第115章:双子の猛攻
アルタイルとトルティヤが飛行船の上で対峙していた頃、地上ではアリアとリュウ、そして、ユーとリンチーの戦いが始まっていた。
「こんなの当たらないよ」
ユーは、アリアが放った矢を、まるで踊るかのように軽やかに回避していく。
そして、ユーは不敵な笑みを浮かべ、魔法を唱えた。
「雷鳴魔法-雷鳴の大鎌-!」
すると、彼女が振り回している鎖分銅が、バチバチと音を立てながら、電撃を帯びた鎌状の刃へと変わる。
「お願いだから一発貰ってよ」
その刃は、まるで雷が落ちるかのように素早くアリアに迫る。
「うっ!」
アリアは、その攻撃にわずかに反応が遅れる。
しかし…
「ガキン!!」
その一撃を、リュウが放った横薙ぎが、見事に弾いた。
刃と刃がぶつかり合う鈍い音が、夜の静寂に響き渡る。
「アリア、大丈夫か?」
リュウは、アリアの無事を確認する。
「うん!ありがとう!」
アリアは、安堵の表情で頷く。
「お前達」
「やっぱりうざい…」
「まとめて…」
「「殺す」」
二人の声が重なると同時に、魔法の詠唱が始まる。
「くるぞ!アリア!」
リュウは、即座にユーとリンチーのコンビネーションに警戒を深める。
「大丈夫!二人の動きを拘束するよぉ!」
アリアは、リュウの言葉に力強く応え、魔法を詠唱し始めた。
「鎖魔法-チェーンバインド-!!」
ユーとリンチーの足元から、見る間に太い鎖が飛び出す。
それは、蛇のようにうねりながら、確実に二人の手足を縛ろうと伸びてくる。
「邪魔な鎖…」
ユーとリンチーは、即座に横に全力で回避する。
だが、その回避行動によって二人は左右に分断され、魔法の詠唱もキャンセルされた。
「アリア、でかしたぞ!!」
リュウは、この好機を逃すことなく、リンチーに攻撃を仕掛ける。
「荒覇吐流奥義・剛鬼!!」
リュウの刀の刀身に、白い鬼のオーラがまとい、強烈な一撃を放った。
「鬱陶しいなぁ…」
リンチーは、体勢が悪い中でも、冷静にチャクラムでリュウの一撃を受け止める。
「ガキン!!」
金属がぶつかり合う音が響き、火花が散る。
「惜しいね」
リンチーは、リュウを鋭い眼光で睨みつける。
「ふん…」
リュウは、深追いはせず、後ろに素早くバックステップした。
同時に、アリアもユーに攻撃を仕掛けていた。
「鎖魔法-チェーンナックル-!!」
アリアは、両手に鎖を巻き付け、近接戦闘を仕掛ける。
「うざいなぁ、もう」
ユーは、苛立ちを隠さず、鎖分銅で応戦する。
「ガキンガキンガキン!」
金属と金属がぶつかるけたたましい音が、夜空に響き渡る。
「お前となんてやってられない」
ユーは、アリアと距離を取ると、不気味な笑みを浮かべて魔法を詠唱する。
「ユー。例のアレだね…」
同時に、リュウと距離を取ったリンチーも、無表情で魔法を詠唱し始める。
その詠唱速度は先よりも明らかに早い。
「なに!?(このタイミングで…)」
リュウは、二人のコンビネーションに驚愕の表情を見せる。
「「風雷共鳴魔法-嵐禍雷災-」」
二人の詠唱が終わると同時だった。
「ゴゴゴゴゴ!」
天地を揺るがすような轟音と共に、雷の魔力をまとう巨大な竜巻が、まるで荒れ狂う巨竜のように、リュウとアリアに襲いかかった。
「ぐっ…」
竜巻の強風、そして雷のピリピリとした電撃が、リュウの体を激しく襲う。
「(これはかわせない…それなら!)鎖魔法-チェーンメイル-!!」
回避が不可能だと判断したアリアは、即座に魔法を唱える。
すると、彼女とリュウの体を、頑丈な鎖の鎧が包み込んだ。
「これは?」
リュウは、自身を覆う鎖の鎧に驚きを隠せない。
