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美しい毒華の嵐

ルイス視点→メイ視点→ユアン視点です。




だだっ広い応接間の端の壁際にて、ルイスは混乱しながらその光景を眺めていた。

応接間は他の部屋と比べて、幾らか豪華な装飾品で固められている。

ユアンはあまり華美なものは好きではないが、応接間だけは他の貴族が来ることが全くなくもないので、ルイスが無理矢理に進言して最低限貴族を迎えられる部屋にはなっていた。

初日にエミリーとメイが通されたのもこの部屋である。


そんな応接間で、少し高く媚びるような声がこだまするように響いている。

声の発信主は、エミリーの妹でもあるローザ・ファグリナ。

「父から書簡を預かってきた」と突然来訪したローザを門で出迎えたのは、公務で外出するユアンを見送って門付近にいたルイスだった。

入れ替わるようにして来訪したその少女が持っているものは確かにファグリナ家の印の入った封筒だったが、一つの書簡を届けるためにわざわざ伯爵家令嬢が来るということは一般的にあり得ない。

怪しい雰囲気満載の来訪者に、ルイスは対応に迷い、近くにいた庭師に声をかけエミリーとメイを連れてくるように命じた――というのが、ほんの少し前の出来事である。

無事、間違いなくエミリーの実妹であると判明したローザを応接間へと通し、エミリーとローザは応接間の椅子に向かい合って座った。


元気にしていたか、食事はどうか、ここでの生活はどうか、等他愛のない、普通の姉妹らしい質問を投げかけているのにも関わらず、ルイスは背筋にひやりとしたものを感じた。

何が、と問われると上手く答えは出てこないが、何かを探っているような――端的に言えば、裏があるように思えたのである。

――姉を心配する妹が伯爵である父に無理を言って、書簡の届け役を担い姉の近況を強引に確認しに来た。

この事実だけ見れば他の家庭よりも仲睦まじい姉妹に違いないというのに、どうしてこんなうすら寒い感覚に陥るのか、ルイスは結局分からないままだ。

ルイスと同じように壁際に立ち同じ光景を眺めているメイの方を覗き見ると、慣れているのか驚いた様子もなく、けれども少し疲れたような表情を浮かべていた。

ルイスは再度視線を前に戻す。

ローザはエミリーよりも少し茶色の濃い髪色をしているが、その髪質がふんわりとして柔らかそうなのはエミリーと大きく変わらない。

ローザはハーフアップで髪飾りをしているが、エミリーと同じように髪を下ろしていたならきっと後ろ姿は殆ど見分けがつかないだろう。

瞳の色も金色に近い色をしていて、顔立ちも少しタレ目なくらいで全体の雰囲気は似通っており、確かに姉妹なのだということが見て取れた。

大きく違うのは、その着飾り方。

ふわりとした髪にもふんだんに香水を使っているのだろう、ローザが動く度に甘い香りが充満する。暫く香水に触れていなかったルイスにとっては、噎せ返るくらいに強い香りだ。

髪に留めている髪飾りは大きい宝石が埋め込まれており、ブレスレットやネックレス、イヤリング等も同様に決して安くはないだろう宝石が多く使用されている。

ドレスも今の貴族社会で大流行している型で、随所に散りばめられた小さな宝石類が光を受けてちかちかと輝く。

似たような雰囲気の顔立ちも、濃い目の化粧で彩られている。派手だが貴族男性に好まれる出で立ちで、確かに貴族社会で人気を博しているのも頷けた。


「いいなぁ、お姉ちゃん、公爵様に大事にされてるんだぁ。ずるい」


エミリーがいつもの調子でいかにユアンという人物が素晴らしい人格者であるのか、ここでの生活がどれだけ楽しいのかを熱弁しているとき、ふとローザがそんな言葉を漏らした。

