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第112章:天才と落ちこぼれ

「…レグルス様!」

残った護衛の一人が、覚悟を決めたように刀を構える。

だが、ラジアンの投げたクピンガが、音もなく護衛の方に向かって飛んでくる。


「ザシュ」

クピンガは、護衛の太もも部分に深々と突き刺さった。


「ぐあっ!」

その激痛に、護衛は思わず武器を手放し、膝から地面に崩れ落ちる。


「悪く思わないでくれ」

立て続けにラジアンが護衛に、強烈な飛び蹴りをお見舞いする。


「ぐほぅあ!」

飛び蹴りを受けた護衛は吹き飛ばされ、気を失った。


「さ、これで1対1だ」

ラジアンがクピンガを取り出しレグルスに襲い掛かる。


「ふん…貴様如き俺一人で十分だ」

レグルスが迎撃をする。


「ガキン!!」

耳をつんざくような甲高い金属音が響き、ラジアンのクピンガとレグルスの大鎌が激しくぶつかり合った。


「懐かしいな…ラウ老師の下で、お前と凌ぎを削ったあの日々が…」

レグルスは、大鎌に力を入れながら、どこか遠い目をして呟く。


「そうだな。あの頃、俺は落ちこぼれだった。何をやってもアルタイルとお前には及ばなかった…」

ラジアンは、クピンガに力を込める。

互いの力は拮抗し、一歩も譲らない。


「だが、その縁も今日で終わりだ…貴様には反乱分子として、ここで沈んでもらうとしよう」


「つれないこと言うなよ。もう少し、思い出話をするのもいいだろう?」

その時、ラジアンの脳裏に、あの懐かしい日々が鮮明に蘇った。


-8年前 ラウ老師の道場にて-

古びた木製の床には、門下生たちの汗が染み込んでいた。

道場には、熱気に満ちた重い空気が漂っている。


「うぐっ!!」

ラジアンは、レグルスの放った一撃を受け、床に転がっていた。


「そこまで!レグルスの勝利じゃ!」

ラウ老師が、静かにレグルスの勝ちを宣言する。


「ふぅ…」

レグルスは、木製の鎌を手に、汗一つかいていないかのように余裕そうな表情を見せていた。


「くそっ!また負けた!!」

ラジアンは、悔しさのあまり、道場の床を拳で何度も叩く。


「おいおい、ラジアンの奴、またレグルスに負けたぞ」


「天と地の差だな」


「あれは才能がないな…」

その様子を見て、他の門下生達は、ひそひそと悪口を言い合う。

彼らは、ラジアンの努力を知らずに、ただ才能の差を笑っていた。


すると、その声を聞いたレグルスが、門下生の近くにゆっくりと歩み寄る。


「…ばしっ!!」

乾いた音が響き、レグルスは門下生の一人の頬を思いっきり引っ叩いた。

門下生の顔には、驚きと怒りが浮かぶ。


「何するんだよ!!」

彼は、怒りに任せてレグルスに殴りかかる。


「才能がない?」

しかし、レグルスは、その拳を容易く片手で受け止めた。


「ぐっ!」

門下生は、力を込めるが、レグルスの腕は、まるで巨岩のようにびくともしなかった。


「ラウ老師の弟子だというだけで満足して、修行を怠慢しているお前達と違って、ラジアンはちゃんと努力している。それを馬鹿にすることは俺が許さん!」

レグルスは、門下生をひと睨みした。

その鋭い眼光に、門下生は思わずたじろぐ。


「くっ…ちくしょうが」

門下生は、何も言い返せずに手を離す。

すると、その様子を見ていたアルタイルが、静かに呟く。


「そうだ。確かにラジアンは弱いしアホだが、人一倍、努力家でもある。それを、ろくに修行もせず胡坐をかいているお前達がどうこう言う資格はない」


「(いや、一言多いぞ…)」

