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デート

前半エミリー視点、中~後半ユアン視点です。



何度も姿見を確認する。

癖のある髪の毛はメイに編み込んでまとめてもらっている。普段出ることのないうなじがすーすーして落ち着かないが、普段よりもすっきりとした印象だ。

前にユアンから濃い化粧や香水のにおいは得意ではないと聞いたので、化粧はいつもと変えていない。ただ、ほんの少し色付く桜色のリップを唇に乗せた。

香水も勿論つけていない。元々エミリーも香水が好きなわけではないから、特につけたいとも思っていなかった。

香水が嫌いだという話を聞いたときは、異性によく好かれる妹はいつでも香水をつけているのに、と不思議に思ったくらいで。やはり好みは十人十色だ。

ドレスも、一応余所行きのものではあるが、他の貴族令嬢が着ているような華やかなものではなく、機能性を重視した落ち着いたデザインのもの。

レースのリボンがアクセントとなってはいるが、今流行りの小さい宝石を散りばめたような派手さはない。

エミリーとしては、動きやすくシンプルなこのドレスは気に入っている。

以前は確かに両親から流行りのドレスを貰ったこともあったのだが、それもエミリーの手元にはない。

特に気に入っていたわけでもないので、手放したとき惜しいという気持ちもなかった。

エミリーはあまり物に執着する性質ではない。

そういう性質ではなかったからこそ、伯爵家で幸せに過ごせていた。


鞄はあまり大きくないショルダー型のものを準備した。

この国の貴族令嬢はこまめに化粧を直したり香水をつけ直したりするため、基本的に荷物が多い。

令嬢によってはアクセサリーも気分で何度も変えたりするので、そうなればそうなっただけ荷物の量は増える。

宝石があしらわれた装飾品は勿論その分だけ重く、また高価なものは入れ物も重厚なものが多い。

そのため、従者や殿方に荷物を持たせ、自分は手ぶらで出歩くというのが一般的だ。

けれども、エミリーは誰かに自分の荷物を持たせるということは殆どしたことがなかった。

必要最低限のものだけを、自分で持つ。

仕える者がメイしかいなかったためというのもあったし、高価な装飾品の類を持っていないということもある。


エミリーはもう一度姿見の前でくるりと一回転して、変なところがないことを確認した。

後ろで様子を見守っていたメイは、くすりと笑う。かれこれ一時間は姿見の前にいるので、呆れられたのかもしれないと思い、ようやくエミリーは椅子へと腰を下ろしたのだった。


