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第129章:タオチー

翌朝、サシャ達の姿は宿屋の前にあった。

昨日までの鬱蒼とした霧はすっかりと晴れて、空には澄み切った青空が見えていた。

大地は乾いた赤土の色をしている。


「よーし!お前ら!今日は淘气(タオチー) に行くぞ!…といっても、ここから歩いて5時間くらいの場所だ。そう遠くはねぇ」

アイアンホースが太陽を浴びてにやりと笑う。


「確か、大風(ダーフェン)渓谷を越えた先だって話してましたよね。方向は…あっちですか?」

サシャが地図を確認しながら、北側の道を指さす。


「あぁ、正解だ。淘气(タオチー) は、ワンダムとの国境近くにある街だ。まぁ、街といっても、フラッカーズの城下町のようなところだけどな」

モギーが説明する。


「どんな場所か楽しみだよぉ!」

アリアが楽しそうに声を弾ませる。


「…」

マヨは静かに空を眺めていた。


彼女は昨日、サシャ達に自身のことを全て話した。

自分が異なる世界から来た存在であることや、自分が人殺しであること、そして、レッドベリアルを追っている理由。

だが、彼らは否定することなく、それを受け入れ、友と呼んでくれた。


「(慣れ合う予定はなかったけど…この世界も捨てた者じゃないわね)私は皆についていくわ」

マヨはそう決意を込めて宣言した。


「よーし!じゃあ、出発だ!!」

アイアンホースの号令で一同は出発する。


黎英の土地は荒涼とした大地が広がり、乾燥した風が埃を巻き上げていた。

ドラゴニアやサージャスとは、また違った無骨な雰囲気を醸し出していた。

そして、一同がしばらく道を歩いている時だった。


「キュウゥゥゥ」

一匹の刺々しい背中を持つ小さなモンスターが道を横断するように現れた。


「アリア、そのモンスターは?」

サシャが尋ねる。


「あ!「イバラオオネズミ」だよぉ!」

アリアが、そのモンスターに近づく。


「黎英じゃよく見るぜ?」

アイアンホースが軽く口にする。


「イバラオオネズミは、見ての通り背中に鋭い棘があるんだよ!その棘で外敵から身を守るんだ!けど、性格は大人しいから、こうやって近づいても逃げられることはないんだ」

アリアはそう解説するとポーチから干し肉を取り出し、それをちぎって地面に置く。


「キュウ」

イバラオオネズミはそれに近づくと小さな両手を使い、干し肉を食べ始める。


「随分と詳しいんだな。さすがは、シャルロッテの孫だな」

モギーは感心したように頷く。


「…可愛い」

その様子を見て、マヨはボソリと漏らした。


それから、一同は黎英の大地を進む。

そして、龍飯(ロウハン) を出発して2時間。


「ここが、大風(ダーフェン)渓谷か…」

リュウが目の前の光景に驚嘆し、目を丸くする。


「なんだか…すごい場所だね」

サシャが感嘆の声を漏らす。


「そうだろ!?この渓谷は多くの絵画のモデルにもなっている場所なんだぜ」

アイアンホースが得意げに話す。


「おめぇが芸術なんて語れるガラかよ…」

モギーはアイアンホースに呆れたようにツッコミを入れる。


「…綺麗ね」

マヨはうっすらと笑みを浮かべる。


そうして、一同は大風(ダーフェン)渓谷を進む。


道路は砂利道だったが、綺麗に整備されているのか、思ったよりも歩きやすい。

側面は穏やかな川となっており、水が流れる綺麗な音が心地いい。

そして、特徴的なのは、ところどころに生えている巨大な石柱だった。


石柱は天にもそびえるほど長く、風雨に削られた表面は複雑な模様を刻み、その周りには木や苔が生え、その様相はまるで小さな盆栽のようにも見える。


「黎英にこんな綺麗なスポットがあるなんて」

サシャは驚きながら周囲を見渡す。


「あぁ。まるで仙人でも住んでいそうな雰囲気だな」

リュウが深々とした声で口にする。


「本当ね。まるで御伽話の世界みたいね」

マヨが感想を漏らす。

その時だった。


「うわぁぁぁぁ!!」

前方から悲鳴交じりの叫び声が聞こえる。


「どうしたんだ!?」

アイアンホースが我先にと走る。

サシャ達も後を追う。


「きゃぁぁぁぁ!!」

渓谷を道なりに進むと道に荷台が派手に横転していた。

積み荷はあたりに散らばり、二人の商人らしき男は尻餅をつき、恐怖から頭を両手で覆っていた。


「ヴァウォォォォン!!」

そして、道の真ん中で雄たけびを上げ、暴れているモンスターがいた。


そのモンスターは、体長2メートルほどの猿のような風貌をしており、白い体毛に緑色の長い髭。

そして、斑模様の長い尻尾に、丸太のような太い腕が特徴的だった。

その太い腕を振り上げ、地面を叩きつけている。


「あれは「白斑猿(ハクハンエン)」だよぉ!涼しい森の中に潜むモンスターだよ!」

アリアがそのモンスターの名前を答える。


