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事務長の業務日誌  作者: 川口大介
第三章 事務長、事件と歴史の真相を知る
28/39

 

「! 事務長、見るな!」

 クラウディオは、向かい合っているミレイアの肩を左手で掴んでガッシリと固定、体の向きを変えられないようにしてから、ミレイアの後方へと槍を投げた。

 その先にいるのは、ヨルゴス。上半身だけになったヨルゴスが、両腕で山の斜面を這い登り、血液と内臓をずり落としながら、前進していたのだ。それを阻むべく、クラウディオは槍を投げたのだが、間に合わなかった。

 ヨルゴスは両腕で地面を思いきり殴りつけることで跳躍し、

「お前ら、必ず、必ず殺してやるっっ!」

 クラウディオとミレイアへの呪詛を吐いて、虚空へと入り込み、消えた。

 今リネットたちのいる、向こうの山へ行ったのだ。

「逃がした……くそっ、まずいぞこれは!」

 ミレイアから離した手で、ガリガリと頭を掻いて、クラウディオが歯軋りする。

 自由になったミレイアが、そんなクラウディオを見て不安げに尋ねる。

「ね、ねえ。今の、ヨルゴス?」

「ああそうだ。油断してた。昨日の犬どものことを思えば、同系統の薬物の影響を受けたあいつも、胴体真っ二つぐらいでは死なない、と予測できたのに!」

 ヨルゴスが今、レーゼとかいうボスと接触すれば、ミレイアたちとの敵対が明らかになる。ボス側は警戒を強めるだろう。そうなれば、侵入者であるリネットとニコロが探し出され、攻撃される可能性は極めて高い。

 ニコロが一人で調査していた時は、レーゼに見つからなかったか、あるいは見つかっても無害と思われ、放置されていたかもしれない。ニコロはレーゼの同種族、エルフでもあるからだ。

 だがこの状況で、謎の侵入者であるリネットも一緒にいて、ヨルゴスからの報告も受ければ、レーゼが友好的に接してくるとは思えない。加えて、もし巨大動物たちをレーゼが手懐けており、多数で一斉攻撃でも仕掛けてきたら……!

「わたしたちも向こうに行くしかないわね」

 リネットたちがレーゼ、いや、レーゼ軍に攻撃を受けているかも知れない今、事は一刻を争う。レーゼの捕縛まではできなくとも、何とかして二人を救出しなくては。

 だが、どうする? そもそもあの二人しか行けないから、あの二人だけを行かせたのだ。

 クラウディオは、ヨルゴスの消えた虚空に行ってみる。そしてウロウロしてみる。当然、入ることはできない。

「くそっ、何なんだ? 人間のはずだろ、ヨルゴスも。なのに何で入れた?」

 ガリガリガリガリと頭を掻き毟りながらウロウロするクラウディオと、そのクラウディオを入れてくれない虚空の門とを見ながら、ミレイアは中指で眼鏡をきつく押さえ、考える。


☆     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆ 

「ああ。俺は昨日から新しい仕事を授かったんでな。それでようやく、俺も倉庫に、あっちの山に入れたんだぜ」

「昨日、ボスの前で一度だけ試しはしたんだが、」

☆     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆ 


「……もしかしたら」

 ぽつり、とミレイアは言葉をこぼし、クラウディオが足を止める。

「何だ? 何かわかったのか、事務長?」

「本来、人間は入れない。でも、エルフの薬物を摂取すれば、あの巨大動物たちと同じ扱いになって、出入りが自由になるのかも。今、ヨルゴスが入ったのは、レーゼが中で入口を操作して今だけ開放したわけではなく、ヨルゴスが既に、入れる条件を満たしてたんだと思う」

「そりゃ、レーゼがヨルゴスの帰りを今か今かとじっと待ち構えてたんでない限り、そうだろうな。いつあいつが帰ってくるかわからないんだから。だが、だからってどうすりゃいいんだ? 俺らもヤク中になればいいと?」

「もちろんそれは無理ね。用法用量も知らずに、全く正体不明の薬、しかも麻薬なんかを摂取したら、死ぬか廃人になるか発狂するかわかったものじゃないわ。そもそもそのヤクがない」

 ミレイアは眼鏡を押さえる中指に力を込め、さらに考える。何か、手はないか……

 

☆     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆ 

「ふむ。敵か味方か不明の、未知の存在でも入れると。つまりこの入口は、敵味方の判別をしているわけではなく、何らかの条件を満たすか満たさないかで区別してる、か? リネットはたまたま、入れる条件を満たしていた。あるいは、入れない条件を持っていなかった」

「でしょうね。言い方を変えると、入れる条件さえ満たせば、敵でも誰でも入れる。その条件が判ればいいんだけど」

☆     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆ 


 エルフ星の魔術、ではなく精霊術のレベルは、かなり高いと思われる。星の海を越える船を造ったというそれだけで、チキュウ星人=人間には想像を絶する領域だ。

 そしてミレイアは、旅の天才魔術師ではないし、伝説の老賢者などでもない。一介の文官で事務長だ。エルフ星の、未知の超技術などに対抗できるはずがない。

 だが、今ここで使われている品は、一度捨てられたものだ。近年になって、レーゼが一人で、独学で、修復・再起動させたもの。つまり、本来の性能を発揮できていない可能性はある。

 だとすれば。つけ入る隙があるかも。

 一つだけ、ミレイアは可能性を見つけた。一か八か、賭けるしかない。

「クラウディオ、聞いて! 今すぐ……」

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