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空飛ぶベビーカー

 これ以上相手にすると理性が持たない。


 フランが食器を片付けている間にオムツ一丁でさっさと入浴を済ませに行く。

 風呂場の壁には魔法を封じ込める事ができる魔晶石が二つ埋め込まれていた。赤い方が火炎で青い方が水だ。魔晶石に触れる長さによってシャワーの量と温度を調整する。


 早速全身を洗っていくが、どれだけシャワーを浴びても本当にオムツだけ水浸しにならない。それ専用の魔法だろうか。それとも水の魔法を付与して、自動的な水流操作で一切の水を弾くようにしてあるのだろうか。まだ見ぬ魔法の深さに感心しかけるが、ガラスに写った自分のアホさ加減に気分が萎える。


 風呂から上がってタオルで体を拭く。リビングに戻れば、皿洗いを終えたフランがにこやかスマイルで替えの制服を大事そうに抱えていた。


「それ持たれてると着替えられないんだけど」


「私が着替えさせてあげるんだけど」


 来ると思ったよ。赤ちゃん言葉で「でちゅでちゅ」囁かれながら着替えを手伝ってもらう。しかしこんな茶番も家の中だけ。玄関の扉を潜った瞬間には解放されるはずだ。


「じゃあ行きましょうか」


「……はい?」


 どういうつもりかフランはエプロンを外し、例のトンガリ帽子を手元に引き寄せ頭に被る。


「ま、まさか一緒に登校するなんて言わねえよな?」


「預かった子を送り届けるのも私の仕事よ」


「ふざけんなッ! 通学路には知り合いもいるんだぞ! お前と仲良く手繋いで登校なんかしてみろ、妙な誤解を招くだろうが!」


「別に手を繋ぐつもりはなかったけど、繋いでほしかったの?」


「え。い、いやそんな事はねえよ」


 予想が外れた。てっきり歌でも口ずさみながら手を繋いで歩くものとばかり。別にそうあってほしいと期待してる訳じゃないぞ。今までの言動から鑑みて自然と浮かんだ推測なのだ。


「歩いて行くのもいいんだけど、料理に張り切りすぎてのんびりしてる時間がないのよね」


「まあ、言っても早歩きでギリ間に合う時間だろ」


 昨夜まみえたばかりの魔女と呑気な会話を挟み、扉を開け、二人して朝の心地よい風を浴びる。空気が澄んでいて呼吸さえ気持ちいい。


「という訳でドライブで行っちゃいましょうか」


「ドライブって……え、車?」


 車とは、ウィーチン王国の地方で開発された乗り物である。馬を必要としない馬車のようなものだ。   

 地方と言っても別に技術の発展が乏しい訳ではない。寧ろ魔法使いや魔戦士が少ない分、自然現象を頭脳で解明したり、その恩恵を得て技術を発達させたりとかなり産業が盛んな地域なのだ。


「確かに今は地方産の品々が王都でも流行中だけど、残念ながら車は持ってないのよね。魔力で動く車種もあるみたいだし、興味はあるんだけど」


 魔法を前提とした統治体制なので、単純に考えれば魔法以外の技術の発展は禁止されそうなものだが、前代の王が『新しいもの』に興味深々な変わり者だったため、何だかんだで科学と魔法が両立する国家が形成されてしまったのだ。


