第116章:信念の果てに
一方、飛行船ではトルティヤとアルタイルの戦いが始まろうとしていた。
「先手必勝じゃ!無限魔法-真・氷雷虎-!!」
トルティヤは電光石火の詠唱を終えると、水色の魔法陣から、紫色の雷を纏った5匹の氷の虎を出現させ、アルタイルにけしかけた。
「ふん…猛獣ショーには興味はない。空間魔法-虚空連斬-!」
アルタイルは、迫りくる虎に向けて、容赦なく複数の斬撃を放つ。
「ギャオオォン!」
虎は、断末魔の叫びを上げ、次々と切断され、砕け散って行った。
しかし、そのうちの一匹が、アルタイルの斬撃をかいくぐり、執念深く食らいつく。
「ガウゥゥ!!」
その牙が、アルタイルの肩に深々と突き刺さる。
「ちっ…鬱陶しい!」
アルタイルは、噛みついている虎を振り払おうとする。
だが、その一瞬の隙に、トルティヤは異なる魔法を発動させていた。
「一気に終わらせてやるのじゃ。無限魔法-太陽の裁き-!!」
アルタイルの頭上に、まばゆい光が集約される。
そして、それは灼熱のレーザーとなって、アルタイルめがけて放たれた。
「それ如き、受けるまでもない」
アルタイルは、後方へと素早くバックステップで回避する。
そして、纏わりついていた虎を、鋭い一撃で振り払った。
「チュドン!!」
レーザーは、アルタイルがいた場所を通過し、飛行船の床に大きな穴をぽっかりと開ける。
「むっ…氷属性と雷属性が付与されているのか…」
同時に、アルタイルの傷口が凍り付き、びりびりとした電撃の痛みが走る。
「それを待っておったわい!!」
トルティヤは、アルタイルに再び照準を合わせ、レーザーを放つ。
レーザーは、夜空を切り裂き、アルタイルへと向かっていく。
「私が人間ならいざしれず、ドラゴニアにその程度の魔法が効くと思っているのか!?」
アルタイルは、属性魔法の追加効果を無視するかのように、剣を振るった。
「空間魔法-虚空斬-!」
その一撃は、トルティヤが放ったレーザーを、いとも簡単に真っ二つに斬り裂く。
レーザーは、そのまま屈折し、夜の夜空へと飛んでいった。
「(ふむ。ドラゴニアは元々、身体が頑丈な生物。更にエルフ族の血筋も入っている。そうなると、魔法にも耐性があるというわけじゃな…)」
トルティヤは、アルタイルの魔法への耐性を見抜いていた。
「今度はこちらから行くぞ!!」
アルタイルは、剣を構えて、トルティヤに襲い掛かる。
「空間魔法-虚空斬-!」
アルタイルの剣には、空間魔法がまとっており、その一撃はいかなる防御をも断ち切るほどの威力を持つ。
「受けなければいい話じゃ…」
トルティヤは、アルタイルの一撃をひらりと回避する。
同時に、カウンターと言わんばかりに魔法を放つ。
「雷魔法-聖者の鉄槌-!!」
アルタイルの側面を取るように、雷魔法が放たれた。
「くだらん…」
だが、アルタイルは、剣で飛んできた雷魔法を両断する。
そして、トルティヤと再び距離を取った。
「ウォームアップは済んだか?」
アルタイルは、不敵な笑みを浮かべ、トルティヤに尋ねる。
「随分と余裕そうじゃな。ワシに勝てると思っているようじゃが、それは大間違いじゃ!!」
トルティヤは、勝ち誇ったように魔法を詠唱する。
「凍結魔法-破戒の礫-!!」
次の瞬間、トルティヤの周囲を、鋭い棘が生えた氷の塊が漂い始める。
そして、それらが一斉に、嵐のようにアルタイルへ放たれた。
「何度やっても…同じだ!」
アルタイルは、剣を振るい、飛んでくる氷塊を両断する。
そして、魔法を詠唱した。
「空間魔法-虚空からの手招き-」
