第113章:リーク
ラジアンとレグルスが激闘を繰り広げられていた同時刻。
議事堂の奥にある厳かな礼拝堂。
静寂に包まれたその場所には、多くの龍心会のメンバーが深い悲しみを胸に集まっていた。
「ミモザ、ベガ…カーン将軍。くっ」
そこには、同胞の死に深く涙を流しているアルタイルの姿があった。
礼拝堂の祭壇には、白い布がかけられた棺が二つ置かれ、その中には、静かに目を閉じたベガと、カーン将軍の亡骸が横たわっていた。
ミモザの遺体は、爆発で跡形もなく吹き飛んでしまったため、現場に残されていた、彼女のトレードマークである眼鏡のフレームだけが、まるで遺影のように祭壇に飾られていた。
「ユー。みんな死んじゃったね」
「そうだねリンチー」
ユーとリンチーは、その光景をただ無表情に見つめており、涙を流すことはなかった。
「うっ…カーン将軍」
「ベガ様…」
「ミモザ様まで…なんてことだ」
龍心会のメンバーは、次々に嗚咽を漏らし、しきりに涙を流していた。
その悲しみは、礼拝堂の重苦しい空気をさらに重くする。
「おのれ…おのれ…許さんぞ。この怒りと悲しみ、必ず晴らしてくれようぞ」
アルタイルの表情は、悲しみから、憎悪に満ちた怒りへと変わっていた。
「…」
その様子を、アルタイルの隣に立っていたスピカは、ただじっと見つめていた。
簡単な葬式のあと、アルタイルは自室にユーとリンチーを呼び出していた。
「アルタイルお姉ちゃん。どうしたの?」
「泣いているの?大丈夫?」
ユーは、無邪気な表情でアルタイルに尋ねる。
「ユー…リンチー…奴らを殺してこい。手段は問わない…」
怒りの炎を瞳に宿したアルタイルは、ユーとリンチーにそう命じる。
「そういうことなら、分かった。任せて」
「ちょうど、奴らには借りを返さなきゃと思っていたから」
ユーとリンチーは、その言葉を何の感情も込めずに答える。
「人員が必要なら連れて行っても構わないが?」
アルタイルが、部下の有無について尋ねる。
「いらない。足手まといになりそうだから」
「うん。私たちだけで大丈夫」
ユーとリンチーは、そう言い残すと、部屋を出て行った。
それと入れ替わるように、スピカが静かに部屋に入ってくる。
「アルちゃん。大丈夫?」
スピカは、アルタイルの暗い表情に気づき、心配そうな眼差しで彼女を見つめる。
「…あぁ」
アルタイルは、心に重い鉛を抱えているかのように、暗い表情で答える。
「スピカ。私は間違った選択をしているのだろうか?」
アルタイルは、ふと、スピカにそう問いかけた。
その声は、王としての威厳からはかけ離れた、一人の人間としての弱さが滲み出ていた。
「いや、アルちゃんは間違っていないよ。ただね、少し無理をしすぎだと思う」
スピカは、アルタイルの目をまっすぐに見つめ、自身の考えを正直に話した。
「…無理しすぎか」
アルタイルは、その言葉を反芻するように呟く。
そして、少し間を開けて、ポツリと口を開いた。
「それでも、賽は投げられてしまった…私は王として、この国を豊かにする義務がある。たとえ、誰かから恨みを買おうが、他国と戦争になろうがだ。でなければ、この国は衰え、他国の好き勝手にされてしまう。私は何も間違っていない…間違っていないんだ…極天のランプさえあれば、他国へ侵攻して資源を奪うことだってできるし、抑止力にもなる…」
その言葉は、もはや信念というよりは、何かにすがりついているようにも聞こえた。
彼女の声は、どこか震え、何かに怯えているようにも見えた。
「アルちゃん…」
「…私は大丈夫だ。それよりもスピカ。お前に極天のランプの防衛をお願いしたい。ユーとリンチーには、例の冒険者の抹殺任務をお願いした。よって、頼めるのはスピカ…お前だけだ」
