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第13章:プギ村へ

サシャ達は狩人であるアリアと共に雑談をしながらプギ村へと進んでいた。


道中はどこまでも続く広大な草原が広がり、風に揺れる草の葉がサラサラと音を立てていた。

時折、空高く舞う鳥の、楽しげなさえずりが聞こえてくる。

太陽は高く昇り、草の香りが鼻をくすぐる。


「それでさ!おばば様はサルグの森で花剣蛇(かけんじゃ)を討伐してさ。その頭を家に飾ってるんだ!」

アリアは自身の家族について話していた。


「へぇ。おばば様は相当な狩人だったんだね」

サシャはアリアの話を聞いていた。


「そりゃそうだよ!トリア帝国の王族から直々に依頼を受けたことだってあるんだから!」

嬉しそうにアリアは語る。


「して、サシャとリュウの家族ってどんな感じなの?教えてよ!」

アリアが二人に好奇心の目を向ける。


「僕は1年前に両親を山賊に殺されちゃってさ。僕はたまたま水くみに行ってたから助かったけどさ。その後は叔父と一緒に魔具を集めながら旅をしてたんだけど、その叔父も半年前に突然いなくなっちゃって…」

サシャはどこか淋しげな表情をしながら話す。


「そうだったんだ…。辛い経験をしたんだ…」

アリアはサシャの過去に同情する。


「…すまないが、俺は話す気になれない」

リュウは少し顔を歪めきっぱりと断った。


「えー!?なんでー!?…ま、いいよ!訳ありってことにしとくよぉ!」

アリアは仕方ないといった感じで、ため息をつく。


「すまない…」

リュウは申し訳なさそうに呟く。

その時だった。


「うわぁぁぁ!!」

前方の道から悲鳴が聞こえる。


「なんだ!?」


「行ってみよう!」

サシャ達は悲鳴の方へ走る。


すると、少し先に荷馬車と3体の巨大な蛙のモンスターに襲われている商人がいた。


体長は1.5mほどあるだろうか、3体の蛙は黄色でヌメヌメとしていた。

そして「ゲコゲコ…」という低い鳴き声は、耳にまとわりつくように響いた。


3体の蛙は、獲物が必死に抵抗する様を愉しんでいるようにも見える。

蛙は商人の荷物を漁りながら、時折こちらに視線を向け、余裕綽々とした様子で構えていた。


「助けてくれ!!」

蛙は荷馬車を荒らし、そのうち1体は商人の上に乗り、今にも商人を捕食しそうな態勢をしていた。


「助けないと!」

サシャが呟き、双剣を抜く。

同時にリュウが刀を抜く。


「もちろん!私に任せて!」

アリアは手際よく腰に携えていた巨大な弓を展開する。

その大きさは2mはある大きなものだった。

どうやら、折りたたみ式のようだ。


「…しゅ」

リュウは素早く蛙の1体に向かってダッシュする。


蛙は、リュウの接近に気づくや否や、大きく口を開けた。


「…(なにかくる)」

リュウは直感で横にさけた。


「ブシュー!!」

すると、口から黄色い液体をリュウに吐きかける。

リュウはそれをかわすが、飛沫が衣服にかかる。

飛沫がかかった場所がじわっと焼けただれる。


「(む…酸性か…)」