「サシャ!リュウ!」

アイアンホースは既にピストルを構えていた。


「分かりました!」

サシャは咄嗟に前に出る。


「任せてください」

リュウも駆け寄る。


「あなた達は冒険者ですか?」

尻餅をついていた商人は怯えたようにそう尋ねる。


「はい。後は任せて後ろに下がっていてください」

サシャはそう毅然と告げると双剣を抜く。


「へっ、こんな猿如き敵じゃねぇよ!!」

モギーはそう鼻を鳴らすと、背中のピストルを抜く。

そして、素早く魔法を詠唱する。


「火魔法-怒螺怒螺威夫(どらどらいおっと)-!」

次の瞬間、ピストルから無数の火の玉が弾丸のように放たれる。


「ヴギィ!!」

しかし、白斑猿(ハクハンエン) は何かを叫ぶ。

すると両腕に激しい風を纏うと、それを器用に顔の前に交差させた。


「バシュッ!!」

モギーが放った火の玉は風に遮られ、空中で散逸し消滅した。


「ちっ。器用な野郎だ。だが、注意はそれたな!」

モギーは不敵な笑みを浮かべる


「サシャ!一気に行くぞ!」

リュウはサシャに合図を出す。

彼の刀が風を切る。


「うん!」

そして、呼吸を合わせて二人は白斑猿(ハクハンエン) に高速で接近する。


「荒覇吐流奥義・剛鬼!!」

リュウの刀が重い唸りを上げて振り下ろされる。


「饒速日流奥義・阿頼耶!!」

サシャの双剣は火属性と雷属性を纏っていた。

そして、リュウの刀に合わせるように、その二つの攻撃が白斑猿(ハクハンエン) に炸裂する。


「グギィィ!!」

白斑猿(ハクハンエン) の両脚が二人の剣術によって一瞬で両断される。

脚から血が勢いよく噴き出て、白斑猿(ハクハンエン) は悲痛の声をあげ、地面に跪く。


「小僧達よくやった!!あとは任せろ!」

アイアンホースがピストルを構え、魔力を込める。


「僕も…!!」

アリアは先端が螺旋状になった矢を装填し構える。

そして…


「弾丸魔法-爆裂散弾(バーストショット)- !」


「えいっ!!」

弾丸と矢が放たれる。


「ドコーン!!」

アイアンホースの弾丸は白斑猿(ハクハンエン) の右腕を激しい音と共に吹き飛ばす。


「ザシュッ!!」

そして、アリアの放った螺旋矢は白斑猿(ハクハンエン) の心臓がある部分を確実に穿った。


「ヴァ…」

白斑猿(ハクハンエン) は白目を剥き、そのまま地面に倒れた。


「…終わったな」

アイアンホースはピストルをホルスターにしまう。


「(あんなデカイ猿のモンスターを…圧倒的ね)」

マヨはサシャ達とアイアンホース、モギーの戦いの様子を見て、内心でそう感嘆する。


「あ、ありがとうございます!」

商人はサシャ達に頭を下げる。


「気にするなって!!お前ら、淘气(タオチー) から来たのか?」

モギーが商人に尋ねる。


「はい。農家から小麦を仕入れて、それを(チュエーン)で販売する予定でして…」

商人が周囲に視線を向ける。


すると、周辺には荷車から落ちたと思われる小麦が入った袋が大量に転がっていた。

だが、いくつかは川の中に落ちていた。


「…川の中に落ちた奴はもうダメだろうけど、無事なやつだけでも拾おう」

サシャが提案する。


「あぁ。それに皆でやれば早く終わるしな」

アイアンホースが頷く。


「任せてよぉ!」

アリアが元気に頷く。


「私も…」

マヨが手伝いを申し出る。


こうして、サシャ達は白斑猿(ハクハンエン) を撃破し、転がった小麦粉の袋を回収した。


20分後。

荷車は幸いなことに無事だったため、それに無傷だった小麦粉を乗せた。


「ありがとうございます!助けていただいた上に、小麦粉の袋を回収していただきまして…」

商人はお礼を言う。


「いいんですよ!」

サシャが笑みを浮かべ応える。


「この辺は比較的安全だが、さっきみたいなモンスターが出ることがある。今度からは、フラッカーズの傭兵を一人でも雇っておきな」

モギーはそう助言すると、商人に1枚のカードを渡す。


「これは?」

商人が不思議そうに見つめる。


「ま、フラッカーズのお試し券さ。こいつを宿屋の店主に見せな。近くにいるフラッカーズの傭兵が駆けつけてくれる。使ってみな」

モギーは白い歯を見せ、そう勧める。


「何から何まで…ありがとうございます!…では、私はこれで失礼いたします」

商人は何度もお辞儀をすると、荷車を引っ張り去って行った。


「…さ、お前ら行くぞ。もう少ししたら渓谷を抜けられるはずだ」

アイアンホースが一息ついて口にする。


そして、しばらく歩き、サシャ達は大風(ダーフェン)渓谷を抜けた。


それから、更に平野を歩き続けて1時間。

平野の中に斜めに切り立った、巨大で赤レンガが美しい城塞が地平線の向こうに見えた。


「お!ようやく見えてきたな!あれが淘气(タオチー) だ」

アイアンホースが指さす。


「あれが…淘气(タオチー)