「待ち遠しいですね、エミリー様」

「ええ。こんなに楽しみなのはいつぶりかしら」

「エミリー様は、色々と我慢なさっておいででしたから」

「あら、我慢ではないわ。私は私の好きなことをして過ごしてきたもの」


メイは、困ったように笑う。こんな顔も久しぶりだと思いながら、エミリーは室内の時計を見た。

あと少しで、ユアンが部屋へ迎えに来る時間になる。

ユアンが叩くだろう扉を眺めながら、エミリーは喜びを隠すことなく微笑んだ。





 ◇ ◇




「公爵様とのデート、是非楽しんできてくださいね」


頭の中で、メイの言葉が反芻する。

ただユアンと共に街を歩きたいと思っただけだったエミリーにとって、メイの言葉は衝撃だった。


――デート。


今まで、エミリーは異性とデートをしたことがない。

あまりに非現実的で、自分には関係のない出来事だとどこかで思っていた。

けれど確かに、護衛が後ろからついてくるとはいえ殿方と二人で出かけるというのは、一般的に考えれば、確かにデートだ。

しかも、ユアンとエミリーは近々婚姻を結ぶ予定で。


ちらり、と隣を歩くユアンを覗き見る。

普段とは違う余所行きらしい深い緑の外套を身に着け、フードを目深に被ったユアンの顔は見えない。

あの美しい髪も瞳も、凛々しい顔立ちも、今は隠れてしまっている。


「……どこに行きたい?」

「え?あ、そうですわね……どこかユアン様のお勧め等はございます?」

「いや、特には…。そもそも俺は、街どころかあまり外には出ない。必要なものはルイスが買ってくるし、最低限の公務くらいだな。すまない、案内もまともにできなくて」


ユアンは唸るようにそう言って、肩を落とした。

明らかにへこんでいるように見えて、男性に思うことではないとは分かっていながらどこか可愛い。


「でしたら、ユアン様も私と同じで初めてのことも多いということですわね!嬉しいですわ、初めてを共有出来るだなんて!」

「……君は本当に…」


ふ、とユアンの口元が緩む。

きっと柔らかく笑ってくれていただろうことが理解出来て、その顔がフードに隠れてしまっていることがエミリーには残念でならなかった。

――あの美しい笑顔が見たい。

エミリーはその思いを取り払うように、頭を振った。

二人で出かけられるだけでも十分幸せだ。普段外に出ないユアンがこうしてエミリーの為に出掛けてくれているのに、これ以上何を望もうというのか。


「婚約記念品は何が良いか…あまり贈り物をしたことがないから、思いつくものがないな。本当に欲しいものはないのか?」

「私は、こうして出掛けられるだけで良いのですけれど…」

「無欲だな」


エミリーとしては本当に何もいらないのだが、それではきっと優しいユアンは気にしてしまうのだろう。

それに、もしかしたら公爵家の体裁として婚約記念品というものを贈ることは重要なことなのかもしれない。なくても咎められるものではない筈だが。


何かヒントになるものが得たくて周りを見渡すと、一軒の雑貨屋が見えた。

特に何の変哲もない建物であるというのにどこか気になって、エミリーはユアンを見上げた。


「ユアン様。あのお店に入っても宜しいですか?」

「ああ、勿論」


ユアンもエミリーの指先を目で追って、こくりと頷いた。











きょろきょろと忙しなく店内の雑貨を見回すエミリーの視線を、一緒に追い掛ける。

どこに興味がいっているのか、きらきらと輝く瞳が雄弁に語っている。

花のモチーフのペンダント、鳥の形のブレスレット、地図がデザインされた小物ケース、水滴のようなイヤリング――…散々と目移りした後、視線は一か所に落ち着いた。


(見ているのは……髪飾り、か?)


レジンに閉じ込められた小さな星々が、深い藍色の夜空に浮かべられている。

飾りは紐に着けられており、どうやら髪紐の類であることが見てとれた。

初めて見たものであることに間違いはないが、どこか既視感がある。はて、どこかで見ていて忘れたか、と考えていると、恍惚とした表情を浮かべたエミリーがユアンを浮かべた。

とろり。

まるで蜂蜜が溶けたようなやわらかい瞳がユアンを捕らえる。

きっとエミリーからは自分の顔はフードに隠されてほとんど見えず、分かっても口元だけだと理解しているのに、全てを見透かされたようで気恥ずかしい気持ちになる。

艶やかな唇が弧を描く。

元々しないのもそうだろうが、化粧を厭うユアンを気遣ったらしい普段と変わらない控えめな化粧。

いつもとは違い纏め上げられた髪から覗くうなじが新鮮で、けれどもやたらと色めかしく。

ユアンが女性に色を感じたのは、これが初めてのことで。


「きっとエミリー様も外出用の服をお召しになるでしょう。折角のデートなのですから、開口一番、お相手を褒めるというのが最低限のマナーですよ!」


今まで気にもしたことはなかったが、貴族のマナーというものは最低限分かっている。勿論、令嬢をエスコートするときはまず相手を褒めてからだというのも。

これまで経験はないが、エミリーに対してであればそれも良いと思っていた。筈だった、が。


――結局、この雑貨屋に辿り着くまで、一度もエミリーのことを褒めるに至っていない。

褒め言葉が思いつかなかったわけではない。

寧ろ、自分でも驚くが嘘をつく必要がない程に今日のエミリーはとびきり輝いているように見えた。

けれども、それは口からは微塵も出ようとしなかった。


「…ユアン様?聞こえておりました?」

「え?――す、すまない。全く…」

「あら、そうでしたの。店内だからと声が小さすぎましたわね、申し訳ありません」


エミリーが悪いのではない。

考え事をしていて聞かなかったユアンが悪いことは自分で分かっていたが、それがエミリーに対することだと打ち明けるわけにもいかず、再び話そうとするエミリーの言葉に耳を傾けた。


