表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
事務長の業務日誌  作者: 川口大介
第一章 事務長、初仕事で豪傑と美女の激闘を見る
7/39

 人員も少ないことだし、最初から大層なことは命じられまい、とミレイアは予想しながら書類を読み進めていった。

 すると予想通り、というか予想以下の、つまらない仕事であった。しかし命じられた以上、やらないわけにはいかないし、やるとなったら手抜きはできない。だが全力を尽くして完璧に成功させたところで、やはり大した仕事ではないのだ。

「うーん。何とかして、命じられたこと以上の成果を挙げる。というのができるかな、これ」

 わざとらしく大きめの声で言って、ちらりと掃除のお姉さんを見たが、聞こえていないフリをしている。そして書類棚を拭いている。

 一体、何を考えておられるのか? 直々に監視? それにしてはマヌケというか、だから一体なんでこんなこと? とミレイアが混乱を深めていると、

「おーい事務長。一人で読んで一人で納得……はしてないっぽい顔だが、とりあえず俺にも教えてくれよ」

「あ、ごめんなさい。えっとね、」

 ミレイアはクラウディオに、書類の内容を説明した。

 場所はここから少し離れた山間の村、リフシダ。いたって平和な、のどかな村である。

 だがいつからか、奇妙な目撃談が相次いでいるという。曰く、尋常ではない大きさの動物たち、狼や熊、猿や兎などが、山をうろついているとのこと。

 今のところ人的被害は出ておらず、目撃談もそう頻繁なものではない。それ故に騎士団も本腰を入れての調査などはしておらず、最初の目撃からはもう何年も経過している。

 その間も、今現在も、人的被害は全くない。村に何人かいる狩人たちから、普通の動物の数が減った、というような異変が報告されたりもしていない。ただ「異常な大きさの動物の目撃談」だけが時々出る、という状態が何年も続いている。

「妙な話だな」

 クラウディオが感想を述べた。

「普通とは明らかに違う大きい獣が、ある時期から突然発生して、それなりの数、且つ何種類もいるってのか? だったらそいつらだけが増え、普通の獣たちは生存競争に負け、駆逐されるはずだ。そうはならず、といって大きい獣たちの方も死滅してはおらず、普通の獣たちと共存できているだと?」

「そうね。弱肉強食の摂理からして、そんな状態で何年も何事もないというのは、明らかに不自然。その大きい動物ってのが、自然の中での突然変異であれ、どこかの魔術師の実験か何かであれ……あ」

 ぽん、とミレイアは手を打った。

「そっか、何か覚えがあると思ったら。リフシダの山といえば、【失恋のエルージア】ね」

「なんだそれ」

「昔読んだ本に書いてあったの。エルージアっていう魔術師が、ある妄執的な研究を続けた末に没した地というのが、リフシダ近くの山中だと言われててね」

「そこに研究所を構えて、死ぬまで研究に励んでいたってのか?」

「そうらしいわ」

「で、それが今回の事件に関係あると?」

 ミレイアは首を振った。

「ううん。エルージアの研究内容は、動物なんかとは無縁のものだから。多分、関係ないわ。ごめんね、ただ地名から思いだしただけなの」

「いやいや、とーんでもない」

 セルシオーネが、窓を拭きながら言った。

「案外、そういうところから手がかりが見つかるかも、ですよ。実際、エルージアなんて名前、騎士団の中でも、王宮魔術師の研究チームの中でも、聞いたことないですし。それにしても、流石はミレイアさんですね。多くの本から得られたという豊富な知識、噂に違わず……って、女王様が言ってました。はい」

 セルシオーネは窓を拭く。 

 ミレイアは咳払いをひとつして、話を続けた。

「エルージアの研究施設の跡でも見つかれば、何らかの収穫にはなるだろうけど。そんなの、あるかどうかもわからないし」

「ふむ。とりあえずその、謎の巨大動物の調査が俺らの初任務なんだな」

「噂話の調査、ね。そう、初任務は噂話の調査……それも山奥の動物の……か。わたしたち、あんまり期待されてないのかな」

 肩を落とすミレイアに、クラウディオは明るく言った。

「そう言うなよ。たった二人しかいない新設部隊の俺らまで、凶悪犯罪対策に駆り出さなくちゃならない程に、この国の治安は危機的状態、ではないってことだろ?」

「それはそうだけど」

「逆に、案外この件が、凶悪で大がかりな犯罪に繋がっていたりしたらどうだ? それをぶっ潰すことで、俺らは初任務からいきなり大手柄だ」

 ぐっ、とクラウディオは握り拳をつくって、ミレイアの目の前に突き出した。誇張でなく、ミレイアの頭蓋骨に近い大きさがある拳だ。

「そう考えりゃ、燃えもするだろ? やってやろうぜ、事務長さんよ」

 大男の、大きな大きな拳を鼻先に突きつけられて。

 その拳は、自分を力強く励ましてくれているもので。

 ミレイアは、

「……うん。そうね、頑張りましょ」

 こつん、と小さな拳を打ち合わせた。

 そんな二人を、掃除のおねーさんが見つめていた。優しく微笑んで……いるのかどうかは、顔を隠しているので判らない。


 リフシダまでは、徒歩で二日ほどの旅になる。予算のない今、節約せねばならぬ今、馬車などは論外! との事務長ミレイア様の指示により、遊撃小隊の総勢二名は、王都ガルバンを歩いて出発した。

 初任務であり初出発である。冒険者として旅慣れているクラウディオと違い、ミレイアは当初、かなり緊張していた。が、巨大な槍を肩に担いだクラウディオの超巨体を見て、襲ってくるような山賊など、まずいない。旅は何事もなく順調に進み、ミレイアの緊張も徐々にほぐれていった。

 あの日の牛の様子から考えるに、人間だけではなく獣だって、クラウディオの迫力には恐れて近づかないのかも、とミレイアは思った。もちろんそれは、ミレイアにとっては頼もしいことである。人手不足の今、事務長の自分もこうして、現場に出なければならないのだから。

 緊張が解けるに従って、ミレイアの心にも余裕ができてきた。

『いつの日か、事務長らしくデスクワークだけになる日を夢見て、今はガマンね』

 女王陛下より直々に賜った、事務長という身分に誇りを持っているミレイアには、出世欲とはまた別の拘りもある。だから今も、胸には燦然と「長」クラスの証明であるバッジが輝いており、蒼く折り目まっすぐで丈の短い、事務員制服のまま旅に出ている。

 しかし、それはそれとして。バッジ輝くミレイアの胸には、また別の思いもあった。

『なんだか、クラウディオみたいな戦士と旅をしてると、ちょっとだけ……ね。ちょっと、大魔王と戦う英雄チームの一人、美少女魔術師になったみたいな気分もするわね。ふふっ』

「どうした事務長、ニヤニヤして」

「え? あ、なんでもないっ」

 そんなやりとりをしつつ、予定通り二日で、ミレイアとクラウディオはリフシダの村に到着した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