?」
世話係と思われる傭兵がアリアに話しかける。
「うん!僕、ダルサラーム一族なんだけどモンスターに興味があって…」
アリアがニコニコしながら自己紹介をする。
「おお!あのダルサラーム一族の!よし、おじさんが色々と教えてあげよう。モギーさん、この子をしばらく借りても?」
傭兵がモギーに尋ねる。
「小娘が良いというならいいぜ!」
モギーが親指を立てる。
「アリア、ここでモンスターを見てるかい?」
サシャがアリアに尋ねる。
「うん!!たくさんいるし、じっくり観察したいよぉ!」
アリアはいつにもなく嬉しそうだった。
「じゃあ、用事が済んだら迎えに来るからね。それでいいですか、モギーさん?」
サシャはモギーに尋ねる。
「あぁ、それで構わねぇぜ」
モギーが頷く。
「じゃあ、また後でね!」
こうして、サシャ達はアリアと別行動をとった。
「うん!また後で!」
アリアはサシャ達に手を振った。
その後、一同は建物の中に入った。
フラッカーズの本拠地の建物は木造であり、その木の香が鼻をくすぐる。
粗削りな梁が剥き出しになった天井の下、歩くたびに床板が小さくきしむ。
壁には絵画や古びた武具、はく製が無造作に掛けられ、まるで博物館のようだった。
そして、ところどころで、傭兵達とすれ違った。
「お前、S級試験にエントリーしたか?」
「あぁ、したぜ。千載一遇のチャンスだからな。お前は?」
「いやぁ迷っててさ」
「ならしとけよ!記念受験だけでもさ」
そんな会話がサシャ達の耳に入ってくる。
空気は活気づいており、試験への期待感が満ちていた。
「あの、モギーさん。S級試験ってなんですか?」
サシャがモギーに尋ねる。
「あぁ、来週ここで行われる試験さ。試験に勝ち残った2人が新たなS級傭兵になる。ちなみに、決勝戦は、さっき小僧達が戦った演習場で行われるぞ。観戦自由だ!興味あるだろ?」
モギーが問いかける。
「ふむ…武術大会のようなものか。興味があるな」
リュウが興味を示す。
「ま、開催は1週間後だけどな。さ、着いたぜ」
モギーが足を止める。
「カンカンカーン!!」
鉄と鉄が打ち合う音が響き、辺りに熱気が漂う。
金属の焼ける匂いと、火花の散る眩い光が、工房の激しい労働を物語っていた。
職人達は金属を加工し何かを作っている様子だった。
「おい!バリーク!!お客さんだ!!」
モギーが大きな声で、巨大なハンマーを叩いている女性に呼びかける。
だが、女性は作業に集中しているのか反応しない。
「おい!!バリーク!!!!!聞いてんのか!!」
モギーがさっきより大きい声で呼ぶが応答がない。
「…ったく」
そう吐き捨てると、モギーはピストルを上に向けて構える。
「え?モ、モギーさん?」
突然のモギーの行動にサシャは目を丸くする。
「まさか…」
リュウの胸の中に嫌な予感が駆け巡る。
そして…
「ズドーン!!」
ピストルが火を吹き、天井の一部を吹き飛ばした。
轟音が工房中に響き渡り、火薬の匂いが一瞬にして充満した。
「うわ…モギーさん、またやってるよ…」
「アイアンホースさんと喧嘩でもしたのかな?」
「いや、虫の居所が悪いんだよ。くわばらくわばら…」
たまたま周囲にいた傭兵はビビッて足早にその場を後にした。
すると、ハンマーを持った女性がようやく手を止めて振り向いた。
「あぁ、モギーじゃないか!来てたなら言ってくれよ!!」
バリークと呼ばれた女性はニコニコしながらそう言った。
「何度も言ったぞ。おめぇが作業に集中してたから…ほれ」
モギーが天井を指さす。
天井にはぽっかりと風穴が空いていた。
「あちゃ…これで何度目さ。またアタイが修理しなきゃならないじゃないか」
バリークはやれやれといった感じでぼやく。
「仕方ないだろ。こうでもしないと反応しないお前が悪い」
モギーは自分に非はないと言わんばかりに言い返す。
「それよりも、お客さんだ」
モギーがサシャ達を紹介する。
「お!身なり的に冒険者だな?懐かしいな…その雰囲気!アタイはバリーク!フラッカーズのピストルスミスをやっている!よろしく!」
