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第121章:行方不明

サシャ達とアイアンホース、モギーは八宝湖を目指し、没有(メイヨー)の街を進んでいた。

街を覆う濃い霧のせいで、遠くの景色は見えず、ただ、冷たい湿気が肌にまとわりつく。

ところどころに人の影はあるものの、ハギスやパナン、シュリツァといった街のような活気は感じられなかった。


「随分と静かな街なんですね」

サシャが、街の雰囲気に違和感を覚え、アイアンホースに尋ねる。


「まぁ、没有(メイヨー)は別名「血霧の土地」なんてのも言われてたからな」

アイアンホースが、没有(メイヨー)の意外な異名を口にする。


「血霧の街?」

リュウが、その言葉に興味を抱き、詳細を求めた。


「あぁ。昔、この街には独特の土着信仰があった。だが、それがどうにもきな臭いものでな。その教義が「人類全員の真なる救済」というものだった。この宗教のせいで、罪のない多くの子どもたちが儀式の生贄えになって命を落としたと言われる。悪魔の供物になったとか、魔獣に食べられたとか…当時は色々な噂が流れてたな…」

アイアンホースは、静かな口調で過去を語る。


「わぁ…なんだか不気味だよぉ」

アリアが、少し怯えた表情を見せた。


「ま、今は黎英軍によって、その宗教自体が壊滅。教祖も討ち取られて、今は跡形も残っちゃいねぇ。いわゆる昔話だ。…怖かったか?」

アイアンホースが、からかうように言葉をこぼす。


「いやぁ…怖くはなかったですけど…」

サシャは、苦笑しながら答えた。


「はっはっはっはっは!おい眼帯!スベってんぞ!」

それを聞いたモギーは、高らかに笑う。


「おい~。そこは「怖かった」と言ってくれよ」

アイアンホースが、不満そうに口にする。


「ぼ、僕は怖かったよぉ…」

だが、アリアは本気で怯えていた。

それを見た一同は、再び笑いに包まれた。


こうして、サシャ達は八宝湖へと着いた。

目の前には、乳白色の霧が水面を這うように漂い、広大な湖の静寂を不気味なほどに際立たせていた。

水面は鏡のように穏やかでありながら、その奥底に何かを隠しているかのように不気味に揺れている。


「こうして見ると結構広いんだな」

リュウが、湖の広さに感嘆の声を漏らす。


「ここを泳いでいくの?」

アリアが、アイアンホースに尋ねた。


「そんなわけないだろう。ほら、こっちだ」

アイアンホースは、そう言うと、湖に沿うように歩き出す。

少し歩くと、一軒の小屋が見えた。


「あそこだな」

アイアンホースは、その小屋の方へ足を運ぶ。

小屋は木製でボロボロになっており、まるで廃墟のような外観だった。


「八宝湖船舶協会?」

サシャは、小屋に掲げられた看板に目を向ける。

看板は、風雨に晒され、相当に年季が入っていた。


そして、サシャ達は小屋の中へと入る。


「結構…人がいるんだな」

リュウが、意外そうな表情で周囲を見渡す。


ボロボロな外観とは裏腹に、中には多くの人がおり、船舶の管理や、運行の斡旋などをしているようだった。

受付には、何組かの商人らしき人々が待機している。


「ここで湖を渡る船を斡旋してもらう。少し待ってろ」

アイアンホースは、そう言って、一人の職員の元へと向かう。


「よお!マイク!!」

アイアンホースは、親しげな声で話しかける。


「あ!アイアンホースの旦那!ご無沙汰してます!」

マイクと呼ばれた職員が、驚いたように応えた。


「元気にしてたか?調子は?」

アイアンホースが、尋ねる。


「おかげさまで!ただ、最近奇妙な噂のせいで、うちの船を使う人が減ってるんですよね…」

マイクは、困惑した表情を浮かべる。


「ほう。奇妙な噂?」

アイアンホースは、その言葉に興味をそそられる。

マイクは、周囲を気にするように、アイアンホースに耳打ちをした。


「はい。最近、湖で商船や連絡船に乗っていた人が姿を消すというものです。船が湖の反対に着いたと思ったら、人の姿が、最初からなかったかのように消えているんですよ」

マイクは、不安そうな顔で奇妙な噂を口にする。


「なるほどな。(例の行方不明事件の話か?)ま、気を付けるようにするぜ。情報ありがとうな!」

アイアンホースが、マイクの肩を力強く叩いた。


「はい。アイアンホースさん、お気をつけて…して、いつもの船で大丈夫ですか?」

マイクが、本題に入った。


「あぁ。いつもの船で頼むぜ」

アイアンホースは、笑みを浮かべて頷いた。


「分かりました!水夫に頼んで至急準備させますね!」

マイクは、どこかへと早足で向かって行った。


「さて、これで準備OKだ!船も用意できた!」

アイアンホースが、サシャ達のところに戻ってくる。


「あの、船代とかは?」

サシャは、船の代金を心配する。


「その心配はいらねぇぞ?なんたって、俺が持っている船だからな」

アイアンホースが、自信ありげに胸を張る。


「え?アイアンホースさん、船も持ってるの?」

アリアが、目を丸くする。

だが、モギーがそれを遮るように口を開いた。


「おいおい、厳密には「フラッカーズの船」だろ?勝手に私物化してんじゃねぇよ!」


「アハハハハ。まぁ、似たようなもんだろう!」

アイアンホースは、豪快に笑ってごまかした。


「(いや、全然違うような…)」

アイアンホースのいい加減ぶりに、サシャは内心でツッコミを入れていた。