リュウは刀を構えなおす。


「厄介だな…あれは魔法じゃないよな」

サシャは双剣を構えつつ酸の威力にたじろいていた。

その時、アリアが前に出る。


「…だったらさ」

アリアは弓を構える。

弓を構える姿には一切の迷いがなく、的を射抜くことだけに集中していることが伝わってくる。


そして、矢を引き絞る。

矢も弓に比例して大きく、全てを穿つようなイメージさえ抱かせた。


アリアは、静かに呼吸を整え、狙いを定める。

その視線の先には、先程の蛙の側頭部があった。


「…ふぅ」

そして、息を吐くと矢が放たたれた。

矢は蛙の1体に向かって飛んでいく。


「ドシャ!!」

鈍い音と共に、矢は蛙の側頭部に深々と突き刺さった。

黄色い体液が飛び散り、蛙はぐらりと体を揺らすと、ピクピクと痙攣しながら動かなくなった。


「おぉ…」

サシャはアリアの腕前に感激する。


「(大した腕前だな)」

リュウは素早く移動すると商人の上に乗っていた蛙を斬り伏せた。

蛙は断末魔をあげ、ドサリと音を立てて力なく倒れる。


「大丈夫か?」

リュウは商人の手をつかむ。


「あ、ありがとう」

商人は立ち上がる。

残る蛙は1体だけだった。


「ゴロッ!」

蛙は仲間をやられたことに恐怖したのか、そのまま草原へ逃げていった。


「ふぅ…なんとか間に合った」

サシャは胸をなでおろす。


「お主は何もしとらんじゃろう」

トルティヤが冷静にツッコむ。


「いやぁ、君たち…ありがとう。もう少しであのモンスターのおやつになるところだったよ」

外套を羽織った商人は申し訳なさそうに呟く。


「いいんだよ!無事で良かったよ!」

アリアはニコニコしながら商人に呟く。


「お礼と言ってはなんだが、これを受け取ってくれるかい?」

商人は銀貨を数枚差し出した。


「いやいや…そんな」

アリアは受け取ろうとしなかった。


「気にしないでください。たまたま通りがかっただけですし」


「うんうん。気にしないでください」

リュウとサシャも遠慮している様子だった。


「まったく…どいつもこいつも…素直に受け取っておけばいいものを」

トルティヤは、やれやれと言った感じでサシャを見つめる。


「けど、それじゃあ…あ!そうだ!君達はどこかへ行こうとしてたのかい?」

商人がサシャ達に行先を尋ねる。


「プギ村に…ちょっと用事があって」

サシャが行き先を告げる。


「なるほど…プギ村には行かないけど、そのとなり村のパギ村に荷物を届けるところなんだ。だから、よかったら荷馬車に乗っていってよ!」

商人が明るく話す。


「じゃあ…お言葉に甘えて」

このくらいのお礼なら受けてもいいだろう。

そう判断し、サシャ達は頷くと荷馬車に乗り込んだ。

そして荷馬車はゴトゴトと揺れながら道を進む。


「なぁ。さっきのモンスターは一体なんなんだ?」

サシャは先程のモンスターをアリアに尋ねる。


「あれは、ボシャカエルだよ!草原に生息する珍しいカエルで、酸性の液体を吐くんだ。酸の威力はそこまで高くないけど、たくさん受けると危ないかもね。たまに通行人や冒険者が捕食されるってのも聞くよ」

