Chapter2-7 緊急ミッション
あれは、まさか――!
俺の表情を見て察したのだろう。ティアはコクンと頷いた。
「そう、あれこそがウルフたちが襲ってきた本当の理由。彼らは群れで子供を守っていたのよ」
「なるほど、それで奴らはあんなにも執拗に追いかけ回してきたのか……」
「本来、グリーンウルフは温厚で、人間には無害な存在なの。それどころか西の森に他のモンスターが居つかないように狩ってくれる、益獣として扱われているわ。だからこの周辺に住む人たちはね、昔から彼らを神獣と崇めて大切にしてきたの」
なるほど。だから最初にティアは『ブラックウルフに手を出すな』って言ったのか。
「だけどどうやら最近、密猟者が出たみたい。毛皮や子供は希少だから、好事家に高値で売れるんでしょうね。罠で親を殺して、その隙に子供を捕まえるつもりだったのかしら」
ティアの話によると、森の中にトラバサミや矢を使った罠が、そこら中に仕掛けられていたそうだ。
そのせいで、賢く仲間意識の強いウルフたちは子供を攫われないよう、かなり神経質になっていたんだろう。
俺たちのことを密猟者と勘違いしたのかは分からないが、追い払おうと襲ってきたのもうなずけるな。
「しかし、いくら金になるからと言って、親から子供を奪おうとするなんて許せないぜ」
「まったくよね。本当に……」
密猟者の愚行に憤慨していると、ティアはふと真剣な顔になった。
「ねぇ、カイト。あなたはこの件をどうするつもり?」
「え? どうするって、何がだよ?」
「このまま我が身可愛さに、ウルフたちを倒すつもり? それだと結局は密猟者とやっていることは同じよ?」
「そう言われると……そうだな……」
彼女の問いに対し、俺は歯切れの悪い答えしか出てこなかった。
確かにティアの言う通り、ウルフたちにしてみれば俺達は密猟者と同じだ。
それにもし仮に倒さず、俺たちが大人しく森から去ったとしても。密猟者が再びグリーンウルフの住処にやってきたとしたら、今度こそ子供たちの命はないかもしれない。
自分には関係ないと、見殺しにするか?
モンスターだから狩られても仕方ないといえば、そうなのかもしれないが……。
「なぁ、ティア。どうにかウルフたちを助けることはできないかな」
「……それは本気で言ってるの?」
「ああ、本気だ。もちろんあいつらがティアを襲いかけたことを水に流すわけじゃないぞ。ただ、その、なんというか……」
言葉がうまくまとまらない。
それでも何とか伝えようと、頭を捻らせながら言葉を紡いでいく。
「俺はさ、今までずっとダメな奴だったんだよ。自分でも分かってる。根性なしだし、優柔不断で決断力がない。情けない話だけど、子供の頃から何一つまともに成し遂げられたことがないんだ」
高校も中退したし、就職活動もせずにフリーター生活をダラダラと続けてしまった。でも、本当はそんな自分が嫌で。
もっと変わりたいと思って、変わらなくちゃいけないと思ったから、こうしてゲームの世界に来てまで頑張ろうとしている。
たしかに最初は金に釣られたっていう不純な動機だったけど、今はちょっとだけ違う。
「こんな俺だけど、誰かを助けられるなら助けてやりたい。それが例えモンスターであっても、誰かを傷つける結果になっても、後悔だけはしたくない。だから頼む! どうか力を貸してくれ!」
俺の話を黙って聞いていたティアは、しばらくしてから静かに口を開いた。
「……そうね。あなたの言い分はよく分かったわ」
「じゃ、じゃあ……!」
「私だって鬼じゃないもの。できれば平和的に解決したい気持ちはあるわ。それに、ここで密猟者たちを見逃せば、モンスターの生態に影響が出るかもしれないしね。いいでしょう。私も力を貸すわ」
「ありがとう、ティア! 助かるよ……!」
ティアが味方になってくれると聞いて、俺は思わずホッとする。
「べ、別にアンタのためじゃないんだからね……!!」
ベタなツンデレきたー!! でも頬を赤らめながら面と向かって言われると、マジで可愛いな。本人にそれを言ったら怒るんだろうけど……ん?
