六話 変な日常
どうにか二日連続の遅刻は回避できた。
でも、困ったことに素晴らしく眠い。
自業自得だけど寝不足のせいで些細なことでもイライラする。いや、それは元からだけど、いつも以上にイライラする。気を抜くと怒鳴り散らして暴力でも振るうかもしれないくらいに。
しかも今日は日直だった。ここ数日色々ありすぎたからって、色々忘れ過ぎだ。
しかもしかもでもう一人はまさかの櫻井さん。嬉しいけど今はやめてほしい。切実に。違う意味でも顔を合わせられない。
「おはよう。大上くん」
「っ!?」
とか思って教室に入ったら、早速本人に耳がとろけそうな声で話しかけられた。
急すぎる! 取り敢えずなんか返事しないと。
「あ、あーっと……、おへよう。櫻井さん」
噛んじゃったよ! 恥ずかしすぎる。穴でも掘って隠れたい気分だ。
「ふふっ」
笑ってくれた。可愛すぎる……、じゃなくて。
「今日も遅刻ギリギリだったね。もしかして、日直だったこと忘れてた?」
「あ、いや、さっき思い出したところ」
「もうっ。しっかりしてよね! 大上くんがいなかったから、代わりに私が手伝ってたんだよっ?」
「瑞木さんが? あの、本当にごめんっ」
当番だったことを忘れて二人に迷惑かけて、本当に自分にムカつく。
「いいよいいよ〜。でもその代わり、貸し一つね!」
「か、貸し一つ……、分かったよ」
「ちょっと向日葵ちゃん? 大上くん困ってるよ」
「やだな~、冗談だよ冗談」
そう言って瑞木さんは逃げるように別の友達のところに行った。
『なにかにおうっぴね』
うわっ、急にぴっぴぴっぴうるさいヤツが出てきた。てっきり学校の中では出てこないと思って油断してた。
『ん? おまえぴーのことがみえてるっぴか?』
見えたらいけなかったっぽい。そういえば、こんな得体の知れないやつが出てきたのにだれも反応しない。いや、一人だけめちゃくちゃ反応してる。
思わずぴっぴに向けていた視線を咄嗟に櫻井さんに戻すと、櫻井さんは驚いた表情でぴっぴを凝視していた。まるで、なんで出てきたの!? と言いそうな感じだ。
「なん……!?」
「どうしたの? 櫻井さん」
マジで言おうとしてた。
すぐに話しかけて墓穴を掘るのを阻止する。
「……え? ……あ、ゴメン。ナンデモナイ、ヨ?」
僕を見たりぴっぴを見たりしてキョロキョロしてから櫻井さんは状況に気付いたのか、ぎこちなく首を傾げてお茶を濁す。
嘘下手か。かわいい。
こんな調子で魔法少女をやってきたのだろうか? 心配になる。
「そ、そっか」
「ウン」
「……」
「……」
なんか気まずい。
そう思った瞬間、チャイムが鳴る。
救われた。
そのまま気まずく席に着く。
HRは特に何もなかったけど、一時間目から眠気が襲いかかってきた。
それ以降も何回も夢の中に旅立ち、その度に先生に当てられては答えるのを繰り返した。
眠気とイライラでみんなに注目されているのに気づかずに。
「大上さん! ……大上さーん!!」
うるさいなあ。
一時間目からこのうるさい現文の先生か。やめてくれよ。
しぶしぶ起きる。
「……何でしょう?」
「ゴホンッ。大上さん! この答えは何かわかりますか!」
「……◯☓△です」
「っ!? ……正解です。ですが、授業中に寝るのは感心しませんね!」
うるさいわ。無駄に大声で喋るのは感心しませんね。
そのあとも何回か当てられたけど全部答えた。先生は少し悔しそうにしていた。
一時間目が終わって十分間の休憩に入るけど日直にそんなものはない。
けど、今日だけは違う。
重たい体を引きずって黒板まで向かう。
「大上くん。すっごく眠たそうだけど、大丈夫?」
『こいつなにかへんだっぴ』
櫻井さんと一緒だから楽しくない黒板の仕事も一気に楽しくなる。
目もバッチリ覚める。眠気を感じる暇なんてない。
でもぴっぴうるさい。
「実は昨日、夜更かししちゃってあんまり寝れてないんだよね」
『くんかくんか。すんすんすん』
しかも近づいてきて臭い嗅いでくるし。
殴り飛ばしてやろうか?
