第117章:新しい風
極天のランプを巡る戦いから1週間後。
サシャ達の姿は、ヘレンの家のダイニングルームにあった。
窓から柔らかな陽光が差し込み、焼き立てのパンの香りが部屋を満たしている。
「もぐもぐもぐ!!…おかわりじゃ!!」
サシャの肉体を借りたトルティヤは、山と積まれたサンドイッチを、信じられないほどの勢いで平らげていた。
「そんなに慌てて食べんでも、まだあるから…」
ヘレンは、少し呆れながらも、その姿を微笑ましげに見つめていた。
「そうだよぉ。ゆっくり味わって食べなよぉ」
アリアも、自身のサンドイッチを美味しそうに食べる。
「やれやれ…騒がしいことだ」
リュウは、ふっと笑い、穏やかな時間を楽しんでいた。
「にしても、あれから1週間か…早いな…」
精神世界の中で、サシャが遠い目をしながら言葉を漏らす。
サシャは極天のランプを入手した後に気を失った。
その後、ラウ老師とラジアンの部下が彼を見つけ、すぐにガロの診療所に運んでくれた。
それから4日間、サシャは眠り続けていた。
ガロ先生は、「これほどの深傷を負って生きているのは、まさに奇跡としか言いようがありません」と首をかしげていたという。
また、ラジアンに発見された、リュウとアリアも肉体の疲労がひどく、そのまま入院となった。
あの晩、龍心会の追っ手から逃れるため、ラウ老師は街の外れで数十人の追っ手をたった一人で撃退したとのことだった。
その話を聞いたサシャ達は、ただ呆然とするしかなかった。
そのラウ老師は、アルタイルからの遺言を受けて、暫定議会の樹立に奔走していた。
ラジアンも、ラウ老師の右腕として、その手伝いに駆り出されていた。
そして、予定では今日、新しい国の方針が決まるという話だった。
「あ!そろそろ時間だね!議事堂前?だっけ?」
アリアが椅子から立ち上がる。
「あぁ…そうだな。行くか」
リュウも静かに立ち上がる。
「じゃあ、小僧。ワシは食ったから寝るのじゃ」
トルティヤは、口に残ったサンドイッチを一気に飲み込むと、満足げにサシャの肩を軽く叩いた。
「…うん。ゆっくり休んで」
サシャは、皿に残ったサンドイッチを一つ手にすると、リュウとアリアの後を追って部屋を出た。
「…さて、どんな国の夜明けになるんだろうね」
ダイニングルームに残ったヘレンは、静かに言葉をこぼした。
一方、軍本部附属の刑務所内。
そこの医療室には、二人の姿があった。
「…スピカ。アルタイルがしたことの責任は全て俺が背負う。龍心会がしてきたことの罪も全てだ」
レグルスが、硬い表情でスピカに告げた。
レグルスはキバの診療所で治療を受け、5日前に目を覚ました。
その後、ラウ老師の命令により、反逆罪という形で刑務所に収監されたという。
だが、それはあくまで国民の混乱を避けるためのラウ老師なりの判断であり、彼らの処遇は未だ決まっていなかった。
「そういうわけにはいかないよ。私だって同罪だ。アルちゃんの…暴走を止めることができなかったのだからね」
スピカも同様の理由で刑務所に収監されていた。
だが、二人とも、アルタイルや龍心会がしてきたことに対して、罪を償う覚悟はできていた。
その時、医療室の扉が静かに開く。
「…来たようだ」
レグルスは、処遇が決まったものだと覚悟していた。
だが、刑務官の言葉は意外なものだった。
「レグルス、スピカ、表に出ろ。これからラウ老師によるドラゴニア王国の方針発表がある。ラウ老師が見学に来るようにとの命令だ」
刑務官が、きりっとした声で告げた。
「…え?」
その答えに、レグルスとスピカは目を丸くする。