レグルスは、アルタイルの言葉に内心でツッコミを入れる。


「…」

アルタイルの言葉に、門下生達は何も言い返せなかった。


「二人の言う通りじゃ。お主ら、今日のトレーニングは終わったのか?」

ラウ老師が、雷を落とすように門下生に問う。


「あ、いや…まだ…」

門下生達は、気まずそうに呟く。


「馬鹿者!!!それなら、人の悪口を言うより先にトレーニングをしてこんかい!!」

ラウ老師の怒声が、道場に響き渡る。


「は、はい!今すぐやってきます!!」

門下生達は、蜘蛛の子を散らすように道場から出て行った。


「くっ…」

ラジアンは、まだ床に膝をついていた。

そこに、ラウ老師が歩み寄る。


「ラジアンよ…お主はよくやっておる。その努力はいずれ実を結ぶじゃろう…」

ラウ老師は、ラジアンの頭に優しく手を置き、語り掛ける。


「…ラウ老師」

ラジアンが顔をあげる。

すると、アルタイルとレグルスも、彼の元にやってくる。


「立てよ、ラジアン。アルタイルと一緒に打ち込みをやるぞ」

レグルスは、ラジアンに手を差し伸べる。


「レグルス…」

だが、ラジアンは、その手を取らず、自力で立ち上がった。


「へっ、湿っぽい友情劇なんて性に合わないぜ!」

ラジアンは、照れ隠しをするかのように笑みを見せる。


「ふっ…確かにそうだな…」

レグルスも、その笑顔に応える。


「ふふふ…」

アルタイルがその様子を微笑ましく見つめる。

こうして、三人は、切磋琢磨し合いながら3年の修行を共にした。


そして、3年後、同時期に軍の入隊試験を受け、合格発表の日。


「あったぞ!私の番号だ!」

アルタイルは、自分の番号を見つけ、全身で喜びを表現する。


「俺もあったぞ…」

レグルスは、当然のように頷く。


「俺は…」

一方で、ラジアンは、心臓が口から飛び出しそうなほどドキドキしていた。

落ちこぼれの自分が、本当に合格しているのか、不安でたまらなかったのだ。

そして、意を決して掲示板を見る。


「…あった、あったぞ」

そこには、確かにラジアンの番号もあった。


「これで、三人とも無事に合格だな」

レグルスは、心からの笑みを浮かべる。


「あぁ。三人でこの国を守って行こう…!我らの祖国を…!」

アルタイルは、固い決意を込めて呟く。


「また、三人で戦える…俺は…うれじぃぃぃよぉぉ!!」

ラジアンは、これまでの苦労が報われた喜びで、子供のようにうれし涙を見せる。


「おいおい、泣くなよ…」

その様子を、レグルスは笑って見ていた。

その笑顔は、かつて道場で見せたものと何も変わらなかった。


それから三人は、同じ部隊に配属となった。

大きな戦いなどはなかったが、三人は国のために、共に汗を流して戦った。


「お前を逮捕する!!」


「観念するんだな…」


「くそっ!王国軍め!」

ある時は、交易所に入った強盗を鎮圧したり…


「ひどいな…これだけの薬物をよくも…」

ある時は、違法薬物の密輸を阻止したりした。

三人は、国を守るという志を胸に、正義のために戦い続けた。


しかし、それから数年後。

例の人身売買事件が起きてから、アルタイルは変わってしまった。


「二人とも…あとは任せたぞ」

アルタイルは、レグルスとラジアンに、そう言い残して軍を去った。

それから、半年ほどして、レグルスもアルタイルを追うように軍を去った。


「…確かにこの国はおかしいのかもしれない。だけど、俺は今のドラゴニア王国で自分ができることをしたい!それが、この落ちこぼれの自分を拾ってくれた国への恩返しだから!」

