第107章:徴兵会場
二日後。
サシャたちは、演説が行われる集会場へと潜入していた。
そこは、軍の本部にある中庭だった。
兵舎と緑に囲まれたその場所は、かつてアルタイルが怒りのままに生えていた巨木を素手で殴り折ったという伝説が残る場所でもある。
「わ!すごい数!」
その圧倒的な数に、アリアは思わず目を丸くした。
サシャたちは、森の茂みに身を潜め、中庭の様子を窺っていた。
「これだけの数が徴兵されておるとは…アルタイルは本格的に軍備拡張に本腰を入れ始めたようじゃのぉ」
そこには、サシャたちに加えて、ラウ老師も加わっていた。
中庭には、既に徴兵で集まった数十人のドラゴニアが、綺麗に整列していた。
彼らの表情は様々だ。
「俺、嫌だよ。徴兵だなんて。体動かすの嫌いだし」
「覚悟はしていたが、こうも緊張するとはな」
「俺、やったる。出世してやる」
「国のために…か」
そこにいた人々は、意気込む者や、落胆する者、緊張に顔を強張らせる者など、様々な感情が渦巻いていた。
「…本当にアルタイルが来るのかな?」
精神世界の中から、サシャは不安げに疑問を口にした。
「来るといっておろう。少しは情報を信じぬか」
サシャと入れ替わったトルティヤが、苛立ちを滲ませる。
「ラジアンさんからの情報に賭けるしかあるまい…」
リュウは、ラジアンの情報を信じ、静かに構えを取っていた。
その時、集会場の方がざわつきを見せた。
兵舎の扉が開き、中庭にある壇上に向かって、ベガと二人の側近が姿を現した。
「あれ?アルタイルじゃない?」
精神世界から様子を見ていたサシャは、再び首を傾げる。
「まぁ、待つのじゃ…」
ラウ老師が、静かにサシャを制した。
「諸君!よく集まってくれた!我らドラゴニア王国を愛する者同士として心から歓迎しよう。では、徴兵後の流れについて説明をさせてもらう」
ベガは、威厳のある声で語り始め、徴兵後の流れについて黙々と説明をした。
「ふぁぁぁ…」
その時、整列した一人の男が、疲労からか大きなあくびをした。
それをベガは見逃さなかった。
「おい!そこの!貴様、やる気があるのか!?」
ベガは、鋭い口調で、あくびをした男を指さす。
「す、すみません!やる気がないわけでは…」
男は、慌てた口調で謝った。
「根性が足りてないようだな…!おい」
すると、ベガが側近の一人に指示を出した。
側近は、無表情のまま男に向かって歩き出す。
「貴様。ちょっと来い…」
側近は、男の腕を力任せに引っ張ると、兵舎の裏へと連行していった。
「では、話の続きだが…」
ベガは、何事もなかったかのように説明を続けた。
そうして、20分くらいが経過した頃だった。
先ほどの側近と男が、再び中庭に戻ってくる。
「…」
連行された男の表情は、先ほどよりも明らかに暗く、何かに怯えているようにも見えた。
「ベガ様【指導】が終わりました」
側近がベガに、そっと耳打ちをする。
「ご苦労…おい貴様。ドラゴニア王国軍の理念を言ってみろ」
ベガは、先ほどの男に低い声で尋ねる。
「は、はいっ!その1、滅私奉公の精神で王国に忠誠を誓いますっ!その2、国王であるアルタイル様に絶対の服従を誓いますっ!その3、規律を守り祖国を守るために努力を惜しみませんっ!アルタイル様万歳!アルタイル様万歳!アルタイル様万歳!!」
男は、狂気に満ちた笑みを浮かべながら、そう叫んだ。
しかし、その瞳は明らかに死んでいた。
「…なんてことだ。そんな理念は存在しないぞ…」
ラウ老師は、その異様な光景に、小さな声で呟いた。
「まるで洗脳だな…」
リュウは、その変わり果てた男の姿に、静かに呟いた。
「…以上だ。では、これからアルタイル国王よりお言葉を頂戴する。皆、拍手でお出迎えするのだ」
ベガが、張り上げるような大きな声で叫んだ。
すると、兵舎の扉が再び開き、ついにアルタイルが姿を現す。
