第130章:S級傭兵
「!!」
ベルクートの提案に一同は目を丸くする。
「おいおい、旦那。そりゃどういうことだ?」
アイアンホースが眉をひそめる。
「眼帯の言う通りだ。俺たちに回ってくる仕事が減っちまうじゃねぇかよ」
モギーは苛立ちを隠さず吐き捨てる。
「…」
ダストは一切感情を見せず、じっとベルクートを見つめていた。
「アタイはいいと思うじゃんね。実際、人手は足りてないところがあったし、新しい風も必要じゃんね」
マリは賛成の意を示す。
「俺も別に構いませんが、わざわざ俺たちを集めて、この議題を出すということは、何かしら意味があるんですよね?」
ファントムが穏やかな口調でベルクートに尋ねる。
「その通りだ。嬉しいことにフラッカーズの業績は右肩上がりだ。傭兵達の稼ぎもいい。他の競合組織は殆どなく、集団的な傭兵稼業に関しては、我々が業界ナンバーワンだ。だが、同時に大きな課題が出てきた…」
ベルクートが深く思い悩んだような表情を見せる。
「…人員不足という訳ですね?」
ダストが静かに指摘する。
「その通りだ。特に最近はS級傭兵へ指名での依頼が増加している。人手が足りないときは、A級上位の連中を代打として送り込んでいるが、中にはS級でなければ契約しないと駄々をこねる者もいてな。その中には国の王族や有力者からの依頼もあるから、猶更面倒になっている…」
ベルクートが組織の窮状に重いため息をつく
「それで…人数を増員するという訳だな」
アイアンホースが経緯を知り、大きく頷く。
「ちっ。そもそもだ…」
モギーが大きくため息を吐く。
そして、苛立ちを隠さずに口を開く。
「俺や眼帯、マリは任務をしっかりとこなしているからいい。だが、問題はダスト、それと、そこのニヤケ面!!おめぇらだよ!」
モギーが二人を名指しする。
その声には明らかな非難が込められていた。
「私が何か問題でも?」
ダストが冷たい視線でモギーを射抜く。
「あぁ、問題大ありだね。おめぇはギルドからの依頼を受けずに、紛争地帯に赴いては、自らを売り出しにいって小遣い稼ぎばかりしてるらしいじゃねぇかよ。ギルドからの依頼を受けない時点で、おめぇの枠が勿体ねぇんだよ!」
モギーはダストの仕事に対する姿勢を激しく非難する。
「別にいいではないですか。手に入れた報酬の一部はギルドにしっかりと納めていますし、戦果報告書もしっかりと提出していますよ?仕事自体はしっかりとやっているので問題はないと思いますよ」
だが、ダストは声音一つ変えずに冷静沈着に反論する。
「ちっ…金さえ納めりゃ何でもいいってかよ…旦那、アンタの考えはどうなんだい?」
モギーはベルクートに尋ねる。
「ダストはギルドに貢献している。報酬も納めているし、紛争地帯での活躍自体がフラッカーズの良い宣伝になっているのも事実。それに、ダストは戦場で刀を振るっている方がいいからな…」
しかし、ベルクートはダストを庇う方向だった。
「これでも文句がありますか?モギー…」
ベルクートの援護を得て、ダストは強気な口調でそう尋ねる。
「…ちっ。だが、ファントム。お前はどうだ?仕事はしっかりしてんのかよ?」
今度はファントムに標的を変えて噛みつく。
「おいおい。モギーさんよ。俺はしっかりと仕事をしているさ。だから、S級をクビになっていないんだぜ」
ファントムは陽気な声色でそう軽やかに口にする。
しかし…
「ファントム。お前が仕事をしているのは間違いないと信じたい。実際に報酬は送られてきているからな。だが、戦果報告書の提出が遅い上に、招聘や依頼の受注可否の返答にも応じないのはどうかと思うぞ。いつも何をしているんだ?」
ベルクートは呆れたようにファントムに尋ねる。
「いやぁ、まぁ良い男には色々と事情があるんですよ。ハハハ…」
ファントムは笑って巧みにごまかそうとする。
「けっ。何がいい男だよ。へらへらしているだけの尻の青いガキがよぉ」
モギーがファントムに軽蔑の念を込めて言い放つ。
「…尻が青いかどうかは置いておいてだ、今度から作戦報告書の提出は速やかに。そして、依頼の受注可否の返答はスムーズに行うこと。分かったか?」
ベルクートはファントムに強い調子で念を押す。
「はいはい。分かりましたよっと」