そして、二人は刑務官に連れられるがまま、議事堂へ向かった。
議事堂前。
既にそこには、多くの見物客が殺到し、熱気でむせ返るほどだった。
「うわぁ、すごい人混みだよぉ」
アリアが、必死に背伸びをしようとする。
「それだけ、ドラゴニア国民が次の方針に関心を持っているということだろうな」
リュウは、静かに状況を分析した。
「それにしても、すごい数だ…」
サシャ達は、群衆の後ろ側だったため、壇上がよく見えずにいた。
その時、サシャの肩を誰かが軽く叩いた。
「よっ!来てくれたんだな」
サシャが振り向くと、そこには、きっちりと軍服に身を包んだ、ラジアンの姿があった。
「ラジアンさん!」
サシャは、表情を綻ばせた。
「こっちに来てくれ。いい場所がある」
ラジアンはそう言うと、サシャ達を見学場所へと案内する。
「それにしてもすごい人ですね」
リュウが感心したように言葉をこぼす。
「まぁ、今後の国の在り方について説明するらしいからな。ラウ老師が各方面に色々と働きかけてたんだ。俺もこき使われて本当に大変だったんだからな…」
ラジアンが、ここまでの経緯を説明する。
「龍心会についてはどうなるんだろう?」
アリアが尋ねた。
「それについても、今日、発表があるとか言っていたな」
ラジアンが、静かに答える。
そして、彼らは近くの建物の屋根の上に辿り着いた。
そこは、壇上が斜めからよく見える絶好の場所だった。
「これなら、よく見えるね!」
サシャが、喜びの表情で頷く。
「ありがとう!ラジアンさん」
アリアが、明るい笑顔を見せた。
「おう!じゃあ、俺は準備があるからこれで!また後でな!」
ラジアンは、そう告げると、翼を羽ばたかせ、議事堂の方へ向かっていった。
「それにしても、スピカさん…結局、刑務所に収監されたってね」
アリアは、どこか寂しそうに言葉を漏らす。
「仕方あるまい。最後は俺たちに味方したとはいえ、龍心会の幹部だったんだからな」
リュウは、冷静に言い聞かせるように応じた。
「けど、ラウ老師は悪いようにはしないと言っていた。それを信じよう!」
サシャが、力強く言葉を発すると、リュウとアリアは静かに頷いた。
その時、会場のざわめきが大きくなる。
同時に、壇上にゆっくりとラウ老師とラジアンが上がってきた。
その手には、音魔法を応用したと思われる疑似魔具が握られていた。
「え?なんかカッコいい!!」
サシャは、ラウ老師の姿を見て、目を丸くする。
「いつもからは想像がつかないほど凛々しいな」
リュウが、驚きを隠せない様子で口を開いた。
「えー、本日はお日柄もよく…」
ラウ老師は、立派な軍服を身につけ、トレードマークの髭も綺麗に結われていた。
彼の言葉に対して、ラジアンが耳打ちをする。
「ラウ老師!結婚式のスピーチじゃないんですよ!」
「あ…あぁ、こういう場はどうも慣れてなくてな…」
ラウ老師は、小さく言葉をこぼすと、咳ばらいをする。
「…ドラゴニア王国の民よ。そして、ドラゴニア以外の者達よ。今回はワシの弟子であるアルタイルが…皆に多大な迷惑をかけた。まずは謝罪させてほしい」
ラウ老師が、その場にゆっくりと膝をつくと、深々と頭を下げた。
「…ラウ老師」
「あなたは何も悪くない!!」
「顔をあげてください!!」
ラウ老師の行動に、群衆はどよめいた。
そして、ラウ老師がゆっくりと顔を上げ、立ち上がる。
「前国王であるアルタイルは、勇敢な冒険者達によって討ち取られた。最後の最後まで自身の信念を貫いた死んだと言われている。そして、遺言として、ワシに政権を託した」
ラウ老師が、静かに語りかける。