「パチパチパチパチ!!」
アルタイルの登場に、徴兵者たちから一斉に割れんばかりの拍手が沸き起こる。
そして、アルタイルが壇上に立つと、口を開いた。
「親愛なる同志たちよ!今日、ここに集った貴様達は、ただの徴兵者ではない!我が祖国ドラゴニアの牙であり、爪であり、炎そのものだ。この国は、祖先達の血と汗と、数え切れぬ命の犠牲によって、築き上げられた神聖なるドラゴニアによるドラゴニアのための国である。だが今、その尊き遺産を踏み荒らす輩がいる。他種族共だ!やつらは甘言で近づき、金で土地を奪い、我らの文化を穢し、誇りを削り取ろうとしてきた。かつての愚王が敷いた愚策は、この侵略を招き寄せた。だが、その時代は終わった!私が王である限り、ドラゴニアの大地はドラゴニアの民以外に渡さぬ!兵士たちよ、戦場は決してお前たちを優しく迎えはしない。そこには慈悲も、同情も、交渉も存在しない。あるのは、斬るか斬られるか、焼くか焼かれるか、それだけだ。だからこそ、怯むな。ためらうな。敵を見つけたら、その心臓を貫け。家族を守るため、同志を守るため、そして何より、この国の未来を守るために!私は王である前に、一人の戦士だ。お前たちをただ送り出すだけの王ではない。私もまた剣を握り、最前線で血を浴びる覚悟でいる。私の背中を見ろ!私が倒れぬ限り、戦では負けぬ!我らが勝てば、子らは自由に笑い、民は胸を張ってこの国を誇れる日が来る。そのために、お前たちは選ばれた!ドラゴニアの炎たちよ!敵を焼き尽くし、この国の空を再び竜の咆哮で満たせ!祖国の名誉と未来は、今まさにお前たちの槍先にかかっているのだ!そして…」
アルタイルは、聴衆の心を掴むように、高らかな声で演説を始めた。
「では、予定通りに進めるぞ。アリアはここから援護射撃。リュウはベガを…ワシとサシャ…いや、トルティヤといったか。二人でアルタイルを抑え込む。できるな?」
ラウ老師は、作戦を最終確認するように、トルティヤに視線を向けた。
「当然じゃ。ワシを誰じゃと思っておる。あと、アルタイルを殺すんじゃないぞ。極天のランプの在処について教えてもらわねばならんからのぉ」
トルティヤは、不敵な笑みを浮かべ、当然と言わんばかりに呟いた。
「ふふふ…頼もしい限りじゃな。では始めるぞ」
ラウ老師が静かに作戦開始を告げた。
「粉塵魔法…-現夢酔狂- 」
トルティヤが中庭全体に向けて粉塵魔法を放つ。
「…ん?なんだこの粉は?」
「なんか急に眠たく…」
徴兵されたドラゴニアは次々と眠りにつく。
「今だ!」
アリアが一本の矢を放つ。
その先端には球体が括り付けられていた。
「(敵襲!!)アルタイル様!!失礼します!」
粉塵と矢の存在に気が付いたベガが、咄嗟にアルタイルを庇うように前に出た。
「キーン!!」
次の瞬間、床に刺さった球体が破裂し、けたたましい音と眩い閃光が、中庭全体に響き渡った。
「くっ!(閃光弾か!)」
アルタイルは、咄嗟に腕で目を覆うが、わずかに判断が遅れた。
その隙を、サシャたちは見逃さなかった。
「アルタイル!!弟子の不始末をつけにきたぞ」
トルティヤ、リュウ、ラウ老師は、閃光が収まる前に、二人の目前まで迫っていた。
「アルタイル様!お逃げください!」
ベガは、迷うことなくアルタイルを庇うように立ち、メイスを構える。
「問題ない!こちらも保険を用意している」
アルタイルがそう呟いたのと同時だった。
兵舎の扉が開き、中から一つの影が現れる。
「ラウ…やっぱりやってきたか」
そこに立っていたのは、ラウ老師にとっての因縁の相手、カーンだった。
「トルティヤ…アルタイルを頼む。ワシはカーンを抑える」
ラウ老師は、カーンを一瞥すると、トルティヤに静かに呟いた。
「うむ…」
トルティヤは、その言葉に頷く。
そして、剣を構えるアルタイルに向かって、迷うことなく走り出した。
「アルタイル様には指一本触れさせない」