アリアは先程のモンスターについて説明した。


「なるほど…何気に恐ろしいやつだ」

リュウは刀を手入れしながら呟く。


「あれはまだ幼体だったから小さい方だよ。成体の大きさは3倍くらいあるんだから…ま、成体だったとしても、このアリア様がちょちょいと討伐しちゃうけどね!」

えへんと胸を張るアリア。


「そういえば、アリアの弓って普通の弓と比べて大きいよね。これも一族が使う武器なの?」

サシャは抱いていた疑問をぶつける。


「うん!この弓はダルサラーム家に伝わる製法で作られた弓だよ。普通の弓よりはデカイと思うよ。試しに持ってみる?」

アリアは弓を展開するとサシャに渡す。


「どれどれ…うっ。結構重い」

腕にずしりとした重さが襲う。


「私の弓は小さい方だよ?パパの弓は僕のより大きいんだから!」

「マジかよ」サシャはそう呟きそうになった。


「あ、ありがとう」

サシャはアリアに弓を返す。


「この弓と共に僕は色々な獲物を狩ってきた。ヘルガーヴァだって、これで一撃さ!」

自信有りげにアリアは呟く。

そうこう話していると荷馬車が止まる。


「着いたよ。ここがパギ村だ」

商人が村への到着を知らせる。

辺りはうっすらと夕焼けに包まれている。


「ありがとうございます!」

サシャ達は商人に礼を言う。


「どういたしまして。じゃあ僕は商談があるからこれで」

商人はそう言うと足早に素材屋に入っていった。


「うわぁ。綺麗だ…」

サシャ達は思わず息を呑んだ。


パギ村は、まるで雪解けの後のように清らかな白で統一されていた。


白い石畳が迷路のように入り組み、白壁の家々が肩を寄り添うように立ち並ぶ。

夕日に照らされた白い壁は、淡いオレンジ色に染まり、温かい光を放っており、村の中央には白い噴水が涼しげな水音を奏で、その水しぶきがきらきらと光を反射している。


「相変わらず美しい村だよ…」

アリアは知っているかのように呟く。


「アリアは来たことがあるのか?」

リュウはアリアに尋ねる。


「うん!依頼で何回か来たことがあるよ!」

どうやらアリアは何回かパギ村に来たことがあるとのことだった。


「あそこに宿屋がある。日も暮れたし今日はここに泊まろう」

サシャは木造の宿屋を指差す。


「いや待って!ここの村長に泊めてもらえないか聞いてみる!」

そう言うとアリアはどこかへ行ってしまった。


「ちょ、アリア…」

サシャは止めようとしたが遅かった。


「なんというか…大胆な奴だ」

リュウが呟く。

そして、しばらくするとアリアが戻ってきた。


「いいってさ!」

アリアが両手で○のジェスチャーを取る。


「けどさ、なんか初対面の人の家に泊めてもらうなんて申し訳ないよ」

サシャは少し遠慮がちだった。


「いいんだって!村長も「是非」って言ってたし!」

アリアはグイグイと歩みを進める。

そして、白い石畳の坂を登り、村が一望できる丘の上に建っている家に辿り着く。


「ここが村長の家か」

村長の家は他の家より大きく、やはり白い外観が特徴的な造りだった。

そして、サシャ達はドア前で足を止める。


「村長!アリアだよ!」

アリアはドアをノックする。

すると、ドアが開き中から白い服を身にまとった、茶髪の青年が出てきた。


「やぁ、アリア!よく来たね。それに、素敵な客人たちも一緒じゃないか!」

村長は満面の笑みでサシャ達を歓迎した。


「さ、中へどうぞ!」

村長はサシャ達を中に招き入れる。


村長の家の中も白で造られており、

暖かそうな毛皮のカーペットが敷かれていた。


そして、リビングらしき場所に通される。

奥はキッチンのようで、美味しそうな香りが漂っていた。


「おーい!マイ!客人を連れてきたぞ」

村長が大きな声でキッチンの方へ声をかける。

すると、金色のお下げ髪の女性が姿を見せる。


「あらあら。わざわざ遠いところから、ようこそ」

マイと呼ばれた女性はにこやかに微笑み、サシャ達を優しく見つめた。


「アリアさん、お久しぶりね。また来てくれて嬉しいわ」

マイはアリアに話しかける。


「ショウさん!久しぶり!」

アリアはマイを見つめ話す。


「あら?今回は…お友達と一緒なの?」

マイは一瞬、サシャ達の方を見つめるとアリアに尋ねる。


「お友達…というか、一緒に依頼をこなしている仲間って感じかな!」

アリアがそう説明する。


「あらあら。依頼の最中なのね。今、夕食の準備をしているので、もう少ししたら声をかけるわね。皆さんも我が家だと思ってくつろいでくださいね」

そう言うとマイはキッチンに戻っていった。


「俺の妻だ」

マイは村長の妻とのことだった。


「まぁ、マイの言うとおり座ってくつろいでくれ。もう少しで夕食が出来上がるだろう」

サシャ達は少し遠慮がちに椅子に座る。


「して、依頼の最中とは言ってたが、君達はどうしてこの村に?」

村長がサシャ達に尋ねる。


「実は…」

サシャが事情を説明する。

プギ村へヘルガーヴァの討伐依頼で向かっていること。

アリアとは昼間に出会ったばかりであること。

今日あったことを全て話した。


