9
「あの取引、もう何度もやって慣れてるみたいね。かなりスムーズに進行してる。値段の交渉で揉めたりもしてない」
買い終わった男たち同士も、すぐには去らずにいろいろ相談したり、談笑したりしている。個人的な顔なじみだったり、そこそこ付き合いの長い商売仲間だったりするのだろう。
「そうみたいだな」
「でも多分、慣れてるってだけじゃないわね。今ここで少々高値で買わされても、持ち帰って売り捌けば大儲けできることが確定していて、だから値引きの交渉なんかはする必要がない、ってことだと思う。そんなに儲かる取引を、指名手配犯が、こんな人目のない場所でやっているとなると、間違いなくかなり違法性の強いものね」
「なるほど、確かに。俺もそう思うぜ」
「となると、何とかしたいわね。でもこの人数……ねえクラウディオ、わたし、ちょっとは魔術を使えるけど、ほんとにちょっとだけなの。だから悪いけど、わたしの戦力は期待しないで」
「わかった」
「幸い、わたしたちのことはまるで気づかれていないわ。奇襲をかけて、山奥に誘い込んで、敵の戦力を分断させれば」
「いや、それはいい。どうせ全員を俺らだけで連行するってのは無理だし、この取引はヨルゴスが仕切ってると見た。なら、あいつ一人だけ押さえれば、背後関係も取引先も芋づるでいけるだろ?」
「一人になるのを待って、尾行してアジトを突き止めるとか? でもこんな山中だと見失うのも怖いし、敵の人数がいつどれほど追加されるかもわからないし、」
「すぐ終わらせる。待ってな」
「え」
え、の一文字をミレイアが発声し終わった時にはもう、クラウディオは立ち上がっていた。
この茂みから何か飛び道具を、矢とかナイフとかせめて石とか、を放って、男たちの人数を減らし、同時に混乱させ、その全体の動きを見極めて、それから……という風にクラウディオは動くだろう、とミレイアは想像していた。木々を揺らして音を立てるとかして伏兵を偽る、ぐらいのことならミレイアにも協力できるし。
だがクラウディオは何の策もなく走り出したのだ。まっすぐ、男たちに向かって。
もちろん男たちは一人残らず気付いたが、直ちに迎撃態勢! とはいかなかった。
極太長大な槍を構えた大男が突如出現して、猪のように突進してきたのだ。何よりもまず、驚いて混乱する。咄嗟には動きだせない。
とはいえ、彼らとて正規の訓練こそ積んではいないものの、それなりに実戦経験がある。遅れはあったが、各々の武器を構えた。
そしてクラウディオめがけ、剣で斬る、槍で突く、斧を振り下ろす、といった動作に入ろうとしたのだが、
「あっ?」
「えっ?」
クラウディオに向かって攻撃しようとしていた剣が割れた。槍の穂先は砕けた。斧の刃は切断されて足下に落ち、ただの棒になってしまった。
「な、何だっ?」
何が起こったのか理解できず、キョロキョロと視線を巡らせても、同じことをしている仲間の視線とぶつかるだけ。右も左も全員、同じようにキョロキョロだ。
この時、離れて見ているミレイアには何とか理解できた。クラウディオが凄まじい速さで槍を繰り出し、男たちの武器を一つ一撃で破壊しているのだ。超がつく巨漢のクラウディオが持って似合うサイズの槍だから、柄は当然だが穂先の刃も、並外れて長く、そして厚い。ヘタな斧や大鉈を上回っている。その豪槍と、クラウディオの怪力、加えて針の穴を通すような精密極まる槍術の技量。それらが全て揃って、初めて為し得る業である。
向かってくる男たちの武器を破壊し、あるいは自ら向かって行って武器を破壊し、クラウディオは槍を縦横無尽に振るいながら駆け巡り、あっという間に全ての武器を破壊した。
突然のこの事態に、男たちのある者は逃げ出そうとし、ある者はヤケクソになって素手で、もしくは壊れた武器でなんとかしようとする。
