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あなたのためだった

作者: 藍さくら

鳴田るな様主催の「身分違いの二人企画」参加作品です。


楽しんで頂けましたら幸いです。

「王がそんなていたらくで!どうすると言うのですか!」

 怒号飛び交う円卓を斬り裂く言葉に、今まで冥黙していたライオネルはかっと目を見開き、一言、最後通牒を突きつけた。

「相談ではなく、決定事項だ」

 一瞬、落ちた沈黙の後、再び、騒然とする家臣達を、まだ年若き王はゆっくりと見回した。

「側妃ならまだしも!」

「スラムの子を引き取るぐらいなら…」

「我が甥はなかなか優秀なので、養子にされるなら」

「それならば、私の娘を側妃に…」

 王が見回しても、まだぶつぶつと不満という形の、醜悪な権力争いを目の当たりにして、平和がもたした弊害を、ゆっくりと瞬きをして、視界から締め出す。

「静まれ」

 争いが続いていた獣人達の国で、強いものが、王に立つ。

 それは、自然なことであった。

 そして、戦功により、王となったライオネル。

 戦って、勝って、王を追い出し、王の娘を娶り、王となった。そこまでは、シンプルで良かったのに。

 そこまでは、人生はシンプルで。

 仲間か敵か。戦いと、その先にある平和と。数少ない大切なもので、満ちていたのに。

 気がつけば、仲間とは離れ、一人孤独な玉座に座っていた。

 人生は、複雑に、煩わしくなり、先の見えない争いが続いている。平和の下で。ライオネルにとっては、せっかくの平和な世の中で、波風を立て、権力を求めて争う大臣や官僚達は理解できない者であったし、彼らの終わりがないこのような内輪の諍いを納めることも、黙らせることも、全てが煩わしく、面倒臭かった。

 深い呼吸を吐き出し、小鳥達の囀りを打ち切る。

「余、いや、俺は、王を降りて、辺境へと隠居する。姫、いや王妃とは離縁する。彼女とは、元々、白い結婚だ。遡及離婚して、新たな王となる、宰相の狐の妻として、新しい王妃として彼女は生きていく。俺は、付いてくると譲らんクロウとメロウ、そして先ほどから話題になっていたヒスイの三人だけを連れて、北部の領主館で隠居する。以上が決定事項だ。」

 普段は言葉少ななライオネルだが、これが最後とばかりに、雄弁に滔々と必要事項をすべて伝えると、さっと立ち上がり、王冠を無造作に置いて、扉へと向かった。

「王!!!」

「陛下!!!」

 すがり付く手も声も振り返りもせず、すべての柵を捨ててライオネルとなった男は、ただ一人、この手で守ると決めた少女を救い上げるために、私室へと向かう。

 先日、スラムから連れ帰った幼子は、まだ朝早いこの朝議の時間は与えられたベッドで幸せそうに眠っているだろう。

 ここに来て一週間ほどは落ち着かず、食も細く、夜も一人大きなベッドで寝るのは不安そうだったが、クロウとメロウを世話係につけていたのが慣れたらしく、最近では、やっと子供一人分ぐらいの食事は摂るうになったとのことだった。

 ライオネルにしてみれば、まだ小鳥の餌程度の食事だが。

 親も、家も、すべての温もりを彼女から奪ったライオネルが返すには程遠い。ほんの一匙程度の温もりでしかない。

 返していく人生の道のりの長さに目を細めながら、それでも王になって以来初めて、ライオネルは満足していた。

 自分の力で手にしていた全てを捨てた。

 地位も、権力も。

 たった一人。彼の指一本で簡単に倒れて死んでしまいそうな痩せっぽちで小さな白猫の少女のために。

 百戦の王と恐れられていた獅子の王は、その日、王冠を脱ぎ、王国には二度と戻らなかった。


「…なぁあんて!美談にされているようですけどねぇ!!あんたは、へたれですよ!へたれ!!!」

 主を主とも思わないような暴言に耳を塞ぎ、額に盛大に皺を寄せながら、ライオネルは、二日酔いの頭をどうにか持ち上げ、起き上がりかけた身体を、一人用にしては大きすぎるベッドへと、再び投げ出した。

