第100章:星空の下で
食事が終わった後、サシャたちは暖炉の火が温かく燃えるリビングでくつろいでいた。
全員の胃袋は満たされ、心地よい満腹感が体を包んでいた。
「ふえぇ…お腹いっぱいだよぉ」
アリアはエフィメラ族のもてなしに満腹の様子だった。
その小さな腹を両手でさすっている。
「キュイ…」
その横でアルブが丸くなっている。
「アリアさん、たくさん食べたね」
ミラがその様子を微笑ましく見つめる。
「そういえば、皆さまはどうして冒険を?」
ヨミが穏やかな声でサシャに尋ねた。
「僕は魔具を集めているんです。リュウは強くなるため。アリアは一族の儀式の途中…目的はバラバラですが、共に旅をしているんです」
サシャはヨミに、彼らの旅の目的を簡潔に説明した。
「ふっ…」
リュウはその言葉を聞いて口角をあげる。
「魔具…ですか。一体どんなものなんですか?」
デュアが興味深そうにサシャの話の詳細を尋ねる。
「魔具というのは、魔力を媒介にして作られた古代の遺物のことです」
サシャはデュアに魔具について簡単に説明する。
「なるほど…それを集めると何かあるんですか?それとも高く売れるとか?」
「確かに高値で買い取ってくれるコレクターや骨董商はいます。ですが、僕は行方不明になった叔父の手がかりを探すために魔具を集めているんです」
サシャが魔具を集めている理由をヨミに話す。
「…べらべらと話おって。まったく…」
その様子をトルティヤは半ばあきれた様子で見ていた。
「なるほど。世界は広いですね」
サシャの話を聞き終わるとヨミは満足したように頷いた。
「エフィメラ族は街に出たりしないんですか?」
サシャが気になっていたことを、ヨミに尋ねた。
「以前もお話したと思いますが、我々は先祖代々の掟によって、事情がない限り人間の前に姿を現してはならないのです。我々の血や羽根が狙われやすいというのもありますが、私たちは森の民であり、森を守るのが使命なので…簡単に森を離れる訳にはいかないのです」
ヨミは、静かにエフィメラ族の掟と使命について語った。
その言葉には、長い歴史と種族の誇りが込められていた。
「森を守る…ですか…」
ヨミの言葉の重みに、サシャの表情に真剣な色が宿った。
「皆さまが旅に目的があるように、我々の種族にも目的があるのです。それを遂行するために掟は守らねばならないのです。なので、人間との接触はよほどのことがない限りしないようにしてますし、里を定期的に移住して居場所を突き止められないようにもしているのです」
ヨミがエフィメラ族の生活様式と、その背後にある理由を詳しく説明した。
「なるほど…だから、里の場所を変えていたのか…」
リュウがヨミの説明に納得するように頷く。
「なるほど…勉強になります」
こうして、サシャ達はデュアからエフィメラ族について色々と話を聞きながら夜を明かした。
その頃、アリアはアルブとミラと一緒に、里の広場に置かれた木製の椅子に並んで座り、満天の星空を眺めていた。
空には吸い込まれるような無数の星々が、まるで宝石のように瞬いていた。
「わー!星が綺麗だよぉ!」
アリアは純粋な感動の声を上げた。
「キュイッ」
アルブもアリアの膝の上に抱えられ空を見上げる。
「あれは『ムラサキヤギ座』。それと、『ダンカンサソリ座』だね!」
ミラは空に煌めく星座を指さして名を告げた。
彼女の横顔は、星明かりに照らされ、どこか儚げに見えた。
「ミラは星座に詳しいんだね!」
アリアが感心したように話しかける。
「私のお父さんとお母さんが星座について色々と教えてくれたんだ…二人とも死んじゃったけどね」
そう話すミラの表情は影が差し、声のトーンもわずかに沈んだ。
彼女の瞳は遠くを見つめ、どこか悲しげだった。
「そうなんだ…」
アリアの笑顔が曇る。
「お父さんとお母さんだけじゃない…エフィメラ族は皆、若いまま死んでいく。なんでだろうね?私もいつか…死んじゃうのかな?」
ミラの目から、大粒の涙が流れ落ちた。
その声は震え、膝の上で組んだ手が固く握りしめられていた。
「ミラ…大丈夫だよ」
アリアはそう優しく語りかけると、ミラの頭をそっと撫でた。
「アリア…さん?」
