第123章:深まる謎
次の瞬間、虫の群れがアリアとアイアンホースを目掛けて一斉に飛んでくる。
「うっ!!あっち行ってよぉ!!」
アリアが悲鳴を上げ、両手で虫を払い除ける。
「くそ!!しゃらくさい虫共だ…」
アイアンホースも、容赦なく襲いかかる虫の群れに悪態をつく。
回避する余裕もなく、二人は無数の虫に包まれていった。
「がぶっ!!」
「うっ!!痛い!!」
アリアの太ももに一匹の虫が噛みつく。
彼女は思わず、その虫を掴み、引き剥がした。
「…なに。この虫。気持ち悪いよぉ」
手に取った虫の異様な姿に、アリアは嫌悪感に包まれる。
大きさは拳ほどで、バッタのような不格好な姿をしており、その顔面はまるで人の顔のようだった。
そして、口元にはギザギザした鋭い牙が見えていた。
「ええい…虫如き…」
アイアンホースは、ピストルに魔力を込める。
胸の傷口から激しい痛みが走るが、彼は歯を食いしばって堪えた。
「弾丸魔法-追尾散弾- !!」
次の瞬間、ピストルから無数の弾丸が放たれ、虫の群れに次々と直撃していく。
「ボタッボタッ」
虫は次々と地面に落下していく。
だが、その群れは一向に減る気配がなかった。
「くそ…どうなってやがんだ…」
アイアンホースは、現状を理解できず、首をかしげる。
その時、足元に急に力が入らなくなる。
「くそ…血を流しすぎたか…」
アイアンホースは床に膝をついた。
胸部からの出血が多く、本来は立っていることすら困難な状態だった。
「アイアンホースさん!休んでて大丈夫だよ!!これ…使って!」
アリアは、虫を払いながら、ポーチから回復薬をアイアンホースに向かって投げる。
「…すまねぇな。少しだけ時間貰うぜ!」
アイアンホースは、飛んできた回復薬を受け取ると、胸部へ豪快に回復薬をかけた。
「(相手は虫…虫は大体、炎に弱い。それなら…)」
アリアは、虫の群れに襲われながらも、頭の中で思考を巡らせる。
そして、一つの結論に達した。
「これを…」
アリアはポーチからゴム製の袋を取り出す。
そして、その中身を、虫の群れに向けて豪快に投げつけた。
「ばしゃっ!!」
虫の群れは、液体によって動きが鈍る。
だが、本能的に危険を察したのか、虫の群れはアリアとアイアンホースへの攻撃をさらに激しくした。
「っ!!」
アリアは、体のあちこちを虫に噛まれる。
「くそ!あっちに行け…あいたたた!」
アイアンホースも、体のあちこちを噛まれ、悲鳴を上げる。
「(自分にもリスクがあるけど…やるしかないよぉ)」
アリアは、意を決して、ポーチから煙玉を取り出すと、それを床に叩きつける。
「ぼふっ!」
白い煙が周囲を包み込み、虫の群れはアリアを見失う。
「よし…!これならいけるよ!」
アリアは、白煙から脱出しつつ、弓を構えていた。
その先端には、赤く熱を帯びた矢が装填されていた。
「ヒュンッ!」
そして、その矢が、虫の群れの中心に向けて放たれる。
次の瞬間…
「ボワッ!!」
空中が紅蓮の炎に染まり、虫の群れが一斉に燃え上がる。
「可燃性の液体か…アリア…上出来だ!!」
止血を終えたアイアンホースが、不敵な笑みを浮かべると、ピストルを構えた。
そして、魔法を詠唱する。
「弾丸魔法-破壊の弾丸-!!」
次の瞬間、銃口から大砲のような一撃が放たれる。
「ドコーン!!!!」
炎に包まれた虫たちは、跡形もなく粉みじんになった。
そして、ほとんどの虫が燃え尽き灰になったが、一匹だけ生き残っている虫がいた。
「…」
やがて、その虫は人間ほどの大きさに戻る。
だが、体中が黒焦げになり、羽根も燃え、足が数本欠損しており、明らかに致命傷を負っていた。
「こいつが親玉だったようだな…だが、これだけこんがりと焼かれていたら…さすがに死んじまったか?」
アイアンホースは、少し残念そうに言葉を漏らす。
しかし、彼の目の前で、信じられないことが起きた。
「…見事…蝗害の試練を乗り越えるとは…」
瀕死の虫が、人間と同じように喋り出したのだ。
その声は、先ほどまで戦っていたガンボのものだった。
「おめぇ…ガンボか!?この姿は一体なんなんだ!?」
アイアンホースは、虫になったガンボに尋ねる。