サシャはその荘厳さに息を呑んだ。


淘气(タオチー) は、赤レンガの壁が夕日に照らされ、威圧感を放っている。


「わぁ、なんかすごい…」

アリアは目をキラキラさせる。


「ほら、さっさと行くぞ」

モギーが急かすように促す。


そして、一同は淘气(タオチー) の城門に近づいた。


その時、門の衛兵がサシャ達に気が付く。


「あ!アイアンホースさんに、モギーさんじゃないですか!」

衛兵がゆっくりと近づいてくる。

見た目はサシャと同じ年くらいの少年だった。


「よぉ、リュカ!元気にしてたか」

アイアンホースは親し気に声をかける。


「はい!アイアンホースさんも…って、腕がないじゃないですか!?」

リュカと呼ばれた少年は目を丸くする。


「あー、ちょっとヘマしちまってな。それよりも、客を連れてきた」

アイアンホースはそうあっけらかんと口にすると、サシャ達に視線を向ける。


「サシャと言います…いわゆる冒険者で、アイアンホースさんにお世話になってまして…」

サシャがリュカに丁寧に話す。


「あ、はい!どうぞお通りください!アイアンホースさん…とりあえず、シェイ姉さんのところに行った方がいいですよ…」

リュカが気遣わしげに口にする。


「そうだな、シェイにも顔出すついでに見てもらうとするか!」

アイアンホースはそう呟くと先に進む。


「おう、しっかり見張りしろよ!」

モギーはリュカの頭をぐしゃぐしゃと撫でると、先に進んだ。


そして、サシャ達もモギーの後に続き、淘气(タオチー) の街の中に入る。


「さぁ、ここがフラッカーズの城下町…淘气(タオチー) だ!」

アイアンホースが誇らしげに言う。


「これが…」


淘气(タオチー) !」

サシャとリュウはその独特の光景に辺りを見渡す。


「わぁ…!」

アリアはその光景に驚いている。


「こんな町…物語の中でしか聞いたことがない…」

マヨが感想を漏らす。


淘气(タオチー) の街は茶褐色の建物が立ち並び、屋根の上では無数の鉄製の煙突が濃い白い蒸気を吐き上げていた。

通りの片隅では巨大な歯車がゆっくりと回転し、温かい油の匂いが漂う。

蒸気の唸りと金属の軋みが街全体に絶えず響く中、人々はそれを当然のように受け入れ、生活していた。


「歯車?何かを動かしているのか?」

リュウは街の至るどころで回転している歯車に首をかしげる。


淘气(タオチー) は地熱による発電網が整えられていてな。歯車を通じてそれぞれの建物に電気を送り込んでいるんだ」

アイアンホースが淘气(タオチー) の特徴について説明する。


「電気って何?」

アリアが目を丸くして尋ねる。


「お嬢ちゃんは知らないのか。電気というのは、簡単に言うとエネルギーの一種だ。火と一緒さ。電気を使って明かりを灯したり、機械を動かしたりするんだぜ」

モギーが分かりやすく説明する。


「へぇ!」

サシャやリュウもその説明には驚くばかりだった。


「さて、お前達は街でも観光してこい。俺はちょっと行くところがあるからな」

アイアンホースが区切りをつけるように口にする。


「そういえば、さっき誰かのところに行った方がいいって言われてましたよね…」

サシャは先ほど、門でリュカに言われていたことを思い出す。


「モギー、ベルクートの旦那に帰還報告を頼んでもいいか?」

アイアンホースがモギーに尋ねる。


「ったく、仕方ねぇな。後でビール奢れよな」

モギーは渋々それを引き受ける。


「というわけだから、2時間後にでも「枯葉亭」という宿に集合してくれ!じゃあ、ゆっくり楽しめよ」

アイアンホースはそう言い残すと、どこかへと去って行った。


「おう、迷子になるなよ!」

