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事務長の業務日誌  作者: 川口大介
第一章 事務長、初仕事で豪傑と美女の激闘を見る
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 事務所の中。今はまだ二人しかいないが、とりあえず体裁を整える為と、後の人員拡張を見越して、事務机と椅子が4セット、四方から向かい合う形で置かれている。

 その中の一番奥、上座の事務長席に、ミレイアが着席していて。

 ミレイアから見て右手の席に、あの日と同じ出で立ちの戦士が着席していた。

 剣は机の脇に立てかけ、槍は足元に置き、防具は身につけている。彼に合わせてということか、椅子も机も最初から特別に大きなものが用意されていた。ミレイアもそのことは知っていたが、まさか、あの時のあの戦士が来るとは。

「あの……さっきは、ごめんなさい」

 まだちょっと赤い顔で、眼鏡の位置を直しながらミレイアが頭を下げる。

「いや、誰か来ることを考えてなかった俺も、配慮が足りなかった。悪かったな」

 自己紹介はもう済ませた戦士、クラウディオも苦笑しながら頭を下げた。

 彼はいわゆる冒険者なのだが、現実はなかなか物語のようにはいかない。盗賊退治だの遺跡の財宝だので大儲け、なんてことはなかなかできない。商隊の護衛や、紛争の傭兵などをして食いつないでいるのが、大多数の冒険者の実情なのである。

 クラウディオの場合、旅をしている中でたまたま縁があり、リンガーメル騎士団の、地方分隊による魔物退治や犯罪組織のアジト急襲などの時に何度も雇われ、常連になっていたのだ。それで騎士団の中に名が広まり、クラウディオ自身も騎士たちとの交流で騎士のこと、騎士団のことをいろいろと学んでいった。

 それで今回、「外部の者だが、騎士・騎士団のことをそれなりに知っている」「騎士たちと既に顔見知りであり、信頼があり、そして実力もある」といった点を買われて、ミレイア提案による新設遊撃小隊の、立ち上げメンバーとして選ばれ、雇われたのである。

『……うう』

 彼、クラウディオが悪い人ではない、むしろかなりいい人らしい、のはもう知っている。外見に見合う実力、文字通り力があるのも知っている。

 だがこれで、また一つミレイアの夢が潰えた。公私両面の夢、の「私」の方はもう跡形もない。未熟な美少年騎士と二人で~のイメージの中にあった「彼」の姿は、はっきり言ってクラウディオとは思いっきり正反対の美少年だったのだ。それが。それが。

 ミレイアが肩を落としていると、クラウディオが怪訝な顔をして聞いてきた。

「なんだ、どうしたんだ。朝から元気ないな」

「……まあ、その、えっと……あの、どうしてこんな朝っぱらから水浴びなんて?」

「朝だからだ。俺の一日は、この筋肉に気合を入れることから始まるんでな」

 むんっ、と腕を曲げてリキを込めてみせるクラウディオ。

「軽く体を動かしてひと汗かいて、その汗を流して。全てはそれからだ」

「は、はあ」

 健康的に、朝のトレーニングを欠かさない、というところか。戦いが仕事で体が資本、の戦士としては、当然のことかもしれない。戦地にいれば、毎日の生活がそのまま実戦兼訓練になるだろうが、街中ではそうもいかないであろうから。

「ところでクラウディオさん」

「クラウディオ、でいい。あんたはここの責任者で、俺より地位が上なんだろ、事務長?」

「あ、はい。それはそうですけど」

「そういう敬語も堅苦しいから、なしにしてもらえるとありがたい。お互いにな」

「それじゃ……クラウディオ」

「おう。ところで朝飯がまだなんだが」

「わたしもよ。そんなに長くかからないから、これからのことについて説明させて」

 朝から、しかも新天地の新任務の初っ端から凄いのを見せられて絶叫させられて、公私の夢を砕かれて、ミレイアは早々に疲れてしまっている。

 が、クラウディオの言う通り、二人っきりとはいえこの部署ではミレイアが一番エライ、責任者、事務長なのだ。へこたれてはいられない。

「あなたも聞いていると思うけど、この遊撃小隊は、まだ正式に内務団や外務団と並ぶものではないの。残念ながら今は、それらの下請けをやらせてもらうしかないような立場よ」

「らしいな」

「で、その任務については城から連絡があると……」

「はーい!」

 いきなり、やたらと響く女の声がして、ミレイアから見てまっすぐ正面にある、事務所のドアが開いた。

 そして入ってきたのは、一人の女性。ミレイアのものとは比較にならない分厚い眼鏡をかけ、頭には三角巾、口元は逆三角形のマスクで隠し、作業用エプロンを身につけている。そんな出で立ちなので顔は殆ど見えないが、声と体型からして若い女性なのは判る。

 というか、三角巾から豪快に溢れて出ている、豊かに波打つ碧色の美しい髪……そういえば今の声、この背格好……ミレイアには覚えがある。数日前、ミレイアに事務長職を任命した女性に、ものすごーくよく似ている。

 あんぐりと口を開けて固まっているミレイアをよそに、クラウディオは気軽に声をかけた。

「お前は?」

「はい! 私は、ここ担当の掃除のお姉さんとしてお城で雇われました、セルシオーネと言います! 以後、よろしくお願いしますっ!」

 ぺこりとお辞儀をする掃除のお姉さん、セルシオーネを見て、その声を改めてよくよく聞いて、ミレイアは彼女の正体を確信した。大声を上げてツッコミたいところだったが、でもそれは不敬であろうか? あるいは何か深いお考えがあってのことかも? と判断。

 その結果、心の中の叫びと歯軋りだけでそれらを処理することにした。

『そ、それで捻ってるつもりなんですか、名前! というか何でそんなことをっ?』

「セルシオーネ。どこかで聞いたような名前だな」

『わかってないのクラウディオっ?』

「まあ、よくある名前ですからね」

『この城下町では、五歳ぐらいになれば知らない子は一人もいない名前ですっっ! ちょっとだけ発音違いますけど!』

 ツッコミを噛み殺すのは、しんどい。そのことをミレイアは初めて知った。

「あと私はですね、掃除をするだけではなく城からのメッセンジャーも仕事でして」

 セルシオーネは、エプロンのポケットから折りたたんだ書類を取り出して、

「つまり、女王様からの使いです。この命令書をお渡しするようにと」

 ミレイアに手渡して、

「確かに、お渡ししましたよ? では、私は早速、掃除を始めますね! お二人はどうぞ、私にお構いなく、作戦会議とか始めちゃって下さい!」 

 事務所の奥から掃除用具を持ってきて、井戸からは水を汲んで、鼻歌交じりで掃除を始めた。

 そんな彼女を、しばらくぽかんと見ていた二人であったが、やがてクラウディオからミレイアに話しかけた。

「とりあえず、仕事ってことだよな?」

「そう、ね」

 気を取り直して、ミレイアは書類を広げて目を通した。ちょこまかと楽しそうに動き回っている掃除のお姉さんが気になるが、今はとりあえず仕事だ。初任務だ。


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