その言葉に、誰よりも反応を示したのは、ルイスの隣に立つメイだった。

珍しく怒りを露にした表情で、メイはローザを睨んでいる。

ユアンがエミリーに初めて会ってすぐ失礼な発言をかましたときも、驚きと戸惑いの表情を浮かべていたメイであったが、これ程嫌悪感を表に出すことはしていなかった。

だからこそ、主であるエミリーの実妹であるローザに対し、メイがこのような顔をする意味を、ルイスは思案しようとして。

――次のローザの言葉で、ルイスの思考は完全に停止した。


「ねえお姉ちゃん、私にちょうだい?」


ぎり、とメイの歯ぎしりの音が聞こえる。

ルイスは一体ローザが何を言っているのか分からず、否、正直なところで言えば分かりたくなく、一旦思考を放棄してローザを呆然と見つめた。

ローザは特に何か悪いことを言ったような様子もなく、同じままのトーンで話を続ける。


「公爵様は貴族嫌いの変人だって話があったけど、噂は嘘だったんだよね。それなら、私も不安なことないし結婚できるなぁって。お姉ちゃんは別に物欲とかないから伯爵家の財産くらいで良いと思うけど、私は欲しいものがいっぱいあるんだもん。公爵様なら優しいからたくさん買っても許してくれるよね?婚約者のお姉ちゃんのことを大事にしてくれるなら、婚約者が私に代わっても大事にしてくれるでしょ?元々縁談は私宛に来たんだもん、問題ないよね」


(…何を言ってるんだ、こいつ。頭可笑しいんじゃないのか)


思わず本音が口をついて出そうになって、ルイスはぎゅうと唇に力を込めた。

確かに、ユアンはファグリナ伯爵家の次女であるローザに縁談を申し込んだ。

それは長女であるエミリーが、ゆくゆくは婿を取り伯爵家を継いでいくのだということが知られていたからだ。そうでなければ、あのときのユアンにとって長女が来ようが次女が来ようが確かに問題はない。

だからこそ、当初予定していた次女ではなく長女が来るということになっても、それを失礼だと押しのけるのではなく受け入れたのだ。


――けれども、今は違う。

一定期間共に過ごし、ユアンとエミリーは友好な関係を築いている。その関係をもってこそ、今回の婚姻の話となったのだ。

それが今になって妹のローザに代わるなんて。

ルイスはエミリーの心中を慮って、俯いて顔の見えないエミリーを見遣った。













メイは腹立たしい気持ちでローザを睨み付けた。

折角あの屋敷から、この憎たらしい女狐から離れることができたというのに、まさかあちらから乗り込んでくるとは。

ルイスの不可解そうな視線を受けているとは感じながら、それでもメイは自分の感情を抑えることができなかった。侍女失格だということは分かっているが、それでも。


「…ローザ、貴女、あのとき言っていた好きな方というのは?お婿に来てもらうってお話していたでしょう?だからユアン様とは結婚できないって」

「えー、どの人だったかなぁ。忘れちゃったけど、もうとっくに飽きちゃったよ。今は、公爵様――ユアン様と結婚したいの」


うふ、とローザの艶めかしい唇が弧を描く。

ローザとエミリーの根本的な外見は似通っているが、だからこそメイはその笑みを見ていられなかった。

あまりにも違う。純粋なエミリーの笑みとは、なにもかもが。

この笑みが、エミリーから全てを奪った。

悔しさに両手を強く握る。爪が手の平に食い込むのが分かっても、力を緩めることができない。


「既にユアン様からは婚姻の申し出を受けているわ。もうお父様にも届いたのよね?今日はそれを持ってきたんでしょう?」

「うん、そうなんだけど、でもユアン様がお姉ちゃんじゃなくて私が良いって言ってくれたら、それで良いんでしょう?私の方がユアン様の好みだと思うし、お姉ちゃんは元々伯爵家を守っていくために勉強してきたんだからいいじゃない」

「そういう問題ではなくて…」


ユアンの一番近くにいる従者であるルイスに、ローザの頭の悪い発言を延々と聞かせ続けているということに頭痛がしてくる。メイは頭に手を添えた。

あのユアンが、今になってエミリーからローザに鞍替えするとは思っていない。

二人は二人なりに関係性を作っている筈であるし、初見の様子を鑑みるに「貴族嫌いの変人公爵」というのは強ち間違いでもないのだろう。

――エミリーはそうは思っていないみたいだが。

だからこそ、メイはエミリーが傷付くのではないかと心配なのだ。

メイから見たユアンは、なんというか意地っぱりというか、とにかく素直な接し方が出来ない。

これでもしエミリーの実妹だからとローザに曖昧な態度を取ったり、以前のようにエミリーに対して訳の分からない態度を取ったりすれば、きっとエミリーは引いてしまう。今までのように。