アルタイルは、自らの弱さを隠すかのように、スピカの肩に力強く手を置き、頷く。
それは、彼女への絶大な信頼の証だった。
「分かった…何かあったら知らせるね」
スピカは、アルタイルの覚悟を受け止め、静かにそう呟くと、自室を後にした。
「私は…こんなところで、燃え尽きる訳にはいかないのだ…どんな手を使ってでも、私は目的を達成する。ドラゴニア族が…虐げられないようにするには、これしかないんだ…ドラゴニア族が世界で最も強い民族であると証明しなければならないんだ」
そう語るアルタイルの表情は、どこか暗く、深い悲しみを帯びていた。
レグルスとラジアンとの戦いの次の日。
サシャ達の姿は、ガロの診療所にあった。
「ラジアンさん…思ったより元気そう…」
サシャは、ベッドに座っているラジアンの姿を見て、驚きに目を丸くする。
「おう!俺が簡単にくたばってなるもんかってんだ!」
ラジアンは、元気な声で応える。
だが、その顔には、血流魔法の反動と激しい疲労の色が浮かんでおり、退院には至っていなかった。
「腹に風穴が空いたと聞いたけど…大丈夫なの?」
アリアは、心配そうにラジアンの腹部に目を向ける。
彼の腹部には、何重にも包帯が巻かれていた。
「私の氷魔法に感謝してほしいものですね」
すると、診療所の奥から、白衣を身にまとった壮年の女性ドラゴニア、ガロが顔を見せる。
「あ、ガロ先生!」
リュウが、その姿に気づき呟く。
「奇跡的に主要臓器を避けるように穴が空いていたからよかったものの、あと少しでもずれていたら確実に即死でしたよ…」
ガロは、呆れたように呟く。
「いやぁ、先生の腕前なら何とかしてくれると思いまして…ハハハ…」
ラジアンは、冗談めかして笑う。
「全く…私は全能ではないのですよ?とにかく、しばらくは入院ですからね」
ガロは、そう言い残すと、ベッドの側に飲み薬を置く。
「というわけだ、すまねぇな。みんな…」
ラジアンは、心配をかけたことを申し訳なさそうに呟く。
「気にしないでください!」
サシャは、素直にそう応えた。
「ふむ。脳筋にしてはよくやったわい」
精神世界から、トルティヤがボソリと呟く。
その時だった。
「お邪魔するわよ」
突如として、病室の扉が開かれる。
「!!…お前は!!」
サシャは、警戒し、思わず双剣を握る。
「どうしてここが!?」
リュウも、即座に臨戦態勢に入った。
「この前はよくも!!」
アリアも、その人物に弓を向ける。
「おっと!私は、あなた達と戦いにきたんじゃないよ」
そこに立っていたのは、龍心会の幹部であるスピカだった。
彼女の顔には、敵意は微塵もなかった。
「信じられんな…龍心会の幹部が、割れていないはずの診療所に来るなんて…」
リュウは、今にも斬りかかろうとしていた。
すると、ラジアンが、それを制する。
「いや、みんな。待ってくれ。スピカに…敵意はないようだ」
ラジアンは、スピカの瞳から、その真意を読み取ろうとしていた。
「けど…!!」
サシャは、納得できないといった表情を見せる。
「本当よ。ほら、この通り…」
スピカは、両手を上げて見せる。
「…小僧、この女の言う通りじゃ。一旦、話くらいは聞いてやろうではないか」
精神世界のトルティヤが、サシャに冷静になるよう促す。
「…分かった」
サシャは、不満そうにしながらも、双剣から手を離す。
「まず、突然来て驚かせてしまったわね。けど、ここは私も知っているの。だって…」
スピカが、何かを語ろうとした時、横にいたガロが口を開く。
「久しぶりね。アルちゃん」
ガロは懐かしさが入り混じった表情を見せる。
「お久しぶりです。ガロ先生」
スピカは、ガロに丁寧に挨拶をする。
「せ、先生?」
サシャは首をかしげる。