そんな彼らに対して、クラウディオは槍の構えを変えた。穂先の反対側の端、石突に近いところを両手で握る。こうすると、使える長さは最長になるが、これでは攻撃であれ防御であれ、どんな槍術でも、力と技とを充分に駆使することはできない。持ち方が悪すぎる。
と、男たちもミレイアも思ったが、クラウディオにその常識は通用しなかった。最長にした槍を天に向けて突き上げ、正面にいる男に背中を見せるぐらいまで体を捩じったかと思うと、大股で強く踏み込んで、
「ぬおりゃああああああああぁぁぁぁっっ!」
槍を思いっきり大きく、振り下ろしながら振り回した。反応の遅れた二人が、長く太い柄を横から受けて、
「ガボォッッ!」
唾液と胃液を吐き散らしながら、吹っ飛んだ。真横にではなく、二人まとめて斜め上に高く高く。道に落ちている石ころを、手に持って思いっきり投げたかのよう。そんな速さで、そんな高さまで、大の男が二人、クラウディオの槍に打ち上げられたのだ。
ゆっくりたっぷり五つ数えるぐらいの時間をかけて、二人は森の中に落ちた。上昇角度が急だったので、飛んだ高さの割に距離はなく、落下地点は近い。ひしゃげた悲鳴がミレイアにも聞こえた。
そのまま、静かになる。二人はそこから逃げる様子もなく、落下激突時の悲鳴の後は呻き声も聞こえない。動かず、声も出していない。いや、動けず、声も出せないのであろう。
と、男たちが状況を分析する暇も有らばこそ、クラウディオは人間竜巻と化して荒れ狂った。クラウディオには遠く及ばないとはいえ、それなりの体格である荒くれ男たちが、クラウディオの振るう槍に打たれるや、右へ左へとバネ仕掛けのオモチャのように、高く大きく吹っ飛ばされていく。
一流の魔術師が強力な術を使っても、ここまで軽々といくかどうか。呪文詠唱に時間をかければ可能だろうが、クラウディオはそれを、全く間を置かず連発しているのだ。もちろん魔術ではない。使っているのは槍と、筋肉のみ。
そんな光景を森の中から見ているミレイアは、唖然茫然するばかり。
「……な、なんなの、この人は……」
ミレイアは、軍事大国の精鋭騎士を十人も相手に一人で戦って相討ちなんて、人造人間でもない限り不可能、と思っていた。だが今、その認識を改めるべきかも、と思っていた。
「ん? あいつめ」
ミレイアから高い評価を受けているクラウディオはというと、乱戦の中でもしっかりとヨルゴスから目を離さなかった。まだ木箱に残っていたブツ(何なのかはよく見えなかったが、そう大きくはない物が少しだけだった)を慌ててポケットに押し込み、逃げ出そうとしたのだ。
だが、この程度の男たちでは、クラウディオにとっては足止めにも何にもならない。クラウディオは男たちを軽くぶっ飛ばしまくりながら、ヨルゴスに向かって走り、
「お前は、そこで寝てろっ!」
強烈な蹴りを喰らわせて、すぐまた男たちへの攻撃に戻った。
ヨルゴスは岩山に激突して失神、するはずだった。が。
ヨルゴスが岩山に激突する、「ドゴッ!」という音が聞こえてこない。
「?」
不思議に思ってクラウディオが振り向くと、ヨルゴスがいない。もし、受け身をとるなどして気絶せずに済んだとしても、真正面は岩壁なのだ。よじ登るか、さもなくば岩壁に沿って右か左に走って逃げるしかないはずだが、上にも左右にもどこにもいない。
「どういうことだ、っと!」
最後の一人を高空へ打ち飛ばしてから、クラウディオは岩山に近づいた。ヨルゴスが激突して失神させられたはずの、岩の壁がそこにある。
だがヨルゴスはいない。
「クラウディオ! あいつは、その向こうよ」
今やクラウディオ一人になって静まり返った、岩山前の広場にミレイアが駆けてきた。
クラウディオの隣まで来て、岩壁を指さす。
「ここ。わたし、向こうから見てたの。ヨルゴスは、ここに叩きつけられたと思ったら、そのまま中に入ったのよ」