エミリーの使用人も、過去の婚約者候補たちも、そして両親でさえも、ローザの我儘に対し強く言ってはこなかった。

それは勿論ローザの押しが強さや世間的に言う美しさも大いに関係するのだろうが、別にそれが全てではない。

エミリーだって、その屈託のない性格と元々の美しさで色々な人を惹きつける人物である。

二人を天秤にかけ、それでも決められなかった彼らの最後の決め手は、エミリーの優しさ。


――私は大丈夫よ。気にしないで。


そのエミリーの言葉が、ローザの我儘に頭を悩ます周りの者達の逃げ道を作ってしまった。

本人が良いというのだから。そんな理由で、過去エミリーに直接仕えていた使用人も、婚約者に内定していた筈の候補の男性たちも、両親から与えられる筈のドレスや宝石の類なども、エミリーの手に渡ってすぐにローザの元へと移ってしまう。

まるでエミリーのものすべてを奪うように――実際そうなのだろうが、ローザは様々なものを手に入れてきた。

結局、エミリーの元に残ったのは、エミリーに直接雇用され孤児で食い扶持のなかったところを助けてもらったメイだけで。

メイは何度もエミリーに進言しながら、けれども一度だってエミリーが何かを譲ろうとしなかったことはなかった。

メイのことだって、エミリーは「メイはどうしたいの?」とメイの希望を聞くばかりで、自分の思いを押し通そうとはしなかった。彼女の唯一ともいえる話し相手だったメイを、手放したいと思っている筈がないのに。