 隣で寝ていたはずの、体温の高い温もりはすでにない。

 誰もいない隣を腕で確認しながら、ごろりと、寝返りを打つ。

「そうやって、あんたはさっさと、宰相に王位も正妃も押し付けるなんて無茶苦茶なことして隠遁生活楽しんでるけど!」

 ぎゃんぎゃんと騒ぐクロウの言葉を、しっしっと右手で追い払えば、更にヒートアップしたカラスの小言が雨と降る。

 元王だった、ライオンと、彼についてきたカラスと狼、ライオンの拾った白猫の獣人四人だけで暮らす広いだけの館に、声が響き渡る。

「隠遁とはいえ、森で狩りをし、木を切り、最低限の生活費もダンジョンで稼いで、お前ら二人とヒスイを養っている。昨日は、狐野郎が来たから多少深酒したぐらいで、ぎゃんぎゃんと。何の問題があるんだ」

「ありますよ!!おおありですよ!!いいですか?!才能ってのはね!限られた一部の人にだけ与えられたもんですよ?!更に言えば、その才能でのしあがった高貴な方は、才能も金も!使う義務があるんですよ!!」

 気怠げに反論していたライオネルと、掴みかからんばかりに騒ぐクロウを交互に見ていたヒスイの、緑の宝石のような瞳を、メロウの大きな手が覆い隠す。

 「姫さん、いつものことだ。日が暮れる。先に朝食へ」

 騒がしい一日がまた始まる合図に動じもせず、メロウがヒスイの肩をそっと押し出して扉へと向かわせる。

 「ヒスイの姫さん、今日は昨日約束していた、ふわふわんのパンケーキ、たくさん焼いてますよ!」

 ライオネルとの応酬の合間に振り返り、クロウが微笑んで告げた言葉に、心配そうに二人をまだ視線で追いかけていたヒスイの顔に喜色がぱっと浮かぶ。ライオネルが隠居して、半年。ようやく、子供らしく血色よくまろびてきた頬に、赤色の薔薇が咲き初めてきた。

 笑顔の頻度も増え、好きなものも増えたらしい。

 ヒスイとメロウとクロウ。自分の手で守れる範囲には、クロウや新王、王妃になんと言われようと、三人ぐらいがちょうどいい。

 そう思って、ライオネルは深酒の代償の頭痛に眉をひそめながらも、ヒスイとメロウを追いかけて、朝食室へと急いだ。

 いつかヒスイを嫁に出す日まで、この日々が続けばいいと。

 この館の全員が思っていた。

 

「そこまでして!隠居しておいて!」

 昨夜も深酒をしていた頭にクロウのわめき声ががんがんと響く。

「気付けば!ヒスイ様に惚れてるのにうじうじと、育てた恩を傘に着るのはとか、年齢差がとか言いっている内に出奔されて!さっさと恋情を告げておけばよかったのに!年の差が、とか!致し方ないことを言って、良い年をしてもじもじして…!」

「もじもじなどしてない!だが、結果的にヒスイは世界を見てくると旅立った!言わなくて正解だったのではないか!あいつの可能性を奪って、老い先短い俺とこの邸に一生縛り付ける必要はない」

