プロローグ
ファグリナ伯爵家に、とある日ひとつの縁談が持ちかかった。
相手はユアン・メルヴェルナ公爵。爵位がふたつ落ちるファグリナ伯爵家にしてみれば、これ以上ない程の良縁である。
――相手が、自らも貴族でありながら「貴族が嫌い」だと言って公的な社交界にも顔を出さない変人だということを除けば、だが。
国王陛下からの呼び出しにしか応じないメルヴェルナ公爵は、ほとんどの貴族と会ったことはなく、国王陛下の呼び出しに応じて王城を訪れた際も黒い外套に身を包んでその顔は見せないという徹底ぶりだった。
本来であれば外套を着たまま国王陛下と会う等不敬も良いところだが、国王陛下と今は亡きメルヴェルナ公爵の父が幼馴染として育ったという境遇から、黙認されているらしいということは知られている。
顔を徹底的に隠すことについて、顔があまりに醜いから見せられないのか、本人が言うように貴族が嫌いであるが故顔も合わせたくないと考えているからなのか、様々な憶測が行き交ったが知るは国王夫妻とメルヴェルナ公爵本人ばかりである。
とにかくそのように良くない噂の絶えない彼であるが、彼も例外なく貴族である。家の存続、しいては領地の存続のためには後継ぎがその内必要となる。
養子をとるということも出来なくはないが、それはあくまで不妊などで子供が生まれなかった場合にとられる一番最後の手段であり、男児が生まれなくとも女児に婿を取らせるというのが一般的である。
28歳という結婚適齢期を過ぎたメルヴェルナ公爵が、漸く重い腰を上げて嫁探しをし始めた――ということも、最近の社交界で話題になっていた。
公爵という立場上、まずは同じ公爵家の娘を探し始めたのだが、同年代の娘はほとんどが幼い頃から婚約者が決まっている。
何らかの理由で相手のいない令嬢も、メルヴェルナ公爵の噂を気味悪がって、病気療養中だとか婚約者がつい数日前決まったばかりだとか、理由をつけて断った。
侯爵家の令嬢に声がかかるようになると、勿論爵位が上のメルヴェルナ公爵の申し出を簡単に断ることは出来ず、何人かは婚約前の顔合わせとして公爵家に出向き、そして1日も持たずに出戻った。
そんなことが何人も続くと、そのこと自体が尾ひれをつけ噂として出回り、余計に嫁ごうという令嬢はいなくなっていった。
そこで声が掛かったのが、爵位をふたつも落とすファグリナ伯爵家であったのだ。
ファグリナ伯爵家には、娘がふたり。
長女であるエミリー・ファグリナは幼い頃より明るくやんちゃな性格で、よく庭を走っては転び、木登りしては怒られ、お忍びで街に出ては連れ戻され、両親の頭を悩ませた。年頃になると、男児が生まれなかったために、伯爵家で婿を取るのだから領地について学ばないとならないとの両親からの圧を受け、遊ぶことも、他の年頃のように社交場に多く出ることも叶わなくなった。けれども元々新しいことに触れることが好きだったエミリーは、勉強詰めの毎日を悲観することもなかった。そんなこともあって、エミリーは容姿が整った令嬢ではあったが社交界で流行している目鼻立ちをはっきりさせる化粧や宝石の施された装飾品や貴重な素材をふんだんに使った強い香水等には触れてこず、地味な令嬢であるというのが回りからの評価であった。
次女であるローザ・ファグリナは、生まれたときから随分と甘やかされて育ったこともあり、自分は愛されるべきだという考えを持つようになったが、実際庇護欲をそそる愛らしい見た目をしていたためにその考えが正されることはなかった。年頃になると、社交界に出ない姉とは反対にそういった場に積極的に出ては、持ち前の甘え上手な性格と男性受けする化粧や衣装等を駆使して数々の男性を篭絡した。その中には婚約者がいた男性もおり、様々なトラブルを引き起こしたが、彼女に甘い両親は注意はするも強く咎めることはしなかったがために、結局その悪癖は直ることはなく、美しい毒華としていつでも社交界の話題の中心であった。
そんな背景もあったから、メルヴェルナ公爵の元には妹のローザが嫁ぐ予定であったし、縁談もローザ宛のものであった。
しかし、
「私、たとえ公爵でも変人の元には嫁ぎたくない!好きな人がいるの!その人にお婿に来てもらう」
という言葉で拒絶した。
元より我儘な性格であったローザのその発言に、彼女に甘い両親は散々と頭を悩ませた結果、ローザではなくエミリーを嫁がせることとしたのであった。