Chapter2-9 狼の恩返し
「なんだ? 黒毛でも緑毛でもないな……突然変異か?」
「カイト。その子はきっと、銀狼の子供よ」
銀色の体毛をした仔犬サイズの狼を見下ろしながら首を傾げていると、同じく隣で見ていたティアが小声で囁いた。
「百年に一度、生まれるか生まれないかのレアモンスターね。しかも最強の四獣と呼ばれる内の一角とされているわ」
「マジで!? コイツってそんなに希少なモンスターなのか!? たしかに神秘的な毛をしているけど……」
思わず手を伸ばし、シルバーウルフの体を撫でてみる。滑らかな指通り。ふわふわとしていて気持ちいい。うん、レア感のある手触り(?)かもしれない。
「グルゥ♪」
しばらく撫でてやるると、嬉しそうに鳴いた。どうやら気に入られたようだ。
「あははっ! 可愛いやつだなぁ、お前は」
つい、笑みを浮かべて頭をわしわしと撫でてしまう。
母親が動物アレルギーだったから、現実世界ではペットを飼えなかったけど。ゲームの中でなら関係ないし、この機会に動物と触れ合ってみるのも良いかもな。
お、それに丁度いい人物がいる。今度バベルの塔で会ったら、テイマーのキリカに頼んでモフモフに触らせてもらおう。
「……なんかムカツクんだけど、なんでかしらね?」
そんなことを考えていると、なぜかティアが不機嫌そうな声音で呟いた。
なんだ? 俺が独り占めしているのが気に食わないのか。
「ティアも触ってみろよ。凄いぞ? めっちゃモフモフしてるんだぜ!!」
「ふん、別にそんなの興味ないわよ……でもまぁ、どうしてもっていうなら……」
ツンデレみたいに言うティアに苦笑いしながら、俺は銀狼からそっと手を離した。
「ほーれ、行ってこい!」
「がうっ!!!」
「ひゃあっ!? ちょっと、何すんのよ!! や、やめてぇええ~~ッ!!! ちょ、やめなさいっ! やめ……やめてってばああああぁぁぁ~っ!!!」
シルバーウルフは猟犬のごとく、ティアに突っ込んでいく。そして母親にじゃれるように、彼女のスカートの中に顔を潜らせ、ペロペロと舐め始めた。
その光景を見て、思わず俺はシルバーウルフに嫉妬してしまう。……くそう、俺も犬になりたい。
「と、ともかく! まさかここで最強の狼に出会えるとは思ってもみなかったわね」
「おー、そうだな。良い経験になったよ」
「何を呑気なことを言っているのよ! きっとこれは、天界の女神様が導きし運命に違いない……アタシの直感がそう告げているわ。カイト、今すぐこの子を仲間にしましょう!!」
まるでペットショップで仔犬を抱きかかえる少女のように、興奮気味にまくし立てるティア。
仲間にって……テイマーみたいに使役するってことか?
「でも今の俺はテイマーどころか、ただの無職だし……それに、コイツには親や家族がいるじゃないか。俺たちが勝手に引き離すわけにはいかないだろ」
それに、せっかく密猟者から生き延びた命なんだ。それを無理矢理奪うような真似はしちゃいけない。
「ぐるっ、ぐるるぅ!」
「え? な、なんだよ。ど、どうした?」
急にシルバーウルフに吠えられ、戸惑う俺。すると、
『心配せずとも、我は汝についていくぞ』
「……え?」
突然、頭に直接響く声が聞こえた。
いや、言葉の意味は分かる。だけど、何が起きたのか理解できない。
声の出どころを探す。シルバーウルフはティアに抱きかかえられたまま、こちらをじっと見つめている。
「……え? あ、あれ? 今コイツ、しゃべった、よな?」
「んー、これは念話かしら。高度な知性があるモンスターなら使えるスキルね」
『赤髪の精霊殿が言う通りだ。どうか主殿、我を使役する契約をしてほしい』
「あるじって、マジかよ……」
これがいわゆる『直接脳内に!?』ってやつなのか?
しかも見た目は仔犬なのに、喋り方がすごい古風だなコイツ。さっきティアのスカートに頭を突っ込んでいたのと同じ奴とは思えないぞ。
……待てよ!? もしかして今回のミッション報酬って、このシルバーウルフなのか!?
