序章1
今宵は満月
みるもの全て虜とするような、神秘的な光を醸し出している。
辺りには聳え立つ木々。
聴覚としてとらえる事が出来る音は、葉風とかすかな波の音だけ。
「わぁー、きれー」
生い茂る芒を掻き分けながらたどりついたその先には、静謐さ漂う湖のほとりだった。
そこの湖は、碧水を湛え、月明かりに照らされ、萌黄色の水霧が立ち込めていた。
風は吹いていない。
湖の中心から波紋が生じ、小さな波が、月明かりに照らされ、キラキラとしていた。
静かな夜の湖、その湖が放つ神々しさ、かすかに揺らめく水の音、湖のあたりに囲むように咲いている向日葵の香り、そのすべてが呼んでいるかのようにして、夜陰の中、私をここまで導いてくれた。
「あなたは、だぁれ?」
後ろから声がした。
風の音と同じくらい小さな声で、今にも消えてしまいそう。
声音は澄んだ優しさを含んでいて、子供特有の高い声だった。
「わたし?」
私は肩越しに視線を向けた。
声の主を視界に捉え、ごくりと息をのむ。
私は目を見開いて、全身をそちらにかたむける。
思考が一瞬止まったような気がした。
自分の後ろに立っていたのは、少女だった。
それも、小学二年生の自分よりほんの少し年上だろう、九、十歳くらいの。
「あなたは…地に住む民でしょう?」
さっきとまったく同じ声だった。さっきの声は、この少女が発したもので間違いない。
少女の声で我に返った私は、手の甲で目許をこすって、再度少女を見る。
さっきとなんら変わらない光景だった。
どうやら目の前にいる少女は、幻でもなんでもないようだ。
清閑な容貌の可愛らしく、尚且つ美しい少女だった。透き通る金色の髪を高くひとつに結い上げ、多数の鈴のついた簪をつけている。鎖骨や肩があらわになっていて、着物のように折り重なった胸元に、ひらひら舞う長いスカート。両の腕の肘のあたりでは、ふんわりしたベールを身にまとうという風貌。
夜風が吹いてきた―――
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