ファントムは軽い返事でそれを快諾した。
ベルクートはその返事を聞くと頷く。
そして、再び口を開く。
「そして、話を戻すが、増え続けるS級傭兵の需要に対するため、S級の枠を2人増員する。その方法を今日は皆に考えてもらいたい」
ベルクートが本題を切り出す。
「一番いい方法があるじゃんね。立候補者を集めてコイントスで決める。最後まで当たりを引き続けた2人がS級。どうだい!?」
マリが自信満々に提案する。
「…」
他の4人は、マリの奇抜な発想に言葉を失った。
「…あー、普通に総当たり戦でいいんじゃないか?S級になりたい奴を集めてトーナメントだ!題して「S級になりたいか!!」トーナメント!!とか、どうだ?」
アイアンホースが勢い込んで提案する。
「却下。フラッカーズの所属人数は約1000人。その人数でトーナメントをしたら、何日かかっていると思っているのですか?非効率です」
ダストはアイアンホースの案を真っ向から却下する。
「じゃあ、おめぇは何かいい案があるのかよ?」
アイアンホースがダストに尋ねる。
「推薦にしてはどうですか?私たち5人が2人ずつ傭兵を推薦する。その者らでトーナメント式の決闘を行い1位と2位になった者がS級の座をつかむ。いかがですか?」
ダストが現実的と思われる案を提唱した。
「どいつもこいつも回りくどいんだよ。ここはシンプルに、A級の中で稼ぎ額がデカイ2人を選べばいいじゃねぇかよ。即実践に備えられるし、選考する手間も省けて一石二鳥だ」
モギーは最も手っ取り早いであろう案を提示する。
「あー…イケメンと美女を集めてその中から選出!平和的だ!それがいい!そうしよう!…イケてる案だろ?」
ファントムが決め顔でそう提案する。
「貴方は何を言っているのですか?」
ダストは呆れたように低く口にする。
「おめぇはダメだ。却下」
アイアンホースがファントムの案を即座に拒否する。
「非合理的だな」
モギーはため息をつく。
「面白いが、S級の美人枠はアタイで十分じゃんね」
マリは不敵な笑みを浮かべる。
「あー…不評な感じですか?」
ファントムは震える声でそう漏らす。
「あとはそうだな…」
こうして、かれこれ30分くらい議論が白熱した。
そして…
「ま、これが落としどころだな」
アイアンホースは案に納得する。
「適切ですね」
ダストが静かに同意する。
「まぁ、いいでないの?」
モギーがニヤリと笑みを浮かべる。
「アタイも賛成だ」
マリが賛同の意を示す。
「ま、皆が言うなら…そうしよう」
ファントムが渋々納得する。
「では、明日にでも該当団員に通達。ならびに本部にて通達を交付するとする。皆、協力感謝する。引き続き、各自任務にあたってくれ」
ベルクートは笑みを浮かべ、5人に感謝の意を示す。
「おっしゃ!酒だ酒!」
アイアンホースは意気揚々と椅子から立ち上がると部屋を出る。
「あーあ、疲れたぜ」
モギーは大きく背伸びすると、アイアンホースの後を追い部屋を出る。
「さーて、アンナちゃんに会いに…いや、レイナちゃんにしようかな」
ファントムは軽やかなスキップをしながら、部屋を出ていく。
「アタイはサウナにでも行ってくるかねぇ…」
マリは大きく欠伸をすると部屋を出る。
「…さて、俺は報告書の確認が残っているからな…ダスト、お前はどうするんだ?」
4人が部屋を出て行ったあと、残っているダストにベルクートは尋ねた。
「私は次の任務があるので、これからサージャス公国へ向かいます」
ダストは淡々とそう答えた。
「例の仕事だな…」
ベルクートは確認するように尋ねる。
「はい」
ダストはそうとだけ返事を返すと部屋を後にしようとする。
「ダスト。俺たちは傭兵だ。金のためになら、その手を汚さなければならないのは間違いない。だが、線引きを怠るな。信頼を築くのは難しいが、壊れるのは簡単だからな」
ベルクートはそう重々しく忠告する。
「…肝に銘じておきます」
ダストはそう応じると部屋を後にした。
こうして、S級傭兵の増員が決定し会議は幕を閉じた。
一方、街の中央に位置する宿屋「枯葉亭」にて。
店内は熱気と喧騒に包まれていた。
「それでよ!俺が盗賊共をボコボコにしてやったんだ!」
レストラン内ではフラッカーズの傭兵達が武勇伝を語りながら酒を飲みかわし、大声で笑い合う。
