茶会
ユアン視点です。
自ら誘った茶会で、ユアンは目に見えてそわそわしていた。
――とは言っても目の前でお茶を飲むエミリーは、然程気にしていないようである。ユアンには、エミリーがどう感じているのかを読むことはできない。
ユアンは落ち着かない心地を自覚しながら、ちら、と庭園の端で待機するルイスに視線を送った。
二人きりの茶会の邪魔にならないように、会話が聞こえない程度の場所まで離れてしまっているルイスにはユアンの言わんとするところは勿論分からず、まったく当て外れにファイト!と言わんばかりに握りこぶしを作られただけで。
結局ユアンはルイスから何一つ答えを得られないままに、エミリーへと視線を戻した。
エミリーは微笑みながらユアンの顔を見つめている。うっとりとした表情を向けられることにはまだ慣れない。
慣れる筈もない、28年間そんな目を向けられたことはなかったのだから。
「…、その」
「はい?どうかなさいましたか、ユアン様?」
エミリーの呼ぶユアンの名は、どこかあたたかく丸みを帯びている。
名前で呼ぶよう促したのは自分であった筈なのに、どこかこそばゆく、しかし嬉しい響きを持つ。不思議な感覚に、少し緊張が和らいだ。
「…先程、ルイスに封筒を預けていたようだったが」
――そう、先程から落ち着かない要因はこれだ。
茶会の直前、エミリーはルイスに封筒を手渡した。
宛名も見えたが、このタイミングだ、見なくても分かる。
それは、ファグリナ家への――ひいて言えば、現伯爵への封筒に他ならない。
その中身は、当然ユアンの求婚への答えが入っている筈で。ユアンはその封筒が気になって仕方がないのだ。
エミリーはぱっと表情を明るくさせて、ぱん、と両手を合わせた。
きらきらとした瞳と目があって、心臓が一瞬止まったような心地になる。
「ええ、お父様への手紙と、婚姻届をお願い致しましたの!婚姻届には、ファグリナ伯爵家の印が必要でしょう?ファグリナ家はそう遠くはありませんから、今日お送りしたら明日にはお父様の処に届きますわよね。お父様は筆まめな方ですから、きっと数日中にはお返事を下さる筈ですわ。そうしましたら、お伝えしますね」
「――!そう、か。ああ、そうだな、届いたら教えてくれ」
あっさりと得られた答えに、ユアンは安堵の息を吐いた。
謀らずも盗み聞いてしまったエミリーの言葉で、きっと断られないだろうと踏んでいたユアンではあったが、実際に婚姻届を渡してからは自責と不安の念に駆られていた。
どんなにエミリーがユアンのことを親切だと話していたところで、世間一般で言えばユアンの対応が良いものだとは思えない。
それに、やはり、自らの容姿を綺麗だと褒め称えるエミリーの言葉を、信じ切ることはどうしてもできなかった。
お腹を痛めてまで産んだはずの、同じ血が流れた母親でさえ嫌った自分。
父親は唯一の跡取り息子だったこともあってか、ユアンを嫌うことはなかったが、貴族は揃って皆ユアンの容姿を恐れ疎んだ。
貴族というものは、外聞や体裁を何よりも気にする。だからこそ、不吉の象徴とも言えるユアンに近寄ろうとする者はいなかった。
初対面のユアンを救ってくれたのは、浮浪児であったルイスだった。
彼は当時、ユアンのような髪や瞳の色が世間でどう思われているのかも知らず、ただ酷い傷を負ったユアンを助けて、ユアンの言う通り公爵家まで連れていってくれただけだ。
極貧の孤児院から口減らしで追い出された彼にとっては、その後ユアンと共に公爵に匿われたのは幸運だったのだろう。
屋敷の使用人たちも、皆揃って平民出身の者達だ。行く宛のない者ばかりを拾うようにして雇った。
だからこそ、屋敷の者達はルイスも含め、たとえユアンのことを近寄りがたいとは思っても逃げ出したり忌み嫌ったりはしない。ユアンの元にいる以外、彼らに選択肢はないから。
――けれども、エミリーは違う。
伯爵家令嬢として、数多の選択肢がある。それも、次期伯爵にとって代わる能力を持った才媛。
見目も美しく屈託のない性格で、そう、わざわざユアンを選ばなくても良いのだ。公爵家という家柄しかない自分には。
「ユアン様?」
「…あ、ああ。すまない、少し考え事をしていた」
「まあ、何かお悩みですか?お力になれることがあれば仰ってくださいね」
ユアンは一考したが、まさかあれ程急に求婚しておきながら選ばれるか不安だったなどと本人に言えるわけがない。
考えを巡らせて、もう一つ気にかかっていたことを思い出した。
「そうだ、君は何か欲しいものはないか?」
「欲しいもの…ですか?」
「婚約記念品を贈っていない。すっ飛ばしてしまったからな」
「……、」
エミリーはまん丸の瞳をぱちくりと瞬かせた。
考えてもいなかった、と表情を見るだけで理解できて、ユアンは思わず頬を緩める。ああ、やはり違う、他の大勢の女とは。
しかし、驚きに目を丸めるエミリーを見ると、ユアンが婚約記念品すらも贈らない男だと思われていることは明らかで。
自らの不甲斐なさに、自業自得で仕方がないこととはいえユアンは肩を落とした。
「…なんでも構わない、考えておいてくれ」
「それでしたら、私、ずっとお願いしたいことがございましたの!…あ、でも…」
言い淀むエミリーに、ユアンは首を傾げる。
なんでもと言っているのに、それ程高価なものが欲しいのだろうか?遠慮する程の――いや、たとえ宝石ひとつであっても、エミリーは遠慮してしまいそうだが。
エミリーの続く言葉を待っていると、ユアンの視線を受けていたエミリーはぎゅっと瞑っていた目を意を決したようにぱっと見開いた。
「ユアン様と、街に出たいのです!」
「…俺と、街に…?」
「あ、や、やっぱり駄目ですわよね!?婚約記念品と言われておりますのに、物ではなくお願い事なんて…」
申し訳ありません、と勢いよく謝ってから、エミリーはおずおずと茶器を持ち、口へと寄せる。
こくん、と紅茶が喉に流し込まれる様子を、ユアンはぼんやりと見つめた。
予想外の申し出に、けれども高級品ではなく大して一緒にいても楽しくないだろうユアンとの外出を望んだことで、ユアンは少なからず温かい気持ちを抱いた。
「――それなら、共に街に出て、そこで君が気に入るものを探そう。それを婚約記念品としたい」
「…まあ!なんて素敵な提案なのでしょう!」
ぱん、とエミリーは両手を合わせた。その表情は、まるで花が満開に咲き誇るように華やかだ。
ユアンは思わず目を逸らしてから、暫くはエミリーの顔が見られないのだった。