『緊急ミッション【西の森の密猟者を討伐せよ Rank-R】が発生しました。受注しますか? Yes or No』
「なんだ? 緊急ミッション??」
目の前にウィンドウが開き、ポップアップされた文字に首を傾げる。
初めて見るシステムに戸惑っていると、今度は別ウィンドウに説明文が出てきた。
「ふーん。なるほど、これは面白いかも」
どうやらこれは、一定の条件を満たすことで発生するクエストらしい。
クリアすることで、経験値やアイテムが手に入るみたいだ。
しかしこのタイミングで起きるとは運が良いな。早速俺は受注することにした。
「しっ……誰かが近づいてきたみたい。密猟者が罠の確認に来たのかも」
「えぇっ、さっそくかよ!? ま、まだ心の準備が……」
「残念だけど、敵は待ってくれないわよ。さぁ、覚悟を決めなさい」
くそぅ。こうなったらやるしかないか……。
しばらくして、三人の男がやってきた。ウルフの毛皮を使った服をまとい、腰に錆のついた山刀を装備している。まるで山賊みたいな恰好だ。
「おいおい、ありゃどういうことだ? 罠が発動した形跡はあったのに、ウルフたちはピンピンしてるじゃねぇか」
そう愚痴るのは、二メートル近い身長の大柄な男。ガタイが良く、リーダー格のようだ。
その男は壊れた罠を片手に、部下たちに苛立ちをぶつけている。
「そう言われても、俺たちにも何がなんだかさっぱりで……」
「チッ、使えねえな。こうなったら手当たり次第殺していくしかないか」
男たちは、ブツクサ文句を言いながらもウルフたちに近寄り始める。
「おっ、なんだ。ハグレのグリーンウルフがいるじゃねぇか」
「良いですね! 景気づけに一匹やっちゃいますか、兄貴!」
「よし、見てろよ。俺が直々にやってやるぜ……」
奴らは一匹だけ群れから逸れていたグリーンウルフを見つけたようだ。
リーダーの男は腰から剣を抜き、躊躇なくウルフに斬りかかろうとする。
行くなら今しかない――!!
「待て! そのウルフを傷つけることは許さないぞ!」
「あん? 誰だ、てめえは。部外者は引っ込んでろ!」
「お、俺は部外者なんかじゃ……」
「あぁん!? じゃ何モンだっつぅんだよ!!」
俺は制止の声をかけるが、男は全く聞き入れようとしない。
それどころか、取り巻きのひとりがギラリとマチェットを光らせ、俺を脅してきた。
「邪魔をするなら、てめえも一緒に殺っちまってもいいんだぜ?」
「お、俺を殺したら後悔するぞ。なんていったって、俺は異邦人で、勇者候補なんだからな!!」
「あん? 勇者候補ォ〜??」
ひっ!? なんだよコイツら。マジモンの悪人じゃないか……こ、怖ぇ……。
「ちょっと、カイト。こんな奴らを相手に、何をビビってるのよ?」
「だってモンスター相手ならまだしも、人間相手だぞ? 怖いに決まってんだろうが!」
後ろにいるティアにチラチラと目線を送るが、助けてくれそうな気配はない。
俺は、バイト先のコンビニに来るヤンキー客にビビるくらい、超絶ヘタレ野郎なんだ。
そもそも普通の人間は、刃物を向けられて脅されたら、怯みもするっての。
……だがここで引くわけにもいかない。戦うって自分で決めたんだ。自力でどうにかしなければ。
俺は勇気を振り絞り、一歩を踏み出す。
「へぇ。威勢だけは良いようだが、てめえみてえなガキに俺たちが倒せるかよ。大人しく殺されちまいな」
男たちはマチェットを両手に構えると、じりじりとこちらに距離を詰めてきた。
――くそ、やってやる!!
俺は右手の甲に気を集中させ、聖剣を召喚した。
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