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第11章:事件の終わり

「ん…」

サシャがゆっくりと瞼を開くと、見慣れない白い天井が視界に飛び込んできた。

窓の外から差し込む朝の日差しが、カーテン越しにも眩しい。


「!!…トルティヤ!!?」

ハッと体を起こそうとしたサシャは、まだ体が思うように動かないことに気づき、焦燥感を覚えながらも精神世界へと意識を集中させた。


「…すやすや」

精神世界の床では、トルティヤが穏やかな寝息を立てながら横たわっていた。

その表情は安らかで、まるで全てを忘れて眠っているかのようだった。


「…よかった」

トルティヤの無事な姿を確認したサシャは、心底から安堵の息を漏らした。

張り詰めていた心が、ようやく緩んだのを感じた。


「起きたか」

ふと、優しい声がサシャの耳に届いた。

声の主は、ベッドの横に置かれた木製の椅子に腰掛けているリュウだった。

リュウの腹部には包帯が巻かれ、少し疲れた表情をしていたが、その瞳にはサシャへの深い安堵の色が宿っていた。


「リュウ…無事だったんだね」

リュウの無事を確認したサシャは、安堵のあまり、力が抜けるようにベッドに再び体を預けた。


「あぁ…」

リュウもまた、サシャの無事な姿をしっかりと見つめ、安堵の表情を浮かべた。

すると、その静かな空間を破るように、勢い良く病室の扉が開いた。


「よぉ!坊主達!」

そこに立っていたのは、いつものように元気いっぱいのアイアンホースだった。


「アイアンホースさん」

リュウとサシャは、アイアンホースの元気な姿を見て、心底から安堵の表情を浮かべた。


「その…俺は何日寝てたんですか?」

サシャは、ぼんやりとした頭で、アイアンホースに問いかけた。


「そうだな…三日といったところだな。相当消耗したんだな」

アイアンホースは、顎の下に生えた無精髭を指でゆっくりと撫でながら、まるで独り言のように呟いた。


「それにしてもだ。お前らがいなくなったあとは大変だったぜ」

アイアンホースは、サシャとリュウがトロッコに乗って廃鉱山の奥へと消えていった後の出来事を語り始めた。


『くっ…さすがにいてぇな』

アイアンホースは、全身に生じた複数の切り傷と刺し傷に顔を歪めながらも、残りのアンデッドを一掃し、よろめきながら廃鉱山の出口を目指していた。

体中が悲鳴を上げているようだったが、それでもサシャとリュウを助けなければならないという強い思いが、彼を突き動かしていた。

その一心で、彼は痛む足を庇いながら、腰のホルスターから愛用のピストルを抜き出し、前方に掲げた。


『…頼むぜ』

そして、廃鉱山の薄暗い坑道を抜け出し、外界の光を浴びたところで、彼は懐から取り出した魔力で作られた信号弾を空に向かって放った。

赤色の光が夜空に弧を描き、遠くまで届くようにと願いを込めた。


『くそ…意識が…』

しかし、その直後、激しい戦闘による傷と、立て続けの戦いの影響で、アイアンホースの意識は限界に達し、その場に力なく倒れてしまった。


『(せめて兵士が来るまで…)』

アイアンホースは、薄れゆく意識の中で、持ち前の強靭な精神力でなんとか意識を繋ぎ止めようと必死だった。


『あそこだ!』

それからしばらく時間が経ち、夜の静寂を破るように、複数の足音が近づいてきた。

それは、アイアンホースが放った信号弾を見つけた帝国軍の兵士達だった。

彼らは、信号弾の発射場所を頼りに、倒れているアイアンホースを発見したのだ。


「で、お前らを探索させて、助けたというわけだ…ま、俺もそのあとぶっ倒れてしまったけどな」

アイアンホースは、自嘲気味に笑いながら、その時の状況を説明した。


「なるほど…」

サシャは、アイアンホースの話を聞いて、ようやく全てを理解した。


「(あの怪我の中で動けるなんて、本当に化物だ…)」

リュウは、アイアンホースの屈強な肉体を見つめながら、内心で呟いた。


「して、シルヴァはどうした?」

アイアンホースは、話題を変えるようにサシャに尋ねた。


「それが…」

サシャは、アイアンホースとリュウに向かい、廃鉱山での出来事を語り始めた。

シルヴァを封印魔法で拘束していること。

自分はトルティヤという堕天使族の魔導師と肉体を共有しており、必要に応じてトルティヤが肉体を借りていること。

そして、その際に外見や使う魔法が変わったことなどを、順を追って説明した。


「なるほど。それで外見が変わったり色々な魔法を使えたりしたわけなんだな」

リュウは、最初は驚いた表情をしていたものの、サシャの話を聞くうちに、どこか納得したような表情を浮かべた。


「おめぇ…そんな力があったとはな!!もったいつけてくれるなぁ!この野郎!」

アイアンホースは、目を丸くして驚いた後、すぐにいつもの調子に戻り、ニコニコしながらサシャの肩を力強く叩いた。


「え?驚かないんですか?」

サシャは、アイアンホースのあっけらかんとした反応に、拍子抜けしたように問いかけた。


「ま、俺は仕事柄、色々な奴を見てきたからな。霊狐(れいこ)に憑りつかれて村を一つ破壊しかけた奴や、テオ連邦の秘境で金色に輝くドラゴンを見たこともある。他にも、魔具の影響で暴走した魔導師や、マクレンに住むオルカ族…まぁ、その他諸々だ」