 やる気のないライオネルの返事にクロウの目がますますつり上がる。

 広くはない主寝室の中を、がたがたとわざと音を立ててグラスに水を用意して、ベッドサイドのテーブルへとがんと置いた。

 クロウのその煩さい動きにも目を細めて頭痛をやり過ごしていたライオネルだったが、クロウが、

「だからメロウのやろうが」

と言い出したときには、ぎろりと視線を向けて、吐き出した言葉を飲み込ませた。

「メロウは、裏切らない。あいつを侮辱するな」

「でも!事実あいつは!ヒスイ姫様と!」

「クロウ」

 さらに言い募ろうとするクロウを遮り、重い体を起こす。

「あいつは、裏切らない。今も、俺が命じたヒスイを守れという命令を守っているはずだ」

 ライオネルは、日々の酒が残る揺れた頭をゆっくりと持ち上げると、ベッドの上であぐらをかき、うめき声をあげた。

「それに、何度も言っているが、ヒスイにはヒスイの人生があっていいんだ。俺が拾ったからといって、俺を愛する必要なんてないし、メロウを、俺は信じているが、彼らが番となっていても、それは、それでいいんだ」

 酒の匂いが充満する部屋を、大股に横切ると、窓辺へと歩み寄り、クロウを振り向きもせず言い捨てた。カーテンの陰から、日を受けて輝きだした、山の緑をじっと見つめる。

「幸せでさえいてくれたら、いいんだ」

 自分が殺してきた人たちの、消えない血の染みを今日も思い起こして、じっと手をみる。ヒスイの両親を、敵を。そして、仲間ですら屠った。何も作り出せない、殺して奪うことしかできない武骨な手だ。

 いくつもの村を蹂躙し、国を滅ぼして、スラムを作ってしまった。

 子供たちの家を、居場所を奪い、夢を見る権利すら破壊した、汚れた手。その手を何度も握ったり、開いたりしながら、長い一日を思う。

「クロウ、おまえも、いつまでも俺の側にいなくてもいいんだぞ」

「ちっ。あんた、自分のことは自分でできるって言いますけどねぇ!俺が!!いなけりゃ!この邸、今頃どうなってると思ってるんですか!!廃墟ですよ!廃墟!そう思うなら!人を雇ってくださいよ!こちとら人手不足で休みも取れやしない!本当に!人手不足もいいとこですよ!!」

「ははは!クロウにはいつも感謝してるよ」

 クロウの照れ隠しの悪態に、笑って、大きく伸びをする。

 さぁ、クロウを養うためにも、今日も、ダンジョンでも潜ってくるか。二日酔いの頭を現実にきりかえて、ライオネルは装備品を身につけ始めた。

「ダンジョンに行ってくるが、クロウ、いつだっておまえのいいようにしてくれていいんだぞ。人も。おまえ自身も。俺がいない間しっかり休んでくれ。先に寝てても構わない」

「待ってますよ!何度言わせるんですか!カラスは夜行性なんです!」

 優しい嘘に、もう一度、笑う。

「笑ってないで、気をつけて潜ってくださいよ!今日は、二日酔いなんだから!浅い部分だけにしておいてくださいよ!もう!若くもないんですからね!!」

 笑いながら出て行くライオネルに、クロウは悪態をつきながら、主が先ほどまでいた窓辺へと近寄り、どこまでも青い空が澄んで見える外を見上げた。

 三人で暮らしていた楽しい二十年を思う。

 ライオネルも、もう、若くはない。

 同年代の王と、王妃も。

 メロウとクロウも、そうだ。

 皆、もう、自分たちの時代の終わりを感じているし、次の世代のことを心に抱え込んでいる。

 ライオネル達が作り、王と王妃が繋いだ平和な時代。

 獣人達の世界に、かつてなかった、争いがない世界を作り上げた人たちの人生が終わる。

 戦いを知らない、平和な世界で。

 子供達はどんな夢を見ていくのか。

 クロウは、ライオネルとヒスイの子供が生まれて、夢を抱き締めた子供達が、この邸から巣立っていくという、儚く消えた夢を思った。

 ヒスイは、どこかで元気にしているのだろうか。

 着いていったはずの、メロウは、何をしているのか。

 短気なカラスらしく、苛々と脚を床に打ち付け始める。

 脳筋だったメロウも、二十年もヒスイに付き合って勉強していれば、手紙の書き方の一つぐらい覚えているだろうに。

 どこにいるのか。元気なのか。

 それぐらい、月に一度ぐらい連絡をくれたっていいのに。

 いや、欲を言えばもっと頻繁にどこで何をしているのか、元気なのか、帰ってはこないのか。どうして、この邸を出て、ライオネルを捨てて行ってしまったのか。聞きたいことも、溢れるほどにあるのだけど。

