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人類みな赤ちゃん

 魔女。伝説上最初に魔法を開発し、世界中にその種を撒いた者達。


 魔戦士学校に通わずとも、この世界に生きていれば必ず耳にする伝説の住人。


 その一人が眼前にいる事実に、俺は息をする事さえ忘れていた。


「ま……魔女って、それはほぼ伝説の存在なんじゃ……っ」


「んー。まあ確かに百年に一回くらいしかこの国に顔を見せないから、身近な存在とは言えないかもね」


 虚言とは思えない。ウィーチン王国で一二を争う魔戦士である母さんのセキュリティを容易に突破し、迎撃用の魔法も全て無効にしたのだ。


 逆に魔女でなければ何なのだ。


「あらいけない!」


 静かにリビングを見渡していたフランが腰に両手を当てた。


「食器も衣類も散らかしっぱなしじゃない! お母さんはお掃除を教えてくれなかったの?」


「ああ、いや。後でやればいいかなって」


「めっ。こういうのは毎日やって習慣づけないと、大人になった時にダメ人間になっちゃうわよ?」


 人差し指を立てて顔をしかめるフランに、俺は調子を狂わされる。何で知り合ったばかりのお姉さんに叱られなきゃならんのか。これじゃあ子どもの頃に戻ったみたいだ。


 フランは台所の方へ指を鳴らす。すると食器の山が宙に浮かび上がり、蛇口が自動で捻られる。同じく一人でに浮遊したスポンジからは泡が滲み出ていた。そのまま人間の手を使わず空中で皿洗いが行われていく。


 床で伸びた衣類や、先ほどブッ飛ばされたテーブルにも同様の指パッチンを放つ。やはり服やズボンは勝手に折り畳まれていき、テーブルは元あった位置に戻っていった。


「あの……どうせならアンタがぶっ壊した扉の方も直してくれない? 風入ってきて寒いし」


「あらそうだったわ」


 フランはリビングの壁面に刺さった扉に人差し指を向けると、冷たい空気の出入りを許す玄関の方へひょいと動かした。指先の軌道に合わせて扉の残骸が浮遊し、風穴の開いた出入口に直進する。二つに分割された扉は綺麗に接着し、ゴミ箱に捨てられたドアノブも含めて細かい破片が玄関の破壊痕を埋めていく。時間が巻き戻るような光景だった。


すっかり元通りになった玄関に目を丸くする。


「す、スゲェ……無詠唱でここまで」


 通常、魔法には詠唱が必要だ。比較的制御が簡単な『(フレイム)』、『(アクア)』、『(ブリーズ)』、『(ジオン)』の四大基礎魔法は例外として、魔法は強力であればあるほど詠唱が長くなる。それを無詠唱で唱えられる者はかなりの実力者と言えるだろう(まあ先ほど母さんの仕掛けた防衛魔法を封じた際は詠唱を唱えていたようなので、いくら魔女でも全て無詠唱とはいかないのだろうが)。


「よし。次は食事の準備ね。アレンくんはまだお夕飯食べてないわよね?」


「ああ、うん。いやじゃなくてっ。さっきアンタ母さんから頼まれて来たって言ったよな?」


「ええ」


「母さんが『悪魔の竜巻』を止めるために死んだのは四年前だ。今日までの間アンタは何してたんだよ。どうしてもっと早くに来なかったんだ」


 おっとりと笑っていたフランの瞳に、僅かながら陰りが見えた。


「それは、あなたが一番よくわかってるんじゃないかしら」


「え?」


「大事な人を失った後に、人はどうなると思う?」


 胸に刺さる問いかけだった。


 その痛みは身をもって知っている。母さんを亡くした俺がどんな生活を送ってきたかを振り返ればいい。


 無気力。スランプ。劣等感。前へ進もうとしても心や力が追いつかず、自堕落な毎日から抜け出せなくなってしまう。


「グラリスは……あなたのお母さんとは、四十年の付き合いだった。千年生きてきた魔女からすれば僅かな期間だったけど、他のどの時期よりも温かった。本当に、大事な人だったのよ」


「……そうか。アンタもだったのか。アンタも俺と同じ痛みをずっと……」


「同じじゃないわ。きっと息子であるあなたの方がずっと苦しかったはず」


 こちらに歩み寄ってきたフランが、細い両腕をそっと俺の背中に回した。


「ごめんなさいね、今まで駆け付けてあげられなくて。一人で頑張ったね」


「……あ」


 気づけば俺の両目から、四年間溜め込んでいた感情が静かに溢れ出していた。


 さっき出会ったばかりなのに。どうしてこの魔女の言葉が涙腺に響く?


 わからないまま、よしよしと背中を摩られる。俺は何も言えず、嗚咽を繰り返す事しかできなかった。


 どれくらい時間が経っただろう。やがてフランは俺の手を取り、ソファの前へと連れて行った。


「泣いて疲れちゃったね。もう今日はおねんねしよっか」


「えっ」


 そのまま床に寝かせられ、正座になったフランの膝へと頭を誘導される。


「いや、あの……流石にこの年で知り合ったばかりの女の人に膝枕は……」


「言ったでしょう? 私はベビーシッター。あなたのお母さんに代わって優しく優しくお世話してあげまちゅからね~」


「俺もう十七なんだけど」


「魔女からすれば人間はいくつになっても赤ちゃんみたいなものよ。人類みな赤ちゃんね」


「そんな滅茶苦茶な……」


 そう、滅茶苦茶だ。いきなり母さんの知人に膝枕されるのも、この位置からローアングルで視界に入る胸元の膨らみも、優しい手つきでお腹を撫でられている現状も。


 抗議の声を上げようとして、それでも母性の魔女からもたらされる癒しに逆らえず、俺はゆっくりと目を閉じた。


 かつて母さんから貰った温もりを、確かに思い出した。

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