「え、えー? さっきいっぱい当てられてたのに全部正解だったし、勉強してたんだ?」
『やっぱりこいつへんなにおいがするっぴ』
一々人の会話にかぶさってくるなよ。櫻井さんの声がちゃんと聞けないだろ。
因みに櫻井さんはそこそこ勉強ができる。
「いや、ただ音楽聞いてたら時間忘れちゃって」
『ぜったいにんげんのにおいじゃないっぴし』
コイツが横でずっとうるさいから、櫻井さんも嫌そうな顔をしている。
しかも黒板を綺麗にしながらだから余計にだ。
「ソ、ソウナンダ! どんな音楽きいてたの?」
『びーすとのにおいでもないっぴ』
てかコイツ、今まで出てこなかったのにどうして今日になって出てくるんだよ。
しかも僕の正体がバレそうだし、どうにかしないと。
「m1蕾さんっていう人の……」
『どっちかっていうとp……』
「ごめんね! ちょっとお手洗い!」
黒板を綺麗にし終わった瞬間、櫻井さんはちょっと怒った顔でぴっぴをむんずと掴み、爆速で教室を出ていった。こんなのいつバレてもおかしくなさそう。
チャイムが鳴ったと同時に戻ってきた時は、少し疲れたような顔をしていた。
怒られたのだろうか、それ以降はあんまりぴっぴが出てこなかった。
二時間目、世界史。寝てた。
年表はもちろん、教科書の内容は全部頭の中に入っているから大丈夫。
三時間目、数Ⅱ。寝てた。
公式は覚えてるけど、応用問題も何故か見たらわかった。
四時間目、古典。寝てた。
単語も文法も覚えたし、だいたい読める。情緒とか読み取るのが少し面倒。
逆に休憩時間はしっかり起きていた。
他愛も無い話題ばかりだったけど、こんなに会話が楽しかったのは初めてかもしれない。
ずっとこの時間が続いてほしいと思った。たまに出てくるぴっぴが邪魔だったけど。
四時間目が終わると生徒たちは学食に行ったり、売店に行ったり、教室に残ったりでバラバラに動き出した。
櫻井さんはいつもお弁当を持ってきていて、瑞木さんや他の女の子たちと教室で食べている。
僕も母さんが用意してくれたお弁当を智弘と教室で食べている。
「暮人! お前、いつの間にそんなに勉強できるようになったんだよ?
前までは平均点取れたら良いほうだっただろ」
「頑張った」
「いや、そうだろうけどよ、その内容を聞いてるんだよ」
眠くて喋る気力がないから返答もおざなりになってしまう。
「ねむい」
「へいへい。でか、案外喋れてたじゃないか。いつもと違って、って」
「……ZZZ」
「こいつガチで寝てやがる」
午前中にいっぱい寝たけど、寝不足だとまだまだ眠い。
お昼ごはんを早く食べてすぐに寝るけど、次の授業の用意をしないといけなかった。
またすぐに起きて櫻井さんと資料室に向かう。
「今日は、ちょっと……多いね」
日本史ではいつも、こんなに使うのか? と思うくらいに資料を用意するんだけど、今日は本当に多い。いつもの1,5倍は多い。もう一人欲しいくらいだ。
僕は持てるけど。
「取り敢えず半分ずつ持っていこう?」
櫻井さん、そんなに持てるのか?