「私、婚約記念品はこれが良いですわ」


エミリーの指す先には、先程の髪紐。

確かに綺麗な細工ではあるが、貴族令嬢が欲しがるには少し地味だし、何より安価だ。

金額を見ても、婚約記念品の相場には程遠い。

考え直すように言おうとして口を開いたとき、くん、と外套が引っ張られて思わず言葉を止めた。


「おにいさん、これをおねえさんに買ってあげるの?」


外套を引っ張ったのは、恐らく10歳にも満たない少女だった。

身なりはそこそこだが優雅な風ではない。

平民の――もしかしたら、この店の子供なのかもしれない少女は、じっと先程の髪紐を見つめている。


「いや…、」

「これはね、わたしのお気に入りなの。おねえさんも気に入ったの?」


首を傾げる少女に、エミリーはくすりと微笑んでから、腰を落とした。

少女と目線を合わせて、少女の頭を撫でる。

平民の子供と目線を揃えるためにしゃがみこむ令嬢など、きっとこの国中を探してもエミリーしかいないだろう。

ユアンは心の中で笑った。


「うん、私も気に入っちゃった。星空を切り取ったみたいで、とっても素敵ね。でもあなたのお気に入りだから、私が貰っちゃったら寂しいかしら?」


優しい言葉遣いで、けれども少女を子供だから平民だからと見下すこともしない。

少女は満足そうに笑って、首を横に振った。


「ううん、ちがうの!わたしのお気に入りだから、大事にしてくれる人にもらってほしいの!おねえさんだったら、いいよ」

「本当?嬉しいわ。……どうでしょうか、ユアン様…少し贅沢でしょうか?」

「これが贅沢?君は何を言っている、こんな――」


安物、と口に出そうになって、思わず止めた。

高価なものではないことは確かであるが、エミリーと少女が気に入っているものだ。

そんな言い方は彼女たちを蔑むことと同義だと気付いて、自らの浅慮さに小さく溜め息を吐く。


「…君が気に入ったのなら、それでいい」

「まあ!ありがとうございます、ユアン様!」


エミリーが嬉しそうに笑う。それだけで、婚約記念品の相場などどうでもよくなる。

元より、別に体裁を保つために婚約記念品を贈ろうと思ったのではない。

ただ、エミリーに贈り物がしたくて、その口実にしたかっただけだ。彼女が気に入ったものを見つけられたのなら、それが一番である。


「あなたも、お気に入りを譲ってくれてありがとう。きっと大切にするわね」

「うん!」


しゃがみ込んだエミリーと、少女が笑い合う。

なんとも微笑ましい光景だ。エミリーは子供が好きなのかもしれない。

そう思ってユアンがその光景を眺めていると、ぱっと少女がユアンを見上げた。


「……?」

「おにいさん、どうしてお顔を隠しているの?悪いことをしちゃったの?だめだよ、ちゃんとごめんなさいしなきゃ」

「――…!」

「ふふっ」


思いも寄らないことを言われて、思わず言葉に詰まった。

吹き出すように笑ったエミリーを、伝わらないと分かりつつもじとりと睨む。

怯えた様子もなく可笑しそうにするエミリーが、少女の頭を再び撫でる。


「あのね、お兄さんはとっても恥ずかしがり屋さんなの」

「そうなの?おねえさんと一緒にいるのに、ずっと隠れてるの?」

「今日は他の人もいるから隠してるけど、私といるときはちゃんと顔を見せてくれるのよ」

「へええ……」


少女の突き刺すような視線を感じて、ユアンはいたたまれなくなった。

最低限の公務以外引き籠っているユアンからしてみれば、このように街の者、特に子供と触れる機会はほとんどない。

エミリーと少女のやりとりを見ているだけならいざ知らず、慣れない場に強引に引き込まれたような心地で、どうしたら良いのかわからなかった。


「いいなあ。わたしも、おにいさんのお顔みてみたかった」


少女の言葉に、背筋を冷や汗が伝うような感覚がした。

先程の発言の通り、確かにフードを被り顔を隠している様はまるで犯罪者のようで怪しいのだろう。

だからこそ、あえて公爵家に仕える者しか身に着けない深緑の外套を羽織ってきた。

これを身に着けて隣にエミリーがいれば、令嬢とそのお付きの者だと思われ、少なくとも街の者達には怪しく思われることはない。

外套のことを知らない子供からしてみれば、そうではなかったかもしれないが。


「ねえおにいさん、わたしもお顔みちゃだめ?」


(――くそ、やはりこういう流れに……)


