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事務長の業務日誌  作者: 川口大介
第四章 事務長、決戦!
35/39

「……う、うそ……なんなのよ、これ……」

「お嬢ちゃん、しっかりして! 来るわよ!」

 リネットの大声が耳に叩き込まれ、真っ白になって固まっていたミレイアの意識が何とか元に戻り、現状を確認できた。と同時に、慌てて逃げ惑う。

 岩石巨人は、文字通りの巨岩のような足で、ミレイアたちを踏み潰そうとする。また、大岩のような拳も振り下ろしてくる。

 これらも比喩ではなく本当に、地面が揺れ、大地が轟き、ミレイアとリネットは転倒しそうになりながら必死に避けていく。なにしろ拳や足の一撃ごとに、二人が余裕で潜れるほどの、大きく深い穴が空くのだ。まともに受けたら圧死では済まない。踏みつけられたら腐ったトマト、手で叩かれたら蚊だ。死体は原型を留めないだろう。そしてその場で墓穴入りとなる。

「ああもうっ! どうやらとことん、アタシはこういう役回りみたいね! お嬢ちゃん、それ貸して!」

 リネットはミレイアの剣をひったくると、大きく跳んだ。岩石巨人の右膝関節、左の足の付け根、と僅かな出っ張りに爪先をかけて高く大きく素早いジャンプを重ねて、岩石巨人の体を駆け上がっていく。

 胸板まで到達すると、落下しかけたところで全体重をかけ、逆手に持った剣を突き刺す。僅かではあるが、刃先が刺さって食い込んだ。すぐさまそれを引き抜き、その穴に爪先をかけて器用に跳び上がり、あっという間に岩石巨人の顔、レーゼのいる場所まで到達する。

 透明な、氷のような板の向こうにレーゼが見える。リネットはその板に向かって、渾身の力を込めて剣を振り下ろすが、甲高い音がしてあっけなく弾かれた。

「で、しょうね!」

 下から、拳が突き上げられてきた。宙に浮いているリネットは体を大きく捻って体勢を整え、剣を横にして口に咥え、噴火のように迫ってきた拳に両手をついた。勢いに逆らわず、突き上げられる勢いに合わせて肘を曲げ、持ち上げられて上昇し、上昇しきったところで肘を伸ばして腕力で跳躍。大きく大きく放物線を描いて、広場の外周の、高い木の頂点に着地した。

 岩石巨人がそちらを向く。

「器用なマネを。だが、そんなことがいつまで続けられるかな」

 木の頂点で、剣を手にしてまっすぐ立つリネット。

 その姿はまるで、高い尖塔に掲げられた旗のよう。

「いつまで続けられるか、ねえ。わかんないけど、やれる限りやるだけよ」

「やけに落ち着いているな。まさかこの期に及んで、勝てる自信があるのか? この私に、この巨大人型兵器に」

「自信のあるなしじゃなくて、やりたいからやってるだけよ。言ったでしょ? アタシは、あの子たちと敵対する気はない。あの子たちのそばにいたいだけだって」

 レーゼ本人とほぼ同じ高さに立って、リネットは語る。

「アタシは一度、自分の生きる理由を粉々に打ち砕かれた。ううん、正確には、打ち砕いてもらったのよ。アタシはそれを喜んで受け入れて、新しい理由を掲げて生きることにした。今度はもう、永遠に砕かれないわ」

「そうか。砕かれないのか。それなら、」

 岩石巨人が、リネットに向かって歩き出した。

「この、岩の拳で砕いてくれよう! お前の肉体、お前の命ごとな!」

 蟲のような大きさのリネットめかげて、巨人の拳が繰り出される。

 リネットは木の先端を蹴って跳び上がり、拳を蹴ってまた跳んで、剣を振るって再度の攻撃を仕掛けにいった。


「よっ……お待たせ、だ!」

 クラウディオが、立ち上がって槍を一振り。ゴォウと風が唸る。

「クラウディオぉぉ!」

 泣きそうな声で、いや実際に涙を浮かべてミレイアは、久しぶりに立ち上がったクラウディオに走り寄った。

 そのクラウディオの背後では、

「ク、クラウ兄、あの、まだまだ治りきってないんだから、あんまり動かないで……」

 ニコロが背伸びして両腕を伸ばして、クラウディオの背中の治癒を続けている。

 悪いが続けて頼む、とクラウディオは振り向いてひとこと言ってから、ミレイアに向き直り、

「心配かけたな事務長。で、今度はあれか」

 少し離れた場所で拳を振り回している、岩石巨人を見上げた。

 ブンブン飛び回る蠅にたかられて、鬱陶しがっている人間のよう。もちろんその蠅はリネットだ。レーゼの注意を、クラウディオたちから引き離そうとしてくれているのだろう。

「ゴーレムとは何度かやり合ったことがあるが、俺の見たどのゴーレムとも、全く比べ物にならんデカさだな。あんなデカい岩の塊があんな速さで動いてるって、悪い冗談かそれとも悪夢かって言いたいんだが、現実ときてる。つくづく、星を越えて来たってのはダテじゃないぜ」