 ヒスイもヒスイだ。

 ライオネルに深々と頭を下げて出ていったのは、もう今生の別れのつもりだったのだろうか。ライオネルの言う通りだ。

 ヒスイは勝手にこの邸で育てられただけで。

 ライオネルも、クロウも、親でもなければ、兄弟でもない。

 家族でないわけだから、連絡をいれる義理もなければ、なんなら、挨拶もなく飛び出して行ったっていいし、ヒスイには、ヒスイの好きに生きる権利がある。

 でも。それでも。

「メロウのバカやろう。どこ、いってんだよ。連絡ぐらいいれろよ」

 溜め息と共に零れた呟きを置き去りにして、気持ちを切り替えると、クロウはベッドの周りの酒瓶を広い集め、酒瓶を片手に纏めて、空いた方の腕で、目元に滲んだ水滴をぐいと乱暴に拭った。

 朝日が、目に染みたけど。

 クロウの一日は、忙しいのだ。

 まだ、朝日は上ったばかりで。

 夜行性なんかじゃないカラスにとって、一日は長いのだから。


「ヒスイ様」

 呼びかけられた声に、抱えていたジャガイモを持ち上げ直して振り返る。

 両手いっぱいの、ジャガイモ。

 こんな体勢の私に対して、振り向くよう声をかけてくるということは、メロウが何かに警戒している、ということだ。

 ヒスイは黙って、ヒスイ以上にジャガイモを両手で持ち上げているメロウの背後に隠れた。

 体の大きな、白い狼の獣人のメロウの影に、ヒスイはすっぽり隠れるので、これだけジャガイモがあれば、ほぼほぼ見えないだろう。

 メロウがジャガイモを下ろしもせず、抜剣もしていないということは、念のための警戒というところだろう。

 長年の付き合いから、危険度を予測して。

 それでも。いざという時には、メロウに散々言われているように、ジャガイモを打ち捨てて走れるように備えておく。

 もったいないけどね。

 ジャガイモ。

 でも、イモはあとでまた拾いにこられるけど、命は落としたらそこまでだから。

 やると決めたことがあるし、もう、一人の命ではないのだから。

 絶対に守り抜かなければいけないものを思い出し、にへら、と顔が緩みそうになるのを自戒する。

 違う、違う。だからこそ、気を引き締めないと、なのだから。

 大きな背中の向こう側、そっと覗き見てみると、右手遥か遠くから、馬に乗った男が街道を駆けてくるようだ。

 王都から、辺境への早馬だろうか。

 黒の軍服に身を包んだ男が走り去る。

 あんな、豆粒より小さいサイズからよく気配を探れるな、と、さすが狼の獣人、猫とは違うな、いや、研鑽を詰めばもしかしたら可能性があるかもなどと感心したり、夢見たりしていると、普段はヒスイが何をしても、どんな決定も黙って従うメロウが、珍しく話しかけてくる。

