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第110章:忠義の果てに

一方で、シュリツァより数キロ離れた山の上空。

そこには、ベガとアルタイル、そして、サシャの肉体に憑依したトルティヤが対峙していた。


「この辺ならばお互い思う存分戦えよう…さぁ、堕天使よ。どこからでもかかってくるがよい」

アルタイルが不敵な笑みを浮かべ、剣を構える。


「アルタイル様。奴から溢れる魔力量が尋常ではありません。どうか、お気をつけください…」

ベガが警戒を強める。

彼の瞳は、トルティヤの周囲に渦巻く禍々しい魔力を捉えていた。


「作戦会議は済んだか?ならば、こちらからいくとしようかのぉ!」

トルティヤが、愉快そうに口角を上げると、魔法を唱え始めた。


「無限魔法-土氷槍(どひょうそう)-!!」

すると、トルティヤの周囲に、土でできた無数の槍が出現する。

さらに、その槍の周囲には、鋭利な氷塊がグルグルと回っていた。


「喰らうのじゃ!!」

トルティヤの合図と同時に、土氷槍がアルタイルとベガに向かって、嵐のように飛んでいく。


「アルタイル様の出る幕ではない!!硝子魔法-千晶透球(せんじんとうきゅう)-」

それに対して、ベガが即座に魔法を唱える。

すると、アルタイルとベガの周りを、光り輝くガラスの球体が包み込んだ。


「ガキンガキンガキン!」

土氷槍は、次々とガラスの球体にぶつかり、弾かれていく。


「中々の強度じゃのぉ。ならば、これはどうじゃ!!」

その様子を見たトルティヤが、同時に二つ目の魔法を放つ。


「無限魔法-愚者の弾丸-!!」

今度は、無数の鉛でできた弾丸を二人に向けて放つ。


「そんな礫で私の硝子魔法が破られるとでも!!」

ベガは、自らの魔法に絶対の自信を持ち、さらに魔力を込める。

しかし…


「ジュワッ!!」

トルティヤが放った弾丸がガラスに当たると、ガラスが煙をあげて溶け始めた。


「なにっ!?」

ベガは、その光景に驚き、目を丸くする。


「この弾丸は酸を纏っておる。いくら強固なガラスであっても、酸には弱いことをワシは知っておる」

トルティヤは、勝ち誇ったように告げると、さらに弾丸、そして土の槍を放ち、攻撃の手を緩めない。


「くっ!小癪な!!」

ベガは、ガラスをさらに強化しようと試みる。

しかし、酸を纏った弾丸はガラスを容赦なく貫き、二人を襲う。


「ベガ、もういい!魔法を解け!このままでは奴の思うつぼだ!」

すると、アルタイルがベガに、冷静な声でそう命令する。


「…御意」

ベガは、アルタイルの言葉に従い、攻撃の合間を縫って魔法を解いた。

だが、それと同時だった。


「じゅっ!!」

ベガの羽根を、酸を纏った弾丸が掠める。


「ちっ…小癪な!」

ベガは、鋭い舌打ちをしながら、次々と飛んでくる弾丸と土の槍を回避していく。


「面倒な攻撃だ…」

アルタイルは、そう呟くと、魔法を唱える。


「空間魔法-虚空の聖域(ボイドサンクチュアリ)-」

次の瞬間、アルタイルとベガの周辺の空間が、歪むようにうなり始める。

そして、トルティヤが放った全ての攻撃は、空間の渦へと吸い込まれるように消えていった。


「むっ…(これ以上の攻撃は無意味じゃな)」

トルティヤは、アルタイルの魔法を見て、これ以上の攻撃は無意味だと判断し、攻撃をするのをやめた。


「今度はこちらの番だ…空間魔法-|虚空の抹消者(ボイドイレイザー)-!!」

そして、仕返しといわんばかりに、アルタイルが鋭い一撃を放つ。