ミラは顔を上げ、涙に濡れた瞳でアリアを見つめた。
「アリアでいいよぉ!!僕たち友達なんだから!」
アリアはミラに屈託のない笑顔でそう語りかけた。
「…アリア」
ミラは手で涙をぬぐうと、改めてアリアの名を呟いた。
それを見たアリアは、ミラの言葉に力強く頷いた。
「確かに死ぬのは怖いよ。僕だって怖い。だけど、生物って必ず死ぬ。だから、大事なのは死ぬことを恐れるよりも今を必死に生きることだってオババ様が言っていた!!」
アリアは自身の祖母から教えられた言葉をミラに伝えた。
「今を必死に…生きる?」
ミラはアリアの言葉を反芻するように口にした。
「うん!だから、僕ともっとお話ししようよ!!話せるってことは生きているってことなんだから!」
アリアはミラにそう語りかける。
「キュイッ!!」
すると、アルブがミラの膝に乗っかる。
「わっ!!」
ミラが驚く。
「アルブがもっとミラの話が聞きたいって!」
アリアが笑みを浮かべてそう語る。
「…うん!分かった。じゃあ…」
ミラの表情に笑みが戻る。
こうして、アリアとミラは星空の下、夜遅くまで語り明かした。
二人の笑い声が、静かな里の夜に響き渡った。
エフィメラ族の里に灯った灯りは、夜空の下、夜遅くまで暖かく灯っていたのであった。
そして、翌日。
サシャ達の姿はエフィメラ族の里の入口にあった。
朝日に照らされた里は、穏やかな空気に包まれている。
「お世話になりました!」
サシャとリュウはヨミとミラに頭を下げる。
「いえいえ。外の世界のお話を聞けて楽しかったですよ!皆さまならいつでも歓迎です。里の場所がどうなるかはお伝え出来ませんが、また里を見かけたら是非、お立ちよりください」
ヨミは、サシャたちの言葉に柔らかな笑みを浮かべ、両手を胸の前で重ねるようにして丁寧に感謝の意を表した。
「昨夜は楽しかったね!」
アリアがミラに視線を向け、満面の笑顔で話しかける。
「うん!また今度お話ししよう!約束ね!」
ミラがニコニコしながら応じた。
彼女はアリアの小さな手を握り、指切りげんまんをする仕草を見せた。
「キュイッ!」
アルブも小さな手を出す。
「アルブも元気でね!」
ミラがアルブの小さな手を握る。
「それと、昨日もお話ししましたが、ドラゴニア王国は龍心会という組織に乗っ取られました…エフィメラ族の里がバレたら、お金の取り立てにやってくるかもしれません。どうか、気を付けて」
サシャがヨミに念を押すように忠告した。
「情報ありがとうございます。我々は外の情報を得る手段が殆どないので助かります…」
ヨミはサシャの言葉に深く頷く。
「では、僕たちはこれで!!」
サシャ達はヨミとミラに手を振った。
「皆さん!またね!!」
ミラも手を大きく振り返す。
彼女の瞳は、別れを惜しむように揺れていた。
こうして、サシャ達はエフィメラ族の里を後にし、一度カベルタウンに戻ることにした。
一方、議事堂内にある龍心会本部。
長い廊下を、リンチーと腹部に包帯を巻いたユーが歩いていた。
廊下には静寂が満ち、彼らの足音だけが響く。
「ユー、アルタイル姉ちゃんに報告しないと…」
「そうだね。怒られちゃうかもしれないけど仕方ないよね」
二人は沈んだ声で言葉を交わした。
こうして、二人がアルタイルがいる執務室の前にさしかかった時だった。
「お前ら、戻ったか」
扉の前に三人の護衛が立っており、そのうちの一人である、ベガが二人の方を振り向いた。
「うん。戻った」
「お腹痛い」
ユーとリンチーは無表情でベガに報告する。
「ユー、お前その傷どうしたんだ?」
ベガがユーの腹部に巻かれた包帯に視線を向け、眉をひそめて尋ねる。
「遺跡でへんてこりんな冒険者にやられた」
ユーは淡々と答えた。
その瞳には、敗北への悔しさよりも、相手への不快感が宿っていた。
「そうそう。へんてこりんな冒険者が三人…僕らに喧嘩売ってきた」
リンチーが遺跡内で起きたことを説明する。
彼の声には、不満げな響きがあった。
「なんと…冒険者らと、はちあったと…」
ベガが驚きの表情を見せる。
「奴ら、財宝を奪って行ったよ」
リンチーはサシャ達が財宝を持って行ったことを話す。
「アタイ達、止めようとしたけど、奴ら結構強かった」
