2 修行
この世で一番嫌いなことは何かと聞かれると、私は胸を張りながら「修行!」と言う。
それぐらい修行は面白くない。地道にコツコツと、というのが苦手だ。
……そんなわけで、私はいつも修行をサボっていた。
「ルナ様!」
木陰で本を読んでいると、私のことを探す声がどこからか聞こえた。
天上界では、選ばれた人間だけが働くことができる。
神に仕えることができることに人間たちは喜びを覚え、それを誇りに思っている。彼らにとって、神に選ばれたことが何よりも光栄なことのようだ。
天上界は桃源郷に近い場所だ。欲しいものは何でも手に入る。ここはとても煌びやかな世界だ。
私たちが住んでいるのは王宮のような豪華で美しい場所。太陽が地球にある中国の様子を気に入り、中華風のお城が建てられた。私達はそれを「ミヤ」と呼んでいる。
王宮の宮を取って名付けただけの単純な名前だ。
「ルナ様! ようやく見つけました!」
私の前に安堵した表情を浮かべた可愛らしい顔の少年が立っている。
この天上界にいる唯一の私たちと同い年ぐらいの歳の子だ。名はカケルという。天上界では姓は要らない。
走って私を探し回ったのだろう。呼吸を乱し、サラサラの黒髪から少し汗が滴っていた。
「こんなとこにいないでちゃんと皆様と一緒に修行を受けて下さい」
修行といっても、私たちはもう既に人間たちを支配できる圧倒的な力を持っている。
「だって、座学面白くないんだもん」
「とりあえず、これは没収です!」
そう言って、カケルは私の本を取り上げた。
「それ読んじゃダメだよ。まだカケルにはまだ早いから」
「……なんの本ですか?」
僅かに首を傾げるカケルに私は「エッチな本」とニヤリと笑みを浮かべた。
カケルは少し固まった後、顔を真っ赤にして声を上げた。
「……ッな!! なんて本読んでるんですか! 神様なのに!!」
「嘘だよ」
カケルは「へ?」と間抜けな声を出す。
やっぱり、彼をからかうのは面白い。天上界を私は楽しいとは思わない。その中でみつけたオモチャがカケルだ。
彼は私を飽きさせない。
「す~ぐ騙される」
私はそう言って、ジッとカケルを見つめた。
もう少しだけカケルをからかおうと、彼を宙に浮かせる。ゆっくりと地面から足が離れていくのを自覚したカケルは慌てた様子で「え」と驚きの声を上げる。
私は神の中でも良い神から程遠い。きっと、私みたいな奴が悪神になるのかもしれない。
どう足掻いても私は「いい子」にはなれない。
「ちょ! え、浮いてる!? ルナ様~~! 降ろしてください~~」
私は宙に浮いている彼を見つめながら声を上げて笑った。
その瞬間、ゴツンと頭に鈍痛が走った。誰かが拳で私の頭を殴った。私は「いたッ」と思わず声を出し、後ろを振り向いた。
「人間界じゃ、お前みたいな奴を『いじめっこ』と呼ぶらしい」
私の後ろにネトゥスが立っていた。呆れた様子で私を見ている。
……いつ現れたんだ。
「いじめっこじゃないし」
私が不貞腐れてそう言っている間に、ネトゥスがカケルを地上に戻していた。