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初めての晩餐





長方形の大きい机の両端に、ユアンとエミリーは座っていた。

最初に通された応接間の絢爛豪華な室内と違い、食事をすることだけを目的とするこの部屋は色こそ橙等の暖色が主として使われているが、随分と静かな雰囲気の部屋だ。随分と横長な机はシンプルだが装飾がきめ細やかで、一目見ただけで腕の良い意匠が作ったものだということが分かる。


(こんなに綺麗な曲線をこれ程滑らかに……色合いも暖色ですのに落ち着いていて素敵ですわ……公爵様はセンスの良い方ですわね)


飾られた繊細な線をひとつひとつ確かめるように見つめるエミリーに、ユアンは隠すことなく溜め息を吐いた。他者の所有物を思わずじっくりと見つめて失礼だったと思い至ったエミリーは、視線をユアンへと戻す。

変わらず黒い外套を身に纏うユアンの姿は、不思議とこの部屋と合っている。


初対面の挨拶を終え、ひとまずの荷ほどきを終えたエミリーとメイは、数刻した後に屋敷の者から晩餐の声を掛けられた。晩餐のための部屋の前まで案内を受けた二人だが、勿論侍女は主人と共に食事をとったりはしない。

メイと、ユアンの従者であるルイスは部屋の前で待機し、エミリーとユアンのふたりきりの晩餐が始まろうとしていた。


「煌びやかではない家具や室内が気に入らないか?悪いが変えるつもりはないがな」

「まあ、こんな素敵な部屋ですのに気に入らないだなんて、そんな筈ありませんわ!それに私シヴェルグランリーの作品って生で初めて見ましたの、感激ですわ…」


エミリーは机を撫でながら、恍惚とした表情を浮かべる。がたり、と椅子の動く音がエミリーの耳へと届いた。エミリーが音のした方へ視線を送ると、少し椅子ごと位置を後退させたユアンの姿が目に入る。


「…どうなさいましたの?公爵様」

「お前、……シヴァを知っているのか?」

「シヴァ…?とは、なんですの?」


エミリーの問いに、いや、と返したユアンは、少し思案した後に椅子を元の位置へと戻した。問いの答えがはっきりとしないエミリーが不思議に思いながらユアンを見つめていると、少し間を置いた後にユアンの口が開く。


「…シヴェルグランリーを知っているのか?」

「ああ、シヴァとはシヴェルグランリーの愛称のことでしたのね!存じ上げず大変恥ずかしいですわ。ええ、シヴェルグランリーは勿論存じております。なぜかあまり有名ではないようですが、細かいところにまで拘った装飾は派手さはなくとも美しくてまるで絵画のような芸術ですわ!実物を見たのは初めてですけれども、一度は見たいと思っておりましたの。こちらの机も素敵ですけれど、今私が腰を下ろしているこの椅子もこの机と共に作られたものですわよね?繊細な造りは勿論ですが座り心地からも意匠の想いが伝わって――…あっ」


長々と語った後、エミリーはさっと青ざめた。この、好きなものについて延々と語ってしまうエミリーの性格は一種の悪癖と呼んでもよかった。

元々活発に動き回ってきた子供時代から、急に抑制された勉強生活を強いられたのだ。勉強は苦ではなかったが、気軽に話せる友人というのを作る機会がなくなってしまった。だからこそ、メイなどに思っていることや新しい学びなどを話すことは唯一の他者との交流と言っても良かった。

けれども、それも限られた時間であったので――自然と早口で話す癖がつき、今でも少し興奮するとその癖が出てきてしまう。


この癖が男性にとってよく思われないということは、エミリーも知っている。正しくは、男性の取り扱いに長けた妹から聞いたのだ。


『男の人ってぇ、自分より頭の良い人は嫌いなの!だからね、にこにこして話をぜーんぶ聞いて、わぁすごいって言ってあげると良いんだよ。お姉ちゃんみたいに沢山知ってるよ~ってアピールするのは、嫌われちゃうよぉ?』


頭の中で反芻する妹の言葉に、エミリーは先程青くした顔を更に青ざめさせた。


「も、申し訳ありません公爵様!公爵様のことも考えず、ぺらぺらと…」

「――驚いた。お前は博識なのだな」

「博識だなんて。ただ、好きな意匠の話でしたので、その…少し嬉しくなってしまって…煩わしかったですわね」


しゅんとしてしまったエミリーの様子に、ユアンは一瞬手を上げ、少し躊躇ってからその手を膝へと戻した。


「そうだな、たまたま好きだったって可能性もある…。いや、しかしシヴァをか?俺を謀るために調べたということは…」


ぶつぶつと呟く声が机の所為で遠く離れたエミリーに届くことはなかった。しかし、やはり何か気分を害してしまったようだと察したエミリーは、なんとか挽回しようと頭を回転させる。