黒い斬撃は、空間を斬るように真っすぐ飛び、トルティヤに向かってくる。


「その程度、どうということはないわい…」

だが、それをトルティヤはあっさりと空中で回避する。


「くっ…(私の空間魔法を纏った斬撃は真っすぐにしか飛ばない。広い場所…機動力がある相手では分が悪い…それならば)」

すると、アルタイルは、トルティヤの回避を予期していたかのように、勢いよくトルティヤの方に向けて飛んでいく。


「なっ!?アルタイル様!?」

その様子に、ベガは慌ててついていく。


「貴様、魔法は得意なようだが、近接戦闘はどうだ?」

アルタイルは、トルティヤの目の前に迫ると、剣を振りかぶり、攻撃しようと構えた。


「ほう。近接戦闘に切り替えてきおったか」

トルティヤは、それを冷静に捉える。

彼女は、アルタイルの意図を見抜いていた。


「無限魔法-堕天使の聖槍(だてんしのせいそう)-」

トルティヤが、静かに魔法を唱えると、彼女の右手に、黒曜石のような深淵の色と、太陽のような黄金色の輝きを放つ、禍々しい槍が出現した。


「ドラゴニア流剣術の極意…とくと味わうがよい」

アルタイルが、自らの剣技に絶対の自信を持ち、トルティヤに剣を振るう。


「大した自信じゃな」

トルティヤは、不敵な笑みを浮かべ、槍を構えて迎撃の姿勢を見せた。


「受けよ!ドラゴニア流剣術奥義・彼岸花!!」

アルタイルが素早い連撃をお見舞いする。


「ガキンガキンガキン!」

空中で剣と槍の応酬が繰り広げられる。

金属音と、魔力がぶつかり合う鈍い音が響き渡る。


「やりおるのぉ」

トルティヤの体から、血しぶきが舞う。


「堕天使もちゃんっと血を流すんだな。安心したぞ」

アルタイルも、体に傷を負い、血が流れる。

しかし、彼女の表情は、むしろ楽しんでいるかのようだった。

その時、トルティヤの背後に、ベガが回り込んだ。


「アルタイル様!助太刀いたします!」

ベガは、トルティヤの隙を突くように、メイスを思いっきり振り下ろそうとする。


「無駄じゃ!」

しかし、トルティヤはそれを槍の石突き部分でガードする。


「ガキィィン!!」

ベガが振るったメイスはトルティヤによって、止められる。


「それ、没収じゃ」

トルティヤはそのままベガのメイスに触れた。


「おのれ…」

攻撃を防がれたベガは、メイスを咄嗟に引くと、一度後方に下がる。


「さて、このままお互いに、体力がなくなるまで斬り合うつもりかのぉ?」

トルティヤが、挑発するようにアルタイルに問う。


「まさか…貴様と命運を共にするつもりはない…」

アルタイルは、そう言い放つと、次の瞬間、彼女の刃が紫色に光り輝いた。


「!!」

突然のことに、トルティヤは一瞬判断が遅れる。


「空間魔法-|零距離虚空斬ゼロキョリボイドスラッシュ-」

アルタイルは、近距離から空間魔法を放った。

それは、回避の余地を与えない、必殺の一撃だった。


「(これはかわせぬな…ならば…)」

トルティヤは、その速度に回避は不可能だと判断した。


「スパァァン!!」

トルティヤを、鋭い斬撃が襲う。


「この斬撃は空間そのものを断ち切る…いかなる防御も通じぬぞ?」

アルタイルは、トルティヤに止めを刺したと確信し、勝利を確信する。

しかし…


「何か勘違いしておるが、空間魔法を使えるのはお主だけではないのじゃ」

なんと、トルティヤの目の前で、斬撃が停止していた。


「む!!(空間魔法に空間魔法を放つだと!?)」

その光景に、アルタイルは驚きに目を丸くした。


「空間魔法…虚空の反射板(ボイドリフレクター)