「鎖の鎧だよぉ。これで少しでもダメージを抑え…うっ」
アリアがリュウに説明している間も、竜巻の威力は増していく。
そして、二人は巨大な竜巻の渦に飲み込まれていった。
「ぐっ…なんという風量…それに、体がビリビリする…」
リュウは、必死に吹き飛ばされそうになるのをこらえる。
「うっ…すごい風だよぉ」
一方でアリアも、強風と電撃に必死に耐えていた。
「ユー、あいつらモロに巻き込まれたね」
「ね。死んだんじゃないかな」
その様子を見ていたユーとリンチーは、リュウとアリアが死んだと判断し、無表情なまま竜巻をじっと見つめていた。
「…なんて破壊力…まさか、あの二人がここまで強いなんてね」
その様子を負傷したスピカが遠目から眺めていた。
彼女は、リュウとアリアが戦っている隙に、距離を取り、自身を治療していた。
しかし、アルタイルとユー、リンチーから受けた、攻撃による傷は想像よりも深く、回復には時間がかかっていた。
「アルちゃん…あなたがここまでして欲しいものは一体…」
スピカは、痛みの中で、先ほどのアルタイルとのやり取りを回想していた。
戦いが始まる少し前。
スピカは、いつものように定期報告のために議事堂に向かっていた。
『(私の目論見通りなら彼らは大金庫に潜入していくれているはず。私はアルちゃんと少しでも会話して時間を稼ぐ)』
夜空を飛びながら、スピカはそう考えていた。
だが、その道中に、夜の闇を切り裂くように何か巨大な物が飛んでいるのが見えた。
『え?どうしてここに!?』
スピカは、目を疑う。
空には、修繕が終わった飛行船が堂々と飛行していたのだ。
『(状況を確認しないと!)』
スピカは、不審に思い、飛行船にゆっくりと着陸する。
すると、甲板にはアルタイル、そしてユーとリンチーがいた。
『スピカか』
アルタイルは、飛んできたスピカに気がつくと、淡々と声をかけた。
『アルちゃん…これは一体?』
スピカが尋ねるのと同時だった。
彼女の目に、ある物が飛び込んできた。
『(極天のランプ!?どうしてここに!?)』
そう、アルタイルが、極天のランプを手に持っていたのだった。
『これから、サージャス公国のザイカに夜襲をかける。この手にある極天のランプを投下して首都機能を破壊する。サージャス公国はザイカに政治の中枢が集中しているから、そこを落とせばサージャス公国は滅ぼしたも同然になるというわけだ』
アルタイルは、自身の作戦について、淡々と説明する。
それは、大胆かつあまりにも急な、冷酷な作戦だった。
『ちょっと待ってよ。いきなりサージャスに進軍だなんて…レグルスが帰ってきてからでも…』
スピカは、アルタイルの突然の行動に、戸惑いを隠せないでいた。
『レグルスは…もう帰ってこない。定期連絡が1日以上なかった。恐らく、誰かに殺されてしまったのだろう…』
アルタイルは、どこか悲しげな口調でそう告げた。
『だからって…そんな突然』
スピカは、言葉に詰まる。
すると、アルタイルは、まるでスピカの心中を見透かすかのように口を開いた。
『そういえば、スピカ。どうして、極天のランプがここにあるか疑問に思っているのだろう?』
『あ、うん。極天のランプは確かに私が守っていたはず。侵入者だっていなかったから、持ち出す隙なんて…』
スピカは、首をかしげる。
だが、同時に、ある可能性に気がついた。
『まさか、14の刻の定期報告の時に…』
スピカは、ありうる可能性を口にする。
『どうやら気が付いたようだな。そう。私が部下に命じて密かに本物の極天のランプを運び出させた』
アルタイルは、淡々と真実を語る。