「ということは次の国王はラウ老師なのか?」
「そうね…ベクティアル国王には生きているご子息がいないものね」
「ラウ老師なら安心して国を任せられそうね」
再び、群衆の間にざわめきが広がった。
「じゃが、ワシは王の器ではないと思っている。そこでじゃ…」
ラウ老師が、壇下の衛兵に視線を送る。
そして、衛兵が議事堂の中へと入っていく。
「このドラゴニア王国を一度解体し、ドラゴニア共和国に名を改名し、共和国制にする。法や政治は国民と共に作り上げる。ワシは80年前の後継戦争にてベクティアル国王側につき戦った。しかし、ザクトゥス王子側にも大儀や正義があり、彼らの言い分も分からないわけではなかった。これも、王政ではなく共和国制であれば、血を流さずに、双方の意見の下、国を成り立たせることができたじゃろう。その過ちを二度と犯さないが故の判断じゃ。皆の者、どうじゃ?」
ラウ老師が、群衆に呼びかける。
「…いいんじゃないかな?」
「色々な意見や価値観があった方が、国も豊かになるだろうしね!」
「保守層の意見も聞いてくれるなら…」
「俺は賛成するぞ!!」
群衆が、次々と賛同の声を上げ、それはやがて大きな拍手へと変わった。
「皆…ありがとう!!では、詳細については後日、暫定議会にて協議し公布するものとする。それとじゃ。先ほど言った通り、ワシはトップの器ではない。そこで、ワシの代わりに国を引っ張っていく新しいリーダーを指名したい。その前に、一つ…」
ラウ老師の合図で、議事堂の中から衛兵に連れられて一人の人物が登壇した。
「あ、あいつは…!」
「どうしてここに!?」
「死んだって聞いたぞ!!」
群衆が、さらに大きくどよめいた。
「…」
そこにいたのは、縄に繋がれ、下を向いたままのレグルスだった。
レグルスを見た瞬間、群衆の顔が怒りに染まり、激しい罵声が飛んだ。
「そいつは国を混乱に陥れた諸悪だ!!」
「死刑だ!死刑!!」
「ラウ老師、まさか許すとは言いませんよね!?」
群衆の中からレグルスに向かって石が投げられる。
硬い石が彼の頬を掠め、肩に当たる。
だが、レグルスはそれを避けることなく、じっと耐え忍んだ。
「ラウ老師…俺をこんなところに連れ出して…公開処刑でもするつもりですか?」
レグルスは、聞こえるか聞こえないかほどの小さな声で言葉を漏らした。
「レグルス…」
その様子を、ラジアンはただ見つめるしかなかった。
「彼はレグルス。彼もまたワシの弟子のひとりじゃった。龍心会のナンバー2でもあった。だが、彼はそこにいるラジアンによって生かされた。ラジアンは彼を最後まで友だと言い、敵にまわっていながら彼を信じた。それでも、アルタイルと共に国を混乱の渦に巻き込んだ。死刑を望む者も多いだろう」
ラウ老師は、群衆に静かに語りかける。
「そうだそうだ!!」
「反逆者は殺せ!」
群衆のほとんどが死刑を望んでいた。
しかし、ラウ老師の口から予想外の言葉が飛び出した。
「だが、ここで彼を死刑にしてしまっては、アルタイルが守ろうとした意志は絶たれ、第二、第三のアルタイルが現れるだろう。もしかしたら、もっと悪い結末になる可能性も捨てきれん」
そう言うと、ラウ老師は腰に差した刀をゆっくりと抜く。
「…ラウ老師。覚悟はできています。首をはねるのなら…一思いに…」
それを見たレグルスは、静かに目を閉じた。
「ズバッ!!」
「…ラウ老師」
「どういう?」
ラウ老師の行動に群衆は目を丸くする。
「…ラウ老師。これはどういうことですか?」
レグルスの両手の縄が斬られ、彼の両手が自由になった。