「んーっ……んーっ……」
無理だった。全く持ち上がらない。
運動神経は良くなっても、力は変わらないみたい。
「僕が多めに持つよ」
「え、でも……」
「大丈夫」
なにか言う前に櫻井さんの分を半分僕のところに置いて持ち上げる。
「よいしょ」
「す、すごーいっ。大上くんって力持ちなんだね」
やばい可愛い。
見惚れて、資料をぶちまけそうになった。
『すごいちからだっぴ。やっぱりこいつにんげんじゃないっぴ!』
うるさい。張り倒すぞ。
それから五時間目も六時間目も寝て過ごし、掃除の時間になった。
日直は日直用の掃除があるから、それを櫻井さんとこなす。黒板消しを綺麗にしたり、備品を補充したり。
最後にゴミを捨てに行っていた時だ。
廊下で生徒たちがふざけあっていて、そこにはちょうど、なぜ置いてあるのかわからないちょっと高価そうな花瓶が飾ってあった。
ここまで書いたらわかると思う。そのふざけあっていた生徒のうち一人が花瓶の台座にぶつかり、花瓶がそこから落ちた。
「あ」
「あ」
やばい。そう思ったときには体が飛び出していて、花瓶が地面に直撃する寸前でキャッチできた。
でもそれに気づいていたのは僕だけじゃなかったらしく、櫻井さんも後ろから突っ込んできていた。
気付いた時にはもう遅い。僕はうつ伏せで倒れている状態で花瓶も持っている。すぐには動けない。
櫻井さんもびっくりした顔で飛び込んで来ている。止まれそうにない。このままだと頭と頭がごっつんこだ。
僕は力だけじゃなくて頑丈さも強くなっているし、櫻井さんは運動神経が良くなっているだけだから、このままだと悲惨な目になるのは目に見えてる。
せめて両手が使えたらな……、と思ったと同時に思いついた。
花瓶を真上に投げ飛ばし、体を仰向けの状態にする。
両手を広げ、飛んでくる櫻井さんを優しく抱きとめる。
落ちてくる花瓶も忘れずに右手でキャッチ。完璧。
視線を櫻井さんに向ける。
「大丈夫? 怪我とかしてない?」
「あ、うん。大丈夫だよ」
てか顔が近い。やばい。可愛すぎるって。
顔どころか全身密着してるんだがががが。
『いまのはんのうそくどはなんだっぴ! みつきよりとおくにいたのに、なんでみつきよりさきにかびんをうけとめてるっぴ!! さらにみつきのふぉろもして、なにものだっぴ!!!』
うるさいな。邪魔するんじゃない。
でも、確かにその通りだ。ちょっとやりすぎたかもしれない。
「たしかに……」
櫻井さんもぴっぴの言葉を聞いて、何かを探るような目でこっちを見てくる。
思わず目を逸らす。
「……あやしい」
いや、そういう意味で目を逸らしたわけじゃなくて、単に好きな人が至近距離でこっちを見てくるから恥ずかしかっただけなんだけど。
癪なので、真っ向から見つめ返す。
顔が熱い。
「す、すげー」
「なんだ今の!? どうやったんだよ」
「あ」
「……あっ。……ぅ~~」
他の生徒がいたのをすっかり忘れていた。
櫻井さんも頭から抜けていたのだろう、今の状況も思い出して瞬く間に顔が真っ赤になっていった。その顔も可愛い。
名残惜しいけどずっとこうしてる訳にもいかない。
「あの、そろそろのいてくれる?」
「あ、あ、うん。ごごご、ごめんね!」
そのあとは気まずい雰囲気でゴミを捨て、SHRに突入。
僕は違う意味で気まずかった。櫻井さんを見たら抱きとめた時の感触を思い出しそうになるから。
最悪の形で今日が終わってしまった。しかも怪しまれてるし。今まではただのクラスメートだったはずなのに。
現に下校中の今も視線を感じる。
学校を出た時から後ろでコソコソ付いてきている。
櫻井さん、あなたテニス部じゃなかったっけ?(へたっぴだったらしい)
それに喋ってる声も聞こえるんだけど。
「やっぱりこんなことダメだよ。帰ろう?」
『だめだっぴ! みつきはなにもおもわなかったぴか? あいつあやしいっぴ!』
「う、たしかに普通の人とは違うと思うけど、でも優しいくていい人だよ?」
『あいつはにんげんじゃないっぴ! いびっとかなにかのてさきっぴ!』
「ちょっと、流石にそれは言いすぎだよ。きっとすごく運動神経がいいだけなんだよ。だから早く帰ろう?」
『しょうたいをあばくまでかえらないっぴ!あれはぜったいにんげんのうごきじゃなかったっぴ!』
「もうっ……」
いい加減後ろでコソコソされるのも嫌になってきたし、撒いて帰るか?
