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5・意地か信念か


 ドクン、と心臓が跳ねる。

 素人目に見ても、ラウル様が率いる騎士隊は統率が取れていたように見えた。しかし、反乱軍の中には、確かに隊員が混ざっていた。


「前の領主様の人気は凄かったから。いきなり上司が変わって納得がいかない層もいるんじゃない?」

「男ってめんどくさいわねぇ。ま、ワタシ達は賃金さえもらえりゃそれでいいんだけど!」


 侍女らの笑い声が聞こえる中、ギュッと手を握りしめる。


 今の騎士隊は、てっきりラウル様が宮廷騎士団時代の部下をそのまま連れてきたと思っていたけれど……よく考えればそうよね。この土地にも、元々仕えていた人たちがいたのだから、統合されていてもおかしくない。


 では、前領主派は一体……? 


「あれ、セレナ様。そんな隅っこで立ち止まって、どうしたんっスか?」


 背後から声を掛けられ、ビクッと肩を上げて振り返れば、ラウル様の側近であるコニーが立っていた。


「具合悪いっスか? 昨晩寒いのに外に出ましたもんね」

「なんでもないわ。ラウル様の所へ行こうとしただけよ」

「あ、じゃあオレも行く予定だったんで、一緒に行きます?」


 ……普通、夫人が領主に用事があると言ったら、控えるのが部下だと思うのだけれど。

 軍人ならではの距離感なのだろうかと、私は頷いて彼の後ろをついていく。

 侍女らの姿はとっくに見えず、お喋りに満足して仕事に戻ったのだろう。


 無言が気まずい。勢いで会話したけれど、私はこの人の名前以外の情報を知らない。


 私は未来の世界で、ラウル様が用意したと言った部下と共に逃げる。私を迎えに来たのは、コニーとジアンだった。


 でも、逃げ切れなかった。逃走経路を用意したのがラウル様なのか、側近なのかはさておき、私たちが辿る道を知らなければ敵側に襲われることもなかった。


 ……この二人のうち、どちらかが敵側に情報を漏らした? 


「あ、貴方は……」


 聞いてみよう、と思ってやっぱりやめる。

 どうせ内心何を思っていても、夫人である私に「前領主派です」なんて素直に伝えてくれるわけない。


「前領主派か、ラウル様派かって話っスか?」


 ため息を吐きかけて、目を丸める。そんな私の姿を横目に見たコニーは、クスっと笑った。


「オレ、地獄耳なんスよ。女性って、ほんとお喋り好きっスよね~」

「聞いていて知らない顔したのね。見た目以上に強かな人ね」

「それ、誉め言葉っスか!? ありがとうございます!!」


 子犬のようにキラキラとした瞳で見つめられるので、ちょっと苦笑いを作る。

 こういう距離感が近い人は苦手だ。


 私の気疲れをよそに、コニーはあどけない表情で手を首の後ろで組んだ。


「まあ、ぶっちゃけ最初は嫌いでしたね~。オレ、この辺境伯領出身っスから」


 私の想定は大きく外れ、コニーの口から率直な意見が漏れる。


「じゃあ、貴方は前領主が率いていた隊の人なの?」

「そうっスよ。まあ、当時俺は14歳で。戦地なんて連れてっても貰えない新米でしたけど」

「そう、なのね……」

「領主様が死んで16歳の時にラウル様がやってきて。俺に最初なんて言ったと思うっスか?」


 なんだろう。一つも頭に思い浮かばないので、私はやっぱりラウル様のことをよく知らない。


「ひ弱そうだな、って言ったんスよ! まあムカつきましたよ! そりゃ、アンタの方が背がデカいからそうに決まってるだろ……って」


 コニーはケラケラと笑いながら当時の様子を語る。

 そんなことを言われたら、今でも側近でありながら確執があってもおかしくないかもしれない。


 私が目を伏せて考え込んでいると、コニーは「でも」と続ける。


「オレ、感謝してるんス。チビで弱くて、なんの役にも立たないオレを、一から付きっきりで鍛えてくれたんス。いまでは、オレにも部下がいて、大事な仕事も任せてもらえるようになりました」

「ラウル様が貴方を?」

「はい。厳しかったですけど、素直にラウル様を尊敬できたんス。だから、心に決めてるんスよ。次こそは、領主様のお役に立とう、って。守るべきものが目の前にあるのに、無力で何もできないって想いはもうコリゴリっス!」