彼は信じられないといった表情で問うた。
「お主を国王代理権限で釈放とする。そして、アルタイルの意志を継ぐのじゃ。今後のドラゴニア共和国において、保守派の考えも一定必要になるじゃろう。それこそ、ドラゴニアが他種族の搾取から守るためにも必要な考え方じゃ。だが、偏り過ぎた思想は時に国を暴走させかねない。その点、アルタイルの側にいた、お主なら匙加減が分かるであろう?」
ラウ老師は、まっすぐレグルスを見つめる。
「俺は…」
レグルスは戸惑いを隠せずにいた。
一度、国に刃を向け、乗っ取りに加担した自分が許されてもいいのだろうか、と。
「いくらラウ老師の考えとはいえ俺は…」
「そうだ!正当な罰を望む!!」
「何かあった際、責任は誰が取るのですか?」
群衆のほとんどがレグルスの処遇についてざわめいた。
「生きて償うのもまた罰。そして、レグルスが何か国に対して不利益を被る、もしくは、再び刃を向けた時は…ワシとラジアンがレグルスを殺し、二人とも腹を切る!!」
ラウ老師は、鬼気迫る表情で、決意を告げた。
その言葉には、彼の固い覚悟が込められていた。
「俺からも頼む!!」
ラジアンは、群衆に向かって深く頭を下げる。
「ラウ老師…ラジアン…」
レグルスは一考すると、地面に膝をつき、群衆に向けて頭を下げた。
「俺はドラゴニア王国を愛するあまり、アルタイルと共にベクティアル前国王の殺害に加担し、国を混乱に陥れました。その罪は一生背負って生きていきます。もちろん、俺を処刑すべきという声もあるでしょう。ですが、もう一度…もう一度だけ、この国のために命を賭けさせてもらえないでしょうか?」
レグルスは、必死の想いを込めて、群衆に頭を下げ続けた。
「そんな虫のいいことを言って、また国を乗っ取るつもりじゃないだろうな?」
「裏切者は信頼できないぞ!」
それでも、群衆の怒りはなかなか鎮まらない。
すると、ラウ老師が口を開いた。
「許せない者も多いじゃろう。じゃが、彼もまたドラゴニアを愛している。その事実は揺らがぬ。だから、どうか許してやって欲しい。この通り…」
ラウ老師は、地面に両足をつけると、再び深々と頭を下げる。
二度に渡るラウ老師の土下座に群衆は少しずつ鎮まり返っていく。
「…そこまで言うなら」
「移民政策とか俺は反対だったしな」
「生きて償うのも、また罰じゃな」
必死の願いが届いたのか、群衆は少しずつ納得し始めた。
しかし、そこに不気味な影が迫っていた。
「ふざけんなよ…龍心会が実質なくなって、俺は好き勝手できなくなったんだ。それがのうのうと生きて罪を償いますだと?それを擁護したラウ老師も…レグルスも…」
眼帯を付けたドラゴニアが、群衆の中から突然飛び出し、ラウ老師に襲い掛かった。
「みんな死んでしまえ!!」
その手には、鋭い刀が握られていた。
「むっ!」
ラウ老師が迎撃の姿勢を見せる。
「ラウ老師!!」
ラジアンが慌てて駆け寄った。
「ザシュ!!」
「なっ…レグルス。貴様…」
眼帯を付けたドラゴニアは、レグルスを睨みつけた。
男の刃はラウ老師に届くことなく、庇ったレグルスの胸を深く貫いていた。
「…気は済んだか?」
レグルスは、胸から血を流しながらも、男に静かに言葉をかけた。
「貴様!!国王代理に何をする!?」
衛兵が駆け寄る。
「くっ!ちくしょう!離せ!!」
そして、眼帯の男は、衛兵に取り押さえられる。
「レグルス!!誰か回復魔法を使える者はいないか!?」
ラジアンが駆け寄り、絶叫した。
すると、遠くから声が響いた。
「私がいるわ!!」
ラジアンが目を向けると、議事堂の方から縄に繋がれたスピカが大声で応える。
