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公爵と従者

ユアン視点です。





「…どういうことですか?昨日の夜何があったんです?」


朝食から私室へ戻るなり、ユアンはルイスに詰め寄られた。朝食前も同様に質問攻めにあったばかりなのだが、エミリーの反応を見たルイスは殊更に混乱しており、ユアンがしっかりと説明しないと納得しそうもない。

けれども、ユアンだって昨夜のことを仔細に伝えるというのは気が乗らないのだ。ユアンも「エミリーに顔を見られたが嫌われてはいないようだ」というぼんやりとした認識をなんとか自身で落とし込んだところであり、そんな状態で昨夜エミリーから言われた言葉を全て自分の口から言うことは恥ずかしいやら信じられないやらでなかなかに難しい。

だが、そんなユアンの状況を分かるわけもないルイスは、言うまで動かないとばかりにじっとユアンの言葉を待っていた。


「…特に、大したことは」

「ユアン様の主観ではまっったくあてになりませんので、どうか客観的に!解釈を加えることなく!交わした会話をお教えください!」


ルイスの鬼気迫る表情に、ユアンはぐっと息をつめた。嫁候補を招いては泣き帰られ、また縁談話を取り付けては逃げられ、度重なる心労をかけてしまっていることはユアンも理解している。

どれ程貴族令嬢と接したくないと考えていても、公爵という立場上それは許されないことも。


「…とは言っても、どこから話せばよいか」

「そうしましたら、貴方の姿を見たエミリー様が、貴方についてなんと仰ったかを全てお話しください。良いですか、言葉を変えることなく、主観的な考えも抜いて、ですよ」

「……それが一番話したくないのだが」


そう前置きをしてから、ルイスは昨夜の出来事を思い返した。

考えれば考える程むず痒い。心臓の辺りをかきむしりたくなるような気持ちを抑えながら、ルイスの言うように自身の考えを交えぬように言葉を紡ぐ。


「なんて綺麗な髪なのか。まるで空気の澄んだ夜空のような色で、――…なあルイス、この辺で止めないか?」

「往生際が悪いですよ、ユアン様。続けてください」


主人はユアンである筈なのに、有無を言わせぬルイスにユアンは大きく溜め息を吐いた。今の時点でも十分こっぱずかしいというのに、全て話すまでルイスは引き下がりそうにない。

半ばやけになりながら、ユアンは続ける。


「光を受けるとまるで月明かりに照らされたような輝きだ。まるで絹のようにさらさらで、感激した。瞳も同じ色なのに水晶のようで見ていたら吸い込まれそうだ――と」

「それで、ユアン様はなんと返されたのです?」

「この髪と瞳が怖くないのか、暗い色がどう思われているか知っているだろう、と聞いた」

「そうしたら?」

「勿論怖い、と返された。けれどそれは美しすぎるからだと。その後、…昔から人間が手にすべきではないと思われる程の美しすぎるものは皆から恐れられるものだし、天から与えられたあまりに綺麗なものは近寄りがたいのだと話していた」


そこまで言い切って、ユアンはがしがしと深い藍色の、周りから忌み嫌われている髪を掻き回した。何故言葉を投げかけられた自身すらもほとんど理解出来ていない賞賛の数々を、よりにもよって自ら話さなければならないのか。恨めしい気持ちで睨んだルイスの顔は、喜びに満ちている。


「良かったじゃないですか!世間の悪評を気にすることなく、エミリー様はエミリー様独自の審美眼でユアン様を綺麗だと判断したんですから」

「…確かに、彼女が他の貴族令嬢とは違うということは認めよう。勉学は出来るようだし、ヒステリックに泣き叫んだりもしない。しかし、この俺が綺麗だと?そんなことが有り得るか?やはり公爵という家柄にすり寄るための言葉だとしか」

「万が一公爵家にすり寄ることが目的だった嘘の言葉だったとして、そもそも妻を迎えようと決めた時からそれで良いと仰っていたではないですか。公爵家の存続のために、お互いの利益でもって夫婦として最低限の役割を果たせば良いと」

「……そう、だったな」


そうだ。

ユアンは元々、自身の家にすり寄る貴族令嬢を妻として迎えることも仕方ないと思っていた筈である。ユアンは父から受け継いだ公爵家を存続させるため、最低限の爵位を持つ家の令嬢を妻としなくてはならない。けれど、ユアンはもとより貴族令嬢との間に愛による良好な関係を築けるなどと微塵も思っていない。

だからこそ、ユアンは公爵家の存続のため、妻となる令嬢は公爵夫人としての利を得るため、たとえ冷め切った関係でも良い――寧ろその方が気が楽だと考えていたのだ。しかし実際には、ユアンと最低限の会話すらもままならず逃げていく令嬢ばかりだった。それが結局、ユアンの元からの貴族令嬢嫌いに拍車をかけた。

そんな中で不意に訪れた、ユアンの言葉に腹を立てずあまつさえ暗い色の髪を見ても逃げ出さない令嬢。それだけでも、ユアンは満足とするべきなのだ。

――それなのに、何故。あの言葉が嘘であったら許せない等と思うのか。


「…ユアン様」

「なんだ」

「先程は万が一嘘の言葉だったとしても、と申しましたが。私なら、嘘であれば尚のこと、エミリー様のようなわざとらしい言葉は選びません。疑われてしまってはかないませんからね。それに」


切られた言葉に、ユアンは視線を上げた。ルイスの眉が、切なげに歪められる。悲しそうな表情に、ユアンは唇を噛んだ。


「――…本当に怖がられている視線や表情というのは、ユアン様が一番ご存じでしょう?」





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