「……そう」


 顎に手を置いて静かに答えると、コニーは眉尻を下げて頬を膨らませた。


「あ! 信用してない顔っスね!」

「いえ。その、貴方達が言う“命に代えても守る”っていう感覚がさっぱり理解できないだけよ」

「へへ、かっこいいと思いません? 己の使命! って感じがして」

「……特に」

「あ、そうっスか……」


 コニーががっくりと肩を落としたところで、丁度ラウル様の部屋の前についた。コニーがノックをして扉を開ける。


「ラウル様~。夫人が来たっスよ~」


 書類仕事をしていたラウル様が顔を上げる。

机に向かうのに邪魔なのか、横髪は耳にかけてあり、胸元近くまで開いた白いシャツ姿。昨日に引き続いて合った目は、いつもみたいに何を考えているのか分からない。

 いつもの甲冑姿しか見たことがないので、一瞬別人かと思った。


 そ、そうよね。普段からあの金属で固めまくった姿ってわけじゃないのよね。


 小さく咳ばらいをして、要件を伝える。


「ルカの件です。生家から何か持ってこられたんでしょう?」


 ラウル様は「ああ」と思い出したような顔をして、視線を横にずらす。つられて追えば、部屋の隅には山積みの用品があった。


「何が必要で不必要か分からなかったから、全部持ってきた」

「見てもよろしいですか?」


 こくりと頷いたのを確認して、足を進める。

 子供用の服や玩具に絵本。それと、ルカの成長日誌と思われる記録簿が数冊。手に取って中身を読めば、ルカに関することが事細かく記載されていた。


「……そう、もうすぐ離乳食が始まる月齢なのね」

「君の方で必要なものと不必要なものを分けていい。いらないものはそこに置いておいてくれれば……」

「いらないものなんて一つもありません」


 きっと大事に育てられていた。母親でもない私が勝手に分別するなんて、失礼だ。

 量的にも私の部屋にすべて収まりそうだし、あとでイリスにも整理整頓を手伝ってもらおう。

 私自らが片づけなんてしたら、また執事長であるセバスチャンが悲鳴をあげそうだと想像して、僅かに口角が上がる。


 自分の世界に浸っていると、ふと視線を感じたので目を向ける。すると、すっかり書類仕事に戻ったと思っていたられていたラウル様が私をジッと見つめていた。


「私の顔に何か?」

「いや……君の笑った顔を初めて見たな、と」

「笑っていません」

「そうか……」


 よし、帰ろうと思ったがラウル様に呼び止められる。


「これから子供を育てていくのなら、その用品だけでは足りないことも出てくるだろう」

「そうですね。特に粉ミルクなんかは、できれば同盟国の物を使い続けたいです」


 成分なんかはよくわからないけれど、子供の食事環境を急に変えるのは良くないと本にも書いてあった。


「予算に組み込むようセバスチャンに伝えておくから、業者から仕入れるといい」


 予算に組み込む。ということは、屋敷の資金でルカに必要なものを今後買い続ける必要がある。それは……間接的にラウル様の収入を使うことに……。


「嫌です」


 脳内の思考回路が繋がった瞬間、咄嗟に拒絶を口にしてしまった。ラウル様は表情を変えないまま、息を吐き出す。


「相変わらず、買い物を嫌うんだな。心配しなくとも、もう充分に収入はある」

「存じ上げております。ラウル様の成果によって領地が潤っていると」

「ではなぜ? この地の商人の質が気に入らないのであれば、王都から呼び寄せてもいい」

「望みません」


 良くない流れだ。

 すぐに訂正するつもりだったのに、引くに引けなくなってしまった。理論的には理解しているのに、剣の先から流れる血で私たちが養われるのだと思うと、感情が意地を張る。


「わ、私のお金でなんとかしますから。どうぞご心配なく」

「どうやって? 君には収入を得る手段がないだろう」


 カッと、顔が熱くなる。

 指摘されずとも、愚かな発言をしたと自覚したからなおさらだ。


 私が信念を貫き続けたとして……被害を被るのはルカの方。自分のそばに子供を置くと決めたのなら、柔軟な考えも持たなければならない。


 血で得たお金で買い物はしない。

 ……私の信念は結局、しょうもない意地だったのだろうか。


「私は……」


 聖女たるもの、人を助けて血を憎むべし。

 憧れて、憧れ続けて……叶わないと知っていても、心だけは聖女であろうと決めた決意は……指摘された程度で恥ずかしさを覚える程度のものだったのだろうか。


 うるっと視界がぼやけ、私はラウル様に背を向け扉へと向かう。


「……貴方が外出の一つでも許してくれていたのならば。今頃自分の手で得た収入があったのでしょうね」

「セレナ! 俺は君を泣かせるつもりじゃ……」

「ルカの件については、今後セバスチャンに相談します。話は以上です」


 ラウル様の言葉を遮って、淡々と告げて部屋を後にする。

 まだ一日も経っていないというのに、随分と疲れた。


 未来のためにも、ルカは私のそばで育てたい。

 クーデターに関する情報ももっと集めていきたいし、頭の中のリストにある「裏切者候補」を一つずつ精査していく必要がある。


 二度目の人生では、情報がなにより貴重だと理解して立ち回るつもりだったけれど。


「想定外ばかりね……」


 私が二度目の人生を歩むにあたって、こんなにもラウル様と接点を持たなければならないなんて、考えもしなかった。


 本当なら一生話さなくていいはずなのに。

 向こうだって、私と会話も会いたくもないはずよ。

 私たちは愛のない、形だけの夫婦。用事を済ませるのに、感情なんて使わなくていいはず。


 なのにどうして……こんなにも傷ついたかのような気持ちになるの。


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