「…その者の縄を解いてやれ」
ラウ老師が刑務官に命じた。
「承知しました」
刑務官はスピカの縄を解く。
「感謝するわ」
スピカは礼を言うと、急ぎ壇上に登り、レグルスの手当てを始める。
「傷は深いけど急所は外れているわ…蜜魔法-琥珀雫-」
レグルスの傷口に蜜魔法を使用する。
スピカが両手をかざすと、レグルスの傷口に蜂蜜のような光の滴が落ち、徐々に傷口を塞いでいく。
「すまない…スピカ」
レグルスは、安堵の表情を見せる。
「いいのよ。気にしないで」
スピカが、優しく笑みを見せた。
「…おい。今、あいつラウ老師のこと…」
「あぁ、見てた。庇ったよな」
「相当な覚悟がないとできないことだよ」
「あの龍心会の女もすごい回復魔法を使うじゃないか!」
その様子を見て、群衆が再びどよめき始める。
それを見たラウ老師が、群衆に尋ねた。
「今のを見ても、レグルスを処刑したいと思う者はおるか?」
「い、いや…もう十分…」
「り、龍心会の奴らも頑張ってくれそうだしな」
「許すわけじゃないけど、生きて罪を償ってくれるなら…」
少しずつ、レグルスの行動に人々が許しを見せ始める。
「みな…」
その光景に、レグルスは思わず涙を見せた。
「お!泣いてるのか?」
それを見たラジアンが、からかうように声をかける。
「馬鹿者…泣いてなどいない…」
レグルスは、慌てて涙を拭う。
「…決まりじゃな。そして、話の続きじゃが…国王代理権限により、この国の新たなリーダーに、ここにいるラジアン、そしてレグルスの両名を指名する!!」
ラウ老師は、高らかに宣言した。
「ええっ!?聞いてないんだけど!?」
ラジアンは、驚きで文字通り目を丸くする。
「ラウ老師…冗談ですよね?」
レグルスは、ポカンとした表情を見せる。
「ふふふ…」
その様子を、スピカは楽しげに笑って見ていた。
「冗談などではない。この二人はワシの意志。そしてアルタイルの意志、ベクティアル元国王の意志を継いでおる。それに何より若い!!新しいドラゴニアには、新しい風が必要じゃ。そのためにも、彼らに新しいドラゴニアを託したいと思う。ワシが保証人じゃ。皆、どうだ?」
ラウ老師が、群衆に語りかける。
「…ラウ老師の弟子なら信頼できる」
「そうだな。ぽっと出の変な奴がリーダーをしてもな」
「俺は賛成だ!フレッシュさで、この国をよくしてくれ!!」
群衆は賛同し、大きな拍手へと変わっていく。
「では、ラジアンとレグルスには暫定議会解散後には正式に大統領として就任してもらうこととする。詳細は追って公布するものとする」
ラウ老師が、高らかに告げた。
「ちなみに、当然じゃが龍心会は国王代理の権限で解散とする。異論はないな?レグルス、スピカ?」
ラウ老師がレグルスとスピカに尋ねる。
「はい。引き継ぐのはアルタイルが本当に守りたかったもの…だけで十分ですから」
レグルスは、力強く頷いた。
「レグルスに同じく。粉骨砕身、この国の発展に尽くします」
スピカも深く頷く。
「では、皆。新しいリーダーに大きな拍手を!!」
「パチパチパチパチ!!」
会場は、祝福の拍手で大いに盛り上がった。
その中で、レグルスとラジアンは互いを見つめる。
「レグルス…頑張って行こう!」
ラジアンは、レグルスに手を差し伸べる。
「そうだな。皆の想いに応えるためにも…」
そして、レグルスはラジアンの手を強く握り返した。
「わーっ!!」
それを見た群衆も、さらに大きく盛り上がった。
「…なんか、大団円という感じだな」
一連の様子を見ていたリュウが、静かに言葉を漏らす。