「フラッカーズへの納入伝票は…」
商人は伝票整理に追われ、静かにペンを走らせる。
「さすが傭兵の街だけあって良い装備が手に入ったぜ!」
冒険者らしき男は購入したばかりと思われる盾を、仲間に自慢するように披露していた。
そんな中、サシャ達の姿はテーブルにあった。
「アイアンホースさんとモギーさん遅いな。もう約束の時間を30分も過ぎてるよ」
サシャは店内に飾られた時計を見ながら、いらだちを込めて口にする。
「まぁ、時間にルーズそうな人達だからな…」
リュウは仕方ないといった感じで応じる。
「…お腹空いたわ」
マヨがボソリと訴える。
「コオロギの佃煮食べる?」
アリアがマヨに尋ねる。
「カランカラン」
すると、店の扉が勢いよく開く。
そこにアイアンホースとモギーの姿があった。
「よぉ!遅くなってすまんな!」
アイアンホースが心底申し訳なさそうな表情をしながら、サシャ達のいるテーブルに近づく。
「悪いな。急な会議があってな」
モギーが悪びれもなく告げる。
そして、二人は席に座る。
「これはこれは!モギーさんにアイアンホースさん!そちらの方々とお知り合いで?」
すると、店のマスターらしき男が丁寧に挨拶に訪れた。
「おう!!ちょっと仕事を手伝ってもらってるんだ!そうだ、せっかくだから、アレを頼む!」
アイアンホースがニヤリとしながら何かを注文する。
「かしこまりました!あ、ビール樽もお持ちしますか?」
マスターが頷くと、ビールの有無を尋ねる。
「ったりめぇだろ!特上の奴を頼むぜ!」
モギーはマスターにそう言い放つ。
その答えを受けたマスターは、一礼してそそくさと奥へと消えて行った。
「あの…アレってなんですか?」
リュウが興味本位で尋ねる。
「何かのご馳走!?」
アリアが目を輝かせて期待を込める。
「まぁまぁ、来てからのお楽しみだ!」
アイアンホースが不敵な笑みを浮かべる。
「…(私はそれよりも饅頭が食べたい)」
マヨは内心で少し残念そうにしていた。
そして10分後。
「…おいおい。あれが」
冒険者の一団はその光景に茫然としていた。
「お!でたでた!」
一方で、フラッカーズの傭兵らしき男は、その光景に慣れたような目で見つめていた。
「…アイアンホースさん、これ」
サシャは目の前の光景に目を点にする。
「わぁ!!おいしそう!!」
アリアは目を輝かせている。
「ず、随分と豪快だな」
リュウが引きつった顔で感想を漏らす。
「これって普通、屋内でやるものかしら?」
マヨは眉をひそめる。
「ハッハッハッハ!!どうだ!!これが淘气 名物!…傭兵焼肉だ!!」
アイアンホースは豪快に笑って見せる。
「やっぱり、淘气 に来たなら、これを食わねえとな!」
モギーは自慢げな表情を浮かべる。
テーブルの上には、火魔法と炭火で轟々に熱された鉄網が敷かれ、その上には巨大な骨付き肉、旬の野菜、新鮮な魚や貝類、プリプリとした海老が堂々と置かれていた。
それらは、鉄網に焼かれて、ジュウジュウと音を立てながらこんがりと焼けている。
ちなみに、店内はそれによって、結構な量の煙が漂っていた。
「あ、あの…煙とか…」
サシャが周囲の様子を気にする。
「それについては、心配しなくてもいいぞ!」
すると、鉄網をセットしていたマスターが店の従業員に合図を出す。
「ガラガラガラ」
すると、辺りにけたたましい歯車の音が響く。
「そんな仕掛けがあるのか…!!」
サシャは更に驚く。
「これで煙の心配はいらないだろ?」
なんと、レストランの天井の一部が、まるで扉のように開いたのだ。
レストラン内に充満していた煙は、たちまち外に吸い出されて逃げる。
「まさかの…オープンルーフ…」
マヨは予想外の技術に言葉を失う。
「わぁぁぁぁ…なんかすごいよぉ…」
アリアは声にならない声をあげる。
「ふむ…淘气 の技術は想像以上に発達しているんだな 」
リュウは感心したように見上げる。
「では、あとは思い思いにお楽しみください。ビールは後程、別の係がお持ちしますので」
マスターはそう告げると一礼し厨房へ去って行った。
「あの、さすがに連日悪いので今日は僕らもお金払いますよ」
サシャが申し訳なさそうに、ポーチから金貨を探る。
だが、アイアンホースがそれを制止する。