「スピカは昔、優秀な軍医から手ほどきを受けたと聞いたことがある。だけど、それがガロ先生だったとは…」
ラジアンが驚いた表情で二人を見つめる。
「して、今日はどうしたんですか?もう、あなたに教えることはないはずですけど?」
ガロは、首をかしげる。
「いえ。今日は皆さんにお話があってね…あれ?ラウ老師はいないのかしら?」
スピカは、部屋の中をキョロキョロと見渡す。
「ラウ老師は今はいない…」
リュウが、警戒を解かずに呟く。
「そう…まぁ、いいわ」
スピカが、何かを悟ったように呟く。
「して、スピカ。なんの用だ?」
ラジアンが、ベッドの上からスピカに尋ねる。
「今日は、あなた達に、いい情報を持ってきたの」
スピカは、にっこりと微笑む。
「いい情報?」
リュウは、訝しげに首をかしげる。
「あなた達、極天のランプが欲しいんでしょ?」
スピカが、核心を突くようにサシャ達に問いかける。
「!!」
その言葉に、サシャ達は驚きを隠せない。
「そ、そうだけど、それがどうしたっていうんだ?」
サシャは、震える声で尋ねる。
「教えてあげる。極天のランプの在処を…」
すると、スピカの口から意外な言葉が告げられた。
「スピカ…どうして?アルタイルの味方なんじゃないのか?」
ラジアンが、戸惑いを隠せない様子で尋ねる。
「私はね。確かにアルちゃんの味方よ。だけど、ベガやカーン将軍、ミモザが死んで、アルちゃんは辛そうだった。それに、レグルスまで行方不明。ま、怪我の状況から見て、あなたがやったんでしょう?」
スピカがラジアンに尋ねる。
「…あぁ、俺がやった。あいつは最後まで自分の意地を貫いて谷底に落ちて行った…仇打ちをしたいなら、やれよ」
ラジアンがスピカに正直に打ち明ける。
「そんなことしないわよ。起きてしまったことはどうしようもないわ。それに言ったでしょ?戦いに来た訳じゃないって」
スピカが笑みを見せ続ける。
「私としては、極天のランプがなくても、王国は龍心会の下で、十分に国として発展できるし、これ以上、同胞を失いたくないの。戦争になれば、多くの命が奪われちゃうしね。それでも、アルちゃんは戦いを続けようとしている。他国に火種をばらまいてでも、ドラゴニアの威厳と誇りを示そうとしている。だから、あなた達には極天のランプを奪ってほしいと思ったの。極天のランプを失えば、アルちゃんも、これ以上の勢力拡大はやめてくれる…私はそう睨んでいるの」
スピカは、葛藤を抱えながらも、自身の目的を話す。
「…信頼できない。大体、龍心会がクーデターを起こして国を乗っ取り、僕たちが発見した極天のランプを強奪した。それを今になって、戦いたくないから極天のランプを奪ってほしいだなんて虫が良すぎるよ」
サシャは、スピカの言葉の真意を測りかね、警戒心に満ちた瞳でそう呟く。
「確かに、そう思われても仕方ないわね。だから、信じるか信じないかは、あなた達に委ねることにするわ」
そう呟くと、スピカは静かにベッドの横にあったメモ紙と鉛筆を手に取り、慣れた手つきで何かを書き記していく。
「何を書いているの?」
アリアが不思議そうに尋ねる。
「大金庫の場所よ」
スピカは書き終えると、メモ紙をサシャに手渡す。
「大金庫?」
サシャは、スピカの真意が読めないまま、メモ紙を受け取る。
「シュリツァの外れにある、王家の財宝が保管されている場所だな。まさか、壊さずに再利用していたとはな」
ラジアンが、その場所を知っているかのように呟く。
「極天のランプはそこにあるわ。ただ、護衛が常に5人いるし、私が護衛のリーダーとして守備しているということになっているの」
スピカは、極天のランプの在処と護衛の有無について、淡々と話す。
「だが、お前がいるのであれば、強奪するのは不可能なのではないのか?」
