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事務長の業務日誌  作者: 川口大介
第一章 事務長、初仕事で豪傑と美女の激闘を見る
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「あの取引、もう何度もやって慣れてるみたいね。かなりスムーズに進行してる。値段の交渉で揉めたりもしてない」

 買い終わった男たち同士も、すぐには去らずにいろいろ相談したり、談笑したりしている。個人的な顔なじみだったり、そこそこ付き合いの長い商売仲間だったりするのだろう。

「そうみたいだな」

「でも多分、慣れてるってだけじゃないわね。今ここで少々高値で買わされても、持ち帰って売り捌けば大儲けできることが確定していて、だから値引きの交渉なんかはする必要がない、ってことだと思う。そんなに儲かる取引を、指名手配犯が、こんな人目のない場所でやっているとなると、間違いなくかなり違法性の強いものね」

「なるほど、確かに。俺もそう思うぜ」

「となると、何とかしたいわね。でもこの人数……ねえクラウディオ、わたし、ちょっとは魔術を使えるけど、ほんとにちょっとだけなの。だから悪いけど、わたしの戦力は期待しないで」

「わかった」

「幸い、わたしたちのことはまるで気づかれていないわ。奇襲をかけて、山奥に誘い込んで、敵の戦力を分断させれば」

「いや、それはいい。どうせ全員を俺らだけで連行するってのは無理だし、この取引はヨルゴスが仕切ってると見た。なら、あいつ一人だけ押さえれば、背後関係も取引先も芋づるでいけるだろ?」

「一人になるのを待って、尾行してアジトを突き止めるとか? でもこんな山中だと見失うのも怖いし、敵の人数がいつどれほど追加されるかもわからないし、」

「すぐ終わらせる。待ってな」

「え」

 え、の一文字をミレイアが発声し終わった時にはもう、クラウディオは立ち上がっていた。

 

 この茂みから何か飛び道具を、矢とかナイフとかせめて石とか、を放って、男たちの人数を減らし、同時に混乱させ、その全体の動きを見極めて、それから……という風にクラウディオは動くだろう、とミレイアは想像していた。木々を揺らして音を立てるとかして伏兵を偽る、ぐらいのことならミレイアにも協力できるし。

 だがクラウディオは何の策もなく走り出したのだ。まっすぐ、男たちに向かって。

 もちろん男たちは一人残らず気付いたが、直ちに迎撃態勢! とはいかなかった。

 極太長大な槍を構えた大男が突如出現して、猪のように突進してきたのだ。何よりもまず、驚いて混乱する。咄嗟には動きだせない。

 とはいえ、彼らとて正規の訓練こそ積んではいないものの、それなりに実戦経験がある。遅れはあったが、各々の武器を構えた。

 そしてクラウディオめがけ、剣で斬る、槍で突く、斧を振り下ろす、といった動作に入ろうとしたのだが、

「あっ?」

「えっ?」

 クラウディオに向かって攻撃しようとしていた剣が割れた。槍の穂先は砕けた。斧の刃は切断されて足下に落ち、ただの棒になってしまった。

「な、何だっ?」

 何が起こったのか理解できず、キョロキョロと視線を巡らせても、同じことをしている仲間の視線とぶつかるだけ。右も左も全員、同じようにキョロキョロだ。

 この時、離れて見ているミレイアには何とか理解できた。クラウディオが凄まじい速さで槍を繰り出し、男たちの武器を一つ一撃で破壊しているのだ。超がつく巨漢のクラウディオが持って似合うサイズの槍だから、柄は当然だが穂先の刃も、並外れて長く、そして厚い。ヘタな斧や大鉈を上回っている。その豪槍と、クラウディオの怪力、加えて針の穴を通すような精密極まる槍術の技量。それらが全て揃って、初めて為し得る業である。

 向かってくる男たちの武器を破壊し、あるいは自ら向かって行って武器を破壊し、クラウディオは槍を縦横無尽に振るいながら駆け巡り、あっという間に全ての武器を破壊した。

 突然のこの事態に、男たちのある者は逃げ出そうとし、ある者はヤケクソになって素手で、もしくは壊れた武器でなんとかしようとする。

 そんな彼らに対して、クラウディオは槍の構えを変えた。穂先の反対側の端、石突に近いところを両手で握る。こうすると、使える長さは最長になるが、これでは攻撃であれ防御であれ、どんな槍術でも、力と技とを充分に駆使することはできない。持ち方が悪すぎる。