だが、アルタイルの前に、ベガが立ちはだかる。
「邪魔をするでないわい!雷魔法-聖者の鉄槌-!」
トルティヤが、間髪入れずに雷魔法を唱える。
雷で形成された巨大な拳が、ベガをめがけて飛んでいく。
「硝子魔法-輝展透楼-!」
だがベガは、冷静に魔法を唱えた。
次の瞬間、ベガの周囲に、透明な硝子でできた光り輝く礫が、まるで衛星のように漂い始める。
そして、トルティヤの雷魔法を、礫の一つがまるで無かったかのように吸収していった。
「む…!」
トルティヤは、その予期せぬ魔法に眉をひそめた。
「俺の硝子魔法は攻防一体…硝子魔法-透鋭刃征-」
ベガがそう呟くと、先ほどの礫は、鋭いガラスの破片となり、トルティヤとリュウに向けて降り注いだ。
「うっとうしいのぉ」
トルティヤは、素早く回避していくが、ガラス片がいくつか体に突き刺さる。
「はぁっ!」
だが、リュウは、降り注ぐガラス片を刀で弾きながら、ひるむことなく前に出る。
「少しは骨があるようだが…無駄だ!」
ベガは、メイスを手に持ち、リュウの動きに合わせて前に出た。
「その脳天を、かち割ってくれる!!」
そして、リュウの目の前で、容赦なくメイスを振り上げる。
「受ける」
リュウは、間一髪で防御の態勢に入る。
「ガキィィン!!」
メイスの先端が、リュウの刀に激しくぶつかり合う。
「ぐっ(なんて力だ…!)」
リュウは、歯を食いしばりながら、メイスの一撃を抑える。
だが、ベガの予想以上の力に、冷や汗が背中を伝った。
「どうした?余裕がなさそうだが?」
ベガは、にやりと笑い、そのままメイスを再び振り上げる。
そして、今度はリュウの側頭部に向けて、鋭く放った。
「…!」
リュウは、寸前のところで回避する。
しかし、メイスの先端が、彼の額を浅く裂いた。
「くそっ…」
額が切れ、温かい血がひと筋、頬を伝う。
「こいつ中々やりおるのぉ…」
トルティヤは、ベガに鋭い視線を向ける。
「あぁ…手ごわいな」
リュウは、服の一部を破り、額に巻いた。
簡単な止血処置だった。
「おい。私に用があるのだろう?」
その時、ベガの隣にいたアルタイルが、静かにトルティヤに問いかけた。
「アルタイル様!」
ベガは、アルタイルが前に出ようとしたことに慌て、再び前に出る。
「そうじゃ。お主が持っているであろう極天のランプ。在処はどこじゃ?」
トルティヤは、アルタイルの目をまっすぐに見据え、尋ねた。
「ユーとリンチーが言っていた冒険者は貴様らか。何故、貴様らのような普通の冒険者が極天のランプを欲している?」
アルタイルは、トルティヤの問いには答えず、逆に尋ねた。
「ふん。お主に語る義理はないのぉ…」
トルティヤは、不遜な態度で呟く。
「そうか。それが貴様の答えというわけでな。だが、極天のランプの在処は国家の最重要機密事項…簡単には教えぬ」
アルタイルは、微動だにせず、毅然とした態度でそう答えた。
「そうか、ならばお主を捕まえて力づくで聞き出すとするかのぉ」
トルティヤは、ニヤリと不敵な笑みを見せる。
「やれるものならやってみるといい…」
すると、アルタイルは静かに剣を構える。
一瞬の間が開き、中庭に不穏な風が吹いた。
そして…
「無限魔法-白き大嵐- 」
先に魔法を唱えたのはトルティヤだった。
トルティヤが魔法を唱えると、雷を纏った白い大嵐が、アルタイルとベガを襲う。
「(範囲が広い!!私の魔法で防ぐ!)」
ベガが、慌てて魔法を唱えようとする。
だが、アルタイルがその前に出た。
「ほう。見たことのない魔法だな…だが…」
そして、アルタイルは魔法を唱えた。
「空間魔法-虚空の聖域-」
アルタイルが魔法名を唱えた次の瞬間、彼女の周囲の空間が、グニャグニャと音もなく捻じ曲がり始めた。
そして、その空間に触れた大嵐は、勢いを失い、まるで最初から存在しなかったかのように消滅する。