アイアンホースは、遠い目をしながら、まるで昔話をするように呟いた。


「オルカ族?」

聞いたことのない種族の名前に、リュウが興味津々といった様子でアイアンホースに問いかけた。


「あぁ。マクレン諸島にいる種族だ。ま、簡単に言えば人間と鯱の半魚人ってところだな。頭がいい奴らだぞ?言葉も通じるし、中には高度な魔法を使う奴もいる」

アイアンホースは、リュウの質問に答えるように、オルカ族について簡単に説明した。


「という訳なので、トルティヤが起きたら封印を解除できると思いますが…」

サシャは、改めてアイアンホースに、今後の見通しについて説明した。


すると、まるでその言葉を待っていたかのように、病室のドアが開き、そこから複数の兵士と、黒いサングラスをかけた男が入ってきた。

兵士たちは皆、精悍な顔つきをしており、ただならぬ雰囲気を漂わせていた。


屈強な体躯を持つ男は、上質な黒いロングコートを身に纏い、サングラスの奥に隠されたその表情は、精悍そのものだった。

胸には数々の武功を称える勲章が輝き、そして、肩にはトリア帝国の象徴である獅子の紋章が刺繍された、鮮やかな赤いマントが目立っていた。

その堂々とした立ち姿は、一目で只者ではない、高い地位にある人物であることを物語っていた。


「療養中失礼する」

大柄な男は、サシャたちに向かって軽く頭を下げた。


「え?どなたです?」

リュウは、警戒の色を滲ませながら、隣に立つアイアンホースに小声で尋ねた。


「聞いて驚くな…彼は…」

アイアンホースが、その男の身分を明かそうとしたが、大柄な男はそれを制するように片手を上げた。


「いや、アイアンホース。俺が話す」

そう言うと、男は一歩前に進み出た。

その眼光は、サングラス越しにも鋭く感じられた。


「俺はヴァン・カン・カラス。トリア帝国の第ニ部隊の将軍を務めさせてもらっている」

ヴァンと名乗った男は、低い落ち着いた声で自己紹介した。


「アイアンホースから話を聞いている。まさかシルヴァが犯人だったとはな」

ヴァンは、少し沈んだ、どこか淋しげな口調で呟いた。


「そのシルヴァなんですが…」

サシャは、ヴァンの言葉を受け、封印魔法でシルヴァを拘束していることを説明した。


「なるほど…すまないが、その封印を今ここで解いてもらうことはできるか?」

ヴァンは、真剣な眼差しでサシャに問いかけた。


「え…」

サシャは、ヴァンの言葉に一瞬戸惑い、精神世界で眠っているトルティヤの姿を思い浮かべた。

相変わらずトルティヤは、穏やかな寝息を立てて深く眠っている。


「トルティヤ、トルティヤ!起きて!」

サシャは、精神世界でトルティヤの体を揺さぶり、必死に呼びかけた。


「…なんじゃ。ワシは眠いのじゃ」

トルティヤは、煩わしそうに眉をひそめ、サシャの手を払いのけた。

まだ眠っていたいという気持ちが全身から溢れ出ていた。


「シルヴァの封印を解いてくれないか?帝国の将軍がシルヴァに用があるらしくて…」

サシャは、事態の重要性を伝えようと、トルティヤに事情を説明した。


「ダメじゃ…ワシは…」

トルティヤは、再び眠りにつこうと体を丸めたが、その瞬間、あることに気がついた。


「(待つのじゃ。このままじゃ報酬が手に入らない可能性がある…それはまずいの)」

報酬という言葉が頭をよぎった途端、トルティヤはまるでバネ仕掛けのように勢い良く起き上がった。


「おぉ!」