トルティヤは、止まった斬撃を、まるで鏡のようにアルタイルへと跳ね返す。


「くっ。ちくしょう!!」

アルタイルは、咄嗟に回避しようとする。

だが、間に合わなかった。


「スパァァン!!」

鋭い斬撃が、アルタイルの胴体を襲った。


「うっ!!」

鋭い斬撃がアルタイルを襲い、血しぶきが宙を舞う。


「アルタイル様!!!!」

ベガは、自身の傷も顧みず、咄嗟にアルタイルの方へ飛んでいく。


「…心配するな。体を斬り裂く前に…魔法の発動を止めた…ぐふっ」

アルタイルは、激痛に顔を歪めながらも、自らの魔法の発動を打ち消すことに成功した。

だが、打ち消しが間に合わず、体を深く斬り裂かれていた。


「ほう。自分の攻撃を自身の魔力をもって相殺したか。器用な奴じゃ…」

トルティヤは、その様子を冷静に観察しながら呟く。


「じゃが、その傷は相当深かろう…これで終わりじゃ」

トルティヤは、勝利を確信したかのように、手元に強大な魔力を貯め始める。


「…アルタイル様。お逃げください。私が奴を引き付けて時間稼ぎをしますゆえ」

その様子を見て、ベガは迷うことなく判断を下す。


「さっきは油断しただけだ…私は…まだ戦える」

アルタイルは、必死に戦おうと立ち上がる。

しかし、胸からは止めどなく大量の出血をしていた。


「国王たる貴方が倒れてしまっては、せっかく為した、この国がまた元通りになってしまいます。龍心会と貴方はドラゴニア国民の希望であり、拠り所でもあるのです。…なので、どうかお逃げください。お願いいたします…」