なんて考えていたら、
「きゃー! ひったくりよ! 誰か捕まえて!」
「どけーー!」
男がこっちに走って来た。似合わない鞄を抱えて、お誂え向きにナイフまで持っている。
ナイフか。ナイフは怖い。切られたら血が出るしね。
言われたとおりに横にどいておく。
「どわ!?」
あ、足が滑った。
男は逃げ遅れた僕の足に躓いて盛大にコケた。
うわ、頭からいったぞ。イタそー。
ナイフは投げ飛ばされて僕の方に落ちてきた。
危ないな。僕じゃなかったら刺さってた。
「痛そー。
あ、大丈夫ですか?」
「こんのガキが! 何しやがる!」
そう言って男は遅いパンチを繰り出してきた。
いつの間にこの街はこんなに治安が悪くなったのだろうか。
「放せ! このっ、いでででで……」
「危ないですね。僕が何したっていうんですか」
殴ってきた右手を掴んで捻ってやったら大人しくなった。
「警察だ! 少年、お手柄だな!」
警察? 早くない? と思ったけど、近くでパトロールしてたらしい。待つ時間が省けてありがたい。
「ありがとうございます! あいがとうございます!」
鞄の持ち主であるお金持ちっぽい御婦人にも感謝され、ついでにお小遣いももらってしまった。ラッキー。
なお、後ろでは。
「す、すごい……!」
『みたっぴか!? やっぱりにんげんじゃないっぴ!』
失礼だな。
てか、なんともベタなイベントだった。なんだよ強盗って。
さっさと帰ろ。
でも残念ながらこれで終わりではなかった。
その後も三回くらい事件に巻き込まれた。
間抜けな空き巣や、しつこいナンパ男。最後は迷子の男の子。
何なんだ今日は。
「やっと着いた……」
いつもなら一時間で帰れるところを、櫻井さんの監視もあるし変な事件にも巻き込まれるわで、三時間もかかってしまった。
思うと櫻井さんに家がバレてしまった。
「結局最後まで付いてきちゃったけど、何も悪い事しなかったね。むしろ人助けを率先してやってたし、こんなに優しい人がビーストのわけないよ」
『たしかにわるいことはしなかったぴ。けどふつうのにんげんじゃないのはあきらかだっぴ。こんなにじけんにまきこまれるのはじんじょうじゃないっぴ』
櫻井さんの評価がこそばゆい。そんなつもりでやったんじゃないんだけど。
でも僕もこんなに事件に巻き込まれたのは初めてなんだ。
「悪いことしないなら何でも良いよ。そうでしょ? それにもう暗いし、早く帰ろ?」
『ぴぃ。……かえるっぴ』
「うんっ。帰ろっ」
帰った。
はあ、どうにか誤魔化せたみたいかな?
ビーストが出なかったのに、なんでこんなに疲れるんだ。
まあ良いや、今日は早く寝よ。
「ただいまー」
返事はなし。両親は遅くまで仕事だけど、妹はもう帰ってきているはずなんだけどな。
リビングに入ると、制服のままの妹がソファに寝転んで爆睡していた。
あまりにも眠たすぎたので、妹を起こしてお風呂に行かせ、僕もご飯も食べずにさっさと寝た。
ありがとうございます。
書きながら考えているので変なところとか読みにくいところなど多い気がします。
なので十月になったら色々と修正したいなー、と思っております。それまでご了承下さい。
よかったらブクマとか評価してくれると嬉しいです。あ、嫌ですかそうですか。精進します。