 と、男たちもミレイアも思ったが、クラウディオにその常識は通用しなかった。最長にした槍を天に向けて突き上げ、正面にいる男に背中を見せるぐらいまで体を捩じったかと思うと、大股で強く踏み込んで、

「ぬおりゃああああああああぁぁぁぁっっ!」

槍を思いっきり大きく、振り下ろしながら振り回した。反応の遅れた二人が、長く太い柄を横から受けて、

「ガボォッッ!」

 唾液と胃液を吐き散らしながら、吹っ飛んだ。真横にではなく、二人まとめて斜め上に高く高く。道に落ちている石ころを、手に持って思いっきり投げたかのよう。そんな速さで、そんな高さまで、大の男が二人、クラウディオの槍に打ち上げられたのだ。

 ゆっくりたっぷり五つ数えるぐらいの時間をかけて、二人は森の中に落ちた。上昇角度が急だったので、飛んだ高さの割に距離はなく、落下地点は近い。ひしゃげた悲鳴がミレイアにも聞こえた。

 そのまま、静かになる。二人はそこから逃げる様子もなく、落下激突時の悲鳴の後は呻き声も聞こえない。動かず、声も出していない。いや、動けず、声も出せないのであろう。

 と、男たちが状況を分析する暇も有らばこそ、クラウディオは人間竜巻と化して荒れ狂った。クラウディオには遠く及ばないとはいえ、それなりの体格である荒くれ男たちが、クラウディオの振るう槍に打たれるや、右へ左へとバネ仕掛けのオモチャのように、高く大きく吹っ飛ばされていく。

 一流の魔術師が強力な術を使っても、ここまで軽々といくかどうか。呪文詠唱に時間をかければ可能だろうが、クラウディオはそれを、全く間を置かず連発しているのだ。もちろん魔術ではない。使っているのは槍と、筋肉のみ。

 そんな光景を森の中から見ているミレイアは、唖然茫然するばかり。

「……な、なんなの、この人は……」

 ミレイアは、軍事大国の精鋭騎士を十人も相手に一人で戦って相討ちなんて、人造人間でもない限り不可能、と思っていた。だが今、その認識を改めるべきかも、と思っていた。

 

「ん? あいつめ」

 ミレイアから高い評価を受けているクラウディオはというと、乱戦の中でもしっかりとヨルゴスから目を離さなかった。まだ木箱に残っていたブツ(何なのかはよく見えなかったが、そう大きくはない物が少しだけだった)を慌ててポケットに押し込み、逃げ出そうとしたのだ。

 だが、この程度の男たちでは、クラウディオにとっては足止めにも何にもならない。クラウディオは男たちを軽くぶっ飛ばしまくりながら、ヨルゴスに向かって走り、

「お前は、そこで寝てろっ!」

 強烈な蹴りを喰らわせて、すぐまた男たちへの攻撃に戻った。

 ヨルゴスは岩山に激突して失神、するはずだった。が。

 ヨルゴスが岩山に激突する、「ドゴッ!」という音が聞こえてこない。

「?」

 不思議に思ってクラウディオが振り向くと、ヨルゴスがいない。もし、受け身をとるなどして気絶せずに済んだとしても、真正面は岩壁なのだ。よじ登るか、さもなくば岩壁に沿って右か左に走って逃げるしかないはずだが、上にも左右にもどこにもいない。

「どういうことだ、っと!」

 最後の一人を高空へ打ち飛ばしてから、クラウディオは岩山に近づいた。ヨルゴスが激突して失神させられたはずの、岩の壁がそこにある。

 だがヨルゴスはいない。

「クラウディオ! あいつは、その向こうよ」

 今やクラウディオ一人になって静まり返った、岩山前の広場にミレイアが駆けてきた。

 クラウディオの隣まで来て、岩壁を指さす。

「ここ。わたし、向こうから見てたの。ヨルゴスは、ここに叩きつけられたと思ったら、そのまま中に入ったのよ」

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