サシャは、トルティヤの急な変化に目を丸くして驚いた。


「ほれ。代わるのじゃ」

トルティヤは急ぎサシャの肩を叩く。

そして、トルティヤに人格が入れ替わった。


「貴様か?…ワシに用があるとな」

トルティヤは、目を開けると同時に、目の前に立つヴァンに向かって、尊大な態度で淡々と呟いた。


「お前!将軍に向かって貴様とは何事だ!」

ヴァンの背後に控えていた兵士の一人が、トルティヤの無礼な態度に激昂し、怒声をあげた。

だが、ヴァンは静かに手を上げ、その兵士を制止した。


「構わぬ…して、封印魔法をシルヴァに使ったのはお前か?」

ヴァンは、表情を微塵も変えることなく、冷静な声でトルティヤに問いかけた。


「そうじゃ。して、早い話が封印を解けとな?」

トルティヤは、ヴァンの問いに短く答え、核心を突くように言った。


「ああ。シルヴァの身柄の確保。そして、彼の素性を改めて詳しく調べる必要がある」

ヴァンは、真剣な表情でトルティヤに話した。


「…ふむ。よかろう」

そう言うと、トルティヤは一度目を閉じ、何かを思案するように数秒間静止した。

そして、再びゆっくりと目を開けた。


「我が契約のもとに…封を解け」

低い声でそう呟くと、トルティヤの周囲の空間が僅かに歪む。

次の瞬間、亜空間から茨に全身を拘束されたシルヴァが、苦悶の表情を浮かべながら現れた。


「…ここは!?って、ヴァン将軍!?」

突然現れた見慣れない場所に戸惑い、周囲を見回したシルヴァは、目の前に立つヴァン将軍の姿を認めると、驚愕の表情を浮かべた。


「シルヴァ…貴様の悪事は全て知っている。洗いざらい吐いてもらうぞ」

ヴァンは、冷たい眼差しをシルヴァに向け、厳しい口調で言い放った。


「な、何を言って…俺はこいつらに襲撃されて…」

シルヴァは、状況を理解しようと必死に言葉を紡ぐが、その言葉は狼狽し、支離滅裂だった。


「この期に及んで嘘を吐くとは…どこまでも見苦しい男じゃ」

トルティヤは、シルヴァの言い訳を聞きながら、心底呆れた表情で小さく呟いた。


「全くだ…武人の風上にも置けない」

リュウも、シルヴァの醜態に嫌気がさしたように、呆れた口調で呟いた。


「嘘かどうかはこれから分かることだ…サクラ。頼む」

ヴァンがそう言うと、彼の背後から、鮮やかな桃色のマントを羽織った、美しい女性が進み出た。

彼女の長い黒髪は、歩くたびに優雅に揺れた。


「はい。将軍…お任せください」

サクラと呼ばれた女性は、静かに頷き、シルヴァの目の前まで歩み寄った。

その近づくにつれて、シルヴァの顔には焦りの色が濃くなっていく。


「まさか!?おい!!やめろ!」

シルヴァは、サクラの意図を察し、必死に抵抗しようとしたが、茨に拘束された体は思うように動かない。

サクラは、彼の叫びを無視して、ゆっくりとシルヴァの頭に手を当てがった。


「…記憶魔法-脳内潜水(ブレインダイビング)-」

そして、サクラは静かにそう呟くと、シルヴァの記憶の流れへと深く潜っていった。


-20年前-

薄暗い路地裏で、幼いシルヴァは一人うずくまっていた。

粗末な服は泥で汚れ、小さな体にはいくつもの痛々しい傷跡が見られた。

彼の怯えた瞳の前には、数人の裕福そうな子供たちが、勝ち誇ったような表情で立っており、

彼らの足元には、いくつか小石が転がっていた。


「くらえ!」

その中の一人が、意地の悪い笑みを浮かべながら、手に持った石をシルヴァに向かって投げつけた。


