序章2
私は顔にかかる髪を耳にかけた。少女の腰まで届く髪が、風にあそばれている。
ちりーーーっん
少女の簪の鈴の音が、余韻を残して闇夜にとける。
「これを、…あなたに」
少女が首から下げていたものをはずして私に差し出した。
少女の手には、小さな銀の鎖で真中には透明な雫型の石がついている。ネックレスのようなものがのっていた。
少女は悲しそうな顔になって、目を伏せ、今にも消えそうな声で言った。
首をかしげる私に、少女は歩み寄ってきて、私に首にそれをかけた。
私の胸に、つめたいものが触れた。
「預かってほしいの」
「たいせつな…ものなの?」
私は少女に問うた。少女は黙ってうなずく。
「わかった、あずかっとく。」
私は単純に、学校で友達と遊びの約束をするような気持で軽くうなずいた。
私が言うと、少女は頬を赤らめて静かに笑った。
私がつられて笑うと、少女は私の手を両手で握って自分の胸にあてた。
〈ありがとう〉
私は心臓が止まるかと思った。心に言葉が浮かんできたのだ。
それは、優しくて、目の前にいる少女のものだと分かった。
少女は心を通して話しかけているのだ。
〈お礼に、詩をうたってあげる〉
少女は、私の手を離し、私がいる湖のほとりの反対側に走って行った。
簪の鈴が鳴り、少女のまとうベールが月光に照らされ、不思議な光を放っている。
少女は立ち止まって、麴塵の明眸をこちらに向けた。
少女は呼吸を整え、片手を胸にあて、もう片方の手を空にのぼっている月に翳した。
私は、目を閉じた。
少女が私を見向いた気配がした。
しばらくすると、耳に心地いい響きが伝わってきた。
〈月姫の神様へ 我は守護人
耳澄まし 澄んだ風詩月光る日の
空国の月光る衣を纏う
我 そのの姿願う
後に星の花 天に飛ばそう〉
私は、そっと目を開いた。
湖の向こうにいたはずの少女はいなかった。
「あなたは、だれ?」
つぶやいた言葉は、しかし風音にかき消された。
私は、空を仰いだ。そして、手でラッパをつくって空に向かって声を上げた。
「わたしは、ききょう。まきはらききょうだよーーっ」
雲ひとつない空に、ひとつ、流れ星を見つけた。
私は、首から下がっている雫型の石を見た。それは、揺れ具合で緑や赤、黒に青に黄の光を放つ。
「あなたは…」
〈―――月姫〉
私の心に言葉が浮かんだ。