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好きな子が魔法少女だった。  作者: チョコゴーレム
8/10

八話 まるでG

 ヒョロガリビーストがバスの扉をこじ開けると、中から口々に悲鳴が上がった。


「いやああああ!」

「もうだめだ!」


 中途半端に開いた隙間でもその細長いビーストには十分な広さだった。体を横にしてバスの中に入っていく。


「chiiiiiiiiippppaaaaaaa」

「いや! 助けてお兄ちゃん! お母さん! お父さ……」


 乗客が多くてそれ以上後ろに下がれなかったのだろう、ビーストは一番手前にいた少女にテカテカと黒光りしている手を伸ばす。


「iiiiiiiiiiiiiiii?」

「……ん?」


 途中でピタッと止まるビーストの手。地味にプルプルと震えている。

 少女も不思議がったその瞬間、ビーストは乗客全員の視界から消え、少し遅れて何かがぶつかる音が聞こえてきた。

 バス内が異様な空気に包まれ、シンっと静まり返る。

 数秒すると扉の前に誰かが急に現れた。


「ヒッ」


 恐怖と驚きのあまり何人か声が出た。

 扉にかかった指を見て同じ人間だと思ったのか、幾分空気が和らいだ。

 それでも違った可能性を考えジッと息をひそめていると、勢いよく扉が開いて、開いた扉は勢いのままバスから外れて飛んでいった。


「た、助けだ」


 現れたのは人間の男だった。扉が吹き飛ぶほどの力を持っているのが人間かわからないが、危険が去ったとホッとしている乗客たちはその異常性に気づかなかった。


「助けじゃない。自分で帰れ」


 なんとも偉そうな言い方だが、言われてみるとたしかに助けに来たにしては若すぎる。というかどこからどう見ても休日に遊びにきた高校生くらいの子供だった。


「お兄ちゃん?」

「ああ、お兄ちゃんだ。助けに来たぞ」


 どうやら少年は少女の兄で、妹のためにここまで来たようだった。


「お兄ちゃん!!」


 少女は兄に飛びついた。




 良かった。妹はギリギリ無事だった。

 あのヒョロガリはただじゃおかん、と思いながら、優しく抱きとめた妹を地面に下ろすが、ギュッと抱きついたまま離れない。それほど怖かったのだろう。ビースト許すまじ。

 そんな妹とは裏腹にバス内の雰囲気はお通夜のそれだった。行ったことないけど。


「もうおしまいだ……」

「来たのが子供だなんて……」


 その子供に助けられておいてなんて言い草だ。バスひっくり返すぞ。


「仕方ないからあんたらも助けてやるよ」


 なんかゴニョゴニョ言ってたから、声だけかけて後はほっとく。


「ほれ、怖かったのは分かったからいい加減離れろ。動けないだろ」

「……うん」


 渋々、本当に渋々離れる。

 代わりに片手で俺の服をつまんでいる。


「でも、この後どうするの?」

「安全な場所に行く」

「そうじゃなくって、……あっ、お兄ちゃ……!」


 わかってる。

 奇襲のつもりなのか後ろから飛びかかってきたヒョロガリビーストの、人間だったら鼻がある部分に後頭部で頭突きを見舞う。

 宙に浮いているヒョロガリにすかさず後ろ蹴りを腹にメリ込ませる。

 飛びかかってきた以上のスピードでさっきと同じ場所に吹っ飛んでいく。


「……すご」


 バスの中がさっきとは違う意味でざわつくが、それをかき消す程の悲鳴が別のバスから響いてくる。

 見てみると、デブビーストがバスの窓ガラスを割ってそこに手をかけ、全体重を使ってバスを横に倒そうと揺らしていた。

 少し危なそうだな。


「ちょっと行ってくる」


 妹に声をかけると、ヒョロガリがまた来たのでソイツを掴んでデブの方にぶん投げる。

 今更だけど、このビーストあんまり触りたくないんだよな。感触がこびりついた油汚れのようにネッチョリしてる。


 ヒョロガリが激突してデブの手がバスから離れる。

 二体目のビーストが飛んできたからか、バスのなかは悲鳴の嵐だ。

 尻もちをついたデブの顔面に空中両膝蹴りを叩き込んで仰向けに転がしてやる。

 このバス、扉はふさがっているしどうやって中から人を出すか悩む。

 取り敢えず先にビースト共をここから遠ざけようか。


「おい、こいつらの相手はしてやるから早くそっから出て逃げろ」

「deeeeeekaaaaaaaa」


 言ってる間に、デブは距離を取って力を溜めるように動きを止める。


「pppppaaaaaaiiiiiiiiiiii!!!」


 そして、変な奇声を上げながら突進してくる。

 避けたら後ろのバスに激突するし、真っ向から勝負するのは面倒くさい。

 こっちも突進に合わせてデブの方に走っていく。

 デブが俺を轢き潰そうと一層スピードを上げるが、デブの手前で飛び、走りの勢いを載せた蹴りをデブの側頭部にヒットさせる。

 バランスを崩したデブはバスの横にズレていき、壁に激突した。

 小さな地震くらいには揺れた。

 バスに近すぎたので距離を離そうと思って駆け寄る。


「chiiiiiiiii」


 後ろからヒョロガリの声。

 確認すると俺じゃなくて、妹の方に向かっているではないか。

 急いで方向転換してヒョロガリに向かって駆ける。

 途中でジャンプして、どこぞの特撮ヒーローのように綺麗な飛び蹴りでふっ飛ばす。

 