バリークが挨拶をする。
「サシャです」
サシャ達もそれぞれ自己紹介をする。
「して、そこの嬢ちゃんが、興味深い武器を持っててな。お前のところで何か手を打てないかなと思ってな」
モギーがマヨを指さす。
「…」
マヨがそっと散弾銃と自動小銃を近くの机に置く。
「お前…!それピストルじゃねぇかよ!!フラッカーズじゃないんだろ?どこでそれを…」
バリークは当然、驚きを見せる。
「そうよ。信じてもらえないかもしれないけど…」
マヨは自身の身の上を明かす。
自分は異世界から来たことや、この武器は異世界のもので、ピストルだが厳密には異なるものであること、そして弾丸を使用することなどを話す。
「なるほどな。会った時から違和感があったが…もしかして転移者という奴か?」
モギーは顎に手を当てながら考察する。
「転移者?」
初めて聞く言葉にサシャは首をかしげる。
「大陸内にはな。たまに、この世界の存在ではない者が突如現れることがあるんだ。俺が知っている限り、見たことのない服を身に纏い、四角い謎の装置を持った、金髪の少女が迷い込んだという話をウィンドランドの方で聞いたことがあるな。だが、珍しい事例だから、俺も詳しくは知らねぇ」
モギーが情報を開示する。
「そんなことが…」
サシャが驚く。
「なるほど。で、私はたまたま巻き込まれたって訳ね」
マヨは意外にも冷静に、その事実を受け止めていた。
「そういうことなら合点がいくな…」
バリークは一考すると口を開く。
「マヨ!この武器を1週間ほど預からせてくれないか?これを詳しく調査したい!何かがあればアタイが責任を持つ!!」
バリークが必死にお願いする。
「…壊さないって約束できる?私、魔法が使えないの。これを失ったら戦う術がない」
マヨはどこか心配そうだった。
だが、それに対してバリークは自信満々な表情で頷いた。
「そこは心配するな!アタイはね、全フラッカーズのピストルを製作しメンテナンスも改造も全て手掛けているピストルスミスさ。それが、壊しちゃとあっちゃ、信頼に関わるよ。だから、壊すなんてありえないよ!」
バリークはそう豪語する。
「…分かった。じゃあ、あなたに私の武器を預けるわ」
バリークの言葉を信じてマヨは武器を預けることにした。
「ありがとう!!こりゃ、大仕事になりそうだ!」
バリークは、いつも以上に張り切る。
こうして、マヨの武器はバリークの元へと預けられることになった。
「じゃあ、1週間後に!!」
バリークが手を振り、サシャ達を見送る。
「頼んだぜ!バリーク!間違っても壊すんじゃねぇぞ!」
モギーがバリークに釘を刺す。
「…あの人、信頼できる」
マヨがボソリと漏らす。
「うん!魂のこもった職人って感じだよね!」
サシャが同意する。
「ほら!次行くぞ!!」
そして、モギーが次の場所へと案内する。
次に訪れたのは「娯楽棟」と書かれた建物だった。
「これが釣り堀だ!」
モギーが入口の大きな扉を開けて中に入る。
中には、なんと室内の中に巨大な池があり、そこには大量の魚が放たれていた。
天井からは人工の明かりが水面に反射し、まるで自然の洞窟にある湖のようだった。
「へぇ!室内で釣りができるんだ!」
アリアが目を丸くする。
「釣り堀か…珍しい」
リュウが感嘆する。
「あとは、横は娯楽室だ。ビリヤードにダーツ、斧投げ、フリーのドリンクが置いてあったりする。傭兵達は何かとストレスが溜まるからな」
モギーはそう語ると堂々と横の扉を開ける。
扉の中には数人の傭兵がビリヤードやダーツを楽しんでいた。
部屋には酒と汗と、そして抑えきれないエネルギーが充満していた。
「あ!モギーさん!お疲れ様っす!」
そのうち、バーカウンターでジョッキでビールを飲んでいた傭兵がモギーの姿に気が付く。
「「お疲れ様でぇす!!!!!」」
すると、遊んでいた傭兵達が手元の遊び道具を放り投げ、一斉にモギーの方を振り向いて深々と頭を下げた。
「おうおう。お前ら元気か?気合い入ってるか?」