「失ったものも多かったけど、新しい風が吹いたようでよかったよ」
サシャは、嬉しそうな笑みを見せる。
「想いって、こうやって受け継がれていくんだね!」
アリアは、感動したように言葉を紡いだ。
こうして、ラウ老師による国の方針決めの報告が終了した。
レグルスが刺されるというトラブルがあったものの、ドラゴニア共和国の大統領にラジアンとレグルスが就任するという形で幕を下ろした。
翌日。
ラウ老師は、アルタイルの墓に来ていた。
そこには、ラジアン、レグルス、スピカの姿もあった。
アルタイルは反逆者という身分のため、本来は墓など用意される立場ではなかった。
だが、ラウ老師の働きかけや、次期大統領のラジアンの尽力で、山の奥にひっそりとした墓が建てられた。
「アルタイルよ。お前の国を守りたいという意志は、確かに継がれたぞ…」
ラウ老師は、アルタイルの墓前にて報告する。
「…アルタイル。ゆっくり休めよ」
ラジアンが、静かに言葉をかける。
「アルちゃん…私、アルちゃんの分まで頑張るから」
スピカは、決意を込めて語りかけた。
「…そっちでも元気でやれよ」
レグルスは、少し照れくさそうに言葉を漏らす。
そして、墓参りを済ませた、ラウ老師、ラジアン、スピカがヘレンの店の前に戻ってくる。
店の前には、既に旅の支度を済ませたサシャ達の姿があった。
「あれ?レグルスさんは?」
サシャは、レグルスの姿がないことに気が付いた。
「あぁ、あいつはアルタイルの墓にもう少しいるって。ま、お前達に会うのが気まずいんだろうな」
ラジアンは、苦笑しながら応じる。
「全く…恥ずかしがらずにくればいいのに」
スピカが、冗談めかしながら言葉を紡いだ。
「して、お主達は次はどこに行くのじゃ?」
ラウ老師が、サシャに次の目的地を尋ねる。
「実は…」
サシャは、次の行き先を話す。
ラウ老師達が帰ってくる15分前。
サシャ達は、バンカーで元の服に着替え、次の旅の支度を進めていた。
「うん!やっぱりこっちの服の方が落ち着くや!」
サシャは、緑色のマントを羽織ると、満足げに頷いた。
「あの…ヘレンさん。これ…」
アリアは、借りていた服を返そうとする。
だが、ヘレンは首を横に振った。
「それは、あんた達が持っておきな。冒険してるんなら違う服の一着くらいあってもいいだろうし。私からのプレゼントだ」
ヘレンは、優しい笑みを見せた。
「え?いいの!やったー!」
アリアは、子供のように嬉しそうに喜んだ。
「ありがとうございます!」
サシャとリュウは、ヘレンに深く礼を言う。
「いいんだよ。ところで、あんた達、次はどこに行くのか決めているのかい?」
ヘレンが、次の目的地について尋ねる。
「このまま黎英の方に行こうかなと…まだ行ったことないし、どんなところか気になってて」
サシャは、静かに次の目的地を告げた。
「黎英かい?それだったら、いつも、革を売ってくれている商人から聞いた話なんだけど、ちょっと前に八宝湖の湖底遺跡から、魔具か何か発見されて大騒ぎになっていたと話してたよ。詳細はよく分からないけど、何かしらの手がかりになるんじゃないかな」
ヘレンは、思いがけない魔具の情報について教えてくれた。
「八宝湖か。黎英で一番大きな湖だということだけは知っている」
リュウが、静かに言葉をこぼす。
「黎英かぁ…どんなところか行ってみたいかも!!」
アリアは、すでに冒険に胸を膨らませていた。
「じゃあ、とりあえず八宝湖の辺りの街に行ってみます!」
サシャは、ヘレンに告げる。
「八宝湖の近くの街は「没有」という街だよ。ま、どんなところかは私も行ったことがないけども…」