リュウが、スピカの言葉を疑うように尋ねる。
「そこは大丈夫。毎日、22の刻に定期報告で私自身がアルちゃんに報告しに行くことになっているの。そのタイミングで、あなた達が強奪しに来てくれれば、私は遠くから、その様子を見ていることにするわ」
スピカは、淡々とした口調で警備の穴を語る。
「なるほど…ということは、盗むなら22の刻のタイミングで大金庫に忍び込めばいいということだね」
サシャは、情報を整理するように、一考する。
「そういうこと。目立つ場所だから近くに行けば分かるはずよ」
そう呟くと、スピカは、もう用はないとばかりに病室を出ようとする。
だが、ふと立ち止まり、背中を向けたまま口を開いた。
「あ、あと、ユーとリンチーがあなた達を標的にしたわ。闇討ちに気を付けたほうがいいかも…」
スピカはそう言い残し、静かに診療所を後にした。
「…情報量が多すぎるよ」
サシャは、あまりにも突然の出来事に言葉を失う。
「けど、この情報が本当ならチャンスだよぉ!」
アリアが、希望に満ちた声で呟く。
「だが、罠という可能性も否定できない…」
リュウは、慎重な性格ゆえに、頭を悩ます。
その時、ベッドに座っていたラジアンが、静かに口を開いた。
「なぁ?お前達はどうして、この戦いに首を突っ込んだんだ?」
「どうしてって、そりゃ、極天のランプを取り戻すため…」
突然の質問に、サシャは戸惑いながらも答える。
「…あっ!」
その答えを口にした瞬間、サシャは、ハッとなる。
彼の目的は、誰を信じるかではなく、極天のランプを取り戻すことだった。
「それならば、チャンスを逃すな。俺のことはいいから行ってこい」
ラジアンは笑みを浮かべ、サシャ達の背中を押すように呟いた。
「…そうだね。せっかくのチャンスだし逃す訳にはいかないもんね!」
サシャは、迷いを振り切るように頷く。
「ワシも賛成じゃ。極天のランプさえ盗み出せれば、こっちのもんじゃからのぉ」
精神世界にいたトルティヤも、サシャの意見に賛同する。
「ふっ…仕方ないな…」
リュウは、そう呟きつつ、仲間たちの意志を尊重するように頷いた。
「決まりだね!!」
アリアも、笑顔で頷く。
その様子に、ラジアンは満足そうに頷いた。
「そうこなきゃな!ただ、これはかなり重要なことだから、ラウ老師にも伝えた方がいいな」
ラジアンが、今後のことを考えて呟く。
「そういえば、ラウ老師はどこに?」
サシャは、ラジアンに尋ねる。
「ギンシャサに行ってくると。なんでも、昔の知り合いのところに行ってくるとかなんとかって…」
ラジアンが、記憶を辿るように説明する。
「ふむ…おおかた情報収集でもしているのだろう」
リュウが、推測する。
「それなら、僕たちはラウ老師が戻ってくるまでバンカーで待機だね!」
サシャが、今後の計画を提案する。
「あぁ。今は、ゆっくり休んだ方がいい。何があるか分からないからな」
ラジアンは、優しい口調でそう呟いた。
こうして、サシャ達は、バンカーにてラウ老師の帰りを待つことになった。
一方、同時刻。
ドラゴニア王国西部 ギンシャサ。
「…レグルス」
ラウ老師の姿は、ギンシャサにある、とある民家の一室にあった。
ベッドには、ラジアンとの激闘で、谷底に落ちたはずのレグルスが、目を閉じたまま、静かに眠っていた。
昨日、ラジアンとレグルスの戦いを終えた直後だった。
『ラ…ラウ老師…頼みが…』
ラジアンは、震える声でラウ老師に話しかける。
『なんじゃ?あまりしゃべるでない』
ラウ老師は、ラジアンを制しようとする。
『一つだけ…この谷底にレグルスがいるはずです。奴も助けて…やってくれませんか?』
ラジアンは、息も絶え絶えにそう呟く。