「ふっ…褒美だ。教えてやろう。我々、レッドベリアルは…教祖様が持つ魔具の力を授かり、厄災の力を…手に入れたのだ。だが、力というのは…代償を伴うもの。私が先ほど使った魔法によって…どうやら…人ならざるものになってしまった…ようだ」
ガンボは、息も絶え絶えにそう説明する。
「魔具の力?」
そのワードに、アリアは反応した。
「ふっ…私も詳細は分からん。教祖様は魔具の力を「形」として与えてくださった。これだ…」
ガンボがそう口にすると、体中から光が溢れ出す。
同時に、彼の体から一本の短剣が浮かび上がった。
「…こいつは一体?」
アイアンホースは、躊躇することなく、その短剣を手に取る。
「…私にも…分からない。魔具の持つ力を「形」として与えたもの…と。私はそれと契約した。そして、その力を解放した。それだけの話だ…」
ガンボは、自身の力について話し終えた。
「なるほど…とりあえず、おめぇらが何かしらの魔具を持っていたことは確定事項だな。して、本題だ。大司教の娘は…どこにいるんだ?」
アイアンホースは、低い声で尋ねる。
「それについてか?…ならば、もう一度言うが、我々は関与していない。これは事実だ。だが、我らの…かつての同胞らが…教団…裏切って…がはっ…」
ガンボがアイアンホースの質問に答えようとすると、口から緑色の液体を吐き出す。
「おい!そこを詳しく…!!」
アイアンホースは、ガンボに詰め寄る。
「…我々は…あくま…で、教義に…従って…贄を…だが、奴らは…違う目的…っぐ…」
ガンボは、そう言葉を絞り出すと、細い手足をピクピクと痙攣させ、そのまま絶命した。
そして、その死体は光の粒子となって消えた。
「消えやがった。一体全体どういうことだ…訳が分からないぜ」
アイアンホースは、困惑の声を漏らす。
「魔具の力…?アイアンホースさんが持っている短剣、ちょっと見せてほしいかも」
アリアは、アイアンホースの持つ短剣に視線を向ける。
「あぁ。魔具関連はお前らの方が詳しそうだしな」
アイアンホースは、アリアに先ほど手にした短剣を手渡す。
「…ありがとう!」
アリアは、短剣を受け取ると、それをまじまじと見つめる。
「わぁ…綺麗な短剣…」
短剣の柄には、甲虫を模した緑色の宝石がはめられていた。
そして、「Ⅵ」の刻印が刻まれ、周囲は金で装飾されており、それは儀礼用や工芸品としては一流の品物だった。
「これが魔具と何か関係があるのか?」
アイアンホースがアリアに尋ねる。
「いやぁ…さすがに僕じゃ分からないよぉ…トルティヤじゃなきゃ!」
アリアは、困ったように言葉をこぼす。
これが本物の魔具なのかどうかはアリアには判別ができなかった。
「つまり、トルティヤを探すということはサシャを探すことだよな 」
アイアンホースは、一人頷く。
「そうだね!!」
アリアが、次の方針に賛同する。
その時だった。
「ゴゴゴゴゴゴ…」
玉座があった場所が、轟音をたてて沈下した。
「なんだ?」
アイアンホースが、その音に反応する。
「わ!何かな?」
二人は、恐る恐る玉座のあった場所に向かう。
「…これは」
アイアンホースは、崩れた床を覗き込む。
床の下には、別の通路が隠されているようだった。
「別の通路だね!出口かなぁ?」
アリアが、目を輝かせる。
「あぁ…とりあえず、ここ行ってみるか?」
アイアンホースが、アリアに提案する。
「うん!他に行く道もないし!賛成だよぉ!!」
アリアは、大きく頷く。
「よし!じゃあ、俺に続け!」
そして、アイアンホースが勢いよく穴に飛び降りる。
アリアもそれに続いて、穴に飛び降りた。
「…よっと」
アイアンホースは着地する。
「わっ!」
アリアも後に続き、着地する。
着地時点の先は一本道になっており、その先には一つの扉が見えた。
「お、怪しさ満点の扉があるなぁ」
アイアンホースはニヤリと口角を釣り上げる。
「出口かな?それとも、宝物庫かな?」
アリアはワクワクした表情を見せる。
「ま、行ってみりゃいい話だ」
そして、二人は扉に手をかける。
「ギィィィィ…」
扉がゆっくりと開く。
「あ!!おま…!」
扉を開けたアイアンホースは思わず声を上げた。
一方、サシャとトルティヤは…
「今度はどこだよ?」
サシャは何度目かの大広間に辟易としていた。