モギーは口角を釣り上げ傭兵達に手を振る。
「押忍!!やる気、気合い、根性、フルマックスであります!」
テンガロンハットに黒いポンチョ、そして丸眼鏡に角刈りという風貌の男が熱く叫ぶ。
背中には得物と思われる双剣が見える。
「押忍!元気すぎて、ダーツでブルズアイを出したであります!!」
黒いポンチョにもじゃもじゃ頭に髭、たらこ唇という独特の風貌の男が大声で報告する。
腰には何かのチャンピオンベルトが巻いてあった。
「おう!その調子だ!気合い入れて頑張れよ!!」
モギーが視線を向け、激励する。
「押忍!ごっつあんです!!」
それに対して、傭兵達が気合いの入った声で応えた。
「…なんか、妙に気合いが入っているね」
サシャはその光景にどこか唖然としていた。
「傭兵って皆こうなの?」
アリアがモギーに尋ねる。
「こいつらは全員アタイの弟分のようなもんだからな」
モギーがにやりと笑みを見せる。
「お、弟分…」
リュウはその言葉に対して妙に納得がいったような表情をしていた。
そして、サシャ達は次のエリアである医療棟へと到着した。
「いてて…」
「二日酔いだから、吐き気止めを頼む」
「全治2週間ですね…その間、任務は禁止です」
医療棟では負傷した傭兵や、薬を受け取りに来た傭兵、そして、多くの医療スタッフで慌ただそうだった。
薬品の匂いと消毒液のツンとした香りが混ざり合い、緊迫した雰囲気を漂わせている。
「よぉ!シェイ!!」
そんな中、モギーは一人の女性スタッフに声をかける。
「あ!モギーさん!」
桃色のシニヨンヘアの女性がモギーに気が付き答える。
水色の翼と角から、彼女はドラゴニア族のようだった。
「眼帯の義手は作れてるか?」
モギーはアイアンホースの義手の製作状況を尋ねる。
「今日、設計しはじめたばかりだよ。アイアンホースさん、無茶な設計ばかりするから、1週間はかかるよ…普通の義手なら3日くらいで作れちゃうんだけどさ」
シェイはため息をつきながらそう説明する。
「あの眼帯…まぁ、できる範囲でいいぞ。いつもご苦労だな」
モギーはシェイに労いの言葉を贈る。
「いいえ。これが仕事だから…ところで…」
シェイの視線はサシャ達に移っていた。
「こちらはお客さん?」
シェイがモギーに尋ねる。
「あぁ、こいつらはな…」
モギーはサシャ達のことを紹介する。
そして、サシャ達も自分たちのことを自己紹介する。
「へぇ、冒険者なんだ!あたしはシェイ。フラッカーズの傭兵よ」
シェイは軽快な口調で自己紹介する。
「けど、シェイさんは医療スタッフじゃ?」
サシャがシェイに尋ねる。
「そうよ。厳密には「衛生関連専門の傭兵」といったところね。だから、国から災害派遣の救援依頼を受けたり、衛生防護が必要な依頼があったら、普通に傭兵として外に出て活動するのよ」
シェイが説明する。
「なるほど。傭兵にも色々と種類があるんですね」
サシャが納得したように頷く。
「まぁ、最近は平和だから、もっぱら医務室で負傷者の治療をしたり、酔っ払いに吐き気止めを調合したり、義手や義足を設計したり…って感じが多いかな」
シェイは苦笑したように付け加える。
その時、医務室の扉が勢いよく開かれる。
「姉貴!!義足が壊れちまった!修理してくれ!!」
一人のドラゴニアの傭兵が翼を羽ばたかせて入ってくる。
「…ほら、ああいうの」
シェイがため息をつくと椅子から立ち上がる。
彼女は手際よく修復キットを手に取った。
「お、邪魔なようだから俺たちはこれで失礼するぜ…さて、次の場所に行く前に小娘を迎えに行くとするか」
モギーがそう告げると部屋から出る。
「お邪魔しました」
サシャは静かにそう会釈するとモギーの後をついていく。
「はいよ!怪我したらいらっしゃい!」
シェイは小さく手を振りサシャ達を見送った。
「ん?あれはモギーさんじゃねぇか?何かあったのか姉貴?」
ドラゴニアの傭兵が椅子に座りながらシェイに尋ねる。
「タピオンには関係のない話よ…それよりも義足見せて…」
