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『天馬』、『鴉』、『竜』

 ずぶ濡れとかいうレベルではなかった。


 水を大量に吸い込んだ制服が錘となり、仰向けの状態から立ち上がる体力すら奪っていた。


「大丈夫? アレン」


 手を差し伸べてくるのは幼馴染のリリアだ。水の使い手とは言え、自分の全身に完全な防水効果は施していないらしい。青色のセミロングの先端から水滴がピチョンと俺の頬に垂れた。


「だから言ったろ、俺には無理だって」


 リリアの手を借りて起き上がりながら、思わずそうぼやいていた。


「それでも最初は私の攻撃を防いだじゃない。繰り返せばきっと上達するわよ」


「その間に学校が全焼してないといいけどな」


 そう、俺の得意魔法は『火炎(フレイム)』。いや得意だったと言うべきか。凄腕の魔戦士たる母さんから受け継いだ才能だけど、当の息子がこんなだから豚に真珠状態だ。


 幸いにもクラスから負傷者は出なかったようだ。誰のおかげかは察しがつく。


「相変わらず腐っているな」


 カツン、と。木彫りの杖で地面を突いてやって来るのは、生徒とは違う白い外套を纏った女だった。腰まで届く長い黒髪が印象的で、水浸しになった俺を見るや厳めしい面をそっと緩めた。


「最強の魔戦士であった貴様の母君が見ればどう思うか」


「死んだ人間は何も思いませんよ、マージェス先生」


「だが死者に意味を与えられるのは生きている者だけだろう」


 決闘の授業を受け持つマージェス先生は、こうして生徒に鞭打つような言葉を浴びせてくる。


 俺はマージェス先生を睨む。当然向こうは怯まない。恨まれる事など大前提。強き魔戦士を生み出すためならどこまでも心を鬼にできる。そんなエリート思考が全身から滲み出ていた。


 肌の潤い的には二十代後半と思しきものなのに、貫禄はベテランの極みといった感じだ。かなり昔からいるという噂だが果たして実年齢はどれくらいだろう。


 マージェス先生は老人が支えにするような木彫りの杖を地面に打つと、顎先でリリアを指した。


「決闘を続けろ。それが貴様にとっての薬となる」


「そうまでして俺を魔戦士にしたいんですか?」


「当然だ。魔戦士学校は、創始者たる『七人の魔女』を支えられる精鋭を輩出する場。現在は王を守るためと方針が捻じれているが、私のやるべき責務は変わらん。一人一人を強靭な魔戦士に鍛え上げる。それだけだ」


「落ちこぼれをしごいたって何も出ませんよ」


「限界まで搾ってみるまではわからんだろう」


 逆に言えば、搾るだけ搾って何も出なければあっさり見限るという意志表示でもあった。


「じゃあびしょ濡れなんで一旦着替えてきていいですか?」


 マージェス先生が再度杖を突く。途端に横合いから飛んできた強風が俺の全身を叩いた。吹き飛ばされないよう両足で踏ん張る。黒髪が逆立ち、口から入った風が頬の皮膚を奇妙なほど揺らした。


 風魔法がやんで呆然と立ち尽くす俺に、リリアはクスクスと微笑んだ。


「良かったわね。今ので全部乾いたじゃない」


「ああ。口の中まで乾いて変な感じだけどな……」


 ブンブンと首を振って、膨れ上がった黒髪を元に戻す。風魔法で濡れた体を乾かす事はよくあるが、マージェス先生のそれは強烈すぎて体の節々が痛む。


 流石、名門と名高いセブンヘッヅの教師陣の中でも最強と噂される魔戦士だ。


「おやおや。これはこれは」


 人の神経を逆撫でするような声が近づいてきたのはその時だ。


「やけに泥臭い匂いがすると思ったら、鴉が水浴びでもしていたのか」


 音源を確かめるまでもなく、誰が来たかは一発でわかった。


「ドリウスか」


「呼び捨てとは随分偉くなったな、下賤の竜よ」


 茶髪のオールバックに、他人を見下して生きてきましたと言わんばかりの冷たい眼差し。ピンと張った背筋は立派なものだが、いかんせん俺より身長が低いので生意気なお坊ちゃまと呼んで差し支えない残念さがある。


