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終幕








結婚式は、公爵家のものとは思えない程小規模に開催された。

新婦であるエミリーの家族と、両親のいないユアンの父代わりとして親交のあった国王陛下がお忍びで参加した。

お忍びでの参加となったのは、国王陛下が参加するような大規模なものではなかったからというのもあるにはあるのだが。

一番の要因であり、そして異例であったのは、ユアンの屋敷の使用人たちも参加したことである。

ユアンと共に暮らしユアンを支える彼らはユアンの家族同然であるとのエミリーの意見にユアンが頷いた形であったのだが、これに使用人たちは泣いて喜んだ。そして、女主人となるエミリーへの敬愛をより一層確たるものとした。

平民出身である彼らと、まさか一国の国王が共に式に参加するわけにはいかない。

それ故に、国王陛下としてではなく、友人の子の結婚式に参加する一般人ということで、最低限の警備を連れて式へと参加することになったのである。

この事実は勿論一切公表されることはなく、ただ「貴族嫌いの変人公爵がとうとう伯爵家の長女を正式に妻に迎えた」ということだけが世間へと広まったのだった。










 ◇ ◇ 










「…っ、エミリーさまぁ……」


いつもよりも綺麗に化粧し、ドレスを身に纏ったメイが泣きじゃくる。

エミリーはそんな彼女を見て、少しだけ困って、けれども緩んでしまう口元を隠さずに微笑んだ。

ずっと共に居て、エミリーの幸せをひたすら願ってくれていたメイ。

強い信頼で結ばれた、唯一無二の侍女であり親友であり家族であるメイが初めて見せてくれたうれし泣きは、エミリーの涙腺を刺激するに十分だった。


「メイ、本当に今までありがとう。メイが傍にいてくれて、私がどれ程嬉しかったか。しっかり者で家事もなんでもできて優秀で、だけど時々悪戯っ子みたいに可愛らしく笑って、そして何よりも私のことを大事にしてくれて心優しい貴女のこと、とっても好きよ」

「ひっく……う…エミリー様、わた、私、…ずっと、エミリー様に、幸せになって欲しかったんですう…」

「うん、知っているわ。ありがとう、メイ」


嗚咽も涙も止まりそうにないメイの頭を、エミリーが抱きかかえる。

柔らかな膨らみに挟まったメイがすんすんと泣くのを、すっかり蚊帳の外となってしまったユアンとルイスが見つめていた。


「…羨ましいんですか?大丈夫ですよ、今夜以降はお好きなだけ触れても構わないんですから」

「何の話をしているんだ、ルイス」

「良いですねぇ、美人でスタイルも良くて包容力のある女性。しかも、趣味まで合う。安心してくださいね、初夜は誰も部屋には近付きませんので」


ユアンは押し黙る。

ルイスが言外に揶揄うような意味で、エミリー達を見つめていたわけではなかった。

ただ単に、先日吹き荒れる嵐のように突如現れたローザの言動――これは全て後からルイスに聞いたものだが、それから察することができたエミリーの過去に想いを馳せていただけだ。

エミリーに幸せになってほしかった。ユアンはその言葉の重みを考える。

ユアンには家族としての幸せなどあまり分からないが、それでも、メイも言った通りエミリーには幸せになってもらいたいと思っている。


「良かったですね、無事ご結婚となって。私たち使用人一同も大変喜んでおります。料理長と庭師とメイド長なんかは、先程酒を煽りながら小躍りしておりました」

「……まったく、あいつらは……」


屋敷中が浮かれていることも、そこに至る要因も、全てユアンは理解している。

散々破談となってきた縁談が漸く実り、しかもその相手はあのエミリーだ。

きっと屋敷の使用人は皆踊りだしたい程の歓喜に包まれているに違いない。今日ばかりは、誰が小躍りしてもユアンは咎める気はなかった。


「……メイ様ではないですが、私も、ユアン様の幸せをずっと願っておりました」

「ルイス…」

「たとえあのまま破談が続いたとしても、きっと貴族ではない平民女性を娶るなり養子をとるなりの手段で公爵家自体はどうにかなったと思います。でもそれでは、ユアン様の傷はいつまで経っても治らない……勿論、お顔や身体の傷のことを言っているわけではないですよ」


