九話 初めての危機
よし!
四体目は建物の屋上にある駐車場にいた。
女性二人は角に追いやられ、もう一人はいかり肩のビーストに耳を嬲られている。
その耳に飽きたのかビーストはその女性から離れ、残りの二人に顔を向ける。
「ヒッ」
次の獲物を決めたのか、襲いかかろうと腰を浮かせると別の建物から飛び移って来た俺にそのケツを思いっきり蹴り上げられた。
そのままお手玉もとい、足玉に加えられる。
恐怖の対象が急に消えたので女性たちは呆気に取られる。
五体目に向かおうと思ったら、いつの間にか一体の気配が消えていた。
扇で言う根本部分に櫻井さんと一体のビーストがいたはずなんだけど、退治したのだろうそのビーストの気配は周囲になく、今、櫻井さんは一番奥にいたビーストと同じところにいる。
ということは、あと二体をプラスして連れていけば良い。
五体目は眼鏡屋にいた。今回も女性ばっかりで男がいない。
このビーストも変なやつだった。全身に色んなメガネをひっつけていて、その中から一つを選んで店内にいる人に無理やりかけていた。
確かに似合っているけど、体にひっつけていただけあってメガネが油のようなものでテラテラ光っていた。掛けている人も嫌そうだった。
中には満更でもなさそうに鏡を確認している人もいたけど知らん。
問答無用でケツを蹴り飛ばす。
「graaaaasssssss……」
蹴るたびに体から散っていくメガネがなんだか儚い気がした。
気がしただけだ。はい、次。
ケツを蹴るヤツはこれで最後だ。
最後の一体はマンションのゴミ捨て場にいた。
珍しく周囲に女性はおろか、人っ子一人いない。
マンションの中にはいるけど興味はなさそうだ。
何をしているのか見てみると、ゴミを漁っている。
漁ったゴミはそこら中に散らばっていて汚いし、酷い悪臭がする。
近づくと顔をコッチに向けるがすぐにゴミに戻す。
てか、一瞬だけだけど、白い紙のようなものを口に含んでいたのが見えた。その紙に少し血が滲んでいたようにも見えた。
早くここから離れたいのでケツを強めに蹴り飛ばすと、口に含んでいたものが出てきた。
多分あれだ。cmとかでしか見たことないけど、女性が使うやつだ。
コイツらマジでキモすぎる。
先程までより強めに蹴り、櫻井さんの方に急いで向かう。
櫻井さんがいたのは駅前から少し離れた所で、よくカップルの待ち合わせ場所にされている広場だ。真ん中には噴水があって、周囲にはベンチが多数置かれている。少し離れたところには場所に合わない金剛力士像が謎に一つポツンと置かれている。
それらが今では割れたり砕けたりしていて、いつもの綺麗な光景が台無しになっている。
櫻井さんは意外にもビーストに押されているようだった。
たしかに身体能力は普通の女の子と変わらないけど魔法少女だ。流石に一般人よりちょっと力が強い程度のビーストには負けないだろうと思っていたが、どうやらアイツはちょっと違うらしい。
見た目も筋肉ゴリゴリだが、何よりその気配の濃さがそこらの雑魚とは全然違う。
普通のビーストと遜色ないか、それ以上だ。
よく見ると魔法少女の攻撃が効いていない。それどころか、魔法を当てるたびにそれを吸収しているかのように強くなっている。
理屈はわからないが、加勢しないと負けそうだ。
道路を挟んだ向かい側の建物から広場に向かって飛び降りる前に、変態共がいい感じに広場に落ちるように蹴り上げておく。
降りようと脚に力を込めると、それより先にゴリゴリが櫻井さんに近づいて殴り飛ばす。
それを見た瞬間、いつの間にか俺は飛ばされている櫻井さんの後ろにいて、その体を優しく受け止めていた。
何かが崩れるような音がしてその方向を見ると、さっきまでいたはずの建物が崩壊していた。
まあいいや。
「えっ? ……あれ?」
櫻井さんに視線を落とすと、びっくりしたような顔で俺の顔を見てきた。
「黒騎士、さん……?」
「大丈夫か?」
殴られる瞬間に障壁を張っていたのだろう。怪我はなさそうだ。
「は、はい。一応」
だが許さん。
「maaaagggggiiiiiiiiccccccc」
『ぴ? このにお……』
櫻井さんをゆっくり下ろす。
「死ね」
「へ?」
変態共が雨のように広場に降ってくる中、一息のうちにゴリゴリとの距離を詰め顔面を右拳で殴る。
ゴリゴリはそれに反応できず、モロに喰らって背後に飛んでいく。
「黒騎士さん! 殺しちゃ、ダメですからね……?」
「う、善処する」
忘れていた。でも殺したい。
『くろきしっぴ! いや、おおかみといったほうがいいっぴか?』
「えっ、おおかみ……くん?」
いや、なんでバレた。
とりあえずしらばっくれとこう。
『そうだっぴ! しょうこはそのむせかえるほどのにおいっぴ!