モギーはそう大声で告げると早足でどこかへと去って行った。


「…行っちゃった」

サシャはどこかへ去る二人を見送った。


「ふぁぁぁ…よく寝たのじゃ」

その時、精神世界で眠っていたトルティヤが目を覚ます。


「あ、トルティヤ、おはよう」

サシャはトルティヤに声をかける。


「うむ…して、ここはどこじゃ?」

トルティヤはあくびをしながら尋ねる。


淘气(タオチー) だよ」

サシャが現状を伝える。


「そうか。ま、何かあったら知らせるのじゃ」

トルティヤはそう言って、再び横に寝転がる。


「(マイペースだな…)」

その様子にサシャはクスッと笑みを浮かべる。


「ねぇねぇ!街の中を見て回ろうよ!!」

アリアが我先にと走り出す。


「あ!待ってよ!」

その後を、サシャが追いかける。


「…いつもああなの?」

マヨがリュウに尋ねる。


「まぁ、そんなところだ…」

リュウはそう答えると、サシャ達の後を追う。


「さぁ、見てらっしゃい寄ってらっしゃい!!フラッカーズ公認!オオゲルワニのブーツはいかがですか!?」


炎麟龍 (イェンリンロン )のマントが入荷中!今だけ10万ゴールドだよ!」


「傭兵そばはいかが?辛くて美味しいよ!!」

街の中は露店や商店の呼び込みや、商人の声で活気に満ちて賑わっていた。


武具を品定めしているフラッカーズの傭兵、食料品を買いに来ている主婦らしき女性、名物に舌鼓を打っている冒険者。

多くの人が、淘气(タオチー) の街中に溢れていた。


「他の地方では見ないものがたくさんあるな」

リュウは商店に並べられている品物を眺めながら感心する。


「わ!カラスコオロギの佃煮だ!!」

そんな中、アリアは一軒の店の前で足を止めていた。


「…コオロギ」

サシャはその言葉に反応し、恐る恐る看板を見つめる。

そこには「ズミ昆虫食専門店」と書かれていた。


「おや、お嬢ちゃん…昆虫食に興味があるのかい?」

すると店先にいた店主らしき老女がアリアに声をかける。


「うん!僕、昆虫大好き!」

アリアは目を輝かせて、そう答える


「…昆虫食は私がいた世界でも食べられていたけど…好んで食べる人はいなかったわ」

マヨは小さな声で感想を述べる。


「アリアは狩猟民族の出身だから抵抗がないんだよ…」

サシャが付け加えるように説明する。


「ほれ、試食してみんしゃい。後ろのお友達も」

老女はそう呟くと、コオロギの佃煮が乗った小さな皿をサシャ達に差し出す。


「(これは中々…)」

サシャはそのインパクトに息を呑む。


皿には真っ黒になったコオロギが艶やかに光り、姿そのまま、ドンと鎮座していたのだ。


「(一口でいくしかない)」

リュウは覚悟を決めたようにコオロギの佃煮を、つまようじで刺す。


「(まぁ、コオロギは海老に近い味だっていうから…海老だと思えば…)」

マヨは海老だと自分に言い聞かせ、ゆっくりと口に運ぶ。


「「パクッ」」

一同がコオロギの佃煮を口に入れる。


「あれ?美味しいぞ!」

サシャは目を丸くする。

その味は、まるで海老のように濃厚でプリプリとした食感だった。


「コオロギだと分からなければ、気が付かないぞ」

リュウはコオロギの佃煮の予想外の味に感心する。


「本当に海老の味なのね…」

マヨも納得して食べ進める。


「わぁ…美味しい!おばあちゃん、これ一袋買うよぉ!」

アリアが即座に購入を決める。


「あいよ!お嬢ちゃんは美味しそうに食べてくれたから、もう一袋サービスして…500ゴールドだよ!」

老女がにこやかな笑みで値段を告げる。


「はい!」

アリアは白貨を5枚手渡す。


「毎度あり!」

こうして、サシャ達は昆虫食専門店を後にする。