「お前のような貧乏人がなんで帝国の住人なんだよ!」

子供たちは、汚れたシルヴァを指さしながら、楽しそうに笑い、残酷な言葉を浴びせた。


「そうだそうだ!汚いからあっちへ行け!」

子供たちはさらに石を投げつけたり、小さな体を蹴りつけたりした。

シルヴァは、痛みに耐えながら、ただ小さく震えることしかできなかった。

彼の小さな体には、恐怖と悲しみが深く刻まれていた。


「やめてよ…お願い…なんでこんなこと…」

シルヴァは、大粒の涙を流しながら、掠れた声で懇願したが、

誰一人として止める者はいなかった。


-12年前-

古びた小さな部屋のベッドで、痩せ細った女性が辛そうに横になっている。

その顔色は悪く、息も絶え絶えだった。


「ごめんよ…シルヴァ」

シルヴァの母親は、弱々しい声で、息子の名前を呼んだ。

その声には、申し訳なさそうな痛ましい響きがあった。


「母さん…しっかりして…」

青年となったシルヴァは細い腕を強く握っていた。


「(くそっ…もっと金があれば…こんな病気…)」

彼の心には、貧しさへの強い憎しみが芽生え始めていた。


-10年前-

薄暗い裏路地で、シルヴァは怪しげな風貌の商人から、小さな瓶に入った液体を受け取っていた。

商人は、ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべている。


「これを飲めば24時間の間。魔力を完全に消すことができる」

商人は、囁くような声で、その薬の効果を説明した。


「ありがとう」

シルヴァは、商人に僅かな金貨を渡し、その薬を大切に懐にしまった。

そして、彼はそれを服薬し、トリア帝国軍の入団試験に臨んだ。


広い試験会場には、多くの希望に満ちた若者たちが集まっており、

皆、帝国の兵士になることを夢見て、真剣な眼差しで試験に挑んでいた。


「(軍に入ればお金が入る。それで母さんを…)」

シルヴァも、その熱気の中に身を置いていた。

しかし、彼の心には、他の若者たちとは異なる、ある秘密があった。


「(俺の魔法については絶対に秘密にしないと)」

彼の操る魔法は、禁忌とされることの多い屍魔法だった。

死者を操るその魔法は、多くの人々に忌み嫌われ、気味悪がられる。

もし彼が屍魔法使いだと知られれば、間違いなく試験に落とされるだろう。

そのために、魔力を消す薬を服用したのだった。


筆記試験は、幼い頃から必死に勉強してきた甲斐があり、問題なくクリアした。

そして、続く実技試験では、磨き上げてきた剣術の腕前を披露した。

彼の繰り出す剣技は、目にも留まらぬ速さで、力強く、そして美しかった。

幼い頃から道場に通い、鍛錬を積んできた成果が、見事に現れたのだ。


「あいつ魔法無使用者(ノンマジカリスト)なのにやるな…」

試験官たちも、彼の剣術の腕前に感心し、囁き合っていた。

そして、数日後、試験の結果が発表された。

シルヴァの名前は、合格者リストの中に確かにあった。


「やった…!」

彼は、喜びを噛み締めた。長年の努力が報われた瞬間だった。

しかし、同時に、心の奥底には拭いきれない不安が募っていた。

いつか、自分の隠している秘密が明るみに出てしまうのではないか。

そんな不安が、常に彼の心を覆い、重くのしかかっていた。


-9年前-

「え?母さんが!?」

遠方の地での任務に同行していたシルヴァのもとに、悲しい知らせが届いた。

