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公爵の心の内

ルイス視点です。




「そんな、お名前で呼ぶなんて失礼なことをしても宜しいのでしょうか…?」

「…ユアン様本人が仰るのですから、是非ともそうお呼びになって下さい。私としても、ユアン様とエミリー様が仲良くなられるのは嬉しいですから」


申し訳なさそうにユアンとルイスを見遣るエミリーに対して、ルイスはにこやかにそう答えた。心の中でこのヘタレが、と思ったことは微塵にも顔には出さない。


「っ、別に俺は仲良くなろうなどと思って言ったわけでは…!ただ、公爵様などと堅苦しく言われるのは嫌なだけで」

「まあ、それでは今まで大変お嫌な思いをさせてしまいましたわね。お詫び申し上げますわ」

「別に嫌な思いは…」


自分で名前で呼べと言った癖に回りくどく言い訳をつけるユアンと、全ての言葉を鵜呑みにして返事をするエミリーを見ながら、ルイスは隠すことなく大きく溜め息を吐いた。先程から視線を感じる先にいるメイを見れば、ルイス程顔に出さないにしろ呆れているような様子が見受けられる。

貴族嫌いが身についているが故に周りの人間と上手くコミュニケーションが取れないユアンがすんなりと上手く話せると思っていなかったが、それでもどこかで期待してしまうのは人間の性か。

ルイスは二人の言葉の応酬を止めるべく再び笑顔を浮かべた。





 ◇ ◇ 





――話は少し前に遡る。

エミリーとメイが屋敷に来てから数日。使用人を取りまとめる立場であるルイスの元には、彼らからの懇願が届いていた。内容は揃って、「エミリー伯爵令嬢との婚約を進めてほしい」である。

これまで幾多の貴族令嬢たちを受け入れてきた使用人たちの精神的疲労は、既に限界にまで達している。晩餐の最後まで持たなかったとはいえ、過去多くの令嬢たちのおもてなしをしてきた彼らは、ユアン程ではないにしろ貴族令嬢たちの使用人への態度というのを身に染みて感じていたし、辟易としていた。もしかすると、表面上だけでも取り繕われるユアンと違って使用人たちの方が貴族令嬢の本質というものを理解しているかもしれない。

彼らの主であるユアンは、使用人に対して優しいとまでは言わないが決して乱暴にすることはなかった。だからこそ、良い主であるユアンには良い令嬢を娶って欲しい――勿論自分たちの働きやすさに直結するからという理由もあるが、皆そう思っていた。

そんな彼らの想いを叶えてくれる令嬢こそエミリーだと、皆が感じている。


「いつまで顔合わせの関係でいるおつもりで?」

「………五月蠅い、分かっている」


ユアンの選択を、ルイスは殆ど確信に近い状態で想定している。ユアンが荒ぶる様子もなく、数日間顔合わせの相手を泊まらせているというのは前代未聞だ。きっと、今回を逃したらこの先はない。

ユアン自身も分かっている筈だ。エミリーは他の貴族令嬢とは違う。以前依頼されていたエミリーについての調査書を見せた時の反応もルイスが想像していた以上に良かった。


「パーティーには殆ど出席せず、普段から身を飾らないために地味な令嬢だというのが社交界の評価…?ふん、社交界というのは皆目の悪い奴らばかりだな」

「伯爵家の婿をとるために勉強漬けの日々だった、か。伯爵は娘を閉じ込めて楽しみも与えなかったのか?いや、馬鹿みたいに読書の好きな彼女のことだから、きっと新しい知識を得るのに夢中だったかもしれない」

「幼い頃はお転婆……ふっ、想像もつかないな。だが、きっとあの丸い目を輝かせていたんだろう。周りを呆れさせるという意味では、今も変わらない」


口許を緩めて報告書を見る様は、長年を共に過ごしたルイスも初めて見るものだった。口を開けば貴族令嬢への悪態しか吐かなかったあのユアンが、ひとたびエミリーのことを話すだけでその表情をやわらかいものへと変える。