「なるほどな…ヘルガーヴァか。うちの村は被害にあってないが、噂はちょいちょい聞いている」

村長もヘルガーヴァについて何か知っているようだった。


「何か知ってることがあれば教えてほしいです!」

サシャは村長に尋ねる。


「俺も詳しくは分からんが、先週プギ村から来た商人がいてな。なんでも、農作地の7割をヘルガーヴァに食べられたらしい…みたいな話をしていたな」

村長が思い出しながら話す。


「なるほど…ヘルガーヴァは結構食いしん坊なのかも」

サシャはヘルガーヴァが健啖家な生物だと予想した。


「けど、ヘルガーヴァが大食いをしたなんて話は聞いたことがない。一体何があったんだろう?」

アリアは知っていた。

ヘルガーヴァはそんなに健啖家ではないことを。


「まぁ、大変な依頼になりそうだし、今日は一晩ここでゆっくりと過ごしてくれ。俺は村長のネズって言うんだ。よろしくな」

村長ことネズが自己紹介する。


「俺はサシャといいます」


「リュウです」

サシャとリュウも自己紹介する。


すると、マイがキッチンから料理を運んでくる。


「はーい、皆さんおまたせしました」

テーブルに料理が運ばれる。

食欲をそそる香ばしい匂いが漂う。


熱々の肉料理と、白いチーズ。

彩り豊かな新鮮野菜が盛られたサラダ。

濃厚なミルクと野菜の甘みが溶け込んだ温かいスープ。

そして、ほんのり塩気が効いた焼き立てのパンは香ばしい香りを放っていた。


「おぉ!美味しそうだ!」

サシャは心の中で小躍りした。

だが、精神世界でトルティヤがサシャの肩に手を置く。


「いい臭いがするのぉ…ほれ。交代じゃ」

トルティヤがニヤリとした表情でこちらを見つめている。


「いやいや…今はやめてよ。姿が変わったら村長に説明するのが大変だから」

サシャはトルティヤを宥める。


「むむ…確かに一理あるのぉ。ま、昼間に豚そばをたくさん食べたし、今回は勘弁してやろう」

トルティヤは仕方ないという表情を見せ、サシャの肩から手を離す。


「ありがとう…」


「ふん。面倒事を避けるためじゃ。ワシの配慮に感謝するんじゃな」

そう言うトルティヤに笑みを見せる。


そして、サシャ達は食事を始める。


「うん!やっぱマイさんの料理は世界一だよ!」

アリアは美味しそうに肉を食べていた。

肉は肉汁がほとばしるほど、熱々だった。


「あらあら。そんなに慌てなくてもたくさんありますからね」

マイはニコニコしながら呟く。


「そうだ!リュウとサシャは今までどんな冒険をしてきたんだ?話の種にぜひ聞かせてくれないか?」

ネズがリュウとサシャに呟く。


「俺は…」

リュウは魏膳(ぎぜん)から旅立ったあとのことを話す。

諸国を放浪し時に商人の警護等の依頼をしていたこと。

ただし、仇を追っていることは話さなかった。


「僕はですね…」

サシャは行方不明になった叔父を探して魔具集めをしていることを話した。

もちろん、トルティヤについては話さなかった。


「ほほう。面白いな…俺の若い頃は…」

こうして暖かな団らんの時間が過ぎていった。


「ふぅ…もう食べられない」

サシャは借りた部屋のベッドで横になっていた。


夕食の満腹感と心地よい疲労感に包まれ、サシャは幸せなため息をついた。


「いくらなんでも食べすぎだ」

その様子を見てリュウがツッコむ。


「いやぁ、マイさんの料理が美味しすぎてついね」

恥ずかしそうにサシャが呟く。


「でしょ!」

アリアが嬉しそうな表情で呟いた。


すると、アリアはどこからか木を持ってきて、古紙を広げて矢を作っていた。

器用に木を削り、一本、また一本と矢を作り上げていた。


「それじゃあ、俺は先に休む」

リュウはベッドに横になった。


「なんかリュウって素っ気ないんだね…」

アリアはサシャにボソリと呟く。


「まぁ、いつもこんな感じだから…そのうち慣れるよ」

サシャは苦笑いしながら呟く。


「ふぅん。ま、それならいいけど」

アリアは作った矢を矢筒に入れる。

そして、矢筒を持って立ち上がる。


「じゃ、僕は隣の部屋だから…また明日ね!」

ニコリと笑うとアリアは部屋を出た。


「うん。おやすみ!」

サシャはアリアに手を振ると再びベッドに横になり、そのまま眠りについた。

そして、サシャが寝静まったあと、トルティヤは精神世界で一人、考え事をしていた。


「ヘルガーヴァが農作地で…?そんなに暴れるとは考えにくいのぉ」

トルティヤは自身の経験から、ヘルガーヴァがそのような行動をするとは考えられないと思っていた。


「彼らは草原や森の中にいる。その辺だったら食料もたくさんあるはずじゃ…」

トルティヤは考える。

そして、ある結論に至った。


「もしかしたら、テリトリーで何かあって食事ができない状況に追い込まれているのかもしれんのぉ…」

トルティヤはヘルガーヴァがテリトリー内で何かしらの理由で食事ができないから、人里に降りてきたのではないかと考えていた。

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