次の瞬間、トルティヤの頭上から、青白い手が空間を裂いて現れる。
その手は、トルティヤを捕えようと、ゆっくりと、しかし確実に伸ばされてきた。
「む…!(召喚魔法の亜種か…)」
トルティヤは、咄嗟に反応し、その手から逃れる。
だが、逃れた先には、既にアルタイルが剣を構えて待ち伏せていた。
「それを待っていたぞ!!」
トルティヤは、アルタイルと青白い手に挟み撃ちにされた。
「随分と小賢しい真似をするのぉ」
トルティヤは、冷静に魔法を詠唱する。
「砂鉄魔法-砂宝刃-!」
トルティヤは、両手に砂鉄でできた巨大な剣を形成した。
「ガキン!!」
右手の剣は、青白い手を両断し、左手の剣は、アルタイルの剣戟を真正面から受け止める。
「…」
青白い手は切断されると、そのまま亜空間へと引っ込んでいく。
床に落ちた手は、光の粒子となって消え去った。
「無駄だ!私の斬撃はいかなる防御も…」
一方で、左手の防御に対し、アルタイルが剣に力を込める。
普通であれば、アルタイルの空間魔法は万物を斬り裂く。
今まで、彼女の空間魔法を止めた者はいなかった。
だが、今は違っていた。
「何故、刃が通らぬ…」
アルタイルは、信じられないといった様子で呟く。
「空間魔法は確かに強力じゃ。だが、自分よりも弱い魔力量を持つ相手には無類の強さを発揮するが、自分と拮抗、もしくは格上の相手には普通に防御されるのじゃぞ?…慢心したのぉ」
トルティヤは、不敵な笑みをアルタイルに向ける。
「馬鹿な…ということは…」
アルタイルの顔が引きつる。
トルティヤの言葉が、彼女のプライドを抉る。
「お主の魔力は少なくてもワシと同等。もしくは、ワシ以下ということじゃな」
トルティヤは、そう言って追い討ちをかけると、魔法を詠唱する。
「無限魔法-灼砲多々良-!!」
次の瞬間、トルティヤは、炎を纏った巨大な風の塊を放つ。
それは、飛行船の甲板を覆い尽くすほどの大きさで、回避は困難だった。
「くぅ…空間魔法-虚空の聖域-!」
アルタイルは、熱さに耐えつつも、魔法を詠唱する。
次の瞬間、アルタイルの周囲の空間がねじ曲がり、トルティヤの攻撃自体を無効化する。
「もう一つ、空間魔法の弱点を教えてやろう…それはのぉ…」
トルティヤは、アルタイルの焦りを見て、さらに魔力のギアを上げた。
そして、風の塊を立て続けに放つ。
「ぐっ…(こいつ、空間魔法の弱点を…)」
アルタイルは、汗を流しながら魔法を抑え込む。
しかし、彼女の額に冷や汗がにじんだ。
そうしているうちに、トルティヤの攻撃を防いでいた空間のねじれが、ゆっくりと消えていく。
「しま…」
アルタイルが、再度魔法を発動しようとするが、魔力がうまく集まらない。
「燃費が悪く、持続時間が短いことじゃ!!」
トルティヤは、勝ち誇ったような表情を見せる。
そして、アルタイルに風の塊が炸裂する。
「ぐあぁぁあぁぁ!!」
アルタイルは、激しい熱風に包まれ、飛行船の端まで吹き飛んだ。
「大当たりじゃな!」
トルティヤは、さらに畳み込むように魔法を詠唱する。
「無限魔法-真・茨の呪縛-!!」
太い茨が、アルタイルを捉えんとばかりに、放たれた。
「その程度で…」
だが、アルタイルは体勢を立て直すと、剣を振るった。
「私を抑えられると思うな!!!!」
そして、空間魔法をまとった剣で、迫りくる茨をことごとく斬り裂く。
「ほう。さすがの耐久力じゃな。じゃが、もう終わりじゃ」
トルティヤは、次の魔法を詠唱する。
「無限魔法-真・堕天撃滅砲-!!」
そして、トルティヤの目の前の魔法陣から、全てを消し去るかのような灰色のレーザーが放たれる。