レグルスに龍心会に入るように勧められた。

しかし、ラジアンは、迷うことなくそう呟き、軍に残ることを決断した。


こうして、かつて固い絆で結ばれていた三人の道は、完全にバラバラになってしまったのだった。


そして、現代。


「もう昔のことだ…語る必要もない…」

レグルスは、後ろにバックステップをすると、魔法を発動する。


「引力魔法-天蓋磔罰(てんがいたくばつ) -!」

レグルスに向けて、強大な引力魔法が放たれる。


「お前の魔法のカラクリ…俺は見破ったんだ!」

ラジアンは、クピンガを目の前で振るった。


「パキン!!」

耳慣れない音が響き、レグルスの魔法が、まるでガラスが砕けるかのように破壊された。


「ほう。まさか、お前が俺の魔法のカラクリに気が付くとはな…」

レグルスは、感心したように呟く。


「出発する前にトルティヤに教えてもらったからな…」

ラジアンは、トルティヤに感謝するように呟く。


「なるほど。遺跡で戦った、あの冒険者から情報を得たか…だが、一つ見破ったくらいで…調子に乗らない方がいい!!」

レグルスは、立て続けにラジアンに向けて引力魔法を放つ。


「(複数の針を放った!?それなら!)」

レグルスの魔法のカラクリを見抜いたラジアンは、即座に思考を巡らせ、上空へと飛び攻撃を回避する。


「そう来ると思ったよ」

しかし、レグルスは、ラジアンの動きを読んでいたかのように、不敵な笑みを浮かべる。


「なに!?」

ラジアンが、その意味を理解した直後だった。


「ブォォォン!!」

突如、体が強烈な引力に引っ張られ、地面へと叩きつけられる。


「ぐっ!!」

咄嗟に受け身を取るが、衝撃で肉体にダメージを受ける。


「貴様のことだから、上か横に飛ぶだろうと思ってな。そっちの方向にも時間差で針を飛ばしていた」

レグルスは、余裕綽綽とした様子で、ゆっくりと近づいてくる。


「くそっ!!」

ラジアンは、何とか起き上がろうとするが、引力に引っ張られているせいで、思うように動けない。


「もう動くな。今、楽にしてやる」

レグルスは、哀れむような眼差しで、大鎌を構える。


「俺は……そんな簡単に終われないんだよ!!」

ラジアンは、叫びとともに全身の力を振り絞り、自身の魔法を発動する。


「血流魔法-限界加速(リミットバースト)-!」

その瞬間、ラジアンの心臓が激しく脈動し、全身の血管が浮き上がった。

血が沸騰するような熱が肉体を駆け巡り、信じられないほどの力が湧き上がってくる。


そして、その力で引力から解放された。


「ほう…前回のようにいかないか」

レグルスは、ラジアンの魔法を見てもなお、余裕そうな表情を崩さなかった。


「俺はお前を意地でも止める。そのためなら、多少、手荒くなっても構わない…そう決めたんだよ!!」

次の瞬間、ラジアンの肉体から白い蒸気が立ち上り、目にも止まらない速度でレグルスに飛び掛かる。


「行くぞ!レグルス!」

次の瞬間には、レグルスの目の前に迫り、拳を振り上げていた。


「その程度で俺が止められるはずがなかろう…」

だが、レグルスは冷静だった。


「ジャラララララ!!」

レグルスが大鎌の柄にあるボタンを押すと、柄の部分から鎖が勢いよく飛び出してくる。


「攻撃が単調すぎる」

レグルスは、そう呟くと、器用に鎖をラジアンの腕に絡ませた。


「ぐっ!!いつの間にこんな…」

ラジアンの拳が、鎖に阻まれ、寸前で止まる。


「改造したのさ。戦いに幅を持たせるためにな!!」

逆にレグルスは、鎖に巻かれたラジアンを、ぐいっと引っ張る。


「それはそれは、随分と器用じゃないか!」

しかし、ラジアンは負けじと鎖を引っ張る。


「ぬうっ!(血流魔法で肉体にブーストをかけているのか)」

想定外の力に、レグルスは引っ張られ、わずかにバランスを崩す。


「とりあえず、一発もらっておけ!!」