おまえはあいつとおんなじにおいがするっぴ!』
ニオイか。そういえばなんか言ってたな。
『きょうあうたびにこくなっていってたっぴ! いいのがれはできないっぴよ!』
「そうなんだ……、大上くんなんだ……!」
櫻井さんも何故か納得してるし……!?
てか、そんなことを喋っている場合じゃないんだけど。
「寝言は寝て言え」
そう言って近づいて来たぴっぴをデコピンで黙らせる。
「ぴ~~!?」
錐揉み回転して壊れた噴水の中に飛んでいく。
「maaaaagiiiiiiiiii!!!」
喋っていたらゴリゴリが両手を構えて突っ込んでくる。
いつぞやのライオンみたいだな。
「力比べか? いいぞ」
両手をがっしり握りしめる。
そのまま力を込めて手を砕いてやろうとしたが、
「なんだこれ」
思うように力が入らない。
戸惑っていると、頭突きをされて一瞬意識が飛ぶ。
気づいたら、今度は逆に投げ飛ばされていた。
「いってえ……」
少し頭がクラクラする。
ゴリゴリを見ると若干体が小さくなっている気がするけど、気のせいかもしれない。
櫻井さんが杖を振り上げて攻撃しようとするが、ゴリゴリも同時に動く。
杖を振り下ろしたときにはゴリゴリが目の前に来ていて、ごく自然に、すっぽりと、杖の先端がゴリゴリの口の中に収まった。
「へ?」
『ぴ?』
「は?」
「MaaaaaGiiiiiiiicccccc」
ゴリゴリの口がニチャアッと横に裂かれる。
ヤバい!
杖を持っていた櫻井さんの手はあっさりと振りほどかれ、ゴリゴリが両腕を横に広げる。
目眩なんか一瞬で消え、ゴリゴリにタックルして距離を取る。
突き飛ばされたゴリゴリは少し痛そうにしていたが、それだけのようだった。
「あっ」
後ろを見ると魔法少女の変身が解けていて、私服の櫻井さんに戻っていた。
『やばいっぴ! 杖を取られたからきょうせいてきにへんしんがかいじょされちゃっぴ!!』
解説どうも。
ぴっぴもかなり焦っているのか噛んでいる。
杖をおしゃぶりのようにしゃぶっているゴリゴリを見ると、少しずつ体が大きくなっているのがわかる。
『あいつ、りくつはわからないけどまほうしょうじょのちからをきゅうしゅうしているっぴ! じかんがたつほどてがつけられなくなるっぴ!』
見たら分かる。短期決戦ということだろ? やってやるさ。
丸腰の櫻井さんを守るようにゴリゴリと向き合う。
櫻井さんの杖をさも自分のもののようにベロベロしているところを見るとドンドン力が湧いてくる。
「ぶっ殺してやる!」
まっすぐ最高速度で突っ込んで殴る。
やっぱり力が抜けるけど、それがどうした。
毎日溜め込んでいる怒りを開放すればいい。
全能力が上昇する。
殴り殴られ、蹴り蹴られ。
相手に攻撃を当てるたび、相手に攻撃を当てられるたびに力の源である怒りが霧散するが、それを超える怒りを心の奥底から吹き出させる。
相手の攻撃が体の芯まで響く。
今まで喧嘩なんかろくにしたことないし、これまでのビーストたちも大した力じゃなかったから初めての痛み、殺し合いで今すぐ地面に倒れたいほどだ。
でも、俺が倒れたら櫻井さんがどんな目に合うかわからない。
それだけはダメだ!
惚れた女を守れないで何が男だ!!
『いくらなぐってもつえがあるかぎりむだだっぴ! さきにつえをとりもどすっぴ!』
「先に言えよカスが!」
やばい。そろそろ怒りに呑まれそうだ。
でも更に速度を上げ、ゴリゴリの攻撃速度を上回る。
このまま押し勝つ!
目にも止まらぬ速度で攻撃をし続け、ゴリゴリが押され始める。
思わず一歩下がるゴリゴリ。
「下がったな?」
こっちは逆に二歩詰める。
すると、ゴリゴリに大きな隙ができる。
今だ!