それは、確実にアルタイルに向かって飛んでいく。
「くっ…こうなれば…」
アルタイルは、もはや避けることは不可能だった。
そのまま、灰色のレーザーは、アルタイルに直撃する。
「ボーン!!」
同時に、飛行船の動力部にレーザーが直撃し、船全体が炎に包まれる。
「ちと、やりすぎたかのぉ!!」
トルティヤは、それでも冷静に、椅子の上に置かれていた極天のランプを手にする。
「よし…極天のランプは無事じゃな…」
トルティヤが、そう安堵した、次の瞬間だった。
「隙を見せたな!堕天使!!」
突如として、アルタイルがトルティヤの頭上の空間から姿を現した。
「なに!?」
突然の不意打ちに、トルティヤは対応しきれない。
「ザシュッ!!」
「ぐっ…(空間を切り裂いて亜空間へと避難しておったか…)」
トルティヤは、かろうじて体をそらしたが、背中に鋭い一撃を受けた。
空間魔法で強化されているためか、その傷は中々に深かった。
「ようやく…もらってくれたな。このまま一気にしとめさせてもらう!」
アルタイルは、追撃するように連撃を放つ。
「空間魔法-虚空連斬- !!」
アルタイルの連撃が、トルティヤを襲う。
「空間魔法-虚空の反射板-!!」
だが、トルティヤも空間魔法を発動し、アルタイルの空間魔法を受け止め、跳ね返していく。
「同じ手に引っ掛かりはせぬ…」
アルタイルは、器用に跳ね返された斬撃を回避していく。
「やはり同じ手は喰らわぬか…」
トルティヤが、悔しそうに言葉を漏らす。
「当り前だろう…」
アルタイルが、再び空間魔法を発動しようとした、その時だった。
「ガダン!!」
飛行船の風船部分が、炎で完全に燃え尽き、骨組みだけになった船体は、急速に地面に向かって落下していく。
「むっ!」
トルティヤは痛みと衝撃でバランスを崩す。
そして、極天のランプを手放してしまった。
極天のランプは宙に舞い、そのまま地面に向かって落ちていく。
「ちっ…」
アルタイルは咄嗟に空へと飛ぶ。
そして、高速で移動すると落ちた極天のランプを先に受け止める。
「待つのじゃ!!」
トルティヤも翼を羽ばたかせて、アルタイルの後を追う。
「…チュドーン!!」
そして、乗船者がいなくなった飛行船は、山間に墜落し、大音響とともに爆発四散した。
爆発した飛行船の上空で、アルタイルとトルティヤが再び対峙する。
「空中戦でドラゴニアが後れを取ると思うなよ!」
アルタイルは剣を構え、夜空を切り裂くようにトルティヤに向かって突撃する。
「空中戦ならワシも得意じゃ…無限魔法-堕天使の聖槍-!」
次の瞬間、トルティヤの手に黒曜石のような輝きを放つ、巨大な槍が現れる。
その槍は、重々しい空気をまとい、アルタイルの突撃を迎え撃つように構えられた。
「勝負だ!!」
アルタイルが斬りかかる。
もちろん、その刀身には空間魔法が纏ってある。
「ガキン!!!」
空中で、剣と槍が激しくぶつかり合う。
「多少は心得があるらしいな…」
つばぜり合いをしながら、アルタイルが不敵に呟く。
「魔法ばかりでは、近接戦闘に負けてしまうからのぉ」
トルティヤは冷静に答える。
「だが、積み上げてきたものが違う…!ドラゴニア流剣術奥義・鉄線花 !!」
アルタイルは、トルティヤから少し距離を取ると、目にもとまらぬ速さで強烈な乱れ突きを放つ。
まるで鉄の糸が絡みつくように、無数の突きがトルティヤに迫る。
「ふん…まだ見切れるわい」
だが、トルティヤは、その全てを槍で捌き、時には紙一重で回避して見せた。