そして、ラジアンは、鎖に巻かれていないもう片方の拳で、レグルスの頬を思いっきり殴り飛ばした。


「ぐふぉぉぉ!!」

強烈なストレートが直撃し、レグルスの体は吹き飛ばされる。


「当たったぞ…効くだろ?」

ラジアンは、右腕に巻かれている鎖を自力で解く。


「…ふん。まさか、俺が一撃もらうとはな」

レグルス頬からは、一筋の血が流れていた。

同時に、レグルスの魔力が、再び高まっていく。


「これは、本気でいかねばならないようだ…」

レグルスは、鎖分銅がついた大鎌を構え、ラジアンを鋭く睨む。


「来い!レグルス!!」

それに対してラジアンは、最後の力を振り絞るようにクピンガを構える。


「お前の血流魔法の弱点、知っているぞ!!」

レグルスは、そう言い放ち、鎖分銅をラジアンに向けて叩きつける。

そのペースは、先ほどよりもさらに速い。


「ドコーン!ドコーン!」

鎖分銅が地面を叩きつけ、巨大なクレーターを作り出す。

砂煙が舞い上がり、辺りの視界を遮った。


「それは、その特性ゆえに、長期戦に弱いことだ。だから、近づかせなければいいのだ」

レグルスは、血流魔法の弱点を見抜いていた。


「へ、だからなんだよ!」

だが、ラジアンは、その攻撃を全て器用に回避していく。

そして、そのまま砂煙を突き破り、レグルスに向かって突撃する。


「少し痛むぞ!」

ラジアンは、クピンガを振り下ろす。


「ふん…無駄だ」

レグルスは、冷静に大鎌でその攻撃を防ぐ。


「ガキン!!」

クピンガと大鎌がぶつかり、火花が散る。


「うぉぉぉぉぉ!!攻撃を加速させていくぜ!!」

ラジアンは、クピンガを持ち、素早い連撃を見せる。


「スピードは昔よりも速いな…だが見切れるぞ!」

それに対して、レグルスも大鎌と鎖分銅を巧みに操り、正確に迎撃する。


「ガキキキキン!!!」

お互いの得物が、何度も何度も激しくぶつかりあう。

そして、互いに少しずつ傷を負っていく。


「うぉぉぉぉぉ!!もっと加速するぜ!」

ラジアンは、血流魔法をさらに強化する。

彼の肉体から、さらに激しく蒸気が立ち上り、血管がはち切れそうに浮き出た。


「そんなに、血流魔法を発動してもいいのか?死ぬぞ?」

レグルスは、ラジアンの身を案じるかのように警告する。。


「(確かに俺の血流魔法は肉体のブーストを得る代わりに、長時間使用すると肉体に多大な負荷がかかる。最悪、ぶっ倒れる可能性もある…それなら…)」

ラジアンは、心の中で呟き、意を決したように得物のクピンガを地面に落とす。


「これで勝負をつける!!」

すると、ラジアンは、レグルスの攻撃を受けながらも、その懐に潜り込み、腰を掴む。


「むぅ!(これは少しまずいか…)」

レグルスは、ラジアンの行動の意図を瞬時に予測する。


「一気に…終わらせるぜ!!」

ラジアンは、そのままレグルスを抱えて上空に跳躍する。

そして、レグルスの頭部を下へと向け、重力に任せて猛烈な勢いで地面へと落下していく。


「ふん。『ドラゴニア流体術奥義・彗星堕とし』か…」

しかし、レグルスは、その状況でも冷静だった。


「引力魔法-星方引我(せいほういんが)-!」

レグルスが魔法を唱えると、二人の体が、地面ではなく森の方へと引っ張られる。


「なにっ!?」

ラジアンは、レグルスの機転に驚愕する。


「バキバキバキバキ!!!」

そのまま二人は、凄まじい音を立てて木々に衝突する。


「ぐわっ!!」

ラジアンは、運悪く、太い巨木に背中から強く叩きつけられ、激痛に顔を歪める。


「ふん…他愛もない…」

一方でレグルスは、葉の部分に引力を移動させ、そちらに引っ張られたおかげで、ダメージを最小限に押しとどめていた。


「ぐぁっ…(くそっ…血流魔法の反動か…)」

そのままラジアンは、地面に落下していく。

さらに、血流魔法の反動で体が動けなくなっていたのだ。


「どさっ…」

ラジアンは、力なく地面に叩きつけられた。