石造りの壁と柱、そして青白いランタンの灯りが続く通路は、どこも同じに見え、ここが本当に前に通った場所と同じなのか、それとも無限に続く迷宮なのか、定かではない。
「お主は魔力探知ができぬもんな…それができれば、魔具を見つけるなり、小僧や小娘を見つけるなりできるのにのぉ…」
精神世界でトルティヤがため息をつく。
「そんな高度な技術できるわけがないよ。そこまで言うなら、トルティヤが代わればいいじゃないか?」
サシャが不満を漏らすようにトルティヤに問いかけた。
「嫌じゃ。ワシはあまり歩きたくないのじゃ。疲れるからのぉ」
トルティヤはそっぽを向く。
「えー…なんて自分勝手な」
いつものことだとサシャは分かり切っていたが、トルティヤの自分勝手な態度に少し呆れた表情を見せた。
「ごちゃごちゃ言っている暇があったら、さっさと歩くのじゃ」
トルティヤが静かに言葉を放つ。
「…はい」
トルティヤの圧倒的な態度に、サシャはただ頷くしかなかった。
「そういえば、その『魔力を探知する』という技術は、誰もができる技なの?」
サシャは、歩きながらトルティヤに尋ねてみた。
「そうじゃのぉ。自分でも自覚しておると思うが、今のお主じゃ不可能じゃ。前提として魔力量が足りぬ。そして、その魔力をコントロールする繊密さもない。魔力を探知するには、ある程度の魔力量と、繊密な魔力のコントロールが必要じゃ。だから、誰でも簡単にできるような技ではないのじゃ」
トルティヤは、細かく説明した。
「結局は魔力がないとお話にならないということか…」
サシャは大きくため息をつく。
「そういうことじゃ。前に話したと思うが、魔力量は生まれついての才能や素質が大きな割合を占める。じゃから、自分にできぬことはできぬときっぱりと諦めることも大切じゃ。できぬくせに足掻こうとするのは、時間と労力の無駄遣いじゃ」
トルティヤは淡々と語る。
「確かにそうかもね…僕は僕なりに、歩いて皆を探すよ!」
サシャは大きく頷くと、目の前の階段を登り始めた。
「それでいいのじゃ。まぁ、魔具の気配を感じたら…交代してやってもよいぞ?」
トルティヤがクスっと笑みを見せる。
「はいはい…その時は頼みますよっと」
サシャはトルティヤの言葉に笑みを返すと、階段を登り切った先の通路を進んだ。
通路は他の通路と変わらず、青白いランタンが灯っていた。
ランタンの炎が不気味に揺れ、静寂だけが周囲を包み込んでいた。
「とりあえず、こっちに来たけどいいのかな?」
サシャは若干の不安を抱きつつ、先へ進む。
その時だった。
「カチッ…」
自身の足元から、何かが押されるような小さな音が響く。
「?」
サシャは足元に目を向ける。
すると、そこには床と一体化した、目立たないスイッチがあった。
次の瞬間…
「ドスン!!!」
背後から、けたたましい音が響く。
「え…なに?」
サシャは恐る恐る背後を振り向く。
そこには、巨大な丸い岩が、彼のいる通路に向かって転がってこようとしていた。
通路はわずかに斜面になっており、岩は加速度を増して迫ってくる。
「何をやっておるのじゃ!さっさと走らんか!」
精神世界でトルティヤが大きな声で叫ぶ。
「ドドドドドドドドド!!」
巨岩は、まるで獲物を追いかけるかのように、轟音を立ててサシャに迫る。
「うわぁぁぁぁ!!冗談だろっ!?」
サシャは、恐怖に顔を歪ませ、無我夢中で通路を走り出した。
背後からは、巨岩が迫る重く、恐ろしい音が聞こえる。
「ドドドドドドドドド!!」
巨岩が、サシャのすぐ真後ろまで迫る。
「こんなところで死にたくない!!」
サシャは、心臓を突き上げるような恐怖を感じながら、必死に走る。
すると、目の前に十字路が見えた。
「小僧!!左右のどっちかに飛び込むのじゃ!!」
トルティヤが切迫した声で指示を出す。
「分かっているよ!!」
サシャは、十字路まで走り抜ける。
そして、巨岩が背後のすぐそばまで迫ってきた、その時。
「うぉぉぉぉぉ!!!」
サシャは、迷うことなく左側の通路にダイブした。
巨岩が、彼のすぐ真横を通過していく。
だが、その選択が間違いだった。
「え?」
サシャは、体が宙に浮く感覚を覚える。
恐る恐る下に視線を向けると、通路が途切れており、ダイブした先は底の見えない巨大な奈落だった。
「…運が悪いのぉ」