「じゃあドライブって何だよ。もしかして箒とか絨毯?」


「これよ」


 フランが指を鳴らした途端だった。不意に虚空から何かが現れ、ガタンと音を立ててアプローチに落ちたのだ。思わず頬を引きつる。


「べ、ベビーカー……」


「そう。地方産だけど生地は柔らかいし、ちゃんと魔力で動く魔道具だから安心して?」


「安心!? 何の? 心配なのは俺の体がこんなもんに収まると信じてるお前の頭だわ!」


「しかもほら、ここわかる? 今子ども達の間で大人気のキャラクターいるじゃない? がぶがぶドラゴンくんって言ったかしら? そのデザインがシートに入ってるのよ」


「だから何なんだよ。こっちは十七歳。対象年齢なんかとうに飛び越えてんだよ!」


 色々我慢してきたがもう付き合ってられない。フランを放って、日傘を差した婦人や背広にシルクハットの紳士らが行き交う路上へ足を向ける。


 馬車でも止めて送ってもらおうかと考えた矢先、背後から伸びたフランの右手が俺の肩をがっしり掴んだ。


「うふ。何やってるのアレンくん。私が送るって言ったでしょ?」


「痛いいたいいたいっ! 子どもに向ける握力じゃねえだろそれ!」


「さっきは自分で大人だって叫んでたのに。わがままな子ね」


「つかどの道あのベビーカーじゃ乗れねえよ」


「私が魔女だって事をお忘れ?」


 フランがもう片方の手をベビーカーに翳した直後だった。ガタガタ揺れ出したベビーカーが、瞬時に三倍以上に膨れ上がった。空気に押されるようにして生じた小風が魔女の金髪を微かに揺らす。


「上手い事俺が座れそうなサイズになりやがった……」


「じゃあ行きましょうか」


 自動で向かってきたベビーカーに尻を突き上げられ、シートにすっぽりと収まる。ついでとばかりにフランからおしゃぶりを口に突っ込まれ、俺は紛れもなく巨大な赤ん坊と化した。


 後ろ手に回ったフランはどうやらハンドル部分に飛び乗ったらしく、少し車体が軋む。


「アレンくん、準備はいいかな?」


 全然良くない。 


「出発進行~!」


 おしゃぶりを離して答える間もなかった。タイヤを回転させたベビーカーは、いきなり超速で路上へと突っ込んでいったのだ。

 向かいには少し豪華な一軒家がある。こんな勢いでカーブなんか切れる訳ない。このままではベビーカーによる衝突事故という前代未聞のバカ騒動を引き起こす羽目になる。


「んんんんんんんんんんん!」


 おしゃぶりを咥えたままブレーキを呼びかける。だが意外にも俺の思うような惨事には至らなかった。


 ふわりと。ベビーカーが宙に浮かんだのだ。


 そのまま斜線上に、向かいの屋根をギリギリ掠めない角度で飛び立つ。


 激しい勢いで皮膚を叩く逆風が俺の髪をオールバックにかき上げた。おしゃぶりを吐き出そうかと迷ったが、一瞬でも唇を上げると口内がどえらい事になりそうなので中断する。


 迫り来る白い雲に目を見張る。箒で飛翔した経験はあるが、ここまでの高さに達したのは初めてだ。困惑と高揚。ない交ぜになった二つの感情に顎が力み、おしゃぶりを嚙み千切りそうになる。


 一定の高さに到達したベビーカーは角度を落とし、正面へと舵を切る。


 俺は呆然としておしゃぶりを舐め続ける他なかった。


「どう、アレンくん。私とのドライブは」


 口を開くのも億劫なので右手を横に突き出し、親指を下に向ける。


「あら。まだまだ速度が足りないのかしら」


 フランが予期せぬ限界に挑戦しそうだったので慌てて親指を逆方向に変える。これ以上加速すれば冗談抜きで向かい風に皮膚を引き裂かれかねない。ベビーカーが原因で負傷するのだけは死んでも嫌だ。


 不思議なもので、しばらく飛行を続けている内に迷子だった気持ちが追い付いてきた。


「いつ見下ろしても素敵な景色ね……」


 うっとりとした声音に導かれるよう、眼下の町並みに視線を投げる。


 やはり金持ちが集う場所。眺めているだけで絶景と呼べそうなほど豪奢な建築が並んでいた。

 どこまでが敷地か見定められないレベルに莫大な屋敷や、ドデカい鐘のついた教会。

 一般の民家に近いものでもどこか落ち着きのある上品な雰囲気が感じられる。屋根の色合いに一切の濁りはなく、それらが密集した地帯は絵画でも見ているようだった。


 やがて進行方向に巨大な城塞が見えてくる。紛う事なき我が母校——セブンヘッヅ魔戦士学校であった。

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