「がはっ(骨が数本折れたか)」

ラジアンは、朦朧とした意識の中で、必死に体を動かそうとする。

しかし、体が震えて、思うように動かせずにいた。


「けど、まだだ、俺は戦える…」

それでも、気合でラジアンが立ち上がろうとした、その時だった。


「まったく。しぶとい奴だ…」

木の陰から、レグルスがゆっくりと姿を現す。

彼の体にも、いくつかの傷があったが、ラジアンほどの重傷ではない。


「へ、俺の諦めが悪くて、しぶといのは知っているだろう?」

ラジアンは、負け惜しみのように強気な口調で、そう吐き捨てる。


「あぁ…だが、その威勢もいつまで続くのか…見ものだな!!」

レグルスは、勢いよくラジアンに向かって行く。


「ぐっ!」

ラジアンは、最後の力を振り絞って、懐からクピンガを取り出し、迎撃の姿勢を見せる。


「確かにお前は努力家だ。それは認める。だが、努力だけでは埋まらない壁もある!!」

レグルスは、大鎌と鎖分銅による怒涛のコンボで、ラジアンを責め立てる。


「うっ!!」

激しい斬撃と打撃を受けて、ラジアンはたちまち傷だらけになる。

クピンガでいくつか弾いてはいるものの、彼の肉体は、完全に限界に近づこうとしていた。


「そろそろ終わりにしてやろう!!引力魔法-引星牽縛(いんせいけんばく)-!」

レグルスは、そう言い放ち、折れて先端が尖っている木に向けて透明な球体を放つ。


「ぐぅぅぅぅ!!」

ラジアンは、球体が放つ強烈な引力に抗い、足に力を入れて踏ん張る。

だが、血流魔法の反動で既に満身創痍の彼には、それも限界だった。


「あっ…」

ラジアンの体は、無情にも木に向かって吸い寄せられていく。

そして…


「ザシュ!!」

尖った木が、ラジアンの腹部を貫いた。

辺りに鮮血が飛び散る。


「うっ…(ここで俺は死ぬのか?…いや、まだやれる…やれるはずだ)」

激痛に意識が朦朧とする中、ラジアンは自分にそう言い聞かせる。

そこに、レグルスがやってくる。


「貴様の執念。大したものだった。だが、俺に致命傷を負わせれなかった時点で、貴様の負けは確定していたようなものだ」

レグルスは、冷徹な声でそう呟く。

しかし、彼の体中も傷だらけだった。


「貴様はもうすぐ死ぬだろう。最後に遺言くらいは聞いてやる…」

レグルスが、哀れむようにラジアンに尋ねる。


「遺言…そんなもの…」

その時、ラジアンの魔力が、炎のように燃え上がる。

それは、彼の命の灯火が、最後に放つ輝きだった。


「なんだ!?」

レグルスは、その異様な気配に警戒し、バックステップで距離を取る。


「俺には必要ないんだよぉ!!」

ラジアンは、叫びとともに、力づくで腹部に刺さった木を抜く。


「ほら、お返しだ!!」

そして、その木を、レグルスに投げつける。


「なっ!!どこにそんな力が!?」

レグルスは、予想外の行動にわずかに回避が遅れる。


「ザシュッ!!」

その勢いはすさまじく、木はレグルスの左腕を根元から吹き飛ばした。


「くっ…ラジアン。貴様…」

レグルスの腕から、血があふれ出る。

だが、次の瞬間には、ラジアンが目の前に来ていた。


その姿は、白目を剥き、まるで闘神のように筋肉が隆起し、体中から赤い魔力と白い蒸気を発していた。


「俺はどうなってもいい。だが、お前は意地でも止める…」

先ほどよりも早い拳が、レグルスを捉える。


「おのれぇ!!」

レグルスは、大鎌についている鎖分銅でガードをする。


「そんなもので…!」

だが、あまりに早い拳の威力に、鎖はまるで紙切れのように引きちぎれる。


「むぅ!(なんなんだ…この闘気は!?)」

次の瞬間、レグルスの顔面に、強烈なストレートが炸裂する。


「俺が止まるわけないだろう!!」


「ぐぉぉぉぉぉぉ!!」

レグルスは、そのまま道の方へ吹き飛ばされる。


「…まだだ、そんな程度で俺をやったと思うな!!」

レグルスは、満身創痍の体で、最後の魔法を唱える。