「ほう…それがお主の空間魔法か。中々、いいものを持っておるのぉ」
トルティヤは、驚きと感心をない交ぜにした表情で呟いた。
「ふん…貴様の魔法は見たことがない。だが、所詮は魔法。私の空間魔法の前には無力だ」
アルタイルが、静かに呟く。
「アルタイル様の邪魔はさせぬ。そして、狼藉者はここで死んでもらう」
ベガが、余裕の表情を見せ、そう呟いた時だった。
「ヒュンヒュン!!」
森の中から、三本の矢がアルタイルめがけて飛んでくる。
「む…!」
アルタイルが矢の気配を察知し、咄嗟に振り向く。
「アルタイル様!」
ベガが、アルタイルを庇うように、咄嗟に身を挺した。
「ザシュ!!」
矢は、ベガの背中と肩に深々と突き刺さる。
「ドーン!!」
それと同時、次の瞬間、小規模な爆発が起きる。
「ぐぉぉぉ!!」
その爆発に、ベガが苦悶の声を上げた。
「ベガ…お前(爆発矢か…!)」
アルタイルが、ベガの無謀な行動に、悔しそうな表情を浮かべる。
「(よくやった小娘)」
トルティヤがちらっと森の方に視線を向けた。
「よし!当たったよぉ!」
アリアは攻撃の直撃に大きく頷く。
「見つけた!大した腕前だことで…」
だが、その背後から誰かが声をかける。
「え?嘘?」
アリアはその姿を見て目を丸くした。
「ベガ…無理をするな」
一方で、アルタイルは傷を負ったベガの心配をしていた。
「いいえ。身を挺してよかった。アルタイル様のためならば、このベガ。喜んで盾となりましょう」
ベガは、背中と肩に爆発で受けた傷、そして火傷を負っていた。
だが、その瞳から戦意は失われていなかった。
「(今しかない!)荒覇吐流奥義・剛鬼!!」
リュウが、その隙を見逃さず、必殺の一撃をお見舞いすべく、ベガへと踏み込んだ。
「待つのじゃ!小僧!」
トルティヤが、その無謀さに思わず叫ぶ。
「愚かな…空間魔法-虚空斬-」
アルタイルは、リュウを目掛けて、冷徹な一言と共に、斬撃を放つ。
「!!」
リュウは、それを受け止めようと構える。
だが、その前にトルティヤが叫んだ。
「受けるな!死ぬぞ!」
「はあっ!」
その言葉を受け、リュウは、斬撃が襲いかかると同時に空中にジャンプし、辛うじて斬撃を回避した。
「スパァァァン!」
斬撃は、そのまま後ろの兵舎の屋根に直撃し、屋根の一部をまるでバターのように真っすぐ切り裂いた。
「なんて威力だ…」
リュウが、その絶大な威力に目を丸くしていると、目の前にメイスを振り上げたベガがいた。
「まずは一人…」
ベガは、着地で体勢が悪いリュウに向けて、容赦なくメイスを振るった。
「しまっ!」
リュウが、刀でガードをしようとするが、間に合わない。
「ゴキッ!!」
メイスが、リュウの脇腹を捉えた。
辺りに骨が軋むような、鈍い音が響く。
「ぐぶっ…」
リュウは、口から血を吐き出し、そのまま豪快に宙に放り投げられ、地面に叩きつけられた。
「く…くそっ…」
リュウは、立ち上がろうとするが、骨が折れているのか、痛みで体が震えていた。
「視野が狭い小僧だ…まずは貴様から殺す」
次の瞬間、アルタイルは、倒れているリュウの元へと瞬時に移動する。
そして、無慈悲に剣をリュウに突き刺そうとした。
「リュウ!!」
精神世界にいるサシャが、絶叫する。
「くそっ!糸魔法-信奉者の聖域-」
トルティヤが、叫びながら魔法を唱える。
それと同時、リュウの周りを、白い繭が素早く覆った。
「ちっ…」
アルタイルは、リュウへの攻撃を諦め、ベガの横に戻った。
「さて…あとは貴様ひとりだ?どうする?」
ベガが、不敵な笑みを浮かべ、トルティヤに尋ねる。
「ふん…お主ら如きワシの敵ではないわい」
トルティヤは、その言葉に怯むことなく、不敵な笑みを浮かべる。
「仲間は既に瀕死。あとは貴様だけだな」
アルタイルは、静かに、しかし冷たい声で、トルティヤに剣を向けた。