「ほら! 本人がそう言っているんだし、この子はアタシたちで育てましょうよ!」
「そうやって無責任なことを……どうせティアはモフモフに目が眩んでるだけだろ。いい加減目を覚ませ」
「むうううううう、違うもん!」
「ぐるっ、ぐるるぅ!」
ブラックウルフまでティアと一緒になって鳴いているし。お前まで俺に子供を押し付ける気なのか?
そんな簡単に言われてもなぁ……俺はカブトムシすらマトモに育てたことが無いんだけど……。
『我は偉大なる狼となるため、外の世界で見識を深めたいのだ。無理を承知で、どうか頼めないだろうか』
「そ、そこまで言うなら……」
『本当か! 感謝するぞ、主殿!!』
なんだかこの旅って、随分と予想外なことばかり続くなぁ……だがまぁ、しょーがない。今日からコイツも俺たちの仲間だ。
「よろしく頼むぞ、シルバーウルフ。ってそれは種族名であって、名前じゃないのか?」
人間相手に「おい、人間」って呼ぶみたいなもんだしな。俺の認識は合っていたのか、シルバーウルフはティアの腕の中で小さな頭を縦に振った。
『……我らウルフに名を付ける習慣は無い。特に必要も無かったのでな』
「それじゃあ、カイトが名前を付けてあげればいいんじゃないかしら」
「たしかに名前が無いと呼びづらいしなぁ……。じゃあシルバーウルフだから、シル、とか?」
ちょっとこれだと安直すぎるかな。
しかし、当の本人は目を輝かせながら尻尾をブンブンと振り回している。お気に召してくれたようだ。
――と、そのとき。
『【ユニークモンスター】のシルが仲間になりました。眷属化が可能です。眷属化しますか?』
脳内に響く突然のアナウンス。そして目の前に現れたウィンドウには、Yes/Noの選択肢が。
どうやら俺が名前を付けてしまったせいで、自動的に仲間扱いになったらしい。
「テイムとはまた違うけど、仲間にはできるんだな……ま、いいか」
ここまできたら迷わず眷属化もしてしまおう。選択肢はYesにしておく。
「良かったわね、シルちゃん♪ これから一緒にがんばりましょうね」
「ぐるるるる……」
「いやーん、可愛いいい!! アタシ、一度で良いからワンちゃんを飼ってみたかったの!」
ティアが優しく撫でると、嬉しそうに喉を鳴らすシル。念話を使わないときのシルは、本当の仔犬みたいだな。
っていうか、ティアお前! やっぱりモフモフが目的なんじゃないか!
「……ところで、なんでティアには懐いてるんだよ。女が好きってことは、シルはオスなのか?」
飼い主……というか、契約者は俺だろ? なら俺を最優先に懐いてくれても良くない?
『否。我の性別は生物学上、メスである。だが、主殿も知っての通り、四獣と言えども所詮はモンスター。性別など、あって無いようなものだ』
「そ、そうなのか……なんか、ごめん……」
「良かったじゃない。カイトのハーレムが増えたわよ?」
冗談めかすように笑うティアだったが、その瞳は笑っていない。……もしかして、嫉妬してくれてるんだろうか。
「ははっ、そうだな。こんな可愛い子が増えて嬉しい限りだよ」
「むー……」
ティアは頬を膨らませて抗議してくるが、俺は素知らぬ顔して受け流すことにした。これ以上機嫌を損ねると後々面倒だし。
そんな俺たちのやりとりを見て、シルが不思議そうに首を傾げていた。
ははは、子供に大人の感情を理解するのはまだ難しかろう。
「さて、と。それじゃあ、この森での用事は済んだし。今度こそフタバの街へ行くわよ!」
「ぐるるるるぅ!」
ぐーんと右腕を天に伸ばし、元気良く宣言するティア。釣られてシルも可愛く前足を上に伸ばす。
「それで、この密猟者たちはどうするんだ? それにティアの課題は完了したってことでいいのか?」
俺は地面で伸びている密猟者たちをロープでグルグル巻きに縛りながら、俺はティアに訊ねる。
ちなみにこのロープは、グリーンウルフのボスが森から持ってきてくれた丈夫な植物の蔓だ。
【植物由来のロープ】
・どの森にも自生している『ドラゴンキウイ』の蔓。成長すると真っ赤な実を付け、食用にもなる。
・一部のモンスターは地上の外敵から身を守るため、これでハンモックを作成し木の上で寝るらしい。
そこはゲーム仕様らしく、俺の手に渡った時点でアイテム化していたので、異次元収納庫に入れておくことができた。今後も必要になった時は利用させてもらおう。
「いくらか報奨金が出るはずだから、密猟者は街の詰め所に突き出してやるわ。そしてこれでアタシが出した最初の課題は終わりよ。――ねぇ、カイト。アタシがこの森に来るときに言ったセリフ、何だったか覚えてる?」
ええっと、アレはたしか……。
『今のキミには、決定的に足りないモノがあるわ。それが分からない限り、キミを街なんかに行かせられないわね』
――だったか?