「うんうん!このお店の佃煮美味しかったよぉ」

アリアは満足そうな笑みを浮かべている。


「そ、それならよかったよ」

サシャはアリアのペースに少し呆れつつ、そう返す。

そして、一同が再び街の中を歩き始めた時だった。


「ドンッ!!」

マヨの肩に通行人が強くぶつかる。


「あら、ごめんなさい」

マヨが謝る。


「いってぇ!!これは骨が折れたわ!」

ぶつかった男は顔を歪ませて大げさなリアクションを取る。

男からは酒の香りが漂う。


「おい、小娘!兄貴に何しやがるんだ!」

取り巻きと思われる男がマヨに啖呵を切る。

同じく、酒の香りが漂う。


どうやら、二人とも酒を多量に飲んで酔っ払っているようだった。


「何を言っているのか理解できないわ。そもそも、少しぶつかっただけで骨が折れるとかありえないでしょ」

しかし、マヨは怯むことなく冷静に理論整然と反論する。


「いてぇよ!!骨が折れてるぜ…これは全治一か月は確実だ!!」

男は腕を抑え芝居がかって大げさに叫ぶ。


「兄貴がかわいそうだろうが!!いいから、慰謝料を置いてけよ!」

取り巻きがマヨに金をせびる。

明らかにカツアゲだった。


「…マヨ。こんな連中はこの世界にたくさんいるから、無視しよう」

サシャがマヨに小声で声をかける。


「…そうね。相手にするだけ時間の無駄ね」

マヨが踵を返して去ろうとした時だった。


「おい。無視すんなよ」

骨が折れたと騒いでいた男がマヨの肩をガシッと掴む。


「…あれ?腕が折れたんじゃないのかしら?」

マヨがその手を静かに振りほどこうとするが、意外と力があるのか振りほどけなかった。


周囲の通行人達は自分たちは怯えた表情で様子を見るだけで、誰も助けに入らない。


「おい…!さっきから見ていれば…いい加減にしろよ…!」


「そうだ!」

サシャとリュウがいよいよ反撃しようとした、その時だった。


「ちょっとゴメンよ。可愛い女の子に手を挙げるだなんて、何事だい?」

いつの間にか、男と取り巻きの背後に一人の男が立っていた。

その男は赤紫色の髪に白いテンガロンハット、目元にメイクをした優男という言葉がピッタリの雰囲気を出していた。


「あん!?誰だてめぇ!」

取り巻きが、その男を睨みつけると有無を言わさず、拳を振りかざす。

しかし…


「通りすがりのいい男さ」

男は拳を何の苦もなく簡単に受け止めると、瞬速で取り巻きの額に頭突きをかます。


「あべっ!」

取り巻きは鼻血を噴き出しながら地面に倒れた。


「ひ、ひっ!」

それを見た男は怯えだす。

そして、テンガロンハットの男はその場にしゃがみ、男を冷たい視線で睨みつける。


「君たちは観光客か?それなら、さっさと出ていくことをお勧めするよ。ここはフラッカーズの足元だ。傭兵に喧嘩を売ったら…死んじゃうかもしれないからね」

テンガロンハットの男はニコニコとした表情を浮かべなたら、そう呟く。

その表情の奥には、どこか不気味さを醸し出していた。


「ひ…す、すみませんでした!!!」

男は倒れている取り巻きを起こすと、そそくさと去って行った。


「お嬢ちゃん。怪我はないかい?」

テンガロンハットの男はマヨを優しく気に掛ける。


「平気よ。ありがとう」

マヨは男に礼を言う。


「いえいえ。無事ならよかったぜ。じゃあ、俺はこれで!」

男はそう軽やかに口にするとどこかへ去って行った。


「…なんか、飄々とした感じの人だったな」

リュウが背中を見送りながら口にする。


「フラッカーズの傭兵かな?」

サシャが首をかしげる。


そんなことを考えつつ、サシャ達は淘气(タオチー) の観光を再開した。


マヨが酔っ払いに絡まれてから20分後。