シェイは優しくほほ笑むと義足の修理に取り掛かった。
そして、サシャ達は再び獣舎に到着する。
「キュイッ!!」
「あっ!くすぐったいよぉ!」
そこでは、アリアが一匹のモンスターと戯れていた。
そのモンスターは白いモモンガのような見た目で、大きさは1メートルくらい。
もふもふとした白い毛皮に、青いくりっとした瞳、愛らしい鳴き声が特徴的だった。
「アリア、そのモンスターは一体?」
リュウが白いモモンガのようなモンスターをじっと見つめる。
「あ、これは『フリュネモモンガ』だよ!黎英原産の珍しいモンスターなんだよ!」
アリアがフリュネモモンガの頭を撫でる。
「キュイッ!」
フリュネモモンガは可愛らしい鳴き声をあげる。
「このお嬢ちゃんのモンスターに対する知識は大したものだぜ。俺が逆に色々と教わってしまったぜ」
「本当ね。さすがダルサラーム一族ってところね」
世話係の傭兵が感心したように口にする。
「よぉ。もう満足したか?」
モギーがアリアに尋ねる。
「うん!たくさん触れ合えたし楽しかった!」
アリアは満足したように頷いた。
「キュウゥゥ…」
だが、フリュネモモンガが寂しそうな瞳でアリアを見つめた。
「お前、もしかして、このお嬢ちゃんについていきたいのか?」
世話係がフリュネモモンガに尋ねる。
すると、フリュネモモンガが小さく頷く。
「嬉しいけど、僕はモンスター使いじゃないし、フリュネモモンガは暖かい気候には弱いから連れて行くのは難しいよぉ…」
アリアはしょんぼりとした表情を見せる。
「モンスター使いって?」
マヨが尋ねる。
「簡単に言うと、モンスターと契約を結んで共に冒険をする者のことだ。契約者という職業に依頼して、独自の契約を結ばなきゃならないから、簡単になれるわけではないんだ…」
リュウがマヨに説明する。
「キュウン…」
アリアの答えを聞いて、フリュネモモンガもしょんぼりしている。
「このモンスターは誰かのペットとかじゃないんですか?」
サシャが気になって世話係の人に尋ねる。
「あぁ、ここにいるモンスター達はみんな、モンスター使いの傭兵と契約を結んでいるんだ。けど、この子は大風渓谷で行き倒れているのを、うちの傭兵が見つけて…で、ここで引き取って世話しているといった感じなんだ」
世話係が事の経緯を説明する。
「ごめんね…」
アリアは申し訳なさそうにフリュネモモンガに謝る。
「ま、いいじゃねぇか。最低でも1週間は淘气 に滞在することになったんだ。後悔がないように、残りの期間でしっかりと触れ合っておけよ 」
モギーがアリアに声をかける。
「え?どういうこと?」
アリアは事の経緯を知らない。
「実は…」
サシャはアリアに事の経緯を丁寧に伝える。
マヨの武器をピストルスミスである預けたこと、その調査に1週間かかることを話した。
「じゃあ、また会えるってことだよね!?」
アリアの顔が一気に明るくなる。
「そういうことだな」
リュウが頷く。
「やったー!!」
アリアは嬉しさで小躍りする。
「キュイッ!」
フリュネモモンガに状況が伝わったのか、その表情はどこか嬉しそうに見えた。
「可愛い…」
マヨはフリュネモモンガを見つめてボソリと漏らした。
「けど、1週間もあるし、どうしようか?ただ、ぼーっとしているわけにもいかないし…」
サシャは首をかしげる。
「そうだな。何もしないと刀の腕も鈍るしな…」
リュウは懸念する。
「僕は、この子に毎日会えればそれでいいよぉ」
アリアはフリュネモモンガを抱える。
「…つんつん」
マヨはフリュネモモンガの頬を指でつつく。
すると…
「ふーっ!」
マヨに白い冷気が襲いかかる。
「うっ…冷たい…」
マヨの髪の毛が凍り付く。
細い氷の粒がマヨの顔にかかり、彼女を白く染めた。
「あ、フリュネモモンガは外敵に向かって、氷結ブレスを吐く習性があるんだよ!気を付けてね!」
アリアが付け加えるように説明する。
「そ、それを早く…言ってよ…」
マヨは震えた声で抗議した。
それを見た一同はどっと笑いに包まれた。