ベガの言葉には、アルタイルを心から案じる、切なる願いが込められていた。


「ベガ…」

アルタイルは、ベガの真剣な眼差しを受け、一考する。

そして、意を決したように大きく頷いた。


「分かった…だが、無理はするな。死ぬんじゃないぞ…」

アルタイルは、ベガの肩に手を置き、力強くそう告げる。


「はい。ありがとうございます」

ベガは、その言葉に安堵したように、笑みを見せた。


「何をこそこそしているのじゃ…受けよ。無限魔法-真・堕天撃滅砲しん・だてんげきめつほう-!」

トルティヤの目の前に、全てを飲み込むかのような灰色の巨大な魔法陣が現れる。

そこから、全てを破壊せんとする威力を秘めた、一本の黒と白の螺旋状のレーザーが放たれた。


「今だ!!」

ベガは、手にした煙玉を炸裂させる。

ベガとアルタイルの周囲は、瞬く間に白い煙に包まれた。


「煙玉じゃと?だが、今さら何をしても無駄じゃ!!」

レーザーは、迷うことなく二人に向かって迫る。


「…空間魔法-虚空門(ボイドゲート)-」

煙の中、アルタイルは空間に穴を開けるとその中へと入る。


「(少しでも時間を稼ぐ!)硝子魔法-千晶透球(せんじんとうきゅう)- !」

再び、ベガとアルタイルがガラス状の球体に包まれる。

アルタイルはすでに空間の穴の中に入っていたが、ベガは自身の魔法でアルタイルが消えるまでの時間を稼ごうとしていた。


「…(死ぬなよ。ベガ)」

アルタイルは、空間の穴の中で、心の中でベガにそう呟くと、その入り口を閉じた。

それと同時だった。


「ガガガガガガガ!!!」

レーザーが、ガラス球に直撃する。

凄まじい轟音と衝撃が、山間に響き渡った。


「ぬぉぉぉぉぉぉぉ!!」

ベガは、ガラス球に全ての魔力を注ぎ込み、必死に耐える。


「ピシッ…ピシッ」

しかし、トルティヤが放った一撃はあまりにも強力で、ガラス球に無数のヒビが入っていく。


「…私はまだ…死ねぬのだ!!」

ベガは、声を振り絞り、自身の魔力を込めガラス球を補強しようとする。

しかし、現実は無情だった。


「バリーン!!」

ベガの奮闘も虚しく、ガラス球の一部が砕け散る。

そして、レーザーの一部がベガの胴体に直撃した。


「ぐわぁぁぁっ!!」

ベガは、全身を焼かれながら、そのまま山の中へと落下していく。


「…む?アルタイルの魔力がないのぉ」

その時、ようやくトルティヤは、アルタイルの魔力が消えていることに気が付く。


「まさか…逃げおったか!?まぁ、もう一人の奴を捕まえて聞き出するかのぉ」

トルティヤは、逃げたアルタイルを追うことを諦め、ベガが落下した地点へと急降下する。


「まだ…まだ死なぬ!!」

ベガは、全身の激痛に耐え、地面に叩きつけられる寸前で、翼をはばたかせ、落下を阻止した。

同時に、トルティヤが空から急降下してやってくる。


「お主。アルタイルはどこじゃ?居場所を吐けば見逃してやってもよいぞ?」

トルティヤは、ベガに冷たい視線を投げかける。


「堕天使風情が…言う訳ないだろう…」

ベガは、血まみれの体で、しかし力強く言い放つ。

彼は、先ほどのトルティヤの魔法に加え、アリアからの不意打ちで背中に爆傷を受けていた。

その傷は、命に関わるほどに深い。


「そうか。ならばもう少し痛い目に遭ってもらうとしようかのぉ」

トルティヤは、ベガの態度に苛立ちを覚え、魔法を唱える。


「無限魔法-羅刹の業炎(らせつのごうえん)-」

巨大な黒い炎が、全てを焼き尽くすかのように、ベガを襲う。


「ドラゴニアを…」

ベガは、炎を前にして、静かに、しかし思いっきり息を吸い込む。

そして。


「なめるな!!!」

同時に、口から紅蓮の業火を吐き出した。

それは、トルティヤが放った黒い炎を相殺し、周囲は爆風に包まれた。


「ちっ…」

爆風を浴びながら、トルティヤが苛立たしげに舌打ちをする。


「うおおおおおおお!!!!」

そんな中、ベガは、両目を血走らせながら、メイスを構え、トルティヤに突撃してくる。


「やぶれかぶれじゃのぉ」

だが、トルティヤはそれをものともせず、紙のようにひらひらと回避する。


「貴様に…アルタイル様の崇高なお考えが…分かるものかっ!!!」

それでも、ベガは渾身の力でメイスを振り回す。


「下らぬ。お主らの考えを理解するつもりはないわい。じゃが、何故、お主らはそこまで極天のランプに固執するのじゃ?」

トルティヤはベガに問う。


「アルタイル様は…この国を憂い、自ら行動しておられる…!」