「俺に足りなかったもの……もしかして、自分の目で敵を見極める判断力か?」
「ふふん、やっと分かってきたようね。そうよ。モンスターを倒せば、たしかにステータスは強くなるでしょうね。でも体の強さだけじゃ、勇者には決してなれないわ」
たしかに俺はゲームの固定観念や常識に囚われていた。
王や神に頼まれたから?
魔王を倒すというシナリオがあるから?
自分の意思もなく、他人に理由を委ている奴が正義を掲げられるか?
正義とはなんなのか、勇者とはなんなのか。自分で考えて剣を取る必要があるよな。
「この先、勇者として活動していけば、必ず他人に振り回される時がやってくるわ」
「もし俺がなんの覚悟もなく、あのまま街に行っていたら……」
「都合の良いように使われて、用済みになったら捨てられるのがオチね」
――そうか。だから自分で答えを見つける必要があったのか。
ティアが俺に厳しいのは、絶対に必要になる、勇者としての覚悟を培うためだったんだな。
その事に気付かず、俺は……。
「わかった。ティア、ありがとう。お前のおかげで、自分が何をしたらいいか分かった気がする」
「ふんっ。あんまりアタシに手間を掛けさせないでよね!」
ティアはそう言って、ぷいっとそっぽを向いた。
……ツンデレか? それとも照れ隠しかな? どっちにしろ可愛いけど。
俺はそんな事を考えていると、ふと頭に考えが浮かぶ。
もしかして今のは、ティアの実体験からくる教訓だったのだろうか。俺が自分と同じ過ちをしないように……。
そんなことをしんみりと思っていると、彼女はふふん、と不敵な笑みを浮かべた。
「今度からは、もっと厳しい特訓をしていくからね。覚悟しなさい! いい!? 勇者を目指すっていうのは、とっても大変なんだから!!」
「ははっ。ああ、よろしく頼む。これからもビシバシ鍛えてくれ。ティア先生」
「――ア、アタシが先生っ? そ、そうね。ならまずは、基礎体力作りから始めるわ。まずはシルを担いだまま、フタバの街まで走るわよ!」
えぇえええ!?
それはさすがにスパルタ過ぎるだろ!!
だがティアは耳を真っ赤にして、話を聞くどころか俺の顔も見てくれない。
「ほら、行くわよ。早く!!」
「ちょっ、密猟者たちはどうする――って、引っ張っていくのかよ!?」
シルを無理やり俺に手渡すと、ティアは密猟者を縛っているロープをひっ掴み、ひとり先に森の出口の方へと駆けていく。
勢いよく引き摺られていく密猟者たち。小柄なのに、物凄い馬鹿力だ。
……街に着く前に、アイツらが死なないか心配だな。
「はぁ……これはまた前途多難だな……」
『頑張るのだ、主殿。あと我は一日三食、肉を食べるのでな。しっかり世話を頼むぞ』
「うげ、マジかよ。しかも世話って、それはもう主従が逆転していないか!?」
「ぐるぅ?」
うぐ、あざといなコイツ。
だがまぁ、もう契約しちゃったし。やるしかないよな……。
俺は苦笑いをしながら、ティアを追いかけて走り始めた。
一方、その頃。
かつてアヒトの村を焼き尽くした魔王の幹部、アグニスという名の魔族の男が、数時間前まで聖剣が刺さっていた丘に一人で訪れていた。
「おかしい……あの忌々しい女の気配を感じたはずなのだが……。一体どこに消えた?」
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