「きゃああああ!」


 次は何だ、と振り返るとデブがバスの後ろを掴んで持ち上げているではないか。

 と思ったら、数秒ほどバスを上下に揺らすと疲れたと言わんばかりに手を離し、肩で息をしている。

 何がしたかったんだ。


 そうこうしている内にヒョロガリのほうが起き上がり、バカの一つ覚えのように襲いかかってきた。

 と思っていたけどどうやら違うらしい。俺を素通りして妹の方に向かおうとしている。

 行かせねえよ?

 俺の横に来たヒョロガリの背中を回し蹴りでデブのほうまで蹴り飛ばす。


 ジリ貧だな。変身しようにも人目があってできないし、扉が塞がれているバスの乗客はなかなか出てこれないし……。はよ出てこい。イライラする。

 その後、ビースト共で鬱憤を晴らすかのように何回も蹴り飛ばし、駅前に蹴り出すことに成功した。

 でもなぜか妹まで付いてきた。危ないからあっちにいてくれ。

 しばらく二体の相手をしていると、ターミナルの方から人がゾロゾロと出てきた。

 皆外に出れたんだろうけど、何故かそのままそこにかたまっている。はよどっか行け。


「向こうは安全だからあっち行け!」

「君は!?」

「あんたらが行ったらすぐ行くよ」

「……すまない。すぐに助けを呼んでくる!」


 口々にお礼を言って逃げていく。

 デブが追おうとするが頭を掴み、顔面を標識のポールにぶつけてやる。


「さて」


 変身するか、と思ったら、


「なんでまだいんの?」


 妹が逃げずにポツンと突っ立っていた。


「だって、お兄ちゃんを置いていけないよ!」


 ういやつういやつ。でも今はそういうのいらない。


「skiiiiiiirrrrrrr」


 そんな風に騒いでいたからか、妹の数メートル後ろから新手が現れた。


「やば」

「えっ?」


 妹より小さい体のソイツはなかなかにスピードが早かった。

 距離も近い。

 地面にヒビが入るほど力強く踏みしめ、瞬時に加速する。

 チビの手が妹のスカートに届くが、届いただけ。

 すぐさま妹のもとに到達し、保護してチビの横をすり抜ける。

 離脱できたのは良いけど、無茶な加速をしたせいで止まらずに勢いのまま車の側面に突っ込んだ。

 

「ぐっ、……っぅ」


 妹を庇うように背中から激突。

 すっごい痛い。ちょっと涙が滲んだ。

 何気にこんなに痛いのは初めてだから、体が思うように動かない。

 痛みを紛らわすように、妹を抱きしめる。


「……んぅ」


 身じろぎする妹。あんまり力は入れてなかったはずだけど、痛みもマシになったので緩める。


「…………おにい……ちゃん?」


 あまりの衝撃で妹は気を失っていたみたいだ。


「chiiiiiiiiipppppaaaaaa……」

「……iiiiiiiirrrrrrrrrttttt」


 ビーストが集まってきたけど、二体だけ。

 妹はまだ意識がはっきりしていないみたいだから、お姫様抱っこをして立ち上がる。

 見るとデブは、別の方にドスドスと走っている。

 妹を抱えていると力が出せなくて逃げられそうだし、目の前にも二体迫って来ている。

 デブは諦めて一度安全な場所に向かうか? と思案する。


「たあっ!」


 可愛い声と共に空に赤い光が煌めき、丸い光がデブの方に落ちていく。

 魔法少女、櫻井さんだ。

 来るのに意外と時間がかかったと思って見てみると、いつもの汚れのない真っ白な衣装ではなくて、所々煤っぽく、髪もボサッとしていて少し汚れている感じがする。

 恐らく他のビーストを退治していたのだろう。


「あ、逃げないで!」


 魔法少女が現れたのにそれでもどこかに行こうとするデブ。

 地上に降りてきながら足止めするために魔法を放つ。


「はあ、はあ……」


 もう既に疲れている様子。


『まだうしろにさんたいもいるっぴよ!』

「え? ……あ、大上くん……?」

『あいつもいたっぴか! やっぱりしゅぼうしゃっぴ!』


 小さい声で呟いてたけど、俺には聞こえている。身バレするよ。


「近くにビーストが二人も……!」


 大丈夫。

 ビーストを避けて魔法少女に合流する。


『ん? おまえさっきよりにおいがこくなってるっぴ! あやしいやつっぴ!』


 無視無視。


「さ……、じゃなくて魔法少女さん」

「は、はい! なんでしょう」

「俺が囮になるんで、早く退治しちゃってください」

「あ、ちょっと……!?」


 実際囮になるのは何故か狙われている腕の中で口を半開きにしている妹だけど。

 なんでそんなにビーストにモテてんの?