「やるな堕天使。だが、これが本気だと思うな!!!」
アルタイルはそう叫ぶと、突きのギアを更に上げる。
先ほどよりも遥かに素早く、力強い乱れ突きが放たれ、夜空を剣閃が埋め尽くす。
「ちっ…(ギアがあがったか)」
瞬く間にトルティヤの体が削られ、鮮血が空に舞う。
「どうした堕天使!!?こんなものか!!」
アルタイルは、さらにひときわ強烈な突きを放つ。
「はっ!!」
だが、トルティヤはそれを寸で回避する。
そして、伸びきったアルタイルの右腕に、そっと触れた。
「もらったわい!斬魔法-逢魔の鍵爪-!!」
次の瞬間、膨大な魔力がアルタイルの右腕に送り込まれる。
「ブシュッ!!」
アルタイルの右手から、勢いよく血が噴き出す。
「ちっ…斬魔法…そんなものも持っていたとは」
アルタイルは、咄嗟に身を引く。
だが、アルタイルの右手は切断には至っていなかった。
「右手は無事か…さすがにタフじゃな」
トルティヤは残念そうな表情を見せる。
「ふん。ドラゴニアを舐めるな…」
アルタイルは、悔しさをにじませながら魔法を詠唱する。
「空間魔法-虚空の抹消者達-!!」
アルタイルから放たれた網目状の斬撃が、トルティヤを襲う。
それは、夜空に浮かぶ巨大なネットのように広く、触れたもの全てを両断しようとする威力を秘めていた。
「むっ!(範囲が広い)」
トルティヤの目の前まで、斬撃が迫る。
「このまま細切れになるといい!!」
アルタイルは勝利を確信した。
だが…
「転送魔法-韋駄天の長靴-!!」
トルティヤは、ほんのわずかなタイミングで転送魔法を発動した。
その転送先は、先ほど触れた極天のランプだった。
「なにっ!?」
予想外の行動に、アルタイルは目を丸くする。
「細切れになるのはお主じゃ…斬魔法-逢魔の鍵爪-」
トルティヤは、極天のランプを掴むと同時に、零距離から斬魔法を放つ。
「スパァァァン!!」
鋭い一撃は、アルタイルの左翼を切り裂いた。
それによって、アルタイルはバランスを崩し、飛行が困難になる。
「ぐっ…!おのれぇ!!!」
アルタイルは、螺旋を描くように自然落下していく。
「ここから落ちれば助かるまい…」
トルティヤは、落下していくアルタイルを追いかける。
「くっ…(こんなところで私は…死ぬわけには…)」
アルタイルの脳裏に、龍心会のメンバーの姿が次々と浮かぶ。
『アルタイル様。どこまでもお供します…』
爆発物の扱いに長けたミモザ。
『アルタイル様…あまり無茶をされないでください』
自分のことを命を賭してまで守ってくれたベガ。
『アルタイル様にはザクトゥス王子の意志を感じますぞ』
自分に剣を託してくれたカーン。
『アルタイル…お前は一人じゃない。何かあったら俺たちを頼れよ』
そして、自身の右腕にして理解者であったレグルス。
だが、全員既にいない。
全てアルタイルの思想に共感し、彼女の身や意志を守って死んでいったのだ。
「ふっ…諦めるのは…まだ早いな…」
そして、アルタイルは気力を振り絞り、魔法を詠唱する。
「空間魔法-虚空門-!」
次の瞬間、アルタイルの背中に亜空間の穴が出現し、アルタイルはその中へすっぽりと入った。
「む!(魔力消費が大きい空間移動系の魔法をまた…!)」
トルティヤは、アルタイルの魔力を辿る。
「…くっ、なんとか衝突は避けたか」
アルタイルは、亜空間から飛び出してくる。
そして、荒れ果てた地面に足を着けた。
それと同時に、魔力を辿ってきたトルティヤが、舞い降りてくる。
「まさか、二度も空間移動されるとはのぉ。じゃが、その魔法は消費魔力が大きい。そう何度も使えんはずじゃがのぉ」