トルティヤは、呆れてため息をついた。
「うわぁぁぁぁ!!」
サシャは、奈落へと真っ逆さまに落ちていく。
「小僧、どうするのじゃ?このままでは地面に叩きつけられて、お陀仏じゃぞ?」
トルティヤは、状況を冷静に尋ねる。
「どうしたら…」
サシャは、混乱しながらも冷静に周囲を見渡す。
その時。
「あ!!」
落下する先に、石造りの橋が見えた。
それを見て、サシャは一縷の希望を見出し、笑みを浮かべる。
「あれに…賭けるしかない!」
そう口にすると、サシャは左腕を前に突き出す。
石造りの橋が、眼前に近づいてくる。
そして…
「今!!」
サシャは、左腕の袖に仕込んでいた、ワイヤー付きの銛を石造りの橋の柵に突き刺した。
「ザクッ!!」
銛は、石造りの橋の柵に深く突き刺さる。
「うっ!!」
サシャは、ワイヤーが張る遠心力の反動を、必死にこらえた。
ワイヤーはピンと張りつめ、彼の体は宙をぶらぶらと揺れる。
「…ふぅ。なんとかなった…」
サシャは、安堵のため息をつく。
そして、橋桁に足をつけると、ワイヤーを掴み、ゆっくりと橋桁を登っていった。
「(最悪、ワシが出ようと思ったが、案外、機転が利くではないか)」
一連の様子を見て、トルティヤはどこか満足そうに頷いた。
「よいしょっと」
サシャは、橋桁を登り切ると、石造りの橋に着地する。
橋の中央部分は崩れているものの、反対側の通路には青白いランタンが灯り、進めそうな雰囲気だった。
「道はこっちしかないようだね…」
サシャは、石造りの橋を進み、青白いランタンが灯る通路へと足を踏み入れる。
そして、少し進むと、眩しい光がサシャを包み込んだ。
「うわっ!眩しい!!」
サシャは、思わず手で目を覆う。
そして、ゆっくりと目を開ける。
「…なんだこれは?」
サシャは、目の前の光景に首をかしげる。
目の前は、白い壁と天井の広間になっており、中央には五芒星が描かれた床、そして何かしらの白い石像が5つ、鎮座していた。
その隣には、古びた石碑が置かれていた。
「何かの仕掛けかな?」
サシャは、石碑に近づく。
石碑には以下の言葉が刻まれていた。
【天を戴くは神の威光。右席に純白の翼、左席に堕ちた影。奈落の咆哮は影を護り、無貌の沈黙は門を封ず。五芒の座が正しき契約を結ぶ時、天地開闢の門は開かれ、迷宮の主は目覚めん】
「…なんのことやら?」
サシャは、石碑の文章を読み解けず、首をかしげる。
そして、石像に近づいていった。
「ふむ…この石像は神をモチーフにしているようじゃな…他も見てみるのじゃ」
トルティヤが、石像の正体について考察する。
サシャは言われたとおりに、石像を一通り見て回る。
それぞれ「神」「天使」「堕天使」「悪魔」「祈り手」を模した石像だった。
「多分だけど、この石像を五芒星の正しい位置に移動させるんだよね?けど、どういうことだろう?」
サシャは、頭を悩ませる。
だが、トルティヤは一瞬で謎を解いた。
「お主はアホじゃな。簡単な話じゃ。ワシの言う通りに石像を動かすのじゃ」
そして、トルティヤが指示を飛ばす。
「まずは、神の石像を五芒星の上に」
「次は天使の石像を五芒星の右に。堕天使の石像を左にじゃ」
サシャは言われたとおりに黙々と石像を動かす。
「そして、左下に悪魔の石像。最後に、右下へ祈り手の石像を移動するのじゃ」
「…こうかな?」
サシャは、トルティヤの言われたとおりに石像を動かしていく。
そして、祈り手の石像を右下に動かし終えた、その時だった。
「ブワンッ!!」
魔法陣が強く輝きだすと、その中央に緑色の結界が出現した。
「わぁ!?け、結界!?」
サシャは、突然の結界の出現に目を丸くした。
「きな臭いのぉ…その結界、壊してみるといいのじゃ」
トルティヤが指示を出す。
「あ、うん!」
サシャは、結界に近づき、右手を触れる。
「魔法解除!!」
サシャが、結界に向かってそう言葉を放つ。
「パリーン!!」
次の瞬間、結界にヒビが入り、まるでガラス細工のように割れた。
そして、その奥から、一つの重厚な鉄製の白い門が現れる。
「…中から魔力を感じるのぉ。行ってみるのじゃ」
トルティヤが言葉を漏らす。
「うん…行ってみよう」
サシャは頷くと、門に手をかけ、力強く門を押した。