嫌な予感はしていた。

今でも到底信じ難いことではあるが、エミリーは全くと言って良い程ユアンの髪や瞳の色、顔の傷を恐ろしいとは思っていない。恐ろしい程美しいとかいう破壊的な美的センスは置いておいて。

屋敷の者達も最初は怖がっていたが、今はその境遇もあって怖がる素振りはない。

メイは多少怖がる様子を見せたが、それも日々エミリーと話をしていた所為もあるのか些末だった。

けれども、街の者達は違う。

きっと、ユアンを見ればその忌々しさに顔を歪めるだろう。これは見るだけで嫌悪感を抱かせる、そういうものだ。

たとえエミリーが普通と違う感性を持っていたとして、けれども普通の反応を見たらどう思うのだろうか。それが、ユアンは恐ろしくてたまらない。

自分の考えが間違っていたと思わないか。こんな嫌われ者の自分といることが怖いと思わないか。

今までは嫌われることが普通だと思っていたのに、エミリーに嫌われると想像するだけで。


「おにいさん?」


少女が不思議そうに首を傾げる。

エミリーは気遣うような目でユアンを見ていて、きっと本当に恥ずかしがっているのだと思っているのだろう。

ユアンは断るつもりで、けれどもなるべく威圧感を与えないようにと、エミリーを習って膝を折った。

――それが、予想外の結果を生んだ。


「すまないが、俺は…」

「えいっ」

「――は……?」


少女の可愛らしい掛け声と共に、ぱさり、と布の音がいやに耳元へ響いた。

それが少女によって自身のフードが取り払われた音なのだと気付くときには、目の前の少女の目がこれでもかという程見開かれていて。

その瞳に、驚きに染まるユアンの顔が写り込んでいた。



――不味い、と思った時にはもう遅い。

少女は驚いた顔のまま、びくりと肩を震わせてから固まってしまった。

ユアン自身も、突然のことに反応が出来ず、フードを被り直すことも立ち去ることも出来ずにただ固まっていた。

沈黙を破ったのは、エミリーだった。


「もう。だめよ、良いと言われていないのに勝手にフードを取っては」


宥めるように言うエミリーの心情を図ることはできないが、少なくとも悪い感情を抱いているわけではないようで。

ひたすらに穏やかな声色に、ユアンは酷く安堵した。


「おねえさん…」


心細そうな、不安そうな少女の声がエミリーを呼ぶ。

エミリーは不思議そうに目を開いた後、柔らかく笑って、どうしたの、と少女に返した。


「あのね、暗い髪と目は、不幸を呼ぶんだって、おかあさんが言ってたの。わたし、不幸になっちゃう?」


ユアンは、自身の身体が固まるのがありありと分かった。

その先を聞きたくないと思うのに、身体は思うように動かず、耳を塞ぐことも目を閉じることも出来ない。

脳内に、あの女の声が響いた。


――あんたが、そんな髪と目じゃなきゃ、私だって愛せたのに…ッ!!


声が何度も頭の中で反響して、重なる。

耐えがたい空間に引き摺り込まれるような感覚を、くすくすと笑うエミリーの声が打ち払った。


「お姉さんはね、お兄さんと会ってからずっと幸せなことばかり起きるの。ねえ、お姉さんが不幸に見える?」

「……みえない…」


初めて、ユアンの指先が動いた。

ぱっとエミリーを見ると、疑う程もなく幸福に溢れた表情で、少女と向き合っている。


「それにね、見て、あなたのお気に入りのこの髪飾り。あなたはこの髪飾りのどこが気に入っているの?」

「ええと、あのね、このお空みたいな色がね、――あっ!」


少女は、何かに気付いたようにはっとした表情をしてユアンを見た。

未だ殆ど動けないユアンの瞳と少女の瞳が、しっかりと見つめ合う。

少女の顔が段々と喜びの顔に近付いていき、突然の変化にユアンは意味が分からないまま脱力した。


「これ、おにいさんの色ね!?」


少女は、まるで難しい問題の答えを思いついたかのように晴れやかな表情で、ユアンと髪紐を交互に見た。

未だ理解できていないユアンを余所に、エミリーは満足げに頷いている。


「似ているでしょう?あなたのお気に入りの髪飾りと同じ色をした髪と目が、不幸を呼んでくると思う?」

「ううん!思わない!」

「良かった。お姉さんは、お兄さんのこの夜空みたいな綺麗な髪と目が大好きで、見ているだけで幸せな気持ちになるの。お姉さんのくしゃくしゃの髪の毛とは違ってとっても真っすぐでさらさらしているし、太陽に当たると優しく光ってもっと星空みたいなのよ。目だって、ずっと見てたら吸い込まれちゃいそうなくらい透き通ってて素敵でしょ?」