『どうして…私には何も…』
『どうしてって?私が何も知らないとでも思ったのか?』
アルタイルは、冷たい眼差しでスピカを見つめ、剣を抜いた。
『全部見てたよ』
『例の冒険者達と』
『『お前が接触しているの』』
ユーとリンチーの声が、不気味に重なる。
『まさか…監視されてたと言うの?』
スピカは、信じられない真実に、驚きを隠せない。
『偶然だ。ユーとリンチーが例の冒険者達の動向を監視している時に、たまたま、スピカとラジアンが接触しているのを、この目で見たと報告してくれた。私も当初は信じられなかった。だけど、直近のスピカは、どこか変だった。そこで、ひとつ手を打ってみたという訳だ…』
アルタイルは、事の真相を淡々と話す。
スピカの行動は、全て筒抜けであったのだ。
『…』
それを聞いたスピカは、ゆっくりと口を開く。
彼女の瞳には、悲しみと失望が入り混じっていた。
『…アルちゃん!もうやめようよ!極天のランプのせいで、ミモザもベガも…カーン将軍も…敵味方問わず多くの兵士が死んだ。極天のランプなんてなくても、クーデターが成功しただけで龍心会としては十分だったはずだよ。多くの犠牲を払ってまで、極天のランプを守り続ける意味、そして、リスクを冒してまで、他国に侵略する意味はあるの!?私は…私は、龍心会が舵を取る、平和なドラゴニア王国で皆と笑って過ごしていたかっただけなんだよ…』
スピカは、胸の内を吐露する。
その声は、震えていた。
『スピカ…残念だ…』
アルタイルは、静かにため息を吐くと、魔法を唱えた。
『空間魔法-虚空聖剣-!』
次の刹那、Z字型の斬撃が、容赦なくスピカを目掛けて飛んでいく。
『うっ!』
スピカは咄嗟に回避する。
だが、左腕、そして左羽根が空間魔法で切り取られてしまう。
『え?嘘?』
そして、痛みよりも先に、攻撃に気を取られている間に、目の前には無表情なユーとリンチーが迫っていた。
『裏切者は…』
『殺しちゃえ』
二人の声が重なると同時に、ユーの雷鳴魔法による槍と、リンチーの烈風魔法による斬撃が、スピカを襲う。
『ザシュッ!』
その攻撃は、的確にスピカを狙っていた。
『ぐっ…うぅぅ…』
スピカは腹部に刺し傷、そして全身に裂傷を負った。
更に、切断された痛みが襲い、その場に力なく跪いた。
『スピカ…私は、どんな手段を使ってでもドラゴニア王国を世界一の強国にする。そのためになら悪鬼羅刹にだってなろう。だが、私の道を邪魔するというのならば…かつての同胞であっても容赦はしない…』
そして、アルタイルは刀を上に掲げる。
『さらばだ。我が同胞よ…』
アルタイルは、無慈悲に告げると、空間魔法を帯びた剣を、無情に振り下ろす。
『(どのみち、これを受けたら死ぬ…だったら賭けに出る…)』
スピカは、強く決心すると、飛行船から自由落下するように飛び降りた。
そして、アルタイルの剣は、空を斬った。
『…最後の足掻きか。ユー、リンチー、追撃をしてきてくれ。容赦はいらない』
アルタイルは、冷酷な声でユーとリンチーにそう命じる。
『分かった』
『任せてよ。アルタイル姉ちゃん』
こうして、ユーとリンチーも、スピカを追いかけるように飛行船を飛び降りた。
そして、現在。
「(私も…回復したらそっちに…だからもう少し頑張ってね…)」
スピカは、体を治癒させつつ、リュウとアリアの戦いを見守っていた。
一方、ユーとリンチーは目の前の砂煙が晴れるのを、勝利の確信を持って待っていた。
「これ、死んだでしょ」
「うん。この魔法は強いからね」
今の合体魔法でリュウとアリアを葬り去ったと、二人は疑いもしなかった。
