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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

宵闇の唄


「今朝のニュースです。一週間前行方不明だった△△市のAさんが、

□□山の崖下の渓流で遺体となって発見されました。」


「遭難ですか?□□山は△△市とはそう離れていない場所ですよね。

しかも当日の天気は晴れており、地元の人が迷うような所でもないらしいじゃないですか?」


朝のニュース番組でアナウンサーが状況を読み上げ、コメンテーターが訝しげに尋ねる。


「とても痛ましい状態だったそうで、全身打撲で顔が半壊していたそうです。」


「崖から転落したのでしょうか?」


「それが……第一発見者や鑑識が言うには被害者は笑っていたそうです。

奇妙なのは被害者の近くに折り紙の鶴がなぜか置かれていたことです。」


「それは自殺にしても軽くホラーですね……」


「現在、警察が当日の被害者の動向を事件事故両面において捜査しており――」



——————

————

——



夜よりも深い闇が立ち込め、世界を漆黒へと染める。

気づいたときには遅すぎたのだ。

夜道には独りの男が帰路を急ぐ、周囲には街灯もなく一寸の光も差し込まない。

暗中模索というのだろうか、その状況に男は恐怖していた。

宴は闌、酔いどれの男は気づけば見知らぬ場所に迷い込んでいたのだ。

道標もない中、人の手で作られたコンクリートで舗装された路面だけを頼りにおぼつかない足取りで直向きに走る。

朧気な意識の中、退路は塞がれ、残された手段がそれしかないからだ。

迫りくる漆黒の霧は次第に濃さを増し、視界を狭めていく、背後の道からその闇に飲み込まれていく。

ふと、背後から自身以外の何者かの足音が聞こえてくる。

更にそれが彼を恐怖へと突き動かす。

男にも家族が居た。今宵は彼の娘が産まれた祝いの席だった。

家には愛すべき妻も産まれたばかりの娘もいる。

男はなんとしても帰らなければならないのだ。

男が夢中で駆ける中、周囲は森なのだろうか?青臭い草木の匂いが立ち込め、

自身が人里を離れていることに気づく。


『クスクスクス……』


やがて風が吹き、草木が揺れる音に混じり少女がせせら笑う声が確かに聞こえた。

男は畏怖を覚える。

こんな真夜中の森の中に少女が居るはずがない。

男は全力で人気のない山道を駆ける。

次第に足音が大きくなっていき、距離が狭まってくるのがわかる。


「だ、誰だ!!!」


観念した男が堪らず、徐ろに振り向くもそこには誰も居なかった。

風も止み、静寂の中、男の声だけが木霊する。

突如、止んでいた足音が急速に近づき、けたたましい音で男の周囲を取り囲むように鳴り響く。


-- タッタッタッ


---- タッタッタッタッタッ!!!


------ タッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


「ひぃっ!!」


明らかに姿が見えない何者かが近くに『居る』ことだけを男に知らせ、

逃げ場をなくして絶望した男は尻もちをつく。














「——ねぇ……」


不意に影が男の背後から現れ、真夏にも関わらず寒気を覚える吐息が耳元に掛かる。


「どうして私を●したの?」


ぞくりとした氷よりも冷たい澄んだ声が男を闇に引き摺り込もうと誘う。

その声に男は背筋も凍る思いがし、思わず立ちすくむ。


「ひっ、ひっ、ひっ!やめろ、あれは事故だ!俺のせいじゃない!」


男にも過去に誰にも言えない罪があった。


「でも私ずっと待っていたんだよ?」


この山は二人の秘密基地だった。

男が少年だった頃、ある日、少女と待ち合わせの約束をしたのだ。

しかし、彼は約束を反故にしていた。

その日はにわかに酷い豪雨が降り注いだ。

二人の秘密基地は大雨の影響で地すべりを起こし、待ちぼうけを食った少女は土砂に巻き込まれたのだ。


「それは……」


「私——知っていたんだよ君が☓☓ちゃんと遊んでいたのを」


「——ッ!!」


男は妻の名前を少女の口から聞かされ、二の句が継げずに顔面から血の気が引く。


「これ覚えてる?」


少女が手のひらを広げると一羽の折り紙の鶴が現れる。

それはかつて男が折って少女にあげたものだった。


「私だって君のこと好きだったんだよ。だから、ずぅーーっと……この時を待っていたの」


宙に浮いた少女の顔がニターッと不気味に笑う、青白いその顔の面は半分なかった。


「頼む、やめろ!許してくれ!!俺にも妻も娘もいるんだ!!」


「もう遅いわ」


少女の残酷な一言で今まで地を駆けていた男の体が急に中に浮く感覚に包まれる。

――直後、叫ぶ間もなく、男の体はどこまでも堕ちていき、底しれぬ闇へと吸い込まれていく。



——————

————

——



どれだけの時間が経過したのかもわからない。

或いは一瞬の出来事だったのかもしれない。

盲目の暗闇の中、水が流れる音が近くで聞こえる。

男の命の灯火は正に尽きようとしていた。


「あ……がぁ………」


横たわった男の面は少女同様に半分に砕かれ、まともに声を出すことも最早叶わない。

二人の眼の前には仰々しく堅牢な鉄の扉が現れ、対に置かれた幾つもの篝が扉の方へと連なっている。


「さぁ……私と永久に一つになりましょう?」


手前から一つ、また一つと、青白い不知火が篝に灯り、

最奥の篝に鬼火が灯った時、黄泉の國の扉が開かれる。


「心配しなくても大丈夫、私が☓☓ちゃんの代わりに君を愛してあげるから」


「……」


「これはもう要らないね。」


少女は蹲り、男の亡骸の横に折り鶴を置く。

淡い焔のような男の魂が現れ、少女は慈しむように後生大事に抱きかかえる。

揺らめく炎を落とさぬように少女は中に深淵と怨嗟が渦巻く扉へと歩んでいき、消えていく。


「ずっと——ずっと、寂しかったけど、君と一緒ならもう怖くないよ。」


扉が重々しい音を立てて閉鎖されると篝火も扉も消え失せ、

残されたのは川のせせらぎと天上の半月と星々の煌めきだけだった。

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