こうして、サシャ達は船着き場へと向かった。


「さて、俺たちが乗る船は…」

船着き場に着くやいなや、アイアンホースは停泊されている船を探す。


船着き場に停泊されている船も、商船から漁船、連絡船まで様々だった。

そんな中、アイアンホースは一番奥にある船着き場へと足を向けた。


「お!あったあった!これだぜ」


「わぁ…」


「こりゃまた立派な…」


「これが、フラッカーズの船」

サシャ達は、目の前に現れた船の壮大さに息をのむ。


船体は黒と赤を基調とした威圧的なデザインで、漆黒の帆にはフラッカーズの紋章が描かれている。

両脇には小型の大砲も備え付けられており、その外観は、まるで海賊船のようだった。


「どうだ?いかしたデザインだろ?」

モギーが、得意げに尋ねる。


「なんか、かっこいいよぉ!」

アリアは、目をキラキラと輝かせる。


「海賊船みたいですね…」

サシャは、腕を組み、船の力強いデザインに感嘆の声を漏らす。


「特別感があるな」

リュウが、静かに言葉をこぼす。


「見とれるのもいいが、さっさと乗れ!出航すんぞ!」

アイアンホースが、急かすように言った。


こうして、サシャ達はフラッカーズが保有する船舶に乗り込んだ。


「そらよっと!!」

モギーは、慣れた手つきで繋がれたロープを外し、軽やかに船に乗り込む。


「よし!しっかりと掴まっとけよ!!出航するぜ!!」

アイアンホースが、操舵輪を力強く握り込む。

すると、ゆっくりと船が水面の上を進み始めた。


「船に乗るのはマクレンの時以来か…」

リュウは、甲板に立ち、船が動く様子をじっと眺める。


「そうだね。そういえばシャロンさんは元気かな?」

サシャは、マクレンで一緒に冒険した海兵隊のシャロンのことを思い出す。


「風が気持ちいよぉ」

アリアは、両手を広げ、頬をなでる風を楽しんでいた。


「(若いってのはいいもんだぜ。こっちまで元気を貰っちまうよ)」

モギーは、左舷に肘をつきながら、穏やかな表情でサシャ達を見守っていた。


そうして、船は順調に湖の中央辺りを進んでいく。


「ようやく折り返しといったところだ。もう少しで対岸に到着するぞ」

アイアンホースが、操舵輪を操作しながら、現在地を話す。


「それにしても、ずっと霧の中だね」

アリアが、ぽつりと口にした。


「まぁ、そういう地域なのだから仕方あるまい…」

リュウは、暇だったのか、刀を抜き、甲板で素振りを始めていた。


「折り返しだと言っているけど、どの辺なのか見当もつかないや」

サシャは、ふと水面に視線を向けた。

その時だった。


「ん?なんだろう?…なんか、空間が歪んで見える」

サシャは、言いようのない違和感を覚える。

水面の空間が、ゆらゆらと揺らめき、まるで蜃気楼のように歪んでいた。


「わぁ!本当だよぉ!何かの魔法かな?」

アリアも、その異変に気づき、声を上げる。


「あん?なんだ?珍しい魚でもいたか?」

モギーが、そう言葉をこぼした瞬間だった。


「おっ!なんだこれ!?」

アイアンホースが、突如現れた白い光に飲み込まれ、姿が消えていく。


「む!?なんだ!?」

同時に、リュウも白い光に包まれ、消えていった。


「ちっ…罠かよ」

モギーも、白い光に飲み込まれ、姿を消す。


「なになに?」

アリアも、白い光に飲み込まれていく。


「トルティヤ…これは?」

サシャは、思わず精神世界にいるトルティヤに尋ねる。


「やられたのぉ…大規模な転送魔法か空間魔法の一種じゃろうな…」

トルティヤは、ため息をつき、静かに言葉をこぼす。


『生贄だぁ』


『迷える子羊がきたのぉ』


『新たな生贄がきた』


『皆、新たな生贄を歓迎しよう』


やがて、船から全員の姿が消え、誰もいなくなった船は、ただ湖の上を漂っていた。


「ん…ここは?」

サシャは、ゆっくりと目を開ける。

頬に冷たい水滴が滴り落ち、体が濡れていることに気づいた。


「気が付いたようじゃのぉ」

精神世界から、トルティヤの声が聞こえてくる。


「確か船の上で変な光に飲み込まれて、それから…」

サシャは、体を起こし、周囲を見渡す。

そこは、薄暗い通路の一角で、足元には小さな川が流れていた。


サシャが倒れていた場所は、通路の行き止まりになっており、反対側からは微かな光が漏れている。


「あれ?みんな…どこにいるんだろう?」

サシャの視界に、リュウやアリア、アイアンホースやモギーの姿はなかった。


「はぐれたか、意図的に分断されたか…といったところじゃな」

トルティヤが、状況を冷静に分析する。


「だったら、早く合流しないと!」

サシャは、光が漏れている方へ走り出す。

そして、開けた場所に辿り着く。


「…なんだよこれ」

サシャは、目の前の光景に言葉を失った。


目の前の空間には、青白い光を放つ巨大な樹が中央に生え、その周囲には無数の遺跡が摩天楼のようにそびえ立っている。

直線や螺旋の階段が、複雑に入り組んでおり、一部の空間は歪み、上下の境界すら曖昧になっていた。


「トルティヤ…これって?」

サシャは、戦慄を覚え、精神世界にいるトルティヤに尋ねる。


「ふむ…高度な空間魔法じゃな。ワシやアルタイルが使っていたものとは別系統のものじゃ。攻撃や防御に使用するタイプではなく、空間そのものを自在に作り変えてしまうようなタイプじゃのぉ」