数日過ごしただけで、ユアンがエミリーに惹かれていることは間違いようのない事実だった。


「…公爵である俺から婚約の話を進めようと持ち掛ければ、彼女は断れないだろう。自由のない結婚が本当に幸せか?それでは俺も周りの貴族と何ら変わりはない……」

「ユアン様…」


ユアンがこのような葛藤の言葉を口にするのは、これが初めてだった。今までは、利のある話なのだからお互いが嫌だろうと進めようというのが流れである。それすら上手くいかなかったのだが。

しかし今になって、ユアンがエミリーを妻へと望んだことで、ユアンがエミリーから受ける恩恵の方が大きくなってしまう。――というのがユアンの考えなのだろうと、ルイスは察した。


「それでも、ユアン様が結婚し家庭を持たなければならないこと、顔合わせの返事をお待たせしすぎてはいけないことは変わりません。それ程悩まれるのであれば、婚約期間の――結婚までの間に、エミリー様と話す時間を多くお作り下さい。まだお二人は、出会って間もないのですから」

「…そう、だな。よく知りもしない男と結婚するより、多少知った男の方が安心…するかも……いや、どうだろうか……」

「まったく。良いから行きますよ」


知ったからといえ、結果的により結婚したくないと思われる可能性もある。そんな心情を理解しながらも、ルイスは半ば強引にユアンを部屋から連れ出した。勿論、行く先はエミリーの部屋である。

最初は少し抵抗を見せたユアンも、結局はエミリーの部屋へとルイスと共に向かった。そうしてエミリーの部屋の前に辿り着き、扉を叩こうとしたのは良いのだが。


「――公爵様と結婚したいと思っているんですか?」


エミリーの連れてきた侍女であるメイの言葉が扉越しに聞こえて、自然とユアンとルイスの動きが止まった。よりにもよって、二人がユアンについて話している場面に来てしまった。

ユアンも、――そしてルイスも、エミリーが本当のところどう思っているかを知りたくないわけではない。寧ろ知りたい。本当にユアンの容姿を恐れていないのか。初対面からあまり良い対応をしてこなかっただろうユアンのことをどう思っているのか。実際に結婚をしても良いと思っているのか。

二人には誓って盗み聞きする心算はなかったが、結局動き始めることは出来ないままにエミリーが話し出してしまった。


「私は公爵様のように素晴らしい方と結婚できるのであれば幸せだと思うわ。私の悪癖を咎めないお優しい方だし、博識で人としても尊敬に値する方だもの。一緒に同じ部屋で食事をするだけで心が甘くときめいて、とっても嬉しい気持ちになるわ。公爵様となら、きっと幸せな家庭を築けるって、そう思うのよ」


――その声色は穏やかで、きっと嘘から出たものではなかった。そもそも、エミリーからすれば公爵もその屋敷の者もいない侍女と二人きりの空間で嘘をつく必要はない。

ユアンやその関係者に話した言葉ではないからこそ、そこにはただ真実だけがあった。


「……ユアン様」


ルイスは掠れた、ほとんど風のような小さな声でユアンの名を呼んだ。ユアンは何も言わない。ただ茫然と、扉を見つめている。


「従者の戯言と思わないでください、ユアン様。…エミリー様を、逃してはなりません。あのお方は、間違いなく、貴方にとって唯一無二の方です」


返事はなかった。けれども、ユアンがルイスと同じ思いでいるだろうことは聞かなくても分かる。

未だ扉を見つめているユアンを余所に、ルイスは扉をノックした。これ以上話を盗み聞きするわけにはいかないし、そもそも目的は婚約を進めたいという話をすることなのだ。


――先程の出来事で冷静ではなかったユアンが別の話を持ち出したことでルイスが主人のヘタレさに心の中で悪態を吐いてしまうのは、まったくもって当然のことであった。






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