彼の脳裏には、アルタイルと出会った日のことが蘇っていた。


-2年前 ドラゴニア王国軍 兵舎にて-

「聞いたか!アルタイルが軍を辞めたらしいぞ!」


「あのホープが…どうしてまた…」


「けど、最近様子が変だったって」


「なんか、龍心会?という組織を立ち上げたって聞いたぞ」

兵士の話題はアルタイルの退職のことでもちきりだった。


「アルタイル…ホープと呼ばれた精鋭が何故?」

当時、ベガはドラゴニア王国軍の歩兵部隊長に就いていた。

アルタイルが辞めたことも「些細な疑問」に過ぎなかった。


だが、街でたまたまアルタイルの演説を目撃した。


「我々は異種族からの搾取を阻止する!ドラゴニア王国は我らドラゴニアの祖国であり、誇り高き象徴だ!!」


「(なるほど…国を憂いたが故の行動であったか)」

ベガはその時、そう思っただけで、特に何も感じなかった。


それから3日後のことだった。


「サージャス公国に、ネイビス王女が?」

ベガは衝撃的な話を耳にする。

ベクティアル国王の長女であるネイビス王女が、サージャス公国のアイアンヴォルト家に嫁ぐというものだった。


「はい。国王が代わりにサージャス公国から技術提供を受けるという約束をしまして…」

兵士の一人が、心ここにあらずといった様子で呟く。


「…ネイビス王女」

ネイビス王女は、民想いの優しい王女として有名だった。

貧富の差や身分なども関係なく、誰隔てもなく接していた。

王子がいないベクティアル国王にとっても、宝のような存在であった。


それを、技術提供と引き換えという理由で一国の公爵家に嫁がせるものなのか?

ベガは、言葉にできない違和感を感じた。


「いやぁ、ネイビス王女も嫁ぎ先が決まってよかった」


「近々サージャス公国から技術者達がドラゴニアにやってくるってよ」


「ドラゴニアももっと発展していくのかな?」

一方で、国民の殆どは、おめでたいこととして、お祝いムードであった。

そして、婚姻は滞りなく行われ、サージャス公国からドラゴニア王国へ技術者達の派遣が行われていた。

しかし…


「そんな!困りますよ!!この間もツケたばっかりでしたよね?」


「うるせぇ!!ドラゴニア風情が生意気言ってるんじゃねぇよ!」


「俺たちが国を発展させてやるって言っているんだから、サービスしろよ」

飲食店では人間やドワーフ、オルカ族といった他種族の技術者達の無銭飲食が相次ぎ、街の治安は急速に悪化していった。

更に、それに乗じてか、技術者以外他国から不法に移民してくる者も現れた。

その結果…


「うっ…」

ドラゴニアの女性が暴行を受けたり…


「また盗まれた…!!」

店先では商品や素材が盗まれたりと、犯罪率が増加していった。

そして、その犯人は明らかに、サージャス公国からやってきた技術者や、それに乗じて流れてきた移民達であるとも断定できていた。


「総監殿!!サージャスの技術者や移民共を何故逮捕しないのですか!?」

ある日、ベガは、怒りに震えながら総監に直談判した。

だが、返ってきた答えは予想だにしないものだった。


「仕方ないではないか…国王様の意向だ。確かに彼らは問題を起こしているものの、確かに成果を残している。最新の建築技術を提供してもらったり、雷魔法を応用した技術の提供をしてもらっている。国の発展のために彼らが必要なのだ…」


「ですが、それでは被害に遭われた方々は、泣き寝入りするしかないということですか?」

ベガが総監に問う。


「…」

その問いに、総監は何も答えることができなかった。


「…分かりました」

ベガは、深い絶望を感じながら、そう呟くと総監室を後にした。

それから、更に半年後だった。


「ネイビス王女が亡くなったらしいぞ…」


「事故死だって話だな」


「せっかく新婚としてサージャスに行ったのに…おかわいそうに…」

サージャス公国へ嫁いだネイビス王女が亡くなったという知らせが入った。


「…事故死?そんなわけがない。奴らのことだ。何か裏があるに違いない」

ベガは、ネイビス王女の死に疑問を抱き、情報屋から情報を仕入れた。


「あぁ。ネイビス王女のことだね。彼女は表向き、アイアンヴォルト家に嫁いだという形だけど、実際は高貴な血筋を好む変態公爵の玩具として扱われていたらしいね。残念だけど、サージャス公国のアイアンヴォルト家は、そういう奴らの集まりなのさ。恐らく、国王はサージャス公国の口車に乗せられてしまった…といったところか」

