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茶会の誘い






「――これでよし、と」


エミリーは自身の名を署名したユアンから昨日手渡された婚姻届を封筒へと入れる。

それとは別に小さい花柄が施された可愛らしい便箋セットを手に持って、同じように封筒へと入れた。

便箋には、ユアンには良くしてもらっており毎日楽しく過ごしているとのエミリーの近況と、ユアンがいかに素敵な人であるかを語った文、ユアンと結婚したいという旨をしたためた。

婚約を飛ばし突然の婚姻となり驚かせてしまうことへのお詫びと、けれどもきっと幸せになれると思うとの言葉を乗せて。

相手が公爵家だから親が反対するとは思えないけれど、心象を悪くしないよう念のためである。

と言っても、エミリーにとっては全て事実であり、嘘偽りない言葉であるのだが。

内容をじっくり練りながら書いたが故に、今日の午前中の時間を全て使ってしまっても足りず、結局昼食後の今の時間までかかってしまった。


「書き終わりましたか?エミリー様」

「ええ。あとは届けて頂いて、お父様のお返事を待つだけね。持参金などのお話は来る前に打ち合わせしておいたから、そう問題もないと思うわ」

「それは良かったです。――ふふ、でもまさか突然婚姻なんて、思いもしませんでしたね」


メイはそう言って、嬉しそうに笑った。

エミリーがユアンと結婚したいと思っているということを話してから、メイはずっとユアンから顔合わせの合否について気にしていた。

そんな中突然のプロポーズ――というにはあまりに簡素なものだが、それと同義である申し出を受けたのだ。

エミリー自身にも勿論花束と共に甘い言葉をもらうようなロマンチックなプロポーズに全く憧れがないわけでもないものの、ユアンのようにエミリーにとって優しく聡明で麗しい男性に求婚してもらえたというだけで僥倖なわけで。

それに、世の女性が憧れるようなプロポーズというのは得てして非生産的であるということは、伯爵家を支える者としての教育を受けてきたエミリーも理解している。


「折角だから、ユアン様にお礼がしたいわ。何が良いかしら」

「……申し訳ありません。私は公爵様とは殆ど会話したことがございませんので、エミリー様以上の案は出ないかと……」

「そうよね…。公爵家で手に入れられないものを私が用意できるとは思えないし……手作りのものは重いかしら?刺繍入りのハンカチとか」

「ハンカチくらいでしたら、そう重いものではないかと…」

「あまり上手くはないけれど、受け取って下さるかしら」


刺繍というのは、貴族令嬢の嗜みの一つである。

実際、貴族間において女性から男性へのプレゼントは、刺繍入りの贈り物というのが第一位に来るであろうくらいには定番のものだ。エミリーの妹であるローザも刺繍は得意で、よく意中の男性にプレゼントしているようであった。

一方で、エミリーは刺繍はそれ程得意ではない。というのも、贈る機会もない上に伯爵家を支えるには不要のスキルであったから。

最低限は習ったが、基本しかできないので凝ったものは難しい。


「エミリー様の仰る通り公爵様がお優しいのであれば、無下にはなさらないのではないですか?」

「…そう、よね。たとえ使って下さらないとしても、気持ちは伝わるわよね」


前向きなんだか後ろ向きなんだかわからないエミリーの発言に、メイは思わず苦笑を浮かべた。

先日初めて見たユアンの顔から受けた印象と、エミリーが話すユアンがどうしても一致しないメイであるが、エミリーの言うことに嘘がないことは分かっている。

たとえメイが感じ取るユアンの印象が初対面のときからして横柄で冷たくとも、エミリーにとってみればユアンは最初から親切な人格者なのだ。

それに、その初対面から比べれば確かにユアンとエミリーの間の空気はやわらかい。

話せるようになったとのエミリーの言葉通り、きっと多少は良い関係を築けているのだろう。それなら、メイから言うことはもう何もない。



――コンコン。


控えめなノックの音がエミリーとメイの耳へと届いた。

メイが扉を開けると、そこには今しがた話題に挙がっていたユアンと、ルイスが立っている。

少し前にも見た光景。ひとつ違っているのは、ユアンが外套を着ていないということだった。

その姿に、エミリー達がこの屋敷を訪れた翌日から今日までの間、ユアンの外套はただメイに見せないためだけに着ていたのだということを知る。

よくよく考えてみれば当然のことだった。屋敷の主たるユアンが、屋敷の中でまで暑苦しい外套を着ている理由は部外者がいたからで、普段からそうしているわけはないのだ。

忌み嫌われる色や傷を見せないようにとの配慮なのか、反応が面倒だと思っていたからなのか、真意は定かではないものの――昨日明らかに身体を震わせた失礼なメイを、ユアンが咎める様子はなかった。

それらのことを考えると、不思議とメイは恐怖心を感じなくなった。エミリーの前向きさが移ったのかもしれないと心の中で独り言ちる。


「エミリー様、メイ様。突然の訪問をお許しください」

「いいえ!来て頂き嬉しく思っておりますわ。いかがなさいましたか?」


エミリーが嬉しそうに答えるのを見て、メイも口元を緩めてお辞儀をする。

ルイスは安心したように息をついてから、ちらりとユアンを覗き見た。

促されるように目線を向けられたユアンが、足元へと視線を落とし右左と眼球を揺らしてから、笑顔のままのエミリーへと向き直る。


「――昨日話していた茶会が出来ないかと思ったのだが…どうだろうか」

「まあ!宜しいのですか?嬉しいですわ!いつに致しましょう?今日これから?明日?…あら、私ったらつい楽しみで気が逸ってしまいまして、申し訳ございません。公爵様のお仕事のご都合もございますものね」

「いや、君が構わないのなら、俺はこれからでも問題ないが…」


エミリーの顔が分かりやすい程に華やぐ。

誘ったのはユアンの方であるのに、エミリーの方が余程嬉しそうである。

そう思ってメイがユアンを見ると、少し分かりにくいがほんのりと耳が染まっているのが分かった。


(……もしかして、照れているのかしら)


世間では散々変人と言われ、一般に恐れ嫌われる色を持つユアンだが、随分と可愛らしいところがあるものだ。

メイは失礼にならない程度にくすりと微笑んで、同じように微笑ましそうにしているルイスとこっそりと目を合わせたのだった。






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