そして、ゆっくりと砂煙が晴れていく。
「…何あれ?」
「ん?奴ら生きている?」
ユーとリンチーの目の前には、荒れ果てた大地と、その中心に、傷つきながらも立ち尽くすリュウとアリアの姿があった。
「まだ、終わっていない…ぞ」
リュウの体には、風による無数の切り傷と、電撃による火傷が見られたが、鎖の鎧のおかげで、致命傷は免れていた。
「危なかったよぉ」
アリアも同様であった。
そして、魔法の効果が切れたのか、鎖の鎧がそっと音を立てて地面に落ちる。
「お前ら…」
「しぶとい…」
再び、二人は武器を手に、リュウとアリアに襲い掛かろうと構える。
「そう何度も近づけさせないよぉ!」
アリアは後方にバックステップを踏むと、二人から距離を取る。
「ちょこまかと…」
ユーは、苛立ちを募らせながらアリアに迫る。
「えいっ!!」
アリアは、ユーに向けて3本の矢を放った。
「無駄だよ」
ユーは、鎖分銅を回転させて、飛来する矢をいとも簡単に弾き飛ばす。
「諦めないよ!」
アリアは、その様子を見て、距離を取るように走り出した。
「待ってよ!」
ユーは、獲物を追いかけるようにアリアを追いかける。
「お前の相手は俺だ…」
リュウは、リンチーに向かって刃を振り下ろした。
「そんな単純な攻撃当たらない」
リンチーは、その攻撃をひらりと回避する。
そして、お返しといわんばかりにチャクラムを振り下ろした。
「しゅっ…」
しかし、リュウは一呼吸の間にそれを回避する。
「へぇ…」
リンチーは、その様子を見て、わずかに距離を取り、魔法を詠唱する。
「烈風魔法-葬花風-!!」
次の瞬間、緑色の花びらをかたどった風の刃が、リュウを襲う。
「ちっ…」
無数の風の刃がリュウを襲い、彼の体中から、いくつもの血の筋が流れていく。
「痛そうだね。はい、これあげる」
怯んだリュウに向かって、リンチーは風の刃に紛れさせ、チャクラムを投げた。
「そんなもの…」
だが、リュウは気合いでチャクラムの軌道を読み、刀で受け止める。
「いらん!!」
そのままチャクラムを、明後日の方向にいるユーに向けて弾いた。
「え?」
アリアに視線を集中させていたユーは、虚を突かれる。
そして…
「ザシュ!!」
次の瞬間、チャクラムがユーの右肩に深々と突き刺さった。
「うわぁああ!」
右肩にチャクラムが半分ほどめり込み、ユーは痛々しい悲鳴を上げる。
「ユー?…あ…あぁぁ…」
リンチーがユーの方を振り向く。
余裕だった表情が一気に青ざめる。
「…どこを見ている」
その隙を、リュウは見逃さなかった。
「うっ…烈風魔法…!」
リンチーは、慌てて魔法を詠唱しようとする。
だが、リュウの攻撃の方が、遥かに早かった。
「荒覇吐流奥義・以津真天 !!」
リュウの、空を裂くような鋭い突きが炸裂する。
「がはっ!」
その一撃は、リンチーの胸元を深く抉った。
そして、そのまま血を流して地面に倒れ込む。
「リンチー!!」
その様子を見たユーは、痛みをこらえ、リンチーの名を叫ぶ。
だが、アリアは、その隙を見逃さなかった。
「鎖魔法-チェーンバインド-!!」
アリアが魔法を詠唱すると、ユーの足元から、無数の鎖が現れる。
「しま…!!」
ユーは、鎖に拘束される。
「これで…おわりだよ!」
アリアは、先端に爆薬が付いた矢をつがえる。
そして、それを容赦なくユーに向かって放った。
「離せ!ちくしょう!!!」
ユーが叫ぶが、鎖はびくともしない。
そして、矢が着弾する。
「チュドーン!!」
大きな爆発がユーを襲う。
「がはっ…」
ユーは、火傷を負い、全身を煤だらけにして、うなだれた。
「はぁ…はぁ…うっ」