トルティヤは、アルタイルの消耗を見抜き、不敵な笑みを浮かべる。
「ぐっ…(確かにこいつの言う通り、本来、この魔法は魔力消費量が多いから、何度も使うものではない。私の残り魔力もそう多くはない…かくなる上は)」
アルタイルは、自身の残りの魔力量を計算すると、剣を構えた。
そして、魔法を詠唱する。
「空間魔法-虚空よりの襲来-」
次の瞬間、トルティヤの周囲の空間が大きく捻じ曲がる。
「ちっ…厄介じゃのぉ」
トルティヤは器用にそれを回避していく。
空間がねじ曲がった箇所に生えていた木は、メキメキと音を立てて亜空間に吸い込まれていく。
そして、最初からそこに存在していなかったように消滅した。
「逃げるな!!」
アルタイルは魔法を連発する。
だが、トルティヤは次々と回避していく。
「しつこいのじゃ!!」
トルティヤはそう呟くと、魔法を詠唱する。
「無限魔法-堕天使の黄昏-」
次の瞬間、月夜に巨大な魔法陣が現れる。
そして、そこから巨大な黒い槍が無数に出現し、アルタイルに向かって降り注ぐ。
「なんてスケールの魔法だ!面白いではないか!!」
アルタイルは、そう叫ぶと自身の魔力を高め、剣に集中させる。
「空間魔法-虚空連斬- !!」
そして、素早い連撃を、降り注いでくる槍に向けて放つ。
「スパァァァン!!」
空から降ってくる槍は、次々と斬られ、黒い光となって消えていく。
だが、トルティヤの魔力は尽きることがない。
「いつまで粘れるか見ものじゃ…」
トルティヤは、さらに魔力を込める。
それによって、降り注ぐ槍の本数がさらに増えた。
「くっ!(本数が多い…!)」
アルタイルの顔にも、疲労の色が浮かんでくる。
そして、ついに…
「ザシュ!!」
アルタイルの右肩を、一本の槍が貫いた。
「ぐうっ!!」
激痛によって、アルタイルの剣戟が止まる。
そして、そのまま無数の槍がアルタイルを直撃した。
「ぐはっ…」
アルタイルの体中から、大量の血が噴き出す。
それは、明らかに致命傷だった。
「終わったのぉ…」
その様子を、トルティヤは静かに見つめていた。
そして、アルタイルが瀕死になったことを確認すると、魔法を解除する。
「(ワシの傷も深い…極天のランプを回収したら回復魔法で回復しなければのぉ…)」
トルティヤは、ゆっくりと地面に倒れているアルタイルに近づく。
だが、その時だった。
「く…空間魔法-虚空を遡る者-」
アルタイルが、かすれた声で魔法を唱える。
すると、倒れていたはずのアルタイルが、光の粒子となって消えていった。
「なに!?」
トルティヤは、警戒して再び距離を取る。
アルタイルの魔力は、完全に消えていた。
「…どこへ?」
トルティヤは、四方を警戒する。
その時、死角から声が響いた。
「空間魔法-虚空の抹消者-!」
トルティヤの死角から、一本の斬撃が飛んでくる。
「なぬっ!?」
完全なる奇襲。
それは、もはや避けようがなかった。
「ズバッ!!」
トルティヤの体を、鋭い斬撃が襲う。
「ぐっ…ぐはっ…」
トルティヤの腹部に、横一文字の深い傷が走る。
切断こそされてはいないが、大量の血が流れ出る。
トルティヤは、その場に跪き、斬撃が飛んできた方向を見つめる。
「…まさか、これを使うことになるとは思わなかったぞ」
すると、空間がゆらゆらと揺れ、そこに穴が開く。
その中から、槍による致命傷を受ける前の、無傷のアルタイルが現れた。
「その魔法…もしや、数分前の空間に存在していた自分を召喚したというのか?」
トルティヤは、アルタイルの魔法のカラクリに気が付く。