「引力魔法-天蓋磔罰・凶星てんがいたくばつ・きょうせい -!」

すると、巨大な岩のような球体が、レグルスの手から放たれる。

それは、大地の一部を吸い寄せ、近くの森ごと飲み込むほどの、絶大な引力だった。


「ぐぅぅぅぅぅ!!」

その引力に、ラジアンは抗う。


「どうだ!!俺に近づくこともできまい!!これが天才と凡人との差なんだよ!!」

レグルスは、勝利を確信した。

これは、自身が持ち得る中で最大級の魔法で、この魔法を使った戦いは、必ず勝ってきたからだ。

しかし…


「天才だの…凡人だの」

ラジアンは、その引力に抗いながら、驚異的な速度でレグルスに接近する。


「馬鹿な!あの引力に逆らうだと!?」

予想外の動きに、レグルスは咄嗟に大鎌を構えて迎撃する。


「お前は、そういうことを言う奴じゃないだろう!!!!!!」

だが、ラジアンは、おかまいなしに渾身の拳を振るう。


「ええい!黙れ!!」

レグルスは、大鎌でガードする。

大鎌がミシミシと音をたてる。


「パキン!!」

そして、ラジアンの拳が大鎌を真っ二つにへし折る。


「な…」

得物が破壊されたこと、そしてラジアンの予想外のパワーに、レグルスは目を丸くする。


「もらった!!!俺の魂の一撃…喰らいやがれ!!!」

ラジアンは、怒りと悲しみの入り混じった、鋭いアッパーをレグルスに放つ。


「ぐあっ(まったく…お前の根性には驚かされる…)」

アッパーを受けて、レグルスの体は宙を舞う。

その時、レグルスの脳裏に、アルタイルとラジアンとの思い出が走馬灯のように駆け巡る。


『まだだ!もう一本だ!』

何度負けても立ち上がってくるレグルス。


『レグルス。さすがだ…』

自分以上の才能を持っているアルタイル。


かつて、三人が友だった頃をふと思い出していた。


「ぐあっ…」

そして、そのまま崖下に落ちようとしていた。

だが、ラジアンの手が、レグルスの手を掴む。


「待てよ…俺はお前を止めに来ただけだ…死ぬなんて許さない」

ラジアンは、震える手で、レグルスの手を掴み、そう呟く。


「情けを…かけているつもりか…ふん。相変わらず貴様は甘いな…」

先ほどのアッパーで、脳にダメージを受けたレグルスは、拙い言葉で応える。


「違う!俺は今でもお前のことを友だと思っている…だから…」

ラジアンは、最後の力を振り絞り、レグルスを引っ張り上げようとする。


「…袂を分かった相手にそんなことを堂々と言えるとは。やはり貴様は馬鹿だな…だけどな、その感じ…俺は嫌いではなかったぞ」

そう呟くと、レグルスは、静かにラジアンの手を離す。


「!!」

ラジアンが、慌てて掴み直そうとするが、間に合わなかった。


「アルタイルのことを頼むぞ…ラジアン…わが友よ、さらばだ!」

そう叫ぶと、レグルスは谷底へと落ちて行った。


「…馬鹿はお前だ。最期の最後までかっこつけやがって」

その様子を茫然と眺め、ラジアンは、うっすらと涙を流す。

だが、それと同時に心臓が大きく脈動する。


「(うっ…血流魔法の反動か。これはもう動けないな。というか、出血もひどい…このままでは死ぬな…)」

ラジアンは、地面に倒れ込んだ。

それと、ほぼ同時だった。


「あ!ラジアン様だ!!」


「ひどい怪我をしている…!」


「…ラジアン、お主!!」

遠方から、ラジアンの部下と、ラウ老師が救援に駆けつけた。


「急いでガロのところに運ぶぞ!!」

ラウ老師と部下が、ラジアンの肩を担ぐ。


「ラ…ラウ老師…頼みが…」

そして、ラジアンは、震える声でラウ老師に話しかける。


こうして、レグルスとラジアンの戦いは、ラジアンが瀕死の重傷を負いながらも勝利を収め、幕を閉じた。

そして、龍心会とサシャ達の戦いは、いよいよ大詰めを迎えることになる。


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