アリアは、鎖魔法を解く。
先ほどの合体魔法の攻撃で、彼女はだいぶ傷を負っていたのだ。
「アリア!大丈夫か?」
リュウがアリアの元に駆け寄る。
「うん!…少し痛いけど平気だよぉ」
アリアは、そう言葉を絞り出すと、ポーチから回復薬を取り出し、傷口にかける。
「リュウも」
アリアは、リュウの傷口に回復薬をかける。
二人の傷口は、白煙を立てて、みるみるうちに修復されていく。
「ありがとう」
リュウが、アリアに礼を言う。
その時、林の奥から、ゆっくりとスピカが姿を現した。
「二人とも…見事だわ」
スピカは、最低限の応急措置を済ませたのか、よろめきながら歩いてくる。
「スピカさん!」
アリアは、嬉しそうに駆け寄る。
「二人とも致命的ね…しばらくは立ち上がれないでしょうね…」
スピカは、倒れているユーとリンチーの様子を見て、静かに言葉を漏らす。
「この二人はどうしますか?」
リュウは、スピカに尋ねた。
「とりあえず拘束しておこうか…」
スピカが、そう呟いた。
「だったら、僕に任せてよ!」
そして、アリアが魔法を唱えようとした、その時だった。
「まだ…終わらないよ」
「僕たちは…」
「「強いんだ!!!」」
気絶していたはずのユーとリンチーが、目を血走らせ、口元から血を流しながら起き上がると同時に、一本の注射を胸に打ち込んだ。
「まさかあれは!?」
スピカの顔が、恐怖に青ざめる。
「鎖魔法-チェーンバインド-!」
アリアが、再び鎖魔法を発動する。
それは、確実に二人を捉えたように見えた。
「もう同じ手はくらわない…」
しかし、二人は空間を切り抜けたかのように、その場からいなくなった。
「え?」
アリアの鎖魔法は、空を斬り裂く。
そして、アリアの背後には、既にユーの姿があった。
「お返し…」
ユーの手には、いつの間にか雷で作られた鋭い刃が握られていた。
「ザシュ」
それは、アリアの腹部を容赦なく貫いた。
「うっ…」
アリアは、鮮血を流し、力なくその場に倒れ込む。
「アリア!!」
リュウが、アリアに駆け寄ろうとする。
だが、その進路をリンチーが塞ぐ。
「お前の相手は僕」
「ガキン!!」
そして、刀とチャクラムが激しく激突する。
「くっ(先ほどよりも力が強い。一体何を打った?)」
リュウは、刀を握る手に力を込めるが、相手の力が尋常ではないことに気づく。
「気を付けて!私がアルちゃんに依頼されて作った試薬「火身の秘薬」を使ったんだわ!」
ユーの攻撃を回避しながら、スピカが叫ぶ。
「そ…それは一体…なんだ?」
リュウが、切羽詰まった声で尋ねる。
「「火身の秘薬」は自身の肉体を強制的に超回復させて筋力や魔力を一時的に底上げする秘薬よ。まだ、試作段階だったのに…これほどの効力があるなんて…」
スピカは、火身の秘薬の予想以上の効果に、驚きを隠せないでいた。
「ぐっ…そんな薬に頼った強さ如きに…」
リュウは、リンチーの一撃を押しのけようとする。
「弱い…弱いよ!」
だが、リンチーが押し勝ち、リュウは体勢を崩す。
「うっ!」
リュウは、押されて体勢を崩した。
「お腹ががら空きだよ。烈風魔法-大天空の円舞曲-!」
以前、遺跡で見せたものより強力な風の円盤が、リュウを襲う。
「まずい…」
体勢が悪く、回避ができなかったリュウは、そのまま風の円盤に飲み込まれる。
「ザシュ」
その一撃は、リュウの胸元を斜めに激しく切り裂いた。
「ぐぁぁぁあ!!」
リュウは胸元を斜めに切り裂かれ、宙を舞う。
そして、そのまま地面に倒れ込んだ。
「リ…リュウ…そんな…」
アリアは、倒れたまま、か細い声で呟く。
