■■■•■■【悲惨な■■】
『あそこにあるものが見える?あれがノア。■■■•ノア。この領域とこの柱への信仰を簒奪せし者』
「それを俺に教えてどうするつもりなんだ?」
『それは———あぁ、時間切れね。兎に角あそこに行って箱と本を取りなさい。貴方が持てば文字通り————』
声が途切れた。
俺に何をさせたいのかが何となく———否、ほんの少しだけ分かった。
歩きながら思考を続ける。
「ノア———なんで今まで忘れてたんだ?そこら辺にいた子供でも知ってただろ———」
彼女の真名が、本のタイトルに書かれたその名前が、鮮明に思い出される。
そうだ。彼女の名前は———
「悲惨なノア———ケテル•ノア!!」
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【悲惨なノア】
昔々、ある王様が奴隷の少女をなぐさみものとして王宮につれてきました。
少女の名前はノア。
王国一の美貌を持った、最高の奴隷でした。
ノアはそれ故に絶望し、王様に自身の死を望みました。
大昔から奴隷は主人から何か一つ、欲しいものがもらえたのです。
少女は言いました。
『今まで私は文字通り———地獄を見てきました。何度も殴られ、謂われなき罪を着せられ、何度も何度も何度も、絶望してきました。私は確かに生きていますが———生きているだけです。生かされているだけです。一度も希望を———喜びを、幸福を貰ったことがありません。ですから私に希望を下さい。死は救済、なんて言葉があるでしょう?お願いいたします。どうか私を殺して下さい』
しかし王様はその願いを聞き入れず———何度も何度も何度も、殴りました。
彼女の絶望を、そのまま再現しました。
そうして———殴られ続けて少女は息絶えました。
その後、王様はノアを断頭台を使ってもう一度殺しました。
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「何でこんな話が語り継がれて来たのか疑問だったけど———ようやく分かった」
この話はまだ終わってない。
終わったのは彼女の絶望だけだ。
あの少女———ノワールが指さした方を見る。
そこにあるのは箱と本———それから美しい死体だった。
まるで後から治したみたいに———それこそ落ちた首を後から繋げたみたいに、不自然なほどに、その死体は美しかった。
本を取る。
単純に何が書かれているか気になったのだ。
「、、、何も書かれてない」
「、、、ここは?」
死体から声が聞こえた。
夢の中で聞いたあの真っ白な———言い換えるなら無垢さと無知さが表面に出たような声だった。
「それは俺にも分からないが———強いて言うなら塔の地下だ」
「、、、塔?」
会話しながら箱に手をかける。
真っ黒な箱———立方体のそれは、この場所の恐怖を煮詰めたような悍ましいものだった。
「、、、それは?」
「わからんが、、、これを取れって言われたんだ」
『漸くとってくれた———久しいわねノア———それからアスカ』
箱を手に取った瞬間、ノワールが顕れた。
『貴方が言った通り、この娘は悲惨なノア―――ケテル・ノア。元奴隷にして最高峰の贄だったけれど―――この塔が信仰を失って以来は贄じゃなくて王。この塔の信仰と権能を簒奪した者よ』
「信仰?」
『聖塔信仰―――と言ってもわからないか―――大昔の信仰の対象がこの塔だったの。【聖塔に嘆きと悲しみ、、、それから絶望を投げ捨てれば、その絶望の分だけ国は希望に溢れ、その嘆きの分だけ歓声国の歓声は増え、その悲しみの分だけ喜びが増える―――】ってね』
「嘆きと悲しみと絶望、、、それでノアが選ばれたのか」
『そう。と言ってもこの娘は今嘆きや悲しみ、、、それから絶望から切り離されてるから―――地上の国は墜ちたの』
碌でもない宗教だ。
『碌でもない宗教だって顔してるわね———その通りよ』
「なら何で信仰されてたんだ?」
『それは———それしか信じるものがなかったから。贄を捧げよと神様が仰ったから』
神様は随分と残酷らしい、と言えば陳腐な表現になるが———本当に神様は残酷だったらしい。
一人の少女に国の絶望を背負わせるのだから。
『まぁそんなことはいいでしょう?』
「、、、まぁ」
『外に出て青空を見たいの。ここは真っ黒だから———もう見飽きた』
「、、、あぁ」
そんなことはいい、と言った割には目が暗い。
海の底より暗いそれは、少なくともここではないどこかを見ているようで———彼女が隠している事情の重さを理解させるには十分だった。
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【聖国は甦り———人々は倒懸を塔に捨てる】
【さぁ、神の遊戯の時間だ———人間に喜びと滅びを】
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塔を抜けて再び青空を拝む。
地下に居たのはほんの数時間の筈なのに、何故か普段よりも空気が美味しく感じた。
「―――っ」
「どうした?」
「▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓―――▓▓▓▓▓▓!」
ノアが呻きだした。
頭を抱え、地面に膝をつき―――なにかから怯えるように震えた。
『、、、来る』
「何が―――」
【国よ甦れ。この地の倒懸をノア―――ケテル・ノアに投げ捨てよ】
空が、震えた。
まるでその言葉に世界世界が恐怖したかのように、世界が震えた。
大地は光り輝き、人々が再現され―――国が甦った。
「▓▓▓▓▓ぁ!▓▓▓▓▓▓▓▓!!!」
「なぁノワール。ノアはどうしたんだ?」
『、、、世界は幸と不幸、希望と絶望でバランスを取っているの。幸せの数も不幸せの数も同じ数だけ存在している。大きな希望を得るためには大きな絶望を―――そうやって出来ている』
「それがなんだって言う―――」
真逆。
そんな残酷な方法で―――
『この国はこの法則を利用して絶望を集約させた。国民は笑顔に溢れ、悲しみなど憶えずに暮らした。ノアは悲しみと絶望を受け続けた。人間は幸せが当たり前になるたびにこの娘を更に絶望させて―――この娘の不幸と絶望は大きくなって―――なのに人間はひび割れた盃に幸せを注ぎ続けて、この娘の絶望だけが増えていった』
これがありふれた物語が語り継がれてきた理由なのだ。
人間の後ろめたさの表れが【悲惨なノア】なのだ。
『でもね———あの子の絶望は私の物。あの娘には喜びがあればそれでいい。だから———【倒懸の箱】!!』
箱と本が光り始め———浮かび上がる。
「▓▓▓▓▓▓▓—————!————」
本から真っ黒な煙が吹き出し箱に吸い込まれ———同時にノアの叫び声止まる。
【天使の言葉は絶対也———覆すことは許されぬ】
『五月蠅い———殺されたいの?』
【———】
『あら———自分がどんなに愚かなことを言ってるのかようやく気付いた?ここにいる少年は今■■■よ?』
≪単語は阻害されました≫
【まさか———ならば———転移】
この場を支配していた圧力が消えた。
『天使が尻尾を巻いて逃げるなんて———やっぱり碌でもない世界ね』