「…あ、そうですわ!公爵様は何かお好きなことや趣味等はございますの?」

「それをお前に教える必要が?」

「ないですけれど、いつかご一緒出来たらと思いまして…」

「…ふん。機嫌取り等結構。最初に言った通り、宜しくする心算はない」


ユアンがそう言い切ったところで、扉を叩く音と共に「失礼します」との声が掛かった。

その後次々と順番に食事が運ばれることで中断された会話であったが、エミリーは毛頭諦めた心算はない。


(きっと、趣味が知られるのが恥ずかしいんですわ。殿方があまりなさらないことなのかも。これから親睦を深めて、仲の良い夫婦となるため頑張りましょう!)


心の中でそう決意したエミリーは、食事の途中も臆することなくユアンに話しかけた。


「乗馬はお好きですか?私は昔していたのですが、ここ何年もできていなくて。馬の背で感じる風の心地よさと流れる景色の爽快さといったら癖になってしまいますわよね。きっとこの辺りは自然が多いから少し高い位置から見る景色は素晴らしいことでしょう。機会があったら体験してみたいですわ」

「このお肉とても柔らかくてソースのちょっとした酸味がとても合いますわね。昔挑戦しようと思ったのですけれど、私には残念ながらあまり料理の才はなかったようですの。お料理などは興味ございます?それとも食べる方がお好きですか?お好きでしたらどんな料理が好みですの?」

「沢山本をお持ちでしたが、読書はお好きですか?もしお勧めの本があったらお教え頂きたいですわ。領土記の後に読んでみたいと思っておりますの。ちなみに私は歴史書でも図鑑でも世俗小説でもなんでも読みますので種類は問いませんわ」


等と、いくつもの質問を投げかけるエミリーに、ユアンは最初適当に生返事するばかりでまともに答えていなかった。しかし、ちゃんとした答えが得られないと言葉の表現を変えて同じことを質問し続けるエミリーに折れて、少しずつ返さざるを得なくなる。


「馬は必要に応じて乗る程度だが遠乗りは嫌いではないな」

「料理なんてするわけがないだろう。味付けの濃いものはあまり得意ではないが、好き嫌いといえばそのくらいだ」

「本当に何でも読むのか?アグリー著書のスキャンタ考古学、ファルティオ著書のファラビアの軌跡は?」


エミリーが十話して漸く一返ってくる程度の問答であったが、ユアンから答えが一つ返る度にエミリーは嬉しそうな笑みを浮かべた。ユアンの表情は勿論エミリーには分からなかったが、時折緩む口元は十分にエミリーを満足させてくれる。

食事のデザートを二人が食べ終わる頃には、エミリーとユアンの間に沈黙はなくなっていた。


「美味しい食事を頂けて大変有難く存じますわ!ごちそうさまでした」

「ふん、貴族サマには物足りなかったのではないか?悪いがここではこの料理が最大の贅沢だ」

「とんでもございません!私、こうしてお料理をコースで頂くことは殆どございませんの。最大のお料理をご用意して頂くなんて、身に余る光栄ですわ!」

「…は?」


エミリーの発言に、ユアンはぽっかりと口を開いた。

通常、貴族が食べる料理というのはコースであることが前提である。そもそもコース以外で料理を食べることをしないのだ。貴族の令嬢があまりコース料理を食べないということは、基本的にあり得ない。

ユアンが用意させた本日の料理も、確かにユアンが言った通りここでは普段より豪華な振る舞い料理ではあるが、一般的な公爵家で出される日常的な料理と同じかそれよりも簡素なものである。それは贅を嫌うユアンが命じて敢えてやっていることであり、そしてこれまで何度か来た貴族令嬢の機嫌を最大限に損ねるものであったのだ。


「…お前は平民だったのか?」

「え?いいえ、ご存じの通り一応ファグリナ伯爵家の長女ですが…」


エミリーはユアンの言葉に首を傾げてから、不思議そうな顔でユアンを見る。ユアンの口はそれ以降閉じられ、エミリーの声掛けにも答えることはなくなったのだった。







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