「うん。わたしの知ってる魔術の常識を、完全に越えてるわ。それでその……クラウディオ、どうにかできる?」

「あそこまでケタ外れだと、勝てる! と胸を張っては言えんな。やる以上は勝つつもりでやるが、勝率は五分よりもかなり下だ。もしこれを、他人の戦いとして見物してるのなら、俺はこっちが負ける方に大金を賭けるぜ」

 岩石巨人を見て、冷静に分析して、淡々とクラウディオは言った。

「だがな事務長。あそこまでケタ外れである以上、俺らはこの場で決着つけるしかないだろ? 対エルフ星人の戦いを」

 と、クラウディオに見下ろされて見つめられて言われたミレイアは、ぐっと詰まりながらも、

「……ぅ、うん」

 認めて、頷いた。

 ミレイアも一度、魔獣たちに囲まれた時には、ここから逃げることを考えた。だがレーゼの専用薬物、気象を操る武器兵器、そしてあの岩石巨人を見た今となっては、違う。エルフ星の技術がこれほどである以上、何が何でも今ここで潰さねばならない。

 もし、ここでミレイアたちが逃げたら。その後でレーゼがこの山の入口を厳重に閉じるなり、あるいは巨人ごと=研究施設ごとどこかへ行くなりして、ミレイアたちがレーゼを見失って、二度と会えなくなったら。そしてレーゼが巧妙に潜伏を続けて麻薬を広く売り捌き、販売組織を拡大して人員(チキュウ星人側の裏切り者)を多く確保し、研究を続け、更なる武器兵器の開発、そして量産へと順調に活動を続けていけば。

 そうなったらもう、手が付けられない。街から国、そしていずれは全世界まで。どれほどの犠牲が出るかわからない凄惨な戦いの果てに、全てがレーゼのものとなってしまうだろう。何としても今、この場で、完全に潰さなくてはならないのだ。

 ついさっきまで、ミレイアは自分たちの命の危機だけで手いっぱい、余計な事を考える余裕はなかった。だが、とりあえずレーゼの攻撃目標から一時外れて、クラウディオも復活したことで、こうして考える余裕が少しだけできた。

 そして考えたことで、事態と責任の重大さに気づいてしまった。体が、声が、震えてくる。

「ど、どどどどうしよう。どうしよう。どうすればいい、の?」

 ミレイアが恐怖と重圧に震え始めた、まるでそれを待っていたかのように、

「ほう! あの落雷を受けて立ち上がるとはな! よし、最初に殺すのはお前にしよう!」

 レーゼが、クラウディオに気付いてこちらを向いた。そして一歩一歩、地響きを立てて向かってくる。

 リネットが跳び回って攻撃してくれているが、そんなものはどうせ掠り傷にしかならないので、レーゼが「無視する」と決めてしまえば無視できるものだ。今、そう決めているらしい。

 ズシン、ズシンと迫ってくる岩石巨人を睨みつけて、クラウディオはまず、手を後ろに回して、ニコロをひょいと持ち上げ、首に手をかけさせて背負った。

「お前も、もうだいぶキツいだろうが、頼む。ケガの治癒と、俺の体力の回復を続けてほしい。それと、俺の力の後押しもだ」

「う、うん。僕はまだまだ大丈夫だよ。……体の神様、命の神様。御力を与え給え……」

 ニコロは、血色を失って青くなっている顔をクラウディオの背中に密着させることで隠し、更に祈りを強めた。その体から発せられる光が、吸い込まれるようにクラウディオの体に流れ込み、傷を癒し、疲労を消し、そして僅かずつだが、筋力を増幅させていく。

「いいぞ、その調子だ。それと、俺は手を離すから、落ちないようにしっかり俺の首を絞めてろ。断崖絶壁にぶら下がってるつもりで、全力でな。俺のこの、鍛え抜いた首の筋肉にとっては、お前の体重なんぞ無いも同然、遠慮はいらん。いいな?」

「うん」

 クラウディオの強さと、クラウディオの言葉なら何でも信頼しきっているニコロは、言われるままにした。クラウディオの首から前に回している両手を組み合わせて、しっかりと握り込み、ぶら下がる。

「よし。では事務長、」

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