「これから、どうしますか」

 騎馬や、軍服姿を見みて、思うところがあったのか。

 ぽつりと響く言葉に、ヒスイは、そういえば、聞かれなかったから、今まで言ってなかったな、と、反省した。

「帰るよ。ここまで来るのに半年かかってしまったし、このあとも、やることもあるし、行き以上に時間が掛かるけど。ライオネルの元へ。帰る」

 決意を込めて、きっぱりと言いきれば、メロウは、黙ってこくりと頷いて、今度は、ヒスイを先導するように歩き出した。

 この半年、いつも見てきた背中だ。

 半年前に、ヒスイは育ってきた家を飛び出した。

 スラムで生きてきた記憶が色濃く残るヒスイの生まれ育ちには、もったいないほど豪奢な邸だ。

 住んでいたのは、父親代わりのライオネルと、ライオネルに忠誠を誓っているメロウとクロウ。四人だけで、広大な邸と庭を維持しながら生活していた。

 でも、広い邸でもクロウは五人分ぐらい煩かったし、来客も多くて、寂しいとも、広すぎるとも感じたことはなかった。

 三十日を一月と数える暦で、一月に六十人ぐらいはなんだかんだと邸に客を迎えていた。

 それは、ヒスイの家庭教師の為に、とライオネルが招いた学者やどこそこのご婦人、宮廷魔導師様ということもあったし、やんごとないご身分とクロウが鼻で笑うような相手もいた。

 やんごとないご身分の方には男性も、女性もいたけど、ヒスイを拾ってくれたライオネルが、唯一、ヒスイ以外に優しい眼差しを向ける女性が一人だけいた。

 髪の毛も肌も透き通るほどに白いその人は、この獣人の国にも珍しい白い狐の獣人で。

 優しい眼差しでライオネルと見つめ合い、談笑しながら、いつしか、大きく膨らんだおなかを優しく撫でていた。

 彼女が、この国の王妃様で、昔はこの国のたった一人のお姫様だったとクロウから聞いて。クロウは、ライオネルが王様だったままなら、ヒスイはお姫様だったとか色々言ってたけど。

 私は、私がお姫様なんかじゃないことを知っていたし。

 そんなことより、種族は違うなぁと思っていたけど、父だと信じていたライオネルが父ではなかったこと。王様だったことのがショックだったし、もうライオネルを、パパだなんて、呼べないって思ったことしか覚えてなくて。

 そして、歳を重ねるごとに、もっと、ショックなことに気がついて。

 彼女が訪れる度、恭しく彼女が歩く度に手を、腕を差し出していたライオネルが、ある時、彼女の差し出した左手に、跪いて額を当てているのをみて、ヒスイは自分の恋心に気づいて、雷に打れた。

 父のように慕っていた。四人は家族のようなもの。そんなの、言い訳でしかなかった。家族でいれば、ライオネルがどれだけ周りに求められているすごい人でも、家族面して、一緒に居られると。どこかで甘えていたのだと。

 何も持たない、スラム育ちの自分でも。

 ライオネルもクロウもメロウも優しくしてくれるから。

 それでも、ヒスイには優しい眼差しを向けても、ライオネルは決してあのようにかしずいたり、あんななんとも言えない尊いものを見る眼差しで見つめたりもしない。可愛がってくれるけど。ただそれだけで。愛情深い人だから。ヒスイがやりたいようにと。そう優しく言ってくれて。ヒスイが、一生一緒に、側に居たいと言ったら、それを受け入れてはくれると思う。でも、それは、ヒスイがこれから求めている姿とはちがくて。だって、それは、ヒスイが離れたいと言ったら、離れる優しさで。

 だから、悩んで悩んで、悩んで。決めた。

 王妃様の膨らんでいくお腹を、愛おしそうに、目を細めて見つめていた人に、自分が何を示してあげられるか。

 ヒスイだって、いつまでも拾われたときの子供のままじゃない。

 分かっていた。ライオネルが元王様で。皆の反対を押し切ってヒスイを引き取って育ててくれたこと。隠居とかいっているけど、まだまだ頼りにされていて。お客様の半分以上は、ライオネルに相談しに来たり、頼ってきたりしているんだって。今も王妃様な元奥さんと、王様のことは特に可愛がって目をかけていて。この国も、人も、すべからず愛している、愛情深い人で。