「(これはまずいわね…せめて回復させなきゃ)蜜魔法-琥珀の大城-」
スピカは、ユーの攻撃を回避しつつ、アリアとリュウに魔法を使用する。
すると、二人は、琥珀色の蜜でできた城に包まれた。
「何をしたのか知らないけど…無駄だよ」
ユーは、意にも介さず、雷の刃を振るう。
「ごめんね…私は諦めが悪いの。蜜魔法-蜜盾-」
スピカはそう言葉を漏らすと、蜜でできた頑丈な盾を腕に形成する。
「プニュ」
蜜でできた盾は、雷の刃を柔らかく受け止める。
すると、雷の刃は、蜜に吸収されるかのように、みるみるうちに消えていく。
「むっ…」
ユーの顔色が変わる。
「これは魔法属性を吸収する盾…簡単には突破できないわ」
スピカは、にやりと笑いながら呟いた。
「それなら…」
すると、スピカの目の前からユーが消える。
そして、一瞬で、倒れているアリアの前に現れた。
「こいつから先に殺す…」
今度は、雷の槍を突き刺そうとする。
だが、アリアを包んでいる城型の蜜から、鋭い棘が伸びてくる。
「ちっ…」
ユーが、攻撃を回避する。
「ユー…だったら、全部吹き飛ばそう」
リンチーが、その提案に同意する。
「あ、そうだね…それが早いね」
そして、ユーはリンチーと合流する。
「まさか…!!」
スピカの顔が、青ざめる。
「これで…」
「本当に終わりだよ」
ユーとリンチーが同時に魔法を詠唱する。
「「風雷共鳴魔法-嵐雷ノ万矢- 」」
魔法名を唱えると同時だった。
「ヒュンヒュンヒュン!!」
まるで、空から降り注ぐ流星群のように、雷をまとった風の矢が、無数に降り注ぐ。
それは、地上を破壊し尽くすかのような、圧倒的な魔力と殺意を放っていた。
「(これはかわせないわ…それならせめて…)」
スピカは、自らの魔力を増幅させる。
「ぶにゅぶにゅ」
そのおかげか、リュウとアリアを包んでいる蜜は、矢を受けても弾いていた。
だが、その代償も大きかった。
「ぐっ…」
矢の一本が、スピカの右肩を貫く。
激しい痛みと、雷魔法による痺れが、彼女を襲う。
「「死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ!!」」
ユーとリンチーは、呪詛のように、狂った笑みを浮かべながらそう吐き捨てる。
その目は真っ赤に血走り、口元からは血が流れていた。
「うっ…」
スピカは、必死に耐え忍ぶ。
だが、彼女の体も魔力も、既に限界に達しようとしていた。
「せめて…もう少し…」
スピカが、最後の力を振り絞り、魔力を高める。
だが、無情にも、彼女の腹部に二本の矢が突き刺さる。
「がっ…」
スピカは、血を吐いて倒れ込んだ。
その瞬間、リュウとアリアを包み込んでいた蜜が溶けていき、倒れている二人に向けて、無数の矢が飛んでくる。
「まって…まだ…」
スピカは、わずかに手を伸ばそうとする。
だが、その時だった。
「はぁぁぁぁぁっ!!」
リュウが、轟音とともに目を覚ますと同時に、凄まじい剣戟を繰り出し、飛来する矢を全て弾き飛ばした。
「馬鹿な…」
「まだ動けるの!?」
その光景に、ユーとリンチーは目を丸くする。
「アリア…いけるか?」
リュウは、倒れているアリアに尋ねた。
「うん!!こんなので…寝てられないよぉ」
アリアは、ゆっくりと、しかし確かな足取りで立ち上がる。
二人の傷は完全とは言わないが動けるほどには回復していた。
そして、二人は反撃の態勢に入る。
「荒覇吐流奥義…」
リュウが刀を構える。
その構えは、今までのものとは違い、まるで居合いの構えだった。
研ぎ澄まされた殺気が、彼を包む。
「鎖魔法…」