ユーが腹部の傷を見ながら呟く。
「なるほど…どんな奴らだったか分かるか?」
ベガがユーとリンチーにサシャ達について尋ねる。
「一人は双剣を使った緑のマントの冒険者、それと、紫色の肩当を付けた剣士、あと変なポンチョを付けた弓使いの女…だった」
リンチーがサシャ達の特徴を詳細に説明する。
「なるほど…了解した。該当する冒険者達を見つけたら幹部に伝えるように全体に周知する。まずは、お前らはゆっくり休め」
ベガが二人の肩に手を置き、労わるように声をかけた。
「それはいいんんだけどさ」
「アルタイル姉ちゃんにも報告しなきゃだから」
「「そこ、どいてくれる?」」
ユーとリンチーがベガに問いかける。
「アルタイル様は今お休み中だ。悪いが、時間を改めて来てくれないか?」
ベガが申し訳なさそうな表情で答えた。
「えー。めんどくさい…」
リンチーは不満げに口を尖らせた。
「リンチー、仕方ないよ。アルタイル姉ちゃんも頑張っているんだよ」
ユーがリンチーを諭す。
「…分かった。じゃあ、また後で来る」
ユーとリンチーはそう言いながら、肩を落とし、廊下の奥へと消えて行った。
「(戦闘術に長けたユーが負傷するとはな…にしても一体どんな冒険者が…)」
ベガは去り行く二人の背中をじっと見つめていた。
彼の表情には、報告された情報に対する深い思案の色が浮かんでいた。
一方、その頃。
アルタイルは議長室にあるソファに横になり眠っていた。
革命が終わってから彼女は眠ることなく動き続けていたため、わずかな休息を得ることにしたのだ。
部屋の静かに揺れるランプの光が、彼女の寝顔を優しく照らしている。
「…」
アルタイルは、その微睡みの中で夢を見ていた。
2年前 ドラゴニア王国 北西の街 モサンパーク。
アルタイル、レグルス、ラジアンは兵士を率いて一軒の町はずれにある洋館に来ていた。
洋館は古びており、周囲の景色とは不釣り合いなほど陰鬱な雰囲気を漂わせている。
「ここが例のアジトだな…」
アルタイルはじっと洋館を見つめる。
「あぁ、間違いない。脱出に成功した人から証言を得ている」
レグルスが冷静な声で応じる。
彼の視線は、洋館の窓に張り巡らされた鉄格子に注がれている。
「一見すると、骨とう品を扱う貿易商のようだが…」
レグルスの視線の先には看板があり、そこには「ウドウ骨董店」と古びた文字で刻まれていた。
「だが、ここの店主が人身売買をしているという情報は確かだ」
レグルスはじっと洋館を見つめる。
「あぁ、奴らのアジトを捜査し、場合によっては逮捕する。この通り、令状も出ているしな」
アルタイルは懐から捜査状と逮捕令状を取り出し、ひらりと見せた。
その紙には、王国の紋章が厳かに記されている。
「では、総員、突撃準備!」
ベガが力強く号令を下す。
兵士たちは一斉に構え、洋館の扉へと向かった。
そして、一同が洋館内へ足を踏み入れる。
「ドンッ!!」
扉が乱雑に開かれる。
「な、なんだ!?」
中にいた店主らしきドワーフ族の男と数人の客は、突然の侵入に目を丸くして驚いた。
「ドラゴニア王国軍だ!全員今すぐ床に座り両手をあげろ!」
アルタイルが堂々とした声で言い放った。
その声は、部屋中に響き渡り、人々の動揺をさらに煽った。
「ひ、ひぃ…」
店主と数人の客は、震える手で言われたとおりに床に座り、両手を上げた。
「店主よ。すまないが店の中を捜査させてもらう。あと、我々と一緒に来てもらうぞ」
レグルスが店主の前に立ち、静かに言い放つ。
「ま、待って!俺は雇われているだけだ。オーナーは違う人が…」
店主が慌てたような口調で声を絞り出した。
「オーナーだと?どこにいる?」
レグルスが店主に鋭い視線を向ける。
「い、言えません!言ったら殺されてしまいます…」
店主が涙ぐんで言葉を詰まらせる。
それを見かねたレグルスは、ためらうことなく店主の胸倉を掴み上げた。
「おい。言うんだ。さもなくば俺が今ここで殺す」
レグルスは店主に強烈な圧をぶつける。
彼の声は低く、殺意すら感じさせるほどだった。
「ひぃ…言います!言います!だから助けて!」
店主は命乞いをすると、震える指で店の奥にある、巨大な虎型モンスターのはく製を指さす。