素早く杖に手を伸ばす。
”バチッ”
伸ばした手が杖に弾かれた。
「は?」
『やっぱりだめだったっぴか……』
は? だから先に言えってクソゴミ。
予想外のことで脳みそが一時停止する。
その隙は致命的すぎた。
ニチャアっといやらしい笑みをするゴリゴリ。
魔法少女の杖で何倍にも太くなった剛腕が腹に突き刺さる。
「ガッ!?」
広場を過ぎ、道路の向こう側まで飛んでいく。
建物に突っ込み、瓦礫に視界を覆われて暗闇の中に閉じ込められた。
痛い痛い。なんだこれ泣きそう。てかもう涙出てた。
経験はないけど、多分内臓逝ってる。口の中血の味するし体動かないし、死ぬほど腹痛いし。鎧もあちこち割れてるし。
なんだよ杖持てないって、あの筋肉ダルマ持ててたじゃん。
先言えよガチで。
ああ。
このままここにいたら俺死んじゃうのか……?
なんか眠くなってきた。
……。
微かになんか聞こえるな。
『おまえ! みつきをはなすっぴ!』
「う、ぐぅ……」
「M・A・G・I・C!」
やっぱまだ死ねない。
死ぬにしてもあの筋肉ダルマ殺してからだな。
泣こうが、死のうが、謝ろうが絶対に許さん。
頭の中には櫻井さんのことと、筋肉ダルマを殺すことだけ。
「コロス……!!」
『条件達成。第一段階解鎖』
黒騎士が飛ばされて行ってからなんの反応もなかった瓦礫の山が突然吹き飛んだ。
粉塵がモウモウと吹き上がり、中の様子は何も見えない。
ビースト、少女、妖精も思わずそちらを注視する。
何も見えないがビーストと妖精は気付いた。コイツはヤバい、と。
姿も見えないものに怯える二体は勝手に体が震えている。
逆にビーストに体を握りしめられている少女は何も感じず、わけも分からず震えているビーストと傍らの妖精に困惑するばかり。
「ma……」
はじめに動いたのは先程まで暴れていたビーストだ。
少女を放り投げ、すぐさま背を向けて走り去ろうとする。
が、宙を舞っている少女は見た。
今だ吹き上がっている粉塵の中から赤黒い影が飛び出すとビーストが一瞬にして視界から消え去るのを。
何が起こったのかわからないまま少女は落下の衝撃に備えて目をつむったが、いつまでたっても衝撃は来なかった。
それどころか、体があたたかい何かに包まれているような気さえした。
薄っすらと目を開けると、そこには少し姿形が変わっているが紛れもない黒騎士がいた。
「黒騎士さん……!?」
驚きの声を上げる少女を無視して、黒騎士は少女をまるで壊れ物を扱うかのようにゆっくりと優しく地面に下ろした。
改めてその姿を見てみると、先程のボロボロの黒鎧とは違って傷は一つもなく、鎧の表面には光沢があった。違うのはそれだけではなく、全身を縛っていた鎖が少し緩み、その分装甲がズレ、隙間からは赤黒い炎のようなものが揺らめいていた。
少女はそれに当たっていたはずだが、体のどこも燃えておらず、それどころか少女はその炎に安らぎを覚えたくらいだった。
”ドスンッ!”
重たいものが落ちてきたような音がした。
音の発生源には先程消えたビーストが大の字で寝転んでいた。
どうやら上空に投げ飛ばされていたようだった。
黒騎士が転がっているビーストの方に向かうと、突然起き上がり黒騎士めがけて連打を放つが、既にそこには姿がなく、どうやって移動したのかビーストの後ろに立っていた。
気付いたビーストは振り向きざまに拳を浴びせようとするが、そのタイミングに合わせて置かれた、赤黒い炎を纏った拳に気づかずにビーストは自分の頬を押し付ける。
鈍い打撃音と肉の焼ける音がした。
衝撃で頭は体とは反対方向に向き、咥えていた魔法少女の杖は口から離れて飛んでいく。
杖は飛んでいく方向に先回りしていた黒騎士にキャッチされる。変わらず杖にはバチバチと拒絶されていたが、しばらくすると諦めたように治まった。
それを見た黒騎士は、ビーストを無視して広場の中央にある噴水に向かって行く。
無視されたビーストはと言うと、全身を赤黒い炎に包まれて倒れ伏していた。
先程頬に当たった黒騎士の手から黒炎が燃え移り、瞬く間に全身に広がっていったのだ。
未だにピクピクと動いているが、少しずつ体がしぼんでいき、それに伴い黒炎の勢いも大人しくなっていく。
ひび割れて水量も減少した噴水に着くと、黒騎士は持っていた杖を水の中にいれ、ゴシゴシと洗い始めた。
少女に返す前に、ビーストに咥えられたり触られたりで着いていた汚れを綺麗にしたかったのだろう。
……。