ヘレンは、八宝湖の近くの街についても教えてくれた。
「ありがとうございます!それだけの情報があれば十分です!」
サシャは、満面の笑みで答えた。
こうして、サシャ達は黎英へと次の目的地を決めたのだった。
そして、現在。
「なるほど。黎英の八宝湖にのぉ。まぁ、手掛かりが少しでもあるのならば行ってみるとよい」
ラウ老師も、背中を押すように頷いた。
「はい!」
サシャは、大きく頷く。
その時、ヘレンの店の奥からヒュウナがやってきた。
「はい!お兄ちゃん達にこれあげる!!」
ヒュウナの手には、少し重そうな紙袋が握られていた。
「これは?」
サシャは、不思議そうに尋ねる。
「サンドイッチだよ!旅の途中にでも食べて欲しいなって」
ヒュウナは、照れくさそうに顔を赤らめながら言葉を紡いだ。
「ありがとう!お腹がすいたら皆で食べるね」
サシャは、嬉しそうに笑みを浮かべ、ヒュウナからサンドイッチを受け取った。
「ここから黎英の国境は、カベルタウンの東門を更に進んだ先にある。そして、国境を越えて「ルネスタ山脈」の山道を越えれば八宝湖に着くはずだぜ」
ラジアンが、道順を詳細に説明する。
「へぇ、よく覚えてるね!」
スピカが、感心したように言葉を漏らす。
「昔、軍の任務で黎英に行ったことがあってな。その時に通ったからな」
ラジアンは、胸を張った。
「助かります…」
リュウが、ラジアンに深く礼を言う。
「では、僕たちはこれで…皆さん、色々とお世話になりました!」
サシャ達は、ラウ老師達に頭を下げると、ゆっくりと歩みを進める 。
「サシャ、リュウ、アリア。達者でな」
ラウ老師は、どこか名残惜しそうな表情を見せた。
「はい!ラウ老師もお元気で!」
「また遊びに来るよぉ!」
「ソニアさんとシリウスにもよろしく伝えてください」
三人は、振り返りながら手を振る。
そして、その影は、少しずつ小さくなっていった。
「さて、ワシは暫定議会が解散したら隠居じゃ。のんびりと釣りでもして過ごすかのぉ」
ラウ老師は、伸びをする。
「いやいや、ラウ老師には色々と教えてもらわないと困りますって」
ラジアンが、慌てたように訴えた。
「これから忙しくなるわね!」
スピカが、楽しそうに言葉を漏らす。
すると、少し遅れてレグルスが空から舞い降りてくる。
「例の冒険者達は行ったか?」
「あぁ、ついさっきな」
ラジアンが、静かに応じる。
「レグルスも見送りすればよかったのに」
スピカが、からかうように言葉をかけた。
「さすがに気まずい…」
レグルスは、ぼそりと本音を漏らした。
それを見た、二人は声をあげて笑った。
「ほっほっほ(アルタイル、見ておるか?みんな笑顔じゃ…)」
その様子を、ラウ老師は微笑ましそうに見つめていた。
そして、空をふと眺め、星となったアルタイルを偲んだ。
「さて、まずはカベルタウンだな」
リュウは、地図を広げ、進路を確かめていた。
「となると、また高原とカリカリの森を抜けていく感じか」
サシャが、地図を眺めながら言葉を漏らす。
「また、パンタラスのお肉が手に入るかなぁ?」
アリアは、呑気に違うことを考えていた。
「(次の目的地は黎英か。さて、どんな魔具があるのかのぉ)」
精神世界から、トルティヤはサシャの亜空袋を見つめていた。
その中には、純白に輝く極天のランプが入っていた。
「パンタラスはもういいよ!」
「ええ!美味しいのにぃ!」
「まったく…」
こうして三人は、次の目的地である黎英にある八宝湖。
そして、その近くの街である没有へと旅立った。