「そのはく製の…向きを逆にしてください…」
店主がそう声を絞り出す。
「…俺がやる」
ラジアンが迷いなくはく製に近づき、力強く回転させる。
そして、はく製の向きを逆にすると、「カチッ」と微かな機械音が室内に響いた。
「何も起きないぞ?」
レグルスが店主を睨みつける。
「ひ…そ、そして、あそこにある本棚を…横にスライドしてください!!」
店主が再び必死の形相で指さす方には、古びた本がぎっしりと並んだ本棚があった。
「今度はこっちか…」
ラジアンが声を漏らし、本棚に手をかけた。
そして、彼は重い本棚を横にスライドさせた。
「ゴゴゴゴ…」
鈍い音を立てて本棚が動き、その奥から、暗く湿った地下へと続く隠し通路が現れた。
「そ、その先でオーナーと会員達が…色々とやっています!」
店主が震える声で説明をする。
「色々とはなんだ?」
レグルスが店主に詰め寄る。
「俺もよく分からんのです!本当です!!」
店主が必死に訴える。
その顔は、真剣そのものだった。
「どうやら嘘は言っていないようだな…」
それを見て、レグルスは男から手を離した。
「…行ってみよう。どのみち捜査をする必要があるんだ」
そう言うとアルタイルは、躊躇うことなく先に地下へと続く階段へ足を踏み入れた。
「…お前たちはここの確保と店内の捜索をしろ。ラジアン、行くぞ」
レグルスは残った部下数人に素早く命じた。
「へ、言われなくても」
ラジアンは不敵な笑みを浮かべ、レグルスに続いた。
そして、レグルスとラジアンは、部下数人と共に地下へと続く階段を降りていく。
階段内は湿った空気が彼らを包み込んだ。
やがて一本の廊下に出る。そこは、地下にもかかわらず奇妙なほどに広い空間だった。
「これはひどいな…」
アルタイルは目を疑った。
廊下の両側には、鉄格子でできた複数の牢が並び、その中に数人のドラゴニア族の女性が囚われていた。
「…人身売買の話は本当だったようだな」
ラジアンがその光景に声を震わせた。
「お前達、この子らを解放しろ」
アルタイルは、ついてきた部下に力強く命じる。
「…ん?あの扉はなんだ?」
するとレグルスが、廊下の隅にある巨大な鉄製の扉に目を向けた。
「行ってみるぞ」
そう語ると、アルタイルは迷うことなく扉の方へ歩みを進めた。
その足取りは迷いがない。
「!!(血の匂い…一体この先で何が)」
すると、アルタイルは扉の向こうから漂う微かな血の匂いに気が付いた。
彼女の表情は、一瞬にして硬直した。
だが、躊躇うことなく一気に扉を開ける。
「バタン!!」
勢いよく扉が開かれ、鈍い音が廊下に響き渡る。
その音に、中にいた者たちが一斉に顔を上げた。
「うお!?なんだ?」
「お前らは誰だ!?」
そこには、数人の仮面をつけた人間やオルカ族、ドワーフ族がおり、アルタイル達の方向を振り向いた。
「…なんだこれは」
アルタイルは部屋の光景に目を丸くした。
部屋内には、様々な形の拷問器具が冷たく並んでおり、そこには複数のドラゴニア族の女性たちが無残な姿で囚われていた。
既にこと切れている者、四肢を切断され涙ぐんでいる者、何らかの薬の影響か視点が定まっていない者…言葉では語りつくせないような凄惨な状況だった。
血と錆の匂いが部屋中に充満し、吐き気を催すほどの悪臭を放っていた。
さらに、部屋の回りには椅子とテーブルが置かれ、仮面をつけた複数の客らが拷問の様子を楽しそうに見ていたり、食事をしていたりしていた。
「うぅっ…」
するとアルタイルは一人のすすり泣いている女性ドラゴニアに目を向ける。
「待っていろ、今助けて…」
アルタイルが女性に巻かれている鎖を外そうとした時だった。
「…おやおや、これはこれは。まさかドラゴニア王国軍の方ですかな?」
すると、部屋の奥にある小さな舞台から、嘲るような声が響いてきた。
「…お前がオーナーか?」
レグルスが低い声で問いかける 。
「私たちのことを嗅ぎつけるとは、いやはや優秀優秀」
舞台の上には、ピンク色の長髪が特徴的な男が椅子に深々と座っていた。
そのサイドには、銀髪の逞しい体つきをした男が彫像のように静かに立っていた。