「さすがだな…貴様が言った通り、私は数分前の私を私自身に召喚した。私の残り魔力と、傷ついた状態の私の生命と引き換えにな」
アルタイルは、ゆっくりとトルティヤに近づく。
「まさか、そんな切り札を持っていたとはのぉ…」
トルティヤは、悔しそうな表情を見せる。
「おかげで魔力は尽きたが…私の勝ちだな」
そして、アルタイルは剣を引く。
「さらばだ!堕天使!」
そして、トルティヤの心臓に向けて突きを放つ。
「ザシュ…」
トルティヤから、鮮血が舞う。
「ぐっ…」
トルティヤは、力なく地面に倒れる。
あたりが、大量の血に染まった。
「…勝った、勝ったぞ。堕天使に…この私が…」
アルタイルは、勝利の余韻に、体を震わせる。
その頃、精神世界では、トルティヤが倒れていた。
傍らには水晶に封印されているサシャの姿があった。
「まったく…さすがは…空間魔法といったところじゃのぉ…」
トルティヤは息も絶え絶えに呟く。
彼女が憑依しているのにも限界が近づいていた。
その時だった。
「ジャラジャラ…」
サシャを封印している鎖が解け、水晶の一部が砕ける。
「なんじゃと?」
その光景にトルティヤは目を丸くする。
「…トル…ティヤ…」
サシャは震える声でそう呟くと、ゆっくりとトルティヤに手を伸ばす。
「…小僧。お主」
トルティヤはその手を強く握る。
次の瞬間だった。
「!!!」
トルティヤの脳内に、とある魔法の名が浮かぶ。
同時に過去の記憶の一部が奔流してくる。
『へっ!お前にいずれ勝つ!!』
若き日のクロウリーがトルティヤにそう言い放つ。
『ほう。やれるものならやってみるがよいわい』
それに対して、トルティヤは不敵な笑みを浮かべる。
『二人とも…また喧嘩か』
そして、それを制する黒髪のエルフ。
「この魔法…ワシが忘れておった魔法じゃのぉ…」
トルティヤはそう呟くと魔法を詠唱した。
「無限魔法-ウィンディーネの静謐-」
次の瞬間、トルティヤの肉体が青白く輝く。
心臓の脈動が元に戻ってくる。
「!!」
そして、その意識は現実へと戻る。
「私の…勝ちだな…久々に…強敵だったぞ…」
アルタイルは魔力切れの体に鞭を打ちつつ、その場から去ろうとする。
しかし、倒したはずのトルティヤの口が開かれる。
「誰が…勝ったじゃと?」
トルティヤは、ゆっくりと起き上がる。
「なんだと…心臓を確実に貫いたはず…」
アルタイルは、目を丸くする。
「…堕天使族は結構タフでのぉ」
トルティヤは、血を流しながらもゆっくりと立ち上がった。
「…そんな馬鹿な。明らかに致命傷だったはずだ…」
アルタイルは、ただただ驚くしかなかった。
「さ、戦いの続きじゃ!無限魔法-堕天使の聖槍-」
トルティヤは、アルタイルの驚愕をよそに、ゆっくりと魔法を詠唱し、黒く輝く槍を手に取る。
「くっ!それなら、息絶えるまで何度でも斬り裂くまで!!」
アルタイルは、がむしゃらに剣を振るう。
「なんじゃそりゃ。見苦しいのぉ」
だが、トルティヤはそれを見切り、回避し、槍で打ち払っていく。
「何故当たらない!くっ…(まずい…魔力が尽きて動きが…)」
そして、アルタイルに魔力が切れたことによる身体能力の低下が襲いかかる。
「ザシュ!!」
そのせいでアルタイルの翼に槍が直撃する。
「ぐっ!!」
翼はドラゴニア族の中でも神経が多数通っている部分であり、そこを攻撃されると、どんな猛者であろうと隙を見せることになる。
「もうよい。ワシ相手によく奮戦した。無限魔法-羅刹の業炎-」
トルティヤは、憐れむように魔法を詠唱する。
黒い炎がアルタイルを襲う。