それは、母が、長きにわたる闘病の末に、ついに息を引き取ったという訃報だった。


「母さん…嘘だ…」

知らせを聞いた瞬間、彼の心の中で何かが音を立てて崩れ落ちた。

これまで必死に堪えてきた感情のダムが決壊したように、深い悲しみと絶望が彼の全身を覆い尽くした。


「金があれば…力があれば…時間があれば… 」

後悔、悲しみ、そして社会への強い憎悪が、彼の心の中で渦巻いた。

もし、あの時もっとお金があれば、母は助かったかもしれない。

もし、もっと力があれば、こんな悲しい現実に抗えたかもしれない。

そんな思いが、彼の心を蝕んでいった。


-8年前-

「シルヴァ・ガンラーデ。貴殿をトリア帝国 東方警備部隊への配属を命ずる」

二年の見習い期間を終えたシルヴァに、ヴァンは配属先を告げた。


「謹んでお受けします(東方警備部隊だって?冗談じゃない!給料が安い上に町中を巡回するだけの暇な仕事じゃないか!)」

シルヴァは、表面上はヴァンに恭しく敬礼しながらも、

内心では配属先への強い不満と嫌悪感を抱いていた。


-7年前-

「シルヴァさんすごいっす!」


「剣術の腕前だけで軍に入団したって噂は本当なんですね!?」


「天才ですよ!」

東方警備部隊の宴席で、酔った兵士たちがシルヴァの話題で大いに盛り上がっていた。

彼らは、魔法を使えないシルヴァが、剣術だけで軍に入団したことを、

驚きと尊敬の念を持って語り合っていた。


「いやいや。運が良かっただけさ」

シルヴァは、周囲の兵士たちににこやかに笑いかけていた。

しかし、その笑顔の裏には、誰にも見せない歪んだ本性が隠されていた。


-5年前-

「シルヴァ。お前は優秀だ。その力を帝国のために役立ててくれよ」

白髪の壮年の男が、優しくシルヴァに語りかけた。


彼の名はルクス。東方警備部隊の前隊長であり、

厳しくも部下思いの人格者として有名であった。


「はい。お任せください。この命、帝国のために…(こいつのせいで好きに動けないな)」

シルヴァは、ルクスの言葉に力強く頷いた。

しかし、その内心では、ルクスを有能な指揮官であると認めつつも、

自分の野望の邪魔をする存在として、密かに排除することを考えていた。


-3年前-

「おい!ルクス隊長が、帰宅途中に何者かに襲われて瀕死らしいぞ」


「なんでも全身に切り傷があったんだとか」


「辻斬りか?」

東方警備部隊の兵士たちが、不安げな表情でざわざわと話をしていた。

彼らは、尊敬する隊長の突然の負傷に、大きな衝撃を受けていた。


「(俺がやったとことに気が付かないとは…帝国も案外マヌケなんだな)」

ルクスを人知れず襲い、瀕死の状態に追い込んだのは、他でもないシルヴァだった。

彼は、自分の犯行が誰にも気づかれていないことに、内心でほくそ笑んでいた。


その後、ルクスはその傷が原因で死亡し、シルヴァが隊長となった。


-2ヶ月前-

人気のない廃鉱山の奥で、シルヴァは顔を隠した謎の男と密会していた。

男は、上質な毛皮を手に取り、満足そうに頷いている。


「ほう。これは素晴らしい毛皮だ。シルヴァ君。君は優秀だな」

男は、シルヴァを褒め称えた。


「エンジェルタイガーの毛皮…見つけるの苦労しましたよ。ま、護衛も弱かったので簡単な仕事でしたが…」

男の表情は、フードの影で見えなかった。

しかし、その服装から、隣国であるレスタ王国の貴族だとサクラは推測した。


-現在-