『馬鹿な…あの谷の底に落ちて生きているはずが…』
ラウ老師の視線の先は、深い谷底になっていた。
谷底は濃い霧に覆われており、その深さを知ることはできない。
『奴が…簡単にくたばるとは思えないんです…どうか…』
ラジアンは、そう呟くと、そのまま気を失った。
『…お前達、ラジアンをガロのところへ』
ラウ老師は、ラジアンの部下達にそう命じる。
『え?ラウ老師は?』
突然の命令に、ラジアンの部下は戸惑いを見せる。
『少し野暮用じゃ。…ほれ、急がんかい!』
ラウ老師は、ラジアンの部下達を急かすように呟くと、迷うことなく谷底へと飛んでいった。
『…は、はぁ』
『とりあえず、急ごう。この出血量は危ない…』
こうして、ラジアンの部下達は、ラジアンを肩で抱えて飛んでいった。
『…まったく、世話ばかりかける弟子達じゃ』
ラウ老師は、その心中でそう呟きながら、谷底に着地すると、周囲を探し始める。
辺りは深い霧に包まれており、視界はほとんどなかった。
『一体どこに』
こうして、20分ほど探し回った時だった。
『あれは…!!』
ラウ老師の視線の先に、地面に横たわっているレグルスの姿が映る。
『…』
レグルスは、血まみれで出血がひどく、意識がない状態だった。
ラウ老師は、急ぎ、レグルスのそばに駆け寄る。
『(まだ息はある…急げばまだ…)』
ラウ老師は、レグルスの心臓の音がまだ聞こえるのを確認すると、すぐに彼の肩を担ぐ。
『(まったく…随分な戦いをしおって)』
ラウ老師は、そうぼやきながらも、レグルスを抱えて空高くへと飛び上がった。
その後、ラウ老師は一軒の家へと向かった。
扉をノックすると、ふくよかな老ドラゴニアの男性が出てくる。
『…誰かと思ったら』
老ドラゴニアは、いかにも歓迎していないといった表情でラウ老師を睨みつける。
『久しいのぉ。キバ』
ラウ老師が、その名を呟く。
『何の用だ?シクナの件なら、もういいと言ったはずだ。それと、二度と顔を見せるなとも…』
キバと呼ばれた老ドラゴニアが、低い声で呟く。
二人の間には、深い確執があることが見て取れた。
『分かっておる…ワシのことはいい。じゃが、ワシの弟子を助けてやってはくれぬか?』
『むっ…かなり危ない状況だな』
そう呟くと、キバは、レグルスの状況を確かめる。
そして、しばらく一考すると、重い口を開いた。
『今回は貸しにしといてやる。早く部屋へ運べ』
キバは、ぶっきらぼうにそう呟くと、ラウ老師を家の中へと通した。
そして、レグルスをベッドの上に寝かせる。
『…お前は外に出ていてくれ。手術の邪魔になる』
キバは、ラウ老師を部屋の外に追い出すと、すぐに治療を始める。
そして、1時間後。
キバが、疲れた顔で扉を開ける。
『…終わったぞ。ギリギリのところで命は繋いだ。ただ、意識を取り戻せるかどうかは本人の気力次第だ』
キバは、ぶっきらぼうにそう呟く。
『感謝する…』
ラウ老師は、深く頭を下げた。
『勘違いするな。あくまで人道に基づいた行動だ。それと、もう一度言うが、これは貸しだ。覚えておけ』
キバは、そう言い残すと、奥の部屋へと消えた。
そして、現在。
レグルスは、相変わらず目を覚まさなかった。
体中は包帯に覆われ、腕や翼には点滴が刺さっていた。
「…すまぬ。ワシは行くぞ」
ラウ老師は、静かに椅子から立ち上がる。
そして、部屋を出る。
部屋を出ると、キバとすれ違う。
「レグルスを頼んだぞ」
ラウ老師は、キバにそう告げる。
「ふん…」
キバは、そう応えると、新品の包帯を持って、レグルスのいる部屋へ向かった。
そして、ラウ老師は、キバの家を出た。
辺りはすっかり夕暮れになっていた。
「さて、戻らねばな…」
ラウ老師は、そう呟くと、空へと勢いよく飛び上がった。