情報屋も、悲し気な口調でそう告げた。


「なんてことだ…この国は…もう…」

その時、ベガの中にあった何かが、音を立てて崩れて行った。

彼が信じていた国、正義、秩序。

それら全てが、一瞬にして消え去った。


それから、数日後にベガは軍をやめた。

そして、ベガの姿は龍心会の本拠地がある洋館にあった。


「ようこそ龍心会へ。元歩兵部隊隊長のベガ殿…同志として貴殿を歓迎しよう。共にこの国の未来を変えていこうではないか」

アルタイルが、ベガを優しく見つめる。

その瞳には、ベガと同じ、国を憂う強い光が宿っていた。


「アルタイル様の目的に共感いたしました。このベガ、誠心誠意、アルタイル様にお仕えいたします」

こうして、ベガはアルタイルの親衛隊長となった。

アルタイルがしてきた表の活動も、裏の活動も、その側にはいつも彼がいた。


そして現在。


「アルタイル様の創る未来のため…ドラゴニアが虐げられる未来を回避するため…私は負けるわけにはいかぬのだ!!」

ベガは、そう叫ぶとバックステップで後ろに下がり、最後の力を振り絞って魔法を発動した。


「硝子魔法-九頭透龍(ステルスヒュドラ)-!!」

地面がうなると同時に、ベガの足元からガラスでできた巨大な蛇龍が現れる。

その首は九つあり、うねうねと不気味にうねっている。


「最期のあがきといったところかのぉ…」

その姿に、トルティヤはベガの残り魔力が少ないことを察した。


「ぽっと出の冒険者である貴様らには理解できまい!!だがな…!!」

そう叫ぶと、ベガは魔力を蛇龍に込める。


「弱り切ったドラゴニアが、他国と渡り合うために…極天のランプは必要なのだよ!!!」

次の瞬間、蛇龍の九つの口から、無数のガラス片が放たれる。

その数は、空を覆い尽くすほど多かった。


「ちっ…面倒じゃな。風魔法-風雲月露(ふううんげつろ)-」

トルティヤは舌打ちをすると、風魔法で周囲に強力なバリアを張る。


「ガキキキキン!!」

ガラス片は、次々と風のバリアの前に弾かれていく。


「防ぐか…だが、これは防げまい!!!」

ベガが、蛇龍に魔力を込めると、より一層巨大なガラス片がトルティヤを襲う。

その大きさは、まるで巨大な刀が空から降ってくるようだった。


「(これは受けられんのぉ)はっ!」

トルティヤは、この攻撃は防御が困難だと判断し、魔法を解き、回避に専念する。


「うぉぉぉぉぉぉぉ!!」

ベガが雄たけびをあげながら、蛇龍へ更に魔力を込める。


「ヒュンヒュンヒュン!!」

無数の巨大なガラス片が、トルティヤを襲った。


「ザシュッ!!」


「ふんっ…」

そのうちの一片が、トルティヤの肩と翼を切り裂いた。

その様子を見たベガは、これが最後のチャンスだと賭けに出た。


「これで…終わりだ!堕天使よ!!」

ベガは、最後の力を振り絞り、蛇龍の巨大な頭部を一斉にトルティヤへと叩きつけた。


「!!」

トルティヤは、回避しようと試みる。

だが、九つの頭は既にトルティヤの頭上に迫っていた。


「ズドーン!!」

そして、ガラスでできた巨大な頭部による叩きつけは、まるで土砂災害のような破壊力でトルティヤに襲い掛かった。


「…はぁ…はぁ…うっ…」

だが、ベガも魔力を使い切り、疲労困憊であった。

そして、地面に膝をついた、その時だった。


「無限魔法-真・茨の呪縛-」

背後から、冷徹な声が聞こえる。


「な!?」

次の瞬間、ベガの体に無数の茨がまとわりつく。


「くっ…動けぬ…」

ベガは、体を動かそうとするが、ピクリとも動かない。


「無駄じゃ。魔力のないお主ではこの拘束を解くことはできぬ」

ベガが背後を振り返ると、そこには、トルティヤの姿があった。


「何故?背後に…あの攻撃から逃れられるわけなど…」