サクラは、ゆっくりとシルヴァから手を離すと、彼に向かって冷たい視線を投げかけた。

その瞳には、彼の犯した罪に対する強い怒りが宿っていた。


「残念ながら…シルヴァさんが毛皮強盗の犯人で間違いないですね。前隊長のルクス隊長を暗殺した記憶もありました。それと、屍魔法を使った記憶もありました」


「勝手に人の過去を覗くんじゃねぇよ!アマァ!!てめぇのような奴に俺の気持ちがわかるか!」

シルヴァは、サクラの言葉に激昂し、顔を真っ赤にして叫んだ。

彼の目は、憎悪と怒りでギラギラと燃えていた。


「気持ち?貴様の気持ちなど知ったことではない。貴様は帝国を裏切り、多くの人々を傷つけた。その罪は決して許されるものではない」

ヴァンは、冷たい声で厳しく言い返した。彼の言葉には、一切の容赦も同情もなかった。


「うるさい!俺は何も悪いことなどしていない。悪いのは全部周りの奴らだ!」

それでもシルヴァは、最後まで自分の罪を認めようとはせず、責任を他者に転嫁しようとした。


「はぁ…お前というやつは…」

ヴァンは、シルヴァの身勝手な言い訳を聞き、呆れを通り越し、深くため息をついた。

そして、一呼吸置くと、彼は静かにシルヴァに告げた。


「事情がどうであれ、帝国を裏切り欺き、同胞を殺めた罪は重いだろう。コイツをキツく縛れ。処分は帝国裁判に委ねることにする」

ヴァンの命令に従い、兵士たちは茨に巻かれたシルヴァを、太い縄で厳重に拘束した。

そして、そのまま彼を連行するために動き出した。


「くそっ!覚えてろよ!いつか、ここにいる奴ら皆殺しにして、その首を門前に晒してやるからな!!!」

シルヴァは、連行される間も、最後まで悪態をつき、喚き散らしていた。

彼の叫び声は、虚しく廊下に響き渡った。


誰一人として彼に同情する者はいなかった。彼は自業自得だった。

過去の積み重ねてきた悪行が、今、自分自身に跳ね返ってきたのだ。


シルヴァは連行されていく間も、ずっと叫び続けていた。

しかし、その声は次第に小さくなっていった。

やがて、彼の姿は見えなくなり、声も聞こえなくなった。


「…これで解決だ。アイアンホース。そして少年達。協力に感謝する。それと、シルヴァが君らを傷つけたことを上司として謝罪する」

ヴァンは、サシャたちに向き直り、深々と頭を下げた。

彼は、サシャたちに心から感謝すると同時に、シルヴァの上司として、

彼の起こした数々の事件に対して、責任を感じていたのだ。


「よしてくださいよ!将軍は何も悪くない」

リュウは、慌ててヴァンを制止した。

彼は、ヴァンが頭を下げる必要など全くないと思っていた。


「…(この男、相当な人格者じゃな)」

トルティヤは、ヴァンの姿をじっと見つめていた。


「とにかくこれで一件落着だね」

サシャは、精神世界からトルティヤに向かって安堵の笑みを浮かべた。

全てが終わったことに、心底からホッとしている様子だった。


「ふん。ワシのおかげじゃ…と言いたいが、お主もよくやった。褒めてやろうぞ」

トルティヤは、照れ臭そうに顔を背けながら、サシャに小さく呟いた。


「では、我々はこれで…」

ヴァンは、兵士たちと共にサシャたちに一礼すると、静かに病室を出て行った。

入れ替わるように、医者がカルテを手に病室に入ってきた。


「まったく…相変わらず真面目な男だな」

アイアンホースは、出て行ったヴァンの背中を見ながら、感心したように小さく呟いた。