トルティヤは、この異空間の正体を推測する。


「空間魔法か…一体この先にはどうやって進んだらいいのやら?」

サシャは、途方に暮れ、首をかしげる。


「しらみつぶしに行くしかないじゃろう」

トルティヤは、呆れたように言葉をこぼした。


「とりあえず近くの階段を登ってみよう…」

サシャは、意を決して近くの階段を登り、遺跡の入口に入る。

だが、次の瞬間…


「あれ?同じフロアに出てきたぞ?」

サシャは、いつの間にか、別の階段を下り、元の場所に戻っていた。


「次じゃ次!!」

トルティヤが、焦れたように促す。


「だったら、今度はこっちの入口に…」

サシャは、気を取り直して、違う遺跡の入口に進む。

遺跡の中は、ひんやりとした空気に包まれていた。


「こっちであっているのかな?」

壁には、うっすらと青白い光を放つランタンが、通路を照らしている。


「ふむ…これほどの空間魔法を使うとは…」

トルティヤの関心は、この奇妙な空間を作り上げた術者に向けられていた。


「ここを曲がって…」

サシャが、遺跡通路の角を曲がろうとした、その時だった。


「…」

突如、曲がり角から巨大なウツボを思わせるような、大きな口をしたモンスターが、にょろりと姿を現す。

その姿は、かつて戦った芽剣蛇(がけんじゃ)に匹敵する、いや、それ以上の大きさを誇っていた。


「…ど、どうも」

サシャは、恐怖のあまり、思わずそう言葉をこぼす。


「ガウウウウウ!!」

サシャの存在に気づいたモンスターが、大きな口を開けて向かってくる。

その口に並んだギザギザした歯は、捕食されたらひとたまりもないことを物語っていた。


「うわぁぁぁぁぁぁ!!」

サシャは、一目散に元の道を引き返した。


「まったく…あの程度のモンスター…代わるのじゃ」

トルティヤは、呆れた様子で、サシャの肩に手を触れると、入れ替わる。


「ガルルルル!!」

モンスターは、大きな口を開き、トルティヤを飲み込もうとする。


「無限魔法-天女の招雷(てんにょのしょうらい)-!」

だが、それよりも早く、トルティヤが白い稲妻を放つ。


「グギィィィィィィィィィィィ!!!!」

白い稲妻が、モンスターの巨体を貫き、感電させる。

次の瞬間、モンスターは白目を剥き、黒焦げになって、地面に倒れた。


「なんじゃ、見かけ倒しじゃのぉ…」

トルティヤは、肩をすくめるように、そう言葉をこぼす。


「(すごい…あんな凶暴そうなモンスターを一撃で)」

トルティヤの圧倒的な力を見て、サシャは、改めてその凄さを再認識した。


「ほれ、代わるぞ。さっさと、他の連中を見つけて、この変な迷宮から脱出するのじゃ」

トルティヤは、そう言いながらサシャの肩を叩いた。


「分かってるよ…歩くのは慣れっこだ」

サシャは、そう答え、モンスターが現れた方向へと、再び歩き続けた。


一方、謎の遺跡内の別の場所では…


「火魔法-雌羅雌羅嵯刃斗(メラメラサバット)-!!」

モギーは、足に燃え盛る炎を纏い、鋭い蹴りを放つ。

彼女の眼前には、無数のアンデッドが群がっていた。


「…アァァァ」

しかし、戦況は圧倒的にモギーの優勢で、周囲のアンデッドが次々と黒焦げになっていく。


「ガウ!!」

別のアンデッドが、モギーにつかみかかろうとする。


「近寄るな!雑魚!!」

モギーは、炎を纏った鎖分銅を放つ。