アリアが、鎖で巨大な矢を形成する。
その矢には膨大な魔力が込められていた。
「くそっ…!いいから死んでおけよぉぉぉぉぉぉ!!!」
「そうだ、死ね死ね死ね死ねっ!!!」
ユーとリンチーは、理性を失い、すべての魔力を使い尽くさんばかりの規模で、さらに矢を放つ。
だが、リュウとアリアは、その圧倒的な攻撃の中でも、冷静だった。
「遊火」
「チェーンアロー!!」
次の瞬間、二人の必殺技が炸裂する。
リュウは、電光石火の速さで二人に近づき、一閃、刀を抜いた。
そして、アリアの巨大な矢は、空を裂き、一直線に二人へ向かう。
「シュパッ…!」
リュウの居合いは、飛来する矢ごと、リンチーの体を切り裂いた。
「ドヒュッ…!!」
アリアの巨大な矢は、ユーの右半身を容赦なく打ち抜いた。
「があっ…」
二人は、白目を剥き、血を吐き出しながら、その場に倒れる。
「はぁ…はぁ…やったか?」
リュウは、自分の背後にいるユーとリンチーの安否を確認する。
「…や、やったよぉ」
アリアは、息も絶え絶えだった。
しかし…
「…まだっ…」
「おわっで…(アルタイル姉ちゃんに褒めてもらうんだ…)」
ユーとリンチーは、今わの際で意識を繋ぐ。
そして、二人はアルタイルに出会ったあの日を思い出す。
2年前。
軍本部付属の刑務所にて。
「盗人が。そこで反省していろ」
アルタイルがユーとリンチーを牢屋に収監する。
「…ユー。どうしよう」
「リンチー。どうしようかね」
しかし、二人は牢屋に収監されても顔色一つ変えなかった。
「(こいつら顔色一つも変えず…)」
アルタイルはその時、ユーとリンチーの異常性に気が付いていた。
ユーとリンチーは遺跡荒らしとして有名だった。
そこで遭遇した冒険者はもちろん、国の学者や要人まで手にかけていた。
「お前らを窃盗と強盗、第二級殺人で逮捕する」
だが、ある日、アルタイルは二人を逮捕した。
そうして、二人は裁判で終身刑を言い渡されて刑務所に収監されていた。
「よこせよ。お前太っているから飯いらないだろ?」
「そうだ。僕たちのパンだよ」
「ひぃっ…やめてくれ!!」
「こら!!貴様ら!!」
しかし、刑務所内でも彼らは問題行動が多かった。
一部では死刑にすべきとの声も出ていた。
「誰にでも更生の可能性はある…それに彼らはまだ若い」
だが、ベクティアル国王は死刑に慎重であった。
その結果、収監されて2年が経った。
二人は別々の独房に入れられていた。
そして、アルタイルが国王になった日と同日。
「貴様ら。釈放だ」
ユーとリンチーはアルタイルの命によって釈放されたのだ。
その後、二人はアルタイルの自室にいた。
「貴様らの狂気を私は買う。龍心会に入れ。拒否権はない」
アルタイルは毅然として二人に告げた。
彼らの異常性をアルタイルは必要悪として必要と判断したのだった。
「どうする?ユー?」
「いいんじゃない?刑務所の中、狭いし暑いし臭いし…ご飯くれるならなんでもいいよ」
ユーはそう答えた。
「…では、当時刻をもって貴様らは龍心会の保安部隊の隊員に命ずる」
そうして、二人に龍心会の腕章を渡す。
「うん。分かった。とりあえず違反者は殺してもいいんだよね?」
ユーがアルタイルに尋ねる。
「それは違う。私が許可した時のみ殺しを認める。だが、法を破った者への死なない程度の拷問や尋問、そして逮捕権は貴様らに与える」
アルタイルが二人を宥めるように告げる。
「ふぅん…まぁ、刑務所から出してくれたし、従うよ」
リンチーは無表情のままそう呟く。
「理解してくれて感謝する。ドラゴニア王国発展のために貴様らの活躍、期待しているぞ」