ベガは、信じられないといった表情でトルティヤに問う。


「転送魔法-韋駄天の長靴-…お主と打ち合っている時、そのメイスにマーキングをしたのじゃ。そして、攻撃と同時にお主の背後へと回っておった」

トルティヤは、ベガの攻撃と同時に、転送魔法を用いてベガの背後へと移動していたのだった。


「なるほど…最後の最後でそんな技を使うとは…くそっ…」

ベガは、悔しさに顔を歪める。


「さて、もう一度問うとしよう。アルタイルはどこにいったのじゃ?それと、極天のランプはどこじゃ?」

トルティヤは、冷たい声でベガに問う。

だが、それに対してベガは薄ら笑いを浮かべる。


「愚かな…答える訳がなかろう」

ベガは、毅然とした態度で回答を拒否した。


「そうか。ならば、力ずくになるが…」

すると、トルティヤは、ベガの瞳をじっと見つめる。


「何をするつもりだ?」

ベガが、警戒しながら呟く。


「幻惑魔法-幻惑の瞳(イリュージョンアイズ)-」

次の瞬間、トルティヤが催眠効果のある魔法をベガの脳内に直接送り込む。


「ぐっ…(精神干渉系の魔法か!頭が…まさぐられる…支配される)」

強烈な違和感と嫌悪感に、ベガは悶える。

トルティヤの魔力が、彼の意識を徐々に侵食していく。


「…さて。まずは、極天のランプの在処から教えてもらうとしようかのぉ」

トルティヤが不敵な笑みを浮かべる。


「き、極天のランプは…」

目が虚ろになったベガが、極天のランプについて話そうとする。

しかし、かろうじで踏みとどまった。


『ベガ。いつも助かっている』

意識が侵食されていく中、彼の脳裏にアルタイルの姿が浮かぶ。


「ほれ、はよ言わんかい」

トルティヤが、苛立ちを見せる。


「極天の…極天のランプは…うぉぉぉぉぉぉ!!!」

その時、ベガは、全身の血を沸騰させるかのような強靭な精神力のみで、トルティヤの魔法に抗っていた。


「なんじゃと!?」

その光景にトルティヤは目を丸くする。


「堕天使よ!貴様如きに…!!このベガが屈すると…思うな!!!」

次の瞬間、ベガの瞳に再び強い光が宿る。

同時に、自身に絡みついていた茨を、強引に引きちぎった。


「精神力だけでワシの魔法を突破したじゃと!?」

トルティヤは、咄嗟に臨戦態勢に入る。

だが、メイスを力強く握りしめたベガの方が早かった。


「堕天使!!貴様も道連れだぁぁぁぁ!!!」

ベガは、最後の力を振り絞り、メイスをトルティヤの頭部めがけ振るう。


「無限魔法…」

トルティヤは、再度、同じ魔法でベガを拘束しようとした。

しかし、その必要はなくなった。


「…」

ベガが振るうメイスが、トルティヤの目前で止まったのだ。


「こやつ」

トルティヤが、ベガをじっと見つめる。


「ブシュッ…」

ベガは、表情を修羅のような憤怒の表情を見せていた。

だが、次の瞬間、体中の血管が切れたのか、随所から血を流し、血を噴き出し、立ったまま息絶えていた。

彼の体は、精神力によって、限界を超えて動いていたのだ。


「生物は精神力が時折、魔力や身体能力を上回ることがあるという研究結果もある。じゃが、その代償に命を燃やすことにもなると…まさか、そのようなことをしてくる奴が本当におったとはのぉ」

トルティヤは、呆れたような、しかしどこか感嘆したような表情を見せる。


「…この戦い、お主の粘り勝ちじゃ。全く、大した奴じゃ」

トルティヤは、ベガの亡骸にそう告げると、負け惜しみをいいつつ、空へと飛び去って行った。


こうして、ベガとトルティヤの戦いは、トルティヤが勝った。

しかし、状況的には「勝負に勝って試合に負けた」といった形になったのだった。


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