母親から、周りの人間から、幼心に与え続けられたユアンの心の傷はあまりに深い。

素直で柔らかかった心は、抵抗を知らずに痛みを負い続けた。


「エミリー様が伯爵家令嬢ではなく平民の娘であっても、きっとお二人は惹かれ合ったのかもしれませんが――貴族令嬢のエミリー様であったからこそ、その深層の傷が癒えたのではないかと思うのです」

「…そうかもしれないな」

「……ふふ。最近のユアン様は、素直すぎてなんだか調子が狂ってしまいます。やはり、愛に溢れた奥様って良いですね」


ルイスが可笑しそうに、嬉しそうにわらう。

ユアンはルイスの言葉に眉を顰めながら、それでもふ、と口元を緩めた。

ここのところすっかり柔らかくなってしまった口元の筋に、ユアンは力を入れる。

そしてルイスに目配せすると、ルイスはこくりと頷いてその場を離れた。








「申し訳ありません、エミリー様…取り乱してしまいました」

「良いのよ。ふふ、昔貴女が雷に怯えてこうして抱き締めて宥めたのを思い出したわ」

「そ、その当時のことは良いんです!今はすっかり大丈夫ですので!」


顔を赤く染めて反論するメイは、すっかりといつもの調子――とまではいかないが、ある程度落ち着きを取り戻したようであった。

エミリーもくすくすと幸せをこらえきれずに笑う。

ふとユアンを見ると、ユアンは式の最中のような緊張した面持ちでエミリーを見ていた。


「……ユアン様?」


がさり、という音を認めたときには、既に眼前には目を見張る程のたくさんの赤が迫っていた。

――赤い薔薇の花束。

薔薇は、明るいひまわりのような色合いのリボンと、夜に溶け出しそうな柴紺の色合いのリボンで留められている。

両手でそれを差し出したユアンを見ると、緊張で吊り上がった眉の傍を伝う汗が目に入った。


「エミリー」


ユアンがエミリーの名を呼ぶのは二度目だ。

前回とは違う緊張を纏った声に、エミリーも思わずごくりと唾を飲み込んだ。

薔薇に負けない程真っ赤な顔をしたユアンにつられるように、エミリーの顔に熱が集中していく。


「君が好きだ。幸せにする。……良い、家庭を、築きたいと思って…いる……」


段々と尻すぼみになっていく言葉に、ユアンの後ろにいるルイスが半目になった。

恐らくメイがいると思われる背後からも溜め息が聞こえる。

エミリーは、無意識の内に震える両手で花束を受け取った。


「ユアン様、嬉しいです。私はもう、十分幸せですわ。……私も、妻としてユアン様が幸せになれるよう尽力致します」


――花束と、甘い言葉。憧れていないわけではなかった。けれど、エミリーは自分には無縁なものだと思っていた。

非生産的な、女性の憧れ。

それがこんなに嬉しいものだとは、知らなかった。


「…ふふ。ユアン様からは、頂いてばかりですわね」

「それは俺の台詞だが…」

「――…素敵な花束。私、薔薇の花の贈り物だなんて頂いたのは初めてですわ。とっても良い香り…」


エミリーが鼻から香りを取り込むと、ユアンも香りを嗅ごうと上半身を傾ける。

花束の位置を落としたエミリーの動きにつられたユアンの顔が更に下りたとき、エミリーは自分の顔と同じ位置まできたユアンの唇に自分の唇を押し当てた。


「……ん、っ………」


目を閉じたエミリーに対し、ユアンはこれでもかというくらい目を見開く。

少しの間唇を合わせた後、硬直してしまったユアンから離れたエミリーが微笑むのを皮切りに、静かに見守っていた周囲がどよめいた。


「不束者ですが、宜しくお願い致しますわ!」


そう言って満面の笑顔を見せたエミリーを、ユアンは力一杯抱き締めた。

折角の花束を二人の身体で潰してしまったことで早速エミリーに悲しい顔をさせたユアンは、ルイスとメイに揃って呆れ顔をされたのだった。












最後まで読んで頂きありがとうございました!!

読みにくいところなど多々あったかと思いますが、寛容なお気持ちで見逃して下さると嬉しいです。

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