 でも、すごく後悔している。孤独で悲しい人。

 クロウが騒がしくしているのも。

 メロウが黙って付き従っているのも。

 彼の寂しさと哀しさを知っているから。

 そして、彼が誰よりも償いたいと思っているのは私で。

 でも、私は、そんなこと、望んでなくて。

 ライオネルは、私が全部、失くしたって、それは、自分の罪だって考えていそうだけど。

 私には全てがあった。

 愛も。

 暖かい食事も、寝るところも。

 可愛いと誉めて笑ってくれる家族も。

 泣けば慰めてくれる手も。

 初めての、恋さえ。

 気づいた瞬間に、失恋した初恋は、私に考える時間をくれた。考えて、考えて。今度は私が返すべきだと思った。でも、世間を知らない自分では、何を返したら、どう返したら良いかも分からない。一度、離れて、世界を見て、自分のご飯は自分で稼いで、私の力で手に入れた何かで、ライオネルに何を返していくか決めようと決めた。

 彼が愛しく思う人を奥さんに戻すことも。

 王位を取り戻すことも。

 できないから。

 それを取り戻すことが正解かも分からないから。

 唯一分かっていた、私が愛する人をつれてきて、幸せだと示すことも。彼を愛した時点で無理だと思ったから。

 あと、できることは、なんだろう。

 そう、考えて、一人で、あの優しくて暖かい家を飛び出た。

 歩きと馬車を乗り継ぎ、カフェや食堂で働き、クロウが作ってくれたご飯の美味しさを知り、そのレシピを売りながら、路銀がなくなれば教会に身を寄せ。近隣の農家や商店を手伝い。王都を目指した。

 途中、そっと後を追っていてくれたメロウに保護され。

 話し合った結果、というか、頑なに折れてくれなくて、彼も付いてきてくれることとなった。

 王都に着いた後は、ダメもとで王妃様への面会を申し出た。

 無謀なそれは、ライオネルの威光の元すぐに受け入れられた。

 長い話し合いの末、彼への愛を示す方法を、彼に出来ることを探して旅に出ているという私に、王妃様は何度も帰ることを勧めてきたけれど。なんとか、最終的に戻ることを条件に、私が生まれ、滅びた村へ立ち入る許可と、いくつかの許可をもらい、また東を目指した。

 幸せで、平穏な邸の中しか知らなかった私は。たくさんの愛の形を見て、知り、広い世界の存在を感じた。

 その中で。迷いはそぎ落とし。

 やっと、覚悟を決めた。

 巨大な炎の魔法で焼き尽くされて、戦が終わって何年も経っても、草一本まだ生えてこない焦土と化していた、元、私が生まれた家のあった村を見て決めていたことを。

 愛しい人の側で、一生、何度でも振られる覚悟を。

 決めて、初めて、口に出した。

 帰るという言葉に、歩く足も段々と、軽く感じてくる。

「知ってた?メロウ。私がいた村。一面の焼け野原になってたの。ライオネルが、私を守るために、やったって。子供を守る親もいれば、村や国のためにって自分の子供を差し出す親もいる。それでも、ライオネルは、子供である私を差し出してくる村を焼き払った。私を守ってじゃなくて、色々な思惑や状況が重なっていたし、一つの出来事に、正しいとか、間違ってるとか、私は言えない。でもね、偶然が、重なって、私はスラムでライオネルに拾われて、育てられた。今回、元村があったとこ見に行ってね、端の方に緑が少しだけだけど生えていたの。自然はね、ちゃんと、芽吹くし、自分たちの力で生きて戻っていくんだよ。自分たちが正しいと思う姿へ。そう思ったらね、やっと、覚悟が決まったんだ」