元々全て奪おうとするローザのことが嫌いだったメイは、ローザの我儘もエミリーの遠慮も押し切って、今でもこうしてエミリーの侍女として仕えている。

たとえ、エミリーが助けを必要としない程自立していたとしても。

せめて何よりもエミリーを優先してくれる人が現れるまで、それまでは、結婚もせずに仕えている心算で。

そんな優しく遠慮しがちなエミリーが、初めて一緒にいたいと願ったのがユアンだというのに。それすらも、奪おうというのか、この女は――…。


そこまでぐるぐると思考を巡らせていたところで、部屋の外が騒がしくなったのが分かった。

何があったのかとメイは扉の方に目を向ける。

――次の瞬間、応接間の扉が勢いよく開かれた。

ノックもなしにこの部屋に入って来れるのは、ただ一人しかいない。


「…あ……、」


小さく声を漏らしたのは、エミリーだった。

いつもなら笑顔で出迎えるエミリーの表情が不安で揺らいでいるのが読み取れる。

その心境はすぐに想像できて、メイも口を閉ざした。


少し焦った表情に見えるユアンは、つかつかと早歩きでエミリーの方へ向かうと、エミリーの隣にどかっと座る。

そしてぞんざいにローザへと目を向けたかと思うと、すぐに苦々しい表情をして、大きく舌打ちをした。

そんなユアンの様子にエミリーの目が丸くなり、驚きの表情でユアンをその金色の水晶に映している。

舌打ちをされたローザは暫く身体を硬直させていたが、少ししてガタガタと身体を震わせ始めた。

メイには、その現象の意味をすぐに理解した。それは、ユアンもルイスも同様のようで。


「……ローザ?」


ただ一人理解ができないエミリーの困ったように妹の名を呼ぶ声が、やたらと室内によく響いたのだった。












公務のため出掛けたユアンだったが、すぐに約束の相手からの早馬が移動中のユアンの元に届き、急用のため中止という連絡を受けた。

久しぶりの外出で張っていた気が抜けたユアンは、外出時はいつも着ていた外套を脱いで、すぐに屋敷へ戻るよう行者に指示する。

すぐさま帰宅したユアンが屋敷の前で目にしたのは、ファグリナ伯爵家の家紋が入る馬車だった。

初めは先日の婚姻届等の入った書簡が届けられたのかと思ったが、ただそれだけにしては随分と仰々しい出で立ち。

嫌な予感を覚えたユアンが、近くにいた庭師をつかまえて話を聞き、こうして急ぎ足で応接間へと来たのだ。


「い、いや…、」


女が怯え切った瞳で自分のことを見るのを、ユアンは冷静な気持ちで観察していた。

エミリーに似ていて姉妹だということは一目で分かるが、しかしかけ離れた女。

髪飾りやドレスにこれでもかとあしらわれた宝石はちかちかと光を反射し、ユアンの目が眩しさに細まる。

過度なまでにつけられた香水は鼻が捻じ曲がるのではないかというくらい強烈だし、濃い化粧はエミリーの雰囲気に似た顔立ちを台無しにしている。

何より、おぞましいものを見るその表情はエミリーと似ても似つかない。

一歩間違えればこの女がこの屋敷に婚約者候補として訪れていたと思うと、安堵を通り越して最早寒気さえする。


「…ファグリナ伯爵家からの書簡を持ってきたのではないのか?」

「ひっ」

「違うのか?」

「っ…、…」

「……何か言ったらどうなんだ」


ユアンとしては至極落ち着いて話しかけた心算であるのに、女は怯え切ってしまって話にならない。

苛立ちを隠すことなく舌打ちする。

それにさえ、女はびくりと大袈裟に身体を揺らせて見せた。

苛々とする気持ちを抱えながら、けれどそういえばこれが普通の貴族なのだと思い返す。

最近はエミリーの反応に絆されていたし、メイも雑貨屋の少女も多少怖がる素振りを見せたがすぐになくなったから、やはり麻痺はしているようだ。


隣にいるエミリーはどう思っているだろうかと覗き見ると、様子の違う妹を心配そうに見ている。

――やはり、どうして妹がここまで怯えているかは分かっていないらしい。

ユアンを前にしたら普通の反応であるということは、エミリーには到底理解できないのだ。その事実に、場面とはそぐわないというのに少し笑いそうになってしまう。


「お、お姉ちゃん…この男は、だ、だれなの?なんでこんな、偉そうに、」


女は最早どこを指しているかも分からない程震えながら、ユアンを指さした。

エミリーは一瞬目を丸くしてから、少し怒ったように口を尖らす。

幼いその仕草が可愛らしい。

エミリーが怒ったことは公爵家に来てから一度たりともなかったが、このように可愛らしかったのか、と気が和んだ。


「この男とか偉そうとか、失礼なことを言うものではないわ、ローザ。それに、人を指さすなんて。こちらはユアン様よ」

「――……え?な、に、言ってるの、この、恐ろしい男が、ユアン様…?そんなわけないじゃない、嘘を吐かないで…!だって、お姉ちゃんの手紙には、ユアン様はとっても綺麗な男性だって書いてあったもん!優しくて頭が良くて、シャイだけどお話だって上手で、大事にしてくれる人だって…!!」

「嘘なんて言ってないわ。どうしてそう思うの?ユアン様は外見も内面も全て含めてとても素敵な男性よ」


思わぬ被弾に、ユアンは咄嗟に口元を覆った。そうでなければ、にやけた口元を見られてしまうと思った。

エミリーから直接聞く賛辞の言葉は勿論のこと、その他を介して伝えられるエミリーの言葉というのは存外嬉しいものがある。

エミリーが家族にユアンのことを良く伝えてくれていたのだと知り、女――ローザの反応にすっかり冷え込んでいた心がじわじわと温かく溶けるのを感じた。


(…他の者にどれだけ忌み嫌われ、恐れられようとどうでもいい。彼女さえ、――エミリーさえ、俺の存在を認めてくれれば)


口からは一度だって出たことがないエミリーの名が、心の中ではあまりに自然に思い浮かぶ。

元よりエミリー以外と結婚することは考えていなかったが、日を増す毎にエミリーが手放せなくなっていくことをユアンは自覚した。


「うそ、嘘ばっかり!この男のどこが素敵なの!?髪も目も禍々しい色で恐ろしいし、顔の傷だって醜いし、こんな男――」


――ばちん!


「……え…?」


室内に、乾いた音が響き渡った。

身を乗り出したエミリーと、頬に手を当てるローザ。

ヒステリック気味に叫びながらユアンへの罵倒の言葉を連ねていたローザの頬を、エミリーが勢いよく叩いたのだ。

予想外の出来事にユアンは目を見開いて、エミリーとローザを凝視した。

エミリーは珍しく眉根を寄せ、目尻と吊り上げ、歯を食いしばっている。収まらない感情を何とか堪えているように見える。先程の少し怒った顔とは比べるまでもなく、明らかな怒り。

ローザは唖然とした表情で、叩かれた頬に手で触れながらも未だに状況を理解していないようだ。

ルイスも驚いた顔をしているが、なにより、エミリーの侍女であるメイが一番信じられないという表情をしている。

ローザとメイの反応を見るに、恐らくエミリーがこのように妹を叩いたことはなかったのだろう。


(…俺のために、怒っているのか)


未だ冷たく凍り付く室内の雰囲気の中、ユアンはただ一人笑みを浮かべた。







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