「ぐしゃ!!」

鎖分銅が、アンデッドの頭部に命中し、スイカのように弾け飛んだ。


「これで…全滅だな!!」

モギーは、最後のアンデッドを豪快に蹴り飛ばす。


「げしゃ!!」

蹴られたアンデッドは、壁に叩きつけられ、絶命した 。


「ったく、骨のねぇ雑魚ばかりだな…」

周囲のアンデッドは、すべて黒焦げになり、再起不能になっていた。


「んっく…ップハー!!」

モギーは、景気づけにスキットルに入った酒をあおる。


「にしても、随分と手の込んだ仕掛けじゃねぇかよ。どこの馬の骨だ?あん?」

酒を飲み終わると、モギーは、ぶつぶつと文句を言いながら先へと進む。

すると、開けた通路に出た。


「っと…これはまた随分とまた…」

モギーは、通路に出る前に立ち止まり、その様子をうかがう。


「ゴォォォォォォォォ!!」

通路内は、凄まじい強風が吹き荒れており、左側には巨大な扇風機が回っていた。

扇風機の奥には、犠牲者と思しき無数の髑髏が転がっている。

そして、右奥には通路の続きが見えた。


「愚か者なら、あれで切り裂かれて終了なんだろうが…この程度ではモギー様を止めることはできねぇぜ!!」

そう口にすると、モギーは腰に差している武器を手に取った。


「俺の相棒『セルピエンテ』の力…見せてやるよ」

モギーは、そう言って、通路の右奥へと杭を放つ。


「セルピエンテ」。

一般的なピストルは、自身の魔力を変換して気弾を放つ機構が組まれているが、モギーのピストルは一味違う。

通常の気弾を放つ機能に加え、下部にあるトリガーを引くことで、鎖付きの鋭い杭を放つことができる。


ちなみに、フラッカーズのピストルスミスである「バリーク」は、モギーのピストルについて、こう語っている。


『あのピストルはイカれてるだろ!?っても、アタシがデザインしたんだけどな!本来ピストルの機能というのは自身の魔力を変換して放つというだけなんだ。だけど、あの狂犬ババ…おっと。偉大なモギー様は「こういうイカしたのを作ってくれ!」って自分で設計図を書いてアタシに持ってきたんだ!!で、何回か試行錯誤を繰り返して完成したピストルがこれってわけ。銃身は上下二連式。その下部に鎖付きの杭を放つためのトリガーがもう一つ。杭の射程距離はざっと200メートル…放った杭はリールの要領で巻き取ることができるようにした。人一人くらいはぶら下がっても千切れない程度の強度にしたから、あの狂犬バ…んんっ。偉大なモギー様も満足してくれるだろうさ』


「ガシッ!!」

そして、放たれた杭は、深々と遺跡の岩壁にめり込む。


「ここで死んだらフラッカーズの笑いもんだぜ」

モギーは、そう口にすると、ピストルを掴み、風の吹き荒れる通路へと飛び移る。

強風がモギーの体を襲うが、彼女はそれを意に介さない。


「風が気持ちいいなぁ!!」

そんなことを叫びながら、モギーは伸びた鎖を掴み、リールで鎖を巻き取りながら反対側の通路へとゆっくり進む。

そして、全く危なげなく通路を渡り切った。


「さて、あの眼帯はどうしてるんだろうな?とっくに、くたばってたりしてな!ガハハハハハ!」

モギーは、機嫌よく豪快に笑い飛ばす。

そして、彼女は遺跡の奥へと姿を消した。






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