フラッカーズの本拠地内にある第七会議室には、5人の男女がいた。


「で、急に招聘ってどういうことだよ旦那!」

机に脚を乗せてモギーが隣にいる男に尋ねる。


「せっかく、S級が全員揃う予定だ。こういう時でないと、重要事項は決められないからな」

中央に座る白髪に筋骨隆々の姿は歴戦の傭兵を思わせる見た目をしていた。


ベルクート。

フラッカーズの現トップであり傭兵達の筆頭でもあった。

その、顔や腕には歴戦の傷が刻まれ、彼の重厚な存在感が会議室を満たしていた。


「…」

会議室内では、ダストが無言で刀に打ち粉を使い、手入れをしていた。


「にしても、全員揃うとは…何年ぶりだ?」

アイアンホースがあくびをしながら問いかける。


「アイアンホース。お前、腕は大丈夫なのか?」

隣にいた女性傭兵であるマリが尋ねる。

彼女は心配そうな表情を浮かべている。


「なぁに、シェイに見せたら義手を作ってくれるって言ってた。だから、大丈夫だろう」

アイアンホースは余裕の表情を見せる。


「ガチャ」

その時、会議室のドアが開かれる。


「みんな、元気そうだな」

入ってきた男が笑みを浮かべ、そう挨拶する。


「相変わらず、ぶん殴りたくなる面してんなぁ」

その姿を見て、モギーが不敵な笑みを浮かべる。

しかし、その目は笑っていない。


「モギーさん!!相変わらずおっかない顔してますね!女の子は笑顔が一番ですよ!」

男はからかうように呟く。


「あん!?お前!!もう一回言ってみろ!!」

モギーが男に殴りかかり、拳が顔面を捉えた。

はずだった…


「スカッ」

しかし、モギーの拳は男をすり抜けた。


「なっ…!あの野郎…!」

モギーは怒りのあまり顔が赤くなる。


「騙されましたね…ジョークですよ!モギーさん!」

すると、ドアの影から男がひょっこりと顔を出す。


「そっちが本体かよ…!ちょっとそこにいろ。その、にやけ面に風穴開けてやらぁ…」

怒りに満ちたモギーが、ゆっくりと男に近づく。


「モギー…もういいだろう。お前もいい加減にしろ」

それを見たベルクートが、二人を一睨する。


「ちっ…」

それを見たモギーは大人しく椅子に座る。

そして、男は何事もなくドアの影から姿を現し、先ほどモギーに殴られた方は光の粒子になり消えた。


「あなたも来るなんて…今日は雪でも降るんでしょうか」

ダストがその人物に初めて視線を向ける。


「久々だな!何か月ぶりだよ!どこに行ってたんだ?」

マリが親し気に話しかける。


「にしても、お前が帰ってくると聞いたときは驚いたぞ…ファントム」

ベルクートはその男の名前を呼ぶ。


「いやぁ、たまたま、そういう気分なだけだっただけですって。ベルクートさん」

そこには、先ほどマヨを助けた赤紫色の髪をした男。

飄々とした笑みを崩さぬまま、ファントムがニコニコしながら立っていた。


「よし。S級が全員揃ったことだ。これから一つ重要な話がある」

ベルクートが神妙な面持ちで議題を切り出す。

会議室の空気が一気に張り詰める。


「なんだ?俺たちの給料でもあげてくれんのか?」

モギーが場を和ませるように尋ねる。


「…」

ダストが静かにじっと見つめる。


「俺の腕がなくなったからクビとか…じゃあ、ねぇよな?」

アイアンホースが冗談交じりに呟く。


「(S級全員に共有したいほどの話…一体?)」

マリはじっと様子を見ていた。


そして、ベルクートが静かに口を開く。


「来月より、S級傭兵の上限を5名から7名に増員しようと考えている」

ベルクートの口から開かれたのは、衝撃的な内容だった。

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