「いや、今回は誰も払わないから気にするな」
アイアンホースはそう一蹴する。
「どういうことですか?」
リュウがアイアンホースに尋ねる。
すると、モギーが小さな声で囁く。
「俺たちフラッカーズの傭兵はな…淘气 での飲食代や宿泊代は基本的にタダなんだよ」
「そうなんですか!?」
サシャとリュウは目を丸くする。
「まぁ、俺たちは傭兵といってもフラッカーズというギルドに属している。傭兵個人で仕事を請け負うこともできるが、基本的にはギルドからの紹介で仕事を請け負うことが多い。それで、仕事をこなして、依頼主から報酬を受け取って…報酬の一部をギルドに納めるってシステムなんだよ。まぁ、簡単に言ってしまえば、ギルドからしたら「お前達に仕事を紹介してやる。そして、稼いだ金の一部をギルドに納めてもらう。その代わり、その金で団員達の最低限の衣食住と装備については保証してやるよ」って訳だ」
アイアンホースがフラッカーズの仕組みを分かりやすく説明する。
「なるほどね…(私の世界でいうところのサラリーマンのような感じなのね)」
マヨは納得したように頷く。
「装備もタダってことは、お二人が使っているピストルも?」
サシャが尋ねる。
「もちろんタダだ。ま、俺とモギーは追加料金を払って独自のカスタムをオーダーしているけどな」
アイアンホースが種明かしをする。
「ビール樽、お待たせしました!」
そんな会話をしているうちに、テーブルにビール樽を持った店員が訪れる。
「よっ!待ってました!」
アイアンホースは喜びに満ちた表情を見せる。
「おい、小僧共!そろそろ焼けたぞ?焦げないうちに食いな」
モギーがバーベキューの焼き加減に視線を向け、促す。
「じゃあ、お言葉に甘えて…」
サシャが骨付き肉に手を伸ばす。
だが、その前に、サシャは精神世界のトルティヤに視線を向けた。
しかし…
「すやすや…」
幸いなことにトルティヤは寝息をたてて眠っていた。
「(ほっ…今回はご馳走にありつけそうだ)いただきます!」
サシャは骨付き肉を掴むと、美味しそうにむしゃぶりつく。
次の瞬間、肉汁が口の中に広がる。
「うはっ!うまいっ!!」
サシャの頬が文字通り落ちそうになる。
「僕も食べる!!」
アリアも骨付き肉を手に取ると口に運ぶ。
「俺は魚の気分だ…」
リュウはこんがりと焼けた串に刺さった魚を手に取る。
「この貝…美味しそうね」
マヨは帆立に似た貝殻を持つプリプリの貝を皿に取ると、フォークで貝柱を刺す。
「へっ、通は「シマヒラキ海老」を食べるんだよ!」
モギーは串に刺さった太い海老を手に取ると、口に入れる。
「よし!野郎ども!食って飲め!!今夜はそれが任務だ!!」
アイアンホースはビールの入ったジョッキを口に運ぶと一気に飲み干す。
「かーっ!!うめぇ!!」
アイアンホースはそう叫び、樽からおかわりのビールを注ぐ。
「このお肉…今まで食べたお肉で一番美味しい!!」
一方で、サシャは肉の美味しさに感動する。
「ほっぺが落ちそうだよぉ…なんの肉だろう?」
アリアが美味しそうに肉を食べていた。
「これはな、黎英原産の「紅帝牛」だな。ストレスがかからない広い高原で放し飼いされているから、柔らかい肉質なんだぜ。それに、マスターがじっくりと熟成させているから、そんじょそこらには真似できねぇぞ」
モギーが海老を食べながら説明する。
「この魚も脂が乗っていて旨い…」
リュウは至福の表情を浮かべながら、魚を食べている。
その魚は、噛む度に脂がじゅわっと迸り、身もホロホロとして濃厚だった。
「この貝…すごく濃厚ね。身も肉厚だし」
マヨは貝の美味しさと、その肉厚さに驚いている。
「その魚は黎英沖で捕れた「シダナサバ」だな。で、その貝は特上の「オオバンダテガイ」だ。どっちも、今が旬の美味い奴だ!」
アイアンホースが骨付き肉にかぶりつきながら説明する。
「へぇ…!どおりで美味しいわけだ」
サシャが骨付き肉を食べ進める。
「ま、俺はビールの方が好きだけどな!ガハハハハ!!」
アイアンホースは2杯目のビールを飲み干すと、そう言いながら豪快に笑った。
こうして、楽しい夕食の時間が過ぎて行った。
傭兵たちの喧騒と、肉が焼ける香ばしい匂いが、夜の「枯葉亭」を満たしていた。