 妹を抱っこしてデブの相手をする。

 なんか妹いる方が楽だな。二体は勝手についてくるから、実質一人の相手だけで良い。


『しかたないっぴ』

「……うん。……ポリフィケーティオ・アモーリス!」


 ビーストたちは人間に戻って人形のように地面に倒れ込んだ。痛そう。


「ふぅ、やっと終わった~」

『みつき、おわってないっぴよ。まだまだあちこちにいるっぴ』

「え? ほんとに?」


 まあ、そうだろうな。

 ここまで来たら分かったけど、残りのビーストはあと八体だ。

 早く妹を安全地帯に連れて行って、残りのビーストを叩こう。


「それじゃあ、僕ら避難するんで。ありがとうございました!」

「あ、待っ……」


 何か言おうとしていたが、素早くこの場を離れる。

 弥來さんたちが向かったと思われる方向にダッシュする。

 ある程度進むと、バリケードが張り巡らされているところに来た。その向こうには人がたくさんいて、警察官やら武装した人、民間人もいた。

 はじめは警戒されたけど、すぐに中に入れてもらえて、妹も見てもらえるようになった。ただの気絶だけど。

 弥來さんと瑞木さんもそこにいて安全を確かめあった。

 二人は、


「みっちゃんが見当たらないの……」


 と心配していた。

 さっきあそこでビーストを退治してた、なんて言えないのでこれ幸いと、櫻井さんを探してくる、と言ってその場を離れた。

 だれの目もない路地裏に行き、変身する。

 やっとだ。ギリギリで我慢してたから、すぐさま当たり散らしたくてイライラする。

 屋上とか屋根とかにヒビが入る勢いで力を込め、建物の上を跳んで移動する。

 一番に櫻井さんのところに行きたいけど、近くのビーストから捕まえていく。


 着いたのは筋トレジム。

 中から気配がするが、さっきの奴らよりも格段に気配が薄い。

 それも気にはなったので中に入ってみる。

 一階は受付で、だれもいない。

 二階はどうやって何に使うのかよくわからない器具がたくさん置いてあって、奥からゴンッゴンッと鈍い音が響いている。

 嫌な予感がして急いで近づくと、そこには筋肉美女に馬乗りにされてダンベルで頭を打たれている細身のビーストがいた。

 何この状況。

 てか、筋肉スゴ。

 女性の後ろに立っているんだけど、背中に鬼が宿っている。好きな人がいなかったら惚れそうなくらい。

 異様な光景に驚いたけど、歩みを再開する。


「っ!? 何よ、あんたも私とやろうっての!?」


 助けなんて必要なさそうなくらい強気な人だ。

 無視してビーストに近寄ると、立ち上がって近くにあったバーベルで頭を殴られた。

 チラッと女性を見る。

 大したダメージが入ってないのがわかったのだろう、若干怯えてバーベルを構えたまま後ろに下がる。


 ビーストに視線を戻し、首根っこを掴んで持ち上げる。

 ジタバタもがいて、頭と手を女性の方に向ける。さっきまでボコボコにやられていたのに、コイツさては変態か? 他のやつも変態みたいだったし、変態か。

 ジムを出ると変態を放り投げ、蹴って移動する。

 手触り最悪だからできるだけ触りたくない。


 次に着いたのはちょっとお高めの美容室。

 息を殺してすすり泣くような声が複数聞こえる。

 ガラス扉が壊れていたから、そこから入る。

 今度は小太りの変態で、散髪した髪だろうか、短く切られたそれを全身にまぶして女性の髪に頭を突っ込んでいる。両手は別の二人の女性の髪の毛を掴んでいる。

 これはトラウマになるぞ。

 瞬きの間にビーストに近づき、両手を捻り上げて髪から離す。

 そのまま体ごと持ち上げて、外で這ってどっかに行こうとしているドMビーストに投げつける。

 女性たちは急な展開についていけずに、涙やら色んなものでグチャグチャになった顔を呆けさせていた。


 本当になんだ今日のビーストは。気色が悪すぎる。


 次、三つ目。大きめのスーパー。

 なぜかわからないけど、ビーストの位置が扇状のように散らばっているから移動はしやすい。

 中に入ると商品が床に落ちていたりして大変汚いし、人は被害者以外いない。

 一番奥の肉売り場まで行くと、そこにいた。

 高身長で体格のいいビーストが俺より二周り以上は年上のオバサンをうつ伏せに押し倒して、デカいケツに顔を埋めていた。

 絵面最悪。

 ババアがちょっと嬉しそうなのを見ないふりして、巨漢を引っ剥がす。


「あっ……」


 ちょっと切なそうな声なんか聞こえてこない。

 そそくさとその場を立ち去る。

 ボールは三つ。ちょっと多いと思ったが、蹴ってみるとお手玉みたいな感じでなんとかなった。

 これなら残りの五体が増えても大丈夫そうだ。

 さあ、残りもサクサクいこう。


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