しつこい汚れだったのだろう、しばらく洗い続けて終わったのか、水の中から杖を引き上げる。
まだところどころヌメヌメテカテカしていて小汚い感じがする。もしかして、諦めたのか? と思った瞬間、手から黒い炎が吹き出し、杖を覆った。
『ぴえ゛!?』
驚きのあまり聞いたことがない声を出す妖精。
数秒すると炎は消え、現れた杖は、私、生まれ変わったわ! といわんばかりに輝いていた。頷く黒騎士。
少女に杖を渡すと黒騎士の姿が消え、次の瞬間、広場中に倒れ伏していたビーストたちが山積みにして置いてあった。炎に燃やされていたビーストもそこにはいて、見違えるくらいにすっかりやせ細っていた。
少女は自分がやることをわかっているのだろう。
新品同様になった杖を握りしめ、魔法少女に変身する。
「ヴェスティアンタ!」
杖の先端についている宝石が輝き出し、中から細長い布状の白い光が幾つも飛び出す。
光は少女の体中に巻き付くと一斉に弾け飛び、魔法少女の装いに変化した。
「す、すごい……!」
その衣装は以前のものよりも体にフィットしていて、柔らかく、それでいて丈夫。発色も良くなり、その純白は見るものの目に焼き付きそうなくらい綺麗な色をしている。
違いはそれだけではなく、魔力の質も出力も向上していて、全てがパワーアップしていた。
「……ポリフィケーティオ・アモーリス!!」
杖からでる浄化の光は強烈で視界いっぱいに白が広がる。だからといって、痛くも眩しくもなく、見たものには安らぎを与える。
いつもより早く光が収まり、ビーストだった人間たちはまるでいい夢でも見ているかのように表情筋が仕事をしていない。
ホッとした魔法少女が黒騎士の方に目を向けると、黒騎士がしんどそうに地面に座り込んでいた。
『条件未達成。第1段階縛鎖』
心が凍えるような低い声が脳内に響き渡ると、少し動きやすくなっていた体はきつく縛られたようになり、体が重く動けなくなった。
気が付くと凄まじい倦怠感で座り込んでいた。
「はあ、はあ」
さっきのことはあまり覚えていない。
ただ、ずっと櫻井さんのことを一番に考え、次に筋肉ダルマを殺すことだけを考えていたのは覚えている。
だからか、今までとは違う一層強い怒りに体中を支配されたにも関わらず、やることだけははっきりしていた気がする。意識を保ち、怒りを制御できていたように思える。でも、あんまり覚えていないからよくわからない。
「黒騎士さんっ。どうしたんですか、大丈夫ですか?」
櫻井さんだ。てっきり天使かと思った。いや、もともと天使か。
「大……丈夫。ちょっと疲れただけ」
「そう、なんですか? 生きててくれて良かったです。私のせいで死んじゃったのかと……」
そんな悲しそうな顔をしないでくれ。君のために命を賭けにくくなる。
『おかしいっぴ』
何がだよ。
『まちがしゅうふくされてないっぴ』
どういうことだ。
「それじゃあ、まだビーストが残ってるってこと!?」
『そういうことになるっぴ。くろいの、おまえなんにんつれてきた?』
「……六」
『……なら、ひとりたりないっぴ。ぜいいんでじゅうににんいるはずだっぴけど、じゅういちにんしかじょうかしてないっぴ』
「じゃあ、早く探さないと!」
『そうだけど、けはいがちいさいから、ちかくにいかないとわからないっぴ』
もしかして。
「おい。……広場の、やつは……?」
「広場? 細い人とおっきい人と、ちっちゃい人はちゃんと浄化したはずなんですけど……」
「ち、がう。車の、下敷きに、なってたやつっ」
『ぴーたちがきたときにはそんなやついなかったっぴ』
じゃあ確定。ソイツだな。
「っ……、心当たりならある。あっちの方だ」
そう言って妹を預けたところに向けて指をさす。
あいつは妙に足に執着してたし、途中で助けた人も多分そこにいるだろう。
「わかりました。行ってきます」
「まて、俺も……っ」
「ダ・メ、です! あなたはここで大人しくしていてください!」
『そうだっぴ! あしでまといはいらないっぴ!』
コイツ……!
もし筋肉ダルマみたいな力があったらどうするつもりなんだ。
「私達が戻ってくるまでそこにいてくださいね!」
「まっ……!」
行ってしまった。
ダメだ。体が動かない。
もしもなんて思ったけど、流石にアイツは大丈夫だと思う。弱かったし。
いや、やっぱりだめだ。すぐに追いかけないと!
そう思っても体は動かず、さらには仰向けに倒れる始末。
鎧も少しずつ崩れてきていて、瞼も落ちてきた。
ああ、体を撫でる微風が気持ち良い……。