医者は、サシャの顔色や脈などを丁寧に確認し、満足そうに頷いた。


「ふむ…良好そうだな。これなら明日には退院できるだろう」

医者の言葉に、サシャは心底から安堵の表情を浮かべた。


「よかった…」

正直、少しでも早く退院したかったが、医者の言うことには素直に従っておくことにした。


そして、翌日。

サシャ達の姿は、見慣れた青い屋根の宿屋の一室にあった。

窓からは、心地よい陽光が差し込んでいる。


「よし!退院祝いじゃ!たーんと食べるぞ!」

トルティヤは、いつの間にかサシャと入れ替わっていた。

トルティヤの目の前には、湯気を立てる熱々の豚そばが、所狭しとたくさん並べられていた。


「えぇ…俺の分は…?」

精神世界でサシャが、目の前の光景に呆れながら、ボソリと呟いた。

自分の分がないことに、少し不満を感じていた。


「うるさい。ワシが一番の功労者じゃろ?だからワシが先に食べるのじゃ。お主は後じゃ」

トルティヤは、まるで当然のことを言うかのように、偉そうに言い放った。

その態度には、一切の遠慮もなかった。


「ま、ちがいねぇな!ガハハハ!!」

アイアンホースは、ジョッキに入った冷たいビールを豪快に飲み干しながら、腹の底から笑い飛ばした。


「…ふっ」

そんな賑やかなやり取りを見て、リュウは小さく微笑んだ。


「して、アイアンホースよ。最初に話した依頼金の件じゃが…分かっておろう?」

トルティヤは、熱々の豚そばを頬張りながら、もごもごと口を動かし、アイアンホースに念を押すように尋ねた。


「わかってるって。ほれ。お前らの分け前だ」

アイアンホースは、テーブルの上に二つのずっしりとした金貨の入った袋を置いた。


「一つはリュウ。もう一つはサシャとトルティヤにだ」

アイアンホースは、それぞれの袋を指さしながら呟いた。


「どれどれ…」

トルティヤとリュウは、興味津々といった様子で、

それぞれの金貨の入った袋の中身を確認し始めた。


「…ひー、ふー、み…え?たったの8万ゴールドじゃと!?」

トルティヤは、袋の中身を確認するなり、目を丸くして驚愕の声を上げた。

その金額の少なさに、納得がいかない様子だった。


「俺は5万ゴールドだ…」

リュウも、自分の分け前を確認し、少しばかり落胆した様子で呟いた。


「どういうことじゃ!思っていたより少ないではないか!」

トルティヤは、すぐにアイアンホースに詰め寄り、不満を露わにした。

彼女の頬は、まだ豚そばで膨らんだままだった。


「いやぁ、まぁ…そのだな」

アイアンホースは、バツが悪そうに頭を掻きながら、事情を説明し始めた。

彼いわく、今回の事件で店で壊されてしまったガラスやショーケースの弁償代として、依頼料が大幅に減額されてしまったとのことだった。


「だから、な!この通り!メシ代は奢るから勘弁してやってくれ!」

アイアンホースは、両手を合わせて頭を下げ、必死に謝罪した。


「むむむ…」

トルティヤは、納得がいかないといった表情で頬を膨らませたまま、腕組みをした。


「まぁまぁ…あと4万ゴールドくらい。別の依頼を探そう?ね?」

サシャは、精神世界からトルティヤを宥めるように声をかけた。


「むぅ…こうなったらやけ食いじゃ!」

トルティヤは、まだ不満そうな表情をしながらも、目の前の熱々の豚そばを勢いよく口にかき込んだ。

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