 振り返らない背中に、ぽつぽつと話す。

 だから、私も、私の信じる正しい姿に、戻そうと思うと、メロウの前に回り込んで、笑顔で振り向けば、メロウが静かに、一つ頷いた。


 あの決意の日から、さらに一年。

 行きの、倍かかった私の旅が、やっと終わる。

 馬車が、ライオネルの邸の前に着くやいなや、邸の大きな扉が騒々しく開いた。

「ヒスイ姫さん!!!!」

 馬車を降りる前から聞こえてくる、一人騒がしいクロウの声に、ヒスイは苦笑しながら、メロウの手を借りて、ゆっくりと馬車を降り立った。

「ヒスイ…」

 短いようで、長くて。

 長いようで、短かった、一年半。

 最後に挨拶した時と、変わらない無笑顔。

「ただいま、ライオネル」

 小さい時に、お嫁さんになると決めてから、頑なに変えなかった呼び方で呼びかければ、ライオネルの気むずかしい顔が、仕方がないと言いたげに破顔して、目元にしわを刻む。

「よく、帰ったな」

「ただいま。ライオネル!家族を、連れてきたわ!!」

 抱えていた赤子を、そっとライオネルに手渡す。帰ると決めた日から、家族が増える度に手紙を入れていたので、その顔に驚きはないが壊れものを扱うように恐る恐る差し伸べられた手が、かつての小さい私を抱き締めた時のように、ゆっくりとその小さな温もりを引き寄せ、抱き締めた。

 きっとヒスイを引き取った時よりも小さいその温もりに戸惑っているのだろう。助けを求めるようにヒスイとクロウの間で視線を彷徨かせる姿が可愛い。

 とても、この国の英雄と云われている人が見せる姿ではない。

 笑いながら、ヒスイは空いた手で胸元を探り、ばーんと王妃様からの誓約書をライオネルに突きつける。

「王妃様に許可はもらってきたわ!ライオネルに、私が王位とか英雄とか、関係ない家族を作ってあげるのでって」

「な、何の話だ??」

 普段から武人らしく、冷静沈着だったライオネルの慌てた姿にヒスイが目を丸くしながら、小首を傾げる。

「えっ、王妃様が懐妊されて、思い悩んでいたから」

「ほら!!!あんたが!!唐変木だから!!ヒスイ姫さんが著しい誤解してるじゃないですか!!」

 クロウが叫びながら、ライオネルの腕の中から赤子を奪い取り、その背中をぐいぐいとヒスイの方へと押しつけてくる。

「あんたたちは、一度、じっくり腰を据えて話した方がいいんです!!メロウ!お子様方は全員馬車から降ろしたら、とりあえず応接室でおやつにしますよ!!」

 黙々と子供達を馬車から降ろしていたメロウが黙ってこくりと頷く。

 おやつの言葉を聞いて、緊張した面もちでヒスイの馬車からも後続の馬車からも続々と降りてきていた子供たちがわっと沸き立ち、一斉にヒスイの顔を伺う。

「おやつだって」

 四歳ぐらいの犬耳の男の子がヒスイに纏わりつけば、九歳ぐらいのウサギ耳の女の子が男の子の手を取り、訳知り顔に、連れ去っていく。

「ヒスイママは、今から大事なお話だから。先に行くわよ」

 年齢も性別もバラバラな子供たちが五人、二人に続いて走っていく。

「子供を連れて帰る、と手紙にあったが」

「びっくりした?」

 子供達を見守るライオネルの腕にそっと腕を絡める。

 ぴくりと、どう反応するべきか迷うようにライオネルの腕の筋肉だけが反応を示すが、振り払われることも、手を添えられることもなかったことに、ほっとしつつも、腹立たしくて。

 ヒスイはぎゅっと、その腕に更に身を寄せた。

 ぴくりと再び反応する筋肉に、気を良くしながら、子供達の最後尾、二歳ぐらいの女の子を抱き上げたメロウのゆっくりとした、その後ろ姿を見送る。

 ぱたりとドアが閉められ、お膳立ては整えられた。

「もう、帰らないかと思ったよ」

 絶対、自分からは話さないと決めていることを知っているかのように、諦めたように嘆息しながら、ライオネルは、自ら向き合うと、ヒスイを見つめた。ヒスイが飛び出ていくことを決めた日のことを思い出したのか、その瞳に切なさが滲む。