「…まだだ!空間魔法-虚空斬-!!」
アルタイルは痛みを堪え、残り魔力を全て集め、鋭い一撃を放つ。
それは、黒い炎を真っ二つに斬り裂いた。
だが、先ほどよりも速度が遅く、もはや恐るるに足りなかった。
「当たらぬ…」
トルティヤはそれを容易く回避する。
「貴様は…貴様は一体何者なんだ!?」
アルタイルが鬼気迫る表情で叫ぶ。
「ワシはトルティヤ…最強にして最悪の魔導師じゃ!!」
そして、トルティヤは魔法を詠唱する。
「無限魔法-真・白き大嵐-!!」
そして、トルティヤの目の前に浮かび上がった魔法陣から、雷を纏った白い竜巻が放たれる。
「くっ…(体が動かぬ)」
アルタイルは完全な魔力切れで体が動かない。
もはや、回避もままならかった。
そして…
「チュドーン!!」
アルタイルに竜巻が直撃する。
「がはっ…」
その一撃は、ドラゴニアやエルフ族特有の耐性を凌駕し、アルタイルに大きなダメージを与えた。
「(すまない…みんな…)」
アルタイルは、力なく地面に倒れる。
そして、彼女の手元に、極天のランプが転がり落ちる。
「はぁ…はぁ…」
だが、トルティヤの傷も相当深く、立っているのが辛そうなほどだった。
「くそ…あと一歩で…我が野望が叶えられたというのに…無念だ…」
アルタイルは、かすれた声で呟く。
その風貌は、竜巻の強風で全身をズタズタに引き裂かれ、大量の出血。
そして、その体は、纏った雷による臓器へのショックで、時々、痙攣を起こしていた。
誰がどう見ても致命傷だった。
「お主の敗因は慢心じゃ。自身の魔力量に慢心し、魔力を大量に消費する魔法を多用しすぎた。そもそも、空間魔法自体、魔力を大量に消費するのじゃ。それをバンバン使っておっては、いくらエルフ族とはいえ、あっという間に魔力が底を尽きることになる…」
トルティヤは、ゆっくりとした口調で、アルタイルに敗因を語る。
「ふっ…勘違いするな堕天使。私は…自分の魔力量くらい知っていた。空間魔法の弱点もな…だが、貴様が…私の予想を大きく上回っていた…それだけの…ことだ…」
アルタイルの体から、少しずつ生命の火が消えていく。
「私は…私の信念に殉じた。死ぬことは怖くない…怖くない…」
だが、アルタイルの目からは、何故か涙が流れていた。
「…今更悔いても遅い。それに、お主は多くの命を奪ったのじゃ。その責任は取らねばならぬ」
トルティヤは、アルタイルにそう呟いた。
「…全く、貴様の言う通りだ…だが、死ぬのは怖くない。この涙は…悔し涙だ」
アルタイルは、震える声で強気な言葉を絞り出す。
「…死ぬことが怖くない者なんておるか馬鹿者。そこは素直に「怖い」と言わんかい」
トルティヤは、アルタイルの強がりな態度に、呆れながら呟く。
「ふっ…死にゆく敵に、そう言ってくれるとは…貴様は随分と…優しいんだな」
アルタイルは、震える手で涙をぬぐう。
「(ミモザ、ベガ、カーン将軍、レグルス…私も今そっちに行く…)」
アルタイルは、静かに心を落ち着ける。
「堕天使よ…私の遺言…聞いてくれるか?」
アルタイルは、震える声でそう呟いた。
「情けじゃ。聞いてやろうではないか」
トルティヤは、アルタイルの話に耳を傾ける。
「…ラウ老師に…龍心会を解散し、政権の継承権を国王権限で…師匠である貴方に託す…と。ベクティアルには…子はいない…このままでは…王国は…混乱する。だからといって…龍心会は…もう何もできない…。だから、私の師匠だった…ラウ老師に…全てを託したい。それと、スピカがもし生きていたら…「ゴメン」と伝えてくれ」