「君は今日もメスの鴉に追いかけ回されていたのかね。心中お察しするよ」


「あのねドリウス。アタシにはリリアって名前があるのよ。仮にも魔戦士を目指す立場なら名前に敬意を込めるって基本姿勢を学び直したらどう?」


「いや失礼。しかし成績や身分によって生徒が格付けされているのは事実だろう。見たまえ、ボクの胸に輝く『天馬(ペガサス)』のバッジを。これこそ上流の証」


 ドリウスの制服には、確かに『天馬(ペガサス)』の形をした金色のバッジが見て取れた。


「対する君は下流の証たる『(クロウ)』のバッジ。そしてそこの出来損ないは問題児の烙印である『(ドラゴン)』のバッジ。おっとそんな怖い顔をしないでくれ。正直羨ましいんだ。そちらのデザインの方が少年心をくすぐられる。どうやれば君のように綺麗に転落できるんだ? 是非ともコツを教えてもらいたいね」


「テメェ前から思ってたけど俺の事嫌いだよな?」


「ああ嫌いだ。優れた血統に恵まれながら平然と落ちぶれていられる恥晒し。それが君だろう」


 丸っきり小馬鹿にしたような言い草に俺は『(ドラゴン)』の問題児らしく鼻から火を吹きそうになった。


「ちょっと、そんな言い方ないじゃない!」


 リリアが割って入るも、ドリウスは更に意地悪く笑う。


「哀れだな。年中発情期の雌豚に庇ってもらわねば己のプライドも守れんか」


「なっ……! 誰が発情期よ! このオールバックチビ!」


「チビは余計だチビは!」


 険悪すぎる空気に対して、周囲は「またか……」と呆れ気味な反応ばかり。確かにこういう喧嘩はもはや日常茶飯事だが、少しはシリアスな目線をくれないと俺達がガキっぽく思われそうじゃないか。


「いい加減にしろバカども」


 マージェス先生が杖を動かすと同時だった。


 〇・一秒にも満たないフラッシュが視界を走る。俺達の足元に白い稲妻が突き刺さった。黒土を巻き上げる勢いで大地が爆発し、三人合わせて盛大に横転する。


 小規模とはいえ間近で雷撃を受けた俺達が黒焦げになっていないのは、マージェス先生の加減によるものだろう。


「せ、生徒に雷魔法使うとかヤバすぎだろ……」


「躾に必要な事を行ったまでだ」


 マージェス先生はうつ伏せでピクピクと痙攣するドリウスに近寄ると、容赦なく杖で背中を刺した。あひんっ、と変な声が出る。


「このバカ息子が。相手を煽る暇があるなら魔法の腕を上げろ」


「し、しかし母上……ボクは『天馬(ペガサス)』のバッジを頂いたので成績はあいつらより上かと……っ」


「成績と実力はイコールではない。教師に愛想振り撒いて、試験の単語を丸ごと暗記すれば『天馬(ペガサス)』にも選ばれよう。同じように、底知れぬ実力があろうが問題ばかり起こす生徒は『(クロウ)』に留まるか、あるいは『(ドラゴン)』に落とされる。そういう仕組みだ」


 その上で、と。

 マージェス先生は愚か者の背中に乗せていた杖先を俺達に向けた。


「貴様に、実力で奴らを上回れるか? 完膚なきまでに叩きのめす腕はあるのか?」


「それは、当然……っ」


「さてどうかな。今の貴様ではアレンにすら勝てんと思うがね」


 自分の名前が飛び出してドキッとした。なんかやたらとハードル上げてるが、俺はまともに魔法を制御できないんだけど。


 ドリウスは一瞬だけ歯を食い縛ると、ギロリと俺を睨んだ。


 ヤツとの面倒な因縁が教師の一言で膨れ上がっていた。


「こりゃ近い内、()る流れだな……」


「その時はアタシが止めてあげるわよ」


「そう簡単にいくかね……」


 俺は肩を落とし、深い溜め息をついた。

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