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ばんざーい。ちゃんとモグモグごっくんできて良かった。

 伝説の魔女フラン。さっきから滅茶苦茶な事しか言っていない。

 正直俺の中の常識が塗り替えられる前にさっさとお帰り願いたいが、スランプを克服できる願ってもいないチャンスというのも事実だ。


「ま、難しい話は脇に置いて」


フランは胸の前で両手を叩いて楽しそうに笑う。


「そろそろ朝ごはんにしましょう?」


 いつの間に料理を終えたのか、テーブルの上には七面鳥や目玉焼き、何枚かにスライスされたパンが並んでいた。朝飯にしては少々豪華だが食べ盛りの俺からすれば素直に涎ものである。

 何より四年間ずっと一人暮らしだったので手料理を食べる事がもうレアだ。リビングを満たす食卓の香りに腹の虫がグーと鳴る。


「そ、そうだな。せっかく作ってくれたんだしさっさと食べるか。学校の時間もあるしな」


 上だけ制服、下はオムツという異常ファッションのままフランと向き合う位置に腰かける。


 だけど一つおかしな事が起きた。これだけの品々が並んでいて、俺の前に差し出されたのは小さなお椀だった。

 七面鳥やパンを取り分けるための食器かと思ったが違う。お椀の中には野菜スープが入っている。それも人参や玉ねぎを必要以上に細かく切り刻んで混ぜたものだ。育ち盛りの男子が食すには味気ない。酷く嫌な予感がした。


「あの、これって何?」


「離乳食よ?」


「誰のための?」


「アレンくん以外にいないでしょ?」


「いらねえよッ!!」


 思わず身を乗り出して抗議する。


「この歳で離乳食なんか食えるか! 舐めるのも大概にしろ!」


「もう。出されたものにケチつけるなんて、イヤイヤ期に突入って感じね」


「真っ当な抗議だろうがよ!」


 何と馬鹿馬鹿しい。誰がどう言おうが俺は食べたいものを食べるぞ。


 フランを無視して七面鳥に手を伸ばした瞬間、ぺチンと手の甲を叩かれた。


「こら! 人のものを勝手に取ってはいけませんっ!」


「人のものって……え、これ全部アンタ一人で平らげる気か?」


「もちろん」


「何だよそれズルすぎるだろ! 俺だって七面鳥食いてえッ!」


「我慢しなさい」


「つーか空飛ぶ鍋だのタマゴだのあんだけ手間暇かけてたのは全部自分の食欲満たすためなのかよッ! お前が我慢しろよ!」


「大人は自由だから」


「俺も大人じゃあああああああああああああああああああああああああああッ!!」


 厳密にはまだ子どもだが、精神的には大人と呼んでいいはずだ。


 椅子から転げ落ちそうなくらいの身振り手振りで反論を叫ぶと、フランは困ったように息を吐いた。


「言ったでしょう、報酬はアレンくんの魔力だって。オムツに穿き替えた時から『魔幼児(まようじ)の儀』は始まっているのよ。好き嫌いせず食べなさい」


 死刑宣告に等しい説教が飛んできた。魔法の上達を望むならこれから毎日こんなノリに耐えなければならないのだろう。立派な魔戦士にはなれても人としての尊厳が無くなっていそうで悍ましい。


「ベビーシッターさんよ。離乳食を食べるにしても、流石にこんな少ない量じゃ学校生活を乗り切れない。赤ん坊だか幼児だか知らねえけど、俺を空腹で放置すんのは『お世話』と言えるのかね」


「その点に関しては大丈夫よ。それは魔女特性『魔法の離乳食』。全部残さず食べれば六時間は胃が持つのよ」


「そこの配慮はちゃんとしてんのかよ」


 食事に手をつけず両腕を組んでそっぽ向く俺を見かねてか、フランは離乳食のお椀を小さなスプーンでまぜまぜしていく。


 かき混ぜられた離乳食をすくったスプーンが、俺の口元へ差し向けられる。


「はい、あーん」


「……っ」


 正直ドキッとした。歳が千歳くらい離れているとはいえ、年上のお姉さんに食べさせてもらう経験はそうない。男の憧れシチュエーショントップ10には入るミラクルイベントが俺の真ん前に迫り来る。


「そういうの、恥ずいって」


「にしては期待に瞳を輝かせているわね」


 頑なに口を閉じていると、スプーンの先端で唇をツンツンと刺激される。


 クソ、からかってきやがって。舐められないよう睨んでやるが、フランの余裕めいた微笑が崩れる事はない。俺が応じない限り一生『あーん』の構えを解かなそうだ。


 胃袋が空の状態で授業に臨むのは流石に嫌なので、仕方なく開口した。即座にスプーンが突っ込んでくる。


「ちゃんと嫌いなものも食べられたわね。えらいえらい」


 たった一口食べるだけでこんなに優しく褒めてくる女はこいつだけだろう。むず痒いけど別に不快ではなかった。


「はいあーん」


「自分で食べられるって……」


「いいから食べなさい。儀式の邪魔しちゃ、めっ」


 そうやって叱られるが、幼児相手にするような柔らかい声色なので全く怖くない。昨夜無言で扉をぶち抜いた脅威が嘘みたいだ。


 次々と離乳食を口に運ばれ、俺はあっという間に食べ終わってしまう。


「はい。残さずモグモグごっくんできました〜」


 胸元で小さく拍手される。もうどういう反応をすればいいかわからない。フランに促され一緒に両手を合わせ、食後の祈りを捧げる。


「「ごちそうさまでした」」


 何だこれ。ごちそうさまの唱和とかいつ以来だよ。魔戦士学校に入る前の小学校でギリやるかやらないかぐらいのもんだろ。


「どう? お腹いっぱいになった?」


「ああ、確かに満腹感はあるな。アンタの言った事は嘘じゃないらしい」


 魔法の離乳食。噛む動作すらいらない、喉に直接流し込むような食感は、歯応えさえ求めなければ案外悪くない味だった。自動的に好みの味に変わるよう設定でも施されているのだろうか。


 魔法を学ぶ視点から真摯に尋ねてみようと思ったが、その気はすぐに失せた。


 離乳食を完食させるや否や、フランは七面鳥の脚部を素手で引きちぎりモグモグと頬張り始めたのだ。


 子どもが見てる場所でも遠慮なしである。しかも切り分けた目玉焼きと七面鳥をパンの上に乗せ、一口で飲み込むという離れ業までやりやがった。


「そんな組み合わせ見た事ねえよ」


「興味を持ったら試してみるものよ。私達が広めた魔法だってそうやって発展していったんだから」


 全ての魔法の母とも呼ぶべき相手からのありがたい教えをいただくが、食べ方が妙に豪快というか子どもっぽいのが貫禄を台無しにしている。さっきまでの母性はどこに行ったんだ。


 俺があんまりにも物欲しそうな目をしていたのか、フランは渋々といった面で七面鳥とパンをほんの少し分けてくれた。果たしてどっちが子どもなのやら。


「あの、俺風呂入りたいんだけど、オムツ外してくれね?」


「ああ、大丈夫よ。そのまま入っても濡れないようになってるから」


「どんだけ脱がせたくねえんだよ」


 風呂場へ行こうと席を立った俺に、フランが待ったをかける。


 俺の制服の裾を掴み、一言。


「はい、ばんざーい」


 もう抵抗する気力も湧かなかった。俺は両腕を上げ、されるがままに制服を脱がされる。


「屈辱だ」


「あら、そんな難しい言葉使えるのね」

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