アルタイルは、息も絶え絶えに、そう遺言した。
「ふむ…確かに。スピカとラウ老師に会えたら伝えておくのじゃ」
トルティヤは、大きく頷く。
「…感謝する」
アルタイルは、満足そうな表情を見せる。
そして、アルタイルの視界が、少しずつ暗くなっていく。
「(ドラゴニアのために…私は私の信念の下、すべきことをした。正直、無念だ。だが、スピカの言う通り、私は欲張りすぎたのかもしれない。極天のランプの力さえあれば…ドラゴニアを更に強く、より豊かにできると思っていた…けど違った。私の正義は…どこかで暴走を始めていたのかもしれないな。そう考えたら、私は愚かな王だった…な)」
その時、アルタイルの中で、走馬灯が駆け巡る。
『レグルス!ラジアン!走り込みに行くぞ!最下位は買い物当番な!!』
ラウ老師の下で修業していた、若き日のアルタイルが、レグルスとラジアンに勝負を持ちかける。
『ふん…やってやる。次は負けんからな』
レグルスがにやりと笑う。
『走り込みだけでも…負けたくない!!』
ラジアンは、意気揚々と呟く。
『…アルタイル。お主は剣術の才能も、魔法の才能もある。その力、皆のために使うのじゃぞ』
ラウ老師が、優しくアルタイルを指導する。
『アルタイルよ。お前は我が国のホープだ。これからも期待している』
ベクティアル国王が、誇らしげにアルタイルに勲章を渡す。
『アルちゃん。今日も任務お疲れ様!はい、飴あげる!』
スピカが、いたずらっぽく笑いながら、アルタイルに飴を手渡す。
『アルタイル姉ちゃん。次は何するの?』
ユーとリンチーが、目を輝かせながら、アルタイルに尋ねる。
『アルタイル様。今月の予算ですが…』
ミモザが、真剣な顔で報告書を手に、予算について報告する。
『アルタイル様。お茶が入りました…魏膳の玉露です』
ベガが、そっとアルタイルにお茶を持ってくる。
『アルタイル国王。貴方は小生の希望ですぞ』
カーンが、優しい笑みを見せ、そう呟く。
『アルタイル様』
『アルタイル国王』
龍心会のメンバーが、アルタイルの名を呼ぶ。
『お姉さん、ありがとう!』
そして、いつぞや、アルタイルにぶつかった少年の、無邪気な笑みが思い浮かぶ。
『…みんな…こんな愚かな王のことを…支えてくれて…ありがとう』
アルタイルは、最後の力で、穏やかな笑みを見せる。
「…私は…幸せ…だった…よ」
そう言い残すと、アルタイルはゆっくりと目を閉じた。
その表情は、憑き物が取れたように穏やかだった。
「…全く、笑顔で逝きおって」
トルティヤは、静かに呟く。
そして、アルタイルの手元にある極天のランプを、ゆっくりと手にした。
「…小僧。やったぞ。ワシは…つかれ…」
その瞬間、トルティヤの意識が飛んだ。
激闘による疲労と、満身創痍の体は、限界を迎えていた。
そして、ゆっくりと地面に倒れ込んだ。
「ありがとう…トルティヤ。あとは任せて」
トルティヤの精神世界で、封印が解けたサシャが、倒れるトルティヤを静かに受け止めた。
「…うっ」
サシャは、ゆっくりと目を開ける。
身体の節々が、痛みを発していた。
そして、その手には、極天のランプがあった。
「…これで本当によかったのかな」
サシャは、少し戸惑いながらも、極天のランプを亜空袋にしまう。
その時、空から、複数の影が舞い降りてくる。
「…アルタイル」
影の正体は、ラジアンの部下と、ラウ老師だった。
「ラウ老師…」
その姿を見たサシャは、安堵からか気を失った。
こうして、激闘の末にトルティヤはアルタイルを撃退した。
そして、極天のランプはサシャの手に渡ったのであった。