エミリーの言葉を受けて、再び少女がユアンの瞳を覗き込んだ。

無垢な視線に居たたまれなくなるが、逸らすことも出来ず、ただそれを受け止める。

暫くそうしていた少女は、満足したのかにこっと笑うと、ユアンから目を離した。


「うん、とってもすてき!わたしも気に入っちゃった!不幸になるってお話は、きっとおかあさんが間違えちゃったのね。今度教えてあげなくちゃ」


納得したような少女の様子を、呆然と見つめる。

少女は嬉しそうな表情でエミリーとユアンを交互に見つめてから、エミリーの耳元へと顔を寄せた。

ひそひそと何かを耳打ちしているらしい少女は、真剣な顔をしている。

エミリーも真剣な顔で頷きながら、最後には笑って「約束するわ」と少女へ返していた。





 ◇ ◇





「さっきは、何を約束したんだ?」


髪紐を購入して店を出て、ユアンとエミリーに手を振る少女が見えなくなった頃、ユアンは耐え切れずその質問を口にした。

敢えてこそこそと話していたのだからユアンが聞くべきことではないのかもしれないが、気になって仕方がない。

エミリーは少し考えた様子を見せて、けれども笑って口を開いた。


「お姉さんはとっても幸せそうだから、今度はお兄さんを幸せにしてあげてねって言われましたの。きっと痛くてつらい思いをしたはずだから、って。傷のことも心配していたようですわ」

「……そうだったか」


ユアンは気恥ずかしさに、被り直していたフードを更に深く被った。

本当に、エミリーの言葉は不思議だ。ユアンの悲嘆も、絶望も、全て何事もなかったかのように消してしまう。

さっきの少女だって、きっとエミリーがいなければユアンのことを怖がって泣き出していただろう。

エミリーが緩和剤となり、場を穏やかにしてくれたからこそ、少女と笑顔で別れることができた。

こんなことは、初めてだ。


「……あ!そうですわ!」

「ん?」


エミリーは何かを思い出したように声を上げると、ごそごそと自身のショルダーを探り始める。

すぐに目当てのものは見つかったようで、綺麗な包装紙にくるまれた手の平サイズのなにかを差し出した。


「…これは?」

「不要でしたら、捨ててしまって構いませんけれど…」

「開けてもいいか?」


こくり、とエミリーは緊張した面持ちで頷く。

包装紙を開くと、中から刺繍の入ったシルク素材のハンカチが顔を覗かせた。

ハンカチには、ユアンの名も縫い込まれている。


「――もしかして、君が?」

「はい。…下手でお恥ずかしいのですが、何かを贈りたくて、他に思いつきませんでしたの」


再び刺繍を見る。

夜空のモチーフなのだろう、エミリーへ贈る婚約記念品として購入した髪紐に、少し似ている。

月や星を形作る金色に似た黄色は、どことなくエミリーの髪色を思わせた。


「……綺麗だな」


ぼそりと呟いたその言葉に、エミリーはぱっと表情を明るくした。


「本当ですか!?ユアン様のお色と比べたらだいぶ劣るかもしれませんが、思い浮かべながら縫いましたの!気に入って頂けたら嬉しいですわ」


その言葉を聞いた瞬間、顔に熱が灯るのが分かった。

ユアンのことを思いながら、ユアンのために縫われたハンカチ。これ程嬉しい贈り物をかつて貰ったことがあっただろうか。

自分の色が忌まわしいと思って生きてきたのに、彼女の手を介せばこれ程までに美しい。

ありがとう、そう言ってエミリーに軽く頭を下げると、エミリーは嬉しそうに微笑んだ。

その表情を見て更に顔に熱が集中したのは、言うまでもない。







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