アルタイルは満足げに頷いた。
「「うん。アルタイル…姉ちゃん…任せて」」
こうした経緯で、二人はアルタイルに対して恩義を感じるようになった。
そして、現在。
二人は立ち上がろうとしていた。
「ぬぉぉぉぉぉぉ!!」
「がぁぁぁっ!」
二人は壊れたブリキの人形のように体を震わせながら立ち上がろうとする。
「くっ…急所を斬ったはずだが…!」
リュウが刀を構える。
だが、先ほどの必殺技で体に負担がかかったのか、彼の足は小刻みに震えていた。
「そんな…」
アリアの顔に、絶望の色が浮かぶ。
その時だった。
「がっ…」
「あっ…」
ユーとリンチーが、突然、口から泡を吹き出し倒れた。
そして、体をピクピクと痙攣させると、そのまま息絶える。
「…え?死んだ…の?」
アリアは、力なくその場にしゃがみ込む。
「どうやら…時間切れだったらしいな」
リュウは、安堵のため息を漏らす。
「私の…懸念は…当たっていたようね…」
倒れたままのスピカが、か細い声で言葉を紡ぐ。
「(「火身の秘薬」は爆発的な回復力と身体能力と魔力量の向上を付与する。けど、それは肉体の強制的な暴走。時間が経過すると、使用者は反動で…死に至る可能性がある。二人はそれを知らなかったようね…)」
スピカは、彼らの死の理由を悟っていた。
「スピカ…さん」
アリアが、スピカにゆっくりと近づく。
「…二人ともひどい怪我…私の蜜魔法で…」
スピカは、最後の力を振り絞って魔法を発動しようとするが、既に魔力はなく、魔法は不発に終わった
「無理をしないで…今回復薬を…」
リュウが、回復薬をスピカにかける。
「私はもう助からないわ…だから、一つお願いがあるの…アルちゃんに…ごめんね…って伝え…」
スピカは、そう言い残すと、ゆっくりと目を閉じた。
「スピカさん!そんな…」
アリアが、悲痛な叫びを上げ、涙を流す。
だが、リュウは冷静だった。
「いや…まだ息がある。とりあえず応急措置をしてガロさんの診療所に…」
リュウが、スピカの呼吸を確認すると、彼女はまだ生きていた。
彼は、彼女の肩を担ぐ。
「うっ…けど、ここから結構距離があるよぉ…」
アリアも肩を貸し、二人はゆっくりと歩き出す。
「だが、やるしかない…俺たちも万全ではないが…」
リュウが、気合いで力を入れる。
その時だった。
「おいおい…死にそうじゃないか…」
目の前に、一人の影が降りてくる。
「あっ…」
アリアは、その姿に安堵の表情を浮かべる。
「ラ…ラジアンさん?どうしてここに」
リュウは、目を丸くする。
「凄まじい魔力を大金庫の方で感じたからな。様子を見に来てみれば…。とにかく二人とも無事でよかったぜ」
そこにいたのは、ラジアンだった。
「ラジアンさん…俺たちのことは大丈夫です…それよりスピカさんを…」
リュウは、気を失っているスピカに視線を向ける。
「スピカ!?……わかった。急いでガロ先生のところに運ぶ。お前達は歩いてこれるか?」
ラジアンが、二人の様子を確認する。
「はい。…スピカさんの蜜魔法が相当効いているのか…大丈夫です」
リュウは、力強く頷く。
「分かった…死ぬんじゃないぞ。診療所で落ち合おう」
ラジアンは、スピカを抱えると、悠然と空へ飛び去っていった。
「…行こう。アリア。極天のランプはサシャと、トルティヤに……任せよう」
その様子を見送ると、リュウは歩き出す。
「うん…(無事に帰ってきてよぉ)」
アリアは、月夜をふと見上げ、トルティヤの無事を願うと、リュウの後をついていった。
こうして、リュウとアリアはスピカのサポートを受けつつも、ユーとリンチーを撃破したのだった。




