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6・恥ずかしがり屋の苦悩(ラウルSide)


(すっごい修羅場だったっスねぇ……)


 壁に張り付いて銅像の如く固まっていたコニーは、嵐が過ぎ去ったのを確認して胸を撫でおろす。


(相性が悪いとは聞いていたっスけど、ここまでとは。二人がどんな会話するのか気になって、付いてきたはいいものの……)


 ラウルとセレナが会話する姿は、騎士隊の面々どころか屋敷の使用人すらも見たことがない。興味本位から夫妻の会話に同席したコニーであったが、少しばかり後悔の色を浮かべていた。


 チラリと視線を動かせば、顎に手を当てて考え込むラウルの姿が映る。


(意外とショック受けてたり? ラウル様が何考えているのか、オレも未だにイマイチ分かんないんっスよねぇ)


 コニーは頭の中では思考を巡らせつつ、ヘラっとした表情でラウルへと話しかける。


「ほら~。ラウル様は言葉足らずすぎるんスよ! あの言い方じゃ夫人が怒っても仕方ないっていうか。乙女心は繊細なんス!」


 昨晩のやり取りでも思うところがあった故の発言であったが、反応が一切返ってこないので、コニーは困った顔で頬をかいた。


「ま、まあ。言い分は確かにラウル様の方が正しいっスけど……」


 ならば主人の肩を持とうかと思った発言にも、ラウルは何も言い返さない。

 少し心配になって顔を覗き込むと、ようやく反応を示したラウルと目が合った。


「お。ちょっとは立ち直ったっスか?」

「なあ、ラウル」

「はい?」

「セレナは、外に出たがっていたのか?」

「……はい?」


 想定外の質問に、コニーは瞬きを繰り返す。


「そりゃあ、一生屋敷の中に閉じ込められて喜ぶ人間はいない気もするっスけど……」


 ふむ、とラウルは天井を見上げる。

 思い返すのは、セレナを花嫁として出迎えた日の光景だった。


 歩き方を知らない幼子のように、馬車から降りるセレナの足は震えていた。

 全身は強張り、執拗に周囲の景色を警戒する目をしていた。

 不安、恐怖、動揺。手に取るように伝わる感情に、「この子は外の世界が怖いのだ」と理解した。


 実際、まだ当主が入れ替わったばかりのクレイトン辺境伯領は、安定とは程遠い土地だった。

 民から心無い声をかけられるかもしれない。ラウルの存在を快く思っていない存在から、危害を加えられるかもしれない。


 きっと、アーロン侯爵家では蝶よりも花よりも大切に育てられていたに違いない。

 それが、こんな軍人上がりの辺境伯の元に嫁がなければならなくなったのだ。

 望んですらいなかった結婚を、14歳という若さで強要されたことも知っている。もしかしたら、涙ながらに別れた想い人がいたかもしれない。


 ならばせめて、自分のせいで被る悪意の全てから守ってやりたい。


 そんな思いから命じた「外に出るな」という言いつけに、セレナは今日この日まで不満を露わにすることはなかった。


 だからこそ、セレナから先ほど言われた言葉は、ラウルを酷く動揺させた。


「俺はいつの間にか、セレナが望まないことをしていたのか?」

「うーん……な、なんともフォローし難いっスね……。ラウル様がそうしようと思った意図をちゃんと言葉で伝えればいいじゃないですか」


 簡単なことだろう、と言いたげなコニー反して、ラウルは口を手で覆い隠す。

 不思議に思ったコニーだったが、彼の表情を確認して思わず吹き出しそうになるのを堪える。


「それは……は、恥ずかしいだろ……まるで俺が、庇護欲の塊みたいに……」


 隠しきれない頬の赤み。

 コニーは、珍しいものをみたと無邪気にはしゃぐ。


「初心っスね!! いやあ、オレらの大将がこんな初心で、騎士隊大丈夫っスかねぇ!」

「うるさい。訓練を倍にしてやろうか」

「昨日も言われてたじゃないっスか。どうして私を抱いてくれないのかって」

「そうは言われない!!」


 確信的な一言をコニーに突かれ、ラウルの顔はさらに赤くなる。


「もう14歳のおこちゃまじゃないんスから。オレも久々に夫人の姿見ましたけど……綺麗になられたじゃないですか」


 ふんわりとした長い白髪に、透き通るような黄色の瞳。ぷっくりとした桃色の小さな唇は、嫌でも視線が向いてしまう。

 買い物を嫌うセレナだが、きっと化粧と質の良いドレスで着飾れば、息を呑むほど美しいのは明らかだ。


「仲直りも兼ねて、今晩くらい夫人の部屋に」

「いや。行かない」


 どうして、とまたからかおうとしたコニーだったが、ラウルが存外真剣な表情に変わっていたので、眉尻を下げて視線を下に逸らす。


「まあ……ラウル様の言いたいことも分かるっスけど……」


 戦場にいる限り、明日死ぬ覚悟で生きろ。明日を生きる覚悟で戦え。

 それは、ラウルが常々部下に申し付けていた言葉だった。


「俺が死んでも、セレナにはこの先長い人生が待っている。その時……」


 好きでもない男に傷物にされた過去があれば、彼女は一生悔いて生きるだろう。

 ラウルは、その言葉まで述べずに口を閉じる。


 政略結婚が決まった時、ラウルは決意していた。

 せめて、自分の姿なんか忘れて幸せに生きられるよう、セレナへの想いは墓場まで持っていく、と。


 一目見た瞬間から、守りたいと思った。

 戦場から帰るたびに美しくなるセレナに早く会いたくて、帰路を急いだ。

 何か話しかけようとは思っていたが、セレナの気高さに圧倒され、何を話しかけても自分では話し相手に不相応だと思っていた。


 それに。


「好きでもない男から話しかけられるのは、気持ち悪いだろ」

「なんでそういうところばっかし、変に自信ないんスかね。うちの領主様は」

「事実だ」


 コニーは呆れ顔でやれやれと首を振る。


「オレには、盛大にすれ違っているようにしか見えないっスけど。まあ、今すぐどうこうできる関係でないのも確かですし……とりあえず、外出の許可出してみてもいいんじゃないっスか?」

「許可、か」

「4年前とは違って、領地も安定しましたし。そんなビクビクするほどの危険はないっスよ」


 ふむ、とラウルは再び考え込む。


「……俺が一緒の方がより安全だな」

「それは」


 余計に夫人が嫌がるのでは? と言いかけたコニーだったが、すでにラウルが二人での外出光景を思い浮かべてワクワクしている顔をしていたので、口をつぐんだ。


(前言撤回っスね。ラウル様、めちゃくちゃ分かりやすいっス……!)


 まあ、何がきっかけであれ、養子を迎えたのなら夫婦仲が改善されるにこしたことはない。

 なるようになるだろうと、いつもの楽観主義に切り替え、コニーは見守ることにした。


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