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公爵と伯爵令嬢の出会い

初投稿なので、なまぬるい気持ちで読んで頂けたら幸いです。




「俺はお前と宜しくするつもりはない」


これから宜しくお願い致します、そう言って礼をしたエミリーに、椅子に座り立つこともないまま冷たくそう言い放ったのは、この屋敷の主でありエミリーが嫁ぐこととなったユアン・メルヴェルナであった。

室内だというのに黒い外套に身を包み、フードを深くまで被ったユアンの顔ははっきりと見えず、見えるのは不機嫌そうな口元だけである。


(よっぽどお顔を見せるのがお嫌ですのね。恥ずかしがり屋なのかしら…)


的を外れた考えを浮かべたエミリーは、唯一見ることの許されている口元を見つめる。貴族嫌いの変人公爵という不名誉すぎる通り名を得るユアンのことを、社交界の場に出ないエミリーは殆ど知らない。

『あまり人と交流を持たない少し変わった方』という程度のことしか耳に入っていないのだ。


その一方で、公爵であるユアンと伯爵令嬢であるエミリーの間に大きな身分の違いはあるとはいえ、これから妻になるエミリーへのあまりに不躾な態度に、エミリーの唯一引き連れてきた侍女であるメイは口端をひくつかせた。

確かに、エミリーが嫁ぐまでの一連の流れは充分公爵の機嫌を損ねる可能性のある失礼なものであったと言える。それは侍女のメイだって理解している。元々嫁ぐ予定であったローザ・ファグリナではなく姉のエミリー・ファグリナが嫁に来てしまったのだから。

けれども、それだってユアンが最終的に許可の書簡を送り返したからこそエミリーは妹の代わりにこうして婚約者としてやって来たのだ。気分は害したかもしれないが、だったら縁談を取り下げればよかったのに。そう考えるメイを横目に、エミリーは改めて頭を下げる。


「…我が伯爵家が礼儀を欠いたこと、お詫び申し上げます。必ずや妻としてお役に立てるよう努めますので…」

「ふん。貴族の令嬢がなんの役に立てるというんだ。大人しそうな姿を見せたからといって簡単に靡くと思うなよ、そんな化けの皮等すぐに剥がれて」

「ユアン様!」


耐え切れない、とばかりにユアンの言葉を遮って声を荒げたのは、ユアンの後ろに控える従者、ルイスだった。ルイスは金髪でさらりとした長髪を一つに束ね、一見この者が公爵だと言われても仕方がないような整った顔立ちをしている。

ユアンはルイスの声に大きく溜め息を吐いてから、数冊の本をどさりと乱暴に机の上に置いた。


「…こちらは?」

「俺の妻となり役に立つと宣うならば、この本を読み理解しろ。これすらも理解できないのであれば、到底力不足だ」


エミリーはユアンのその言葉を受けて、目の前に置かれた本を手に取り一つ一つの装丁を確認した。


(建国やこの土地の成り立ちについての書や、自然に恵まれるこの地を知るための植物図鑑、外交に必要な礼儀作法の本――…それにメルヴェルナ領土記まで!ここに来るから勉強しようと思っていたけれど、領土記は手に入らなかったのですよね……)


全ての本の種類を確認したエミリーは、その内一冊だけを左手に持ってその他を机の上に綺麗に積み上げ直した。そしてにこりと微笑む。


「私のためにこんなに多くの本をご用意下さって感激ですわ。有り難くお借り致します」


礼を述べると、エミリーはうっとりとした表情でメルヴェルナ領土記の装丁を撫でる。いつだって、新しい知識を得られることは嬉しい。まだ知らぬこととの出会いに思いを馳せるエミリーの表情に、慣れているメイは呆れたような表情を浮かべた。

一方で、ユアンは不機嫌そうに溜め息を吐く。


「……誰が一冊で良いと言った」

「この本以外は全て読んでおりますので」


その言葉に、ユアンは息を飲んだ。後ろに控えるルイスも目を見開く。


「全て読んだのか!?」

「?ええ」


当然だと笑うエミリーの、本を撫でる右手をユアンが両手で掴む。

外套から見える腕は筋肉質で、ところどころに大小の傷が見える。ごつごつとした男らしい手に触れられ、異性との交流に慣れないエミリーは頬をほんのりと赤らめた。


「ええと、あの、…公爵様?」

「あ……い、いや、目を通しただけで理解していない可能性は……そもそもそれが嘘ということも…」


しどろもどろにそう呟いたユアンは、ぱっとエミリーの手を離した。相変わらずフードで隠されたユアンの表情は分からず、何故いきなり手を握ったのか、どんな表情をしているのかを知ることはエミリーにはできない。


「……植物仔細図鑑Ⅱ、139項!」


ユアンの突然の言葉に、エミリー、メイは首を傾げた。ルイスだけは眉を顰めて額に手をかざし、やれやれといった表情で顔を横に振る。

途中で意図を理解したエミリーは、ああ、と呟いてからにこりと微笑んだ。


「バイケイ、初夏に緑白色の花をつける。楕円形の大きな葉と直立した太い茎が特徴。毒を有しており、加熱後も有毒性は変わらない。嘔吐、下痢、手足の痺れ、眩暈等の症状を――…」

「…本当に、覚えて、いるのか」

「ええ。バイケイはこの辺りでも見られる植物でしたわね。存外綺麗な見た目をしていますから、気を付けませんと。きっと誤って触れたら大変だからとお心遣い下さったのですね。ありがとうございます」

「~~…っ!」


本日三度目ともなる礼を披露し柔らかく微笑んだエミリーに、ガタリと大きな音を立てて、ユアンは立ち上がった。その拍子に椅子が後ろへ倒れ、床と椅子がぶつかる音が響く。

わなわなと震える、外套から除くユアンの両手は固く握られている。

エミリーが何か声を掛けようと口を開いたところで、ユアンはくるりと踵を返しエミリーに背を向けると、そのままずかずかと部屋の外へと歩き始めた。


「ちょっ…ユアン様!?」


驚いたルイスが、急いでユアンの後を追う。

ばたばたとした足音が、少しずつ遠ざかっていった。


「…ねえメイ。公爵様ったら、どうなさったのかしら?」

「さあ…変人公爵様の言動はよく分かりません」

「まあ。変人だなんて、失礼ですわ。とってもお優しい方だったではありませんの」


だだっ広い部屋にふたりぽつんと残されたエミリーとメイは、お互いに納得のいかない顔で数秒の間見つめ合うのだった。





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