「一世一代の告白を、娘だと思ってるなんて嘘ついて断ったから?」

 拗ねた口調でヒスイが唇を尖らせば、ライオネルがまいったというように右手で自分の髪の毛をわしゃわたしゃと乱していく。

「嘘だって、わかっていたのかい?」

「そりゃ、まあ、これだけいっしょにいれば」

「女の子が成長するのは、一瞬だな」

 眩しそうにライオネルの瞳が細まる。

「反省した?」

「したね」

「捨てられたと?」

「そうだね」

「何が一番堪えた?」

「全部堪えたけど。そうだな。身分違いのようなので、身を引きます!ばーかって最後の一文かな」

「信じてないのに?」

「そうだね。君が、そう思わないように育てた気だったからね」

「私の愛をみくびらないでよね」

 ふんっと鼻をならして、ヒスイはライオネルの前に回り込んで、背伸びすると、その両手ごと、ぎゅっと頬を両手で包み込む。

「でも!傷ついたのは!ほんと!!ライオネルが、王妃様に額突く勢いでいて、愛おしそうに、日に日に大きくなってきたお腹を見ていたから!私には、たくさん言い訳を積み重ねて、愛してるって言ってくれないくせに!」

「それでこんなことに?」

「一度、離れて、世界を見てみようと。そしてね、やっぱり私はライオネルを愛しているし。どうしたら、ライオネルを幸せにできるのかなって」

「それで王妃様にも拝謁してきたのかい?」

「ライオネルの名前ってすごいのね!城がほぼフリーパスだったわよ!警備見直した方がいいわね!!」

「っははは!狐の野郎が手と気を回したんだろうな」

「王様が?」

「ああ、さすがに俺の名前でそんなフリーパスにはならないよ」

 悔しそうに下唇を噛み締めるヒスイを嗤うと。ライオネルの指が優しく下唇に触れてその跡を拭う。

「傷になってしまうよ」

「じゃあ、観念して、私が唇を噛み締められないように、口づけで全てを忘れさせて」

 ヒスイの無茶振りに、ライオネルが目を瞬かせる。

 一瞬の沈黙。

 やっぱり駄目かとヒスイが諦め掛けたその時。噛みつくような熱が唇から脳髄へと駆け抜けた。

 二度、三度。

 離れては、角度を変えて深まる口づけに。ヒスイがくったりとした頃。体を支えながらライオネルは耳元で囁いた。

「君が僕に家族を作って愛を示そうとしてくれたように。僕も、離れていた間に反省して、覚悟を決めたんだよ」

「覚悟って??」

「育てた、華を手折る覚悟、かな」

 まだライオネルの言葉だけでは確信が持てないヒスイの呆然とした顔を見て、ライオネルは珍しく、嬉しそうに瞳を輝かせた。

「何があったのか知らない癖にクロウには散々情けないと罵られるし、自分で自分が情けなくなるぐらい省みてな。自分と、人生と、君と。君から手紙が来た時に、決めたんだ。君が帰ってきたら、必ず言おうと決めていた。君が連れてきた子供たちと」

 そっとライオネルの左手がヒスイのお腹に翳される。

「将来の僕と君との子供と。クロウとメロウと、全員で、家族になろう」

思っていた結末と違う身分差??になりましたが、これはこれで愛のカタチなのかなと思います。


本人達が良いと思えば、ハッピーエンドかな!といういつものやつです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 身分違いの二人企画から来ました。 苦労人のクロウが良いキャラしていたと思います。 どうしてライオネルはヒスイを拾ったんだろう?とか、そこに至るまでには何があったんだろう?という点が気になり…
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