地獄行きを免れる方法
あるところに一人の男がいた。人を騙し、暴力を振るい、それに対して良心の呵責を一切覚えず、社会的な成功を収めたような悪人であった。
だが男はあの世、つまり天国や地獄の存在を信じており、このままでは自分は地獄行きであることをはっきりと理解していた。
しかし男はいまさら自分の生活を改める気はない。どうしたものか、と考えた男は一つの妙案を思い付いた。
「なんでも持っていそうなのに悪魔を呼び出すなんて、ずいぶんと物好きな人ですね。まあ、呼び出された以上は代価さえいただければやらせてもらいますけど」
呼び出された悪魔は髭のない整った顔に少し困惑の色を滲ませながら、しかし笑顔は崩さずにそう言った。男はそんな言葉はどうでもいいと言うように話を始める。
「お前は俺のどんな願い事でも叶える、間違いないな?」
「ええ。私の力に及ぶ限り、誠心誠意やらせていただきますよ」
「呼び出された以上は、お前が出来ることなら絶対にやるな?」
「ええ、もちろん。信用商売ですからね。ただし死後に魂はいただきます」
その言葉に男はニヤリと笑い、そして言った
「それなら俺の死後、俺の魂を天国へと連れて行け」
しかし悪魔は首を左右に振る。そして、それは私の力の及ぶ範囲ではありませんと残念そうに言った。
しかし天国が悪魔の管轄でないことくらいは男も理解していた。だからこそ迷うことなく言葉を続ける。
「俺の死後、俺を地獄に連れて行かないと約束しろ」
「それは……」
その言葉に悪魔は口を噤む。それに気をよくした男は、力の及ぶ限りやるんじゃなかったのか、と悪魔に向けて言う。
そしてさらに言葉を続けた。
「悪魔は信用商売じゃなかったのか? この取引はなしにして、あいつらは誇大広告の詐欺師だと喧伝してやろうか? 誠心誠意やるって言葉は嘘なのか?」
悪魔は悔しそうな表情を浮かべたが、すぐにまた笑顔に戻る。そして、分かりました、と言って礼服に身を包んだ体を曲げて礼をした。
「あなたの死後、あなたの魂を地獄へと送らないことを約束します」
これによって死後の心配がなくなった男は、それまで以上に人を傷つけて繁栄していった。
そうしてその男が死んだとき、男の前に例の悪魔が姿を現した。以前見たときと寸分違わぬ姿をした悪魔を男は嘲笑う。
「俺を地獄に送れなくて残念だったな」
しかし悪魔は悔しそうな様子一つ見せず、ニヤニヤとした笑みを浮かべる。そして、ええ本当に、と答える。
「神さまを説得するのに骨が折れましたよ」
「なんの話だ?」
嫌な予感を覚えて首を傾げる男の魂を悪魔はがっちりと掴んだ。
「あなたは罪を犯しすぎたので天国にもいけません。しかし、約束があるので地獄に送ることも出来ません。ですがあなたの魂は私のものです」
悪魔はケラケラと笑いながら言葉を続ける。
